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2016年4月12日

理化学研究所
大阪府立大学

アクロレインの可視化に成功

-生きた細胞で発生する毒性分子アクロレインと酸化ストレス疾患の関連性究明に大きな手がかり-

要旨

理化学研究所(理研)田中生体機能合成化学研究室の田中克典准主任研究員、アンバラ・ラクマット・プラディプタ特別研究員、泰地美紗子特別研究員らの国際共同研究グループは、酸化ストレス[1]により、不飽和アルデヒド分子[2]の一種「アクロレイン[2]」が生きた細胞で発生する様子を、単純な組成のアルキル、またはアリールアジド化合物[3]をふりかけることで、簡便に可視化し、直接検出することに成功しました。

喫煙や有機物の燃焼時に発生するアクロレインは、生体内の分子と速やかに反応し、強い毒性を示すことが知られています。また、がんやアルツハイマー、脳梗塞など、酸化ストレスを原因とする疾患においても細胞にアクロレインが過剰に発生し、さらに酸化ストレスを亢進させると考えられています。このため、細胞で発生するアクロレインと酸化ストレス疾患との関連性を調べることは重要と考えられてきましたが、これまで生きた細胞で発生するアクロレインを直接検出することはできませんでした。

国際共同研究グループは、単純な組成のアジド化合物が、生体に存在する分子の中でアクロレインとのみ選択的に反応を起こすことを発見しました。この現象を利用して、アクロレインを生きたままの検体を使って可視化・検出することに成功しました。安価で入手容易なアジド化合物を細胞にふりかけるだけで、簡単にアクロレインを検出できるため、今後、アクロレインと酸化ストレス疾患の関連性究明に大きく貢献すると期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「分子技術と新機能創出」(研究総括:加藤隆史)研究課題名「生体内合成化学治療:動物内での生理活性分子合成」(研究者:田中克典)の一環として行われました。本成果は、米国の科学雑誌『ACS Sensors』に掲載されるのに先立ち、オンライン版に近日掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
田中生体機能合成化学研究室
准主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
特別研究員 アンバラ・ラクマット・プラディプタ(Ambara Rachmat Pradipta)
特別研究員 泰地 美沙子(たいち みさこ)

グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター
システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
副チームリーダー 北爪 しのぶ(きたづめ しのぶ)
チームリーダー 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

カザン大学 生体機能化学研究室(理研-カザン連携研究室)
准教授 アルミラ・クルバンガリエバ(Almira Kurbangalieva)
大学院生 エレナ・サイジトバタロバ(Elena Saigitbatalova)

大阪府立大学 21世紀科学研究機構
特別講師 中瀬 生彦(なかせ いくひこ)

背景

アクロレインは、喫煙(タバコの煙)や有機物の燃焼時に発生します。不飽和アルデヒド分子の中で最もサイズが小さく、非常に反応性が高い毒性分子です。さまざまな生体内の求核性分子[4]と速やかに反応し細胞にダメージを与えます。また、がんやアルツハイマー、脳梗塞など、酸化ストレスを原因とする疾患においても、脂質やポリアミン(タンパク質合成や細胞分裂に関与する因子)の代謝産物としてアクロレインが過剰に発生し、さらに酸化ストレスを亢進させると考えられています。最近の研究では、これまで酸化ストレスの主要因と考えられてきたヒドロキシラジカル(・OH)を代表とする活性酸素(ROS: Reactive Oxygen Species)よりもアクロレインが高い毒性を示すことが分かっています。このため、細胞で発生するアクロレインと酸化ストレス疾患との関連性を調べることは重要なテーマになっています。

これまで、アクロレインは蛍光基を持つ求核試薬[4]と反応させ、高速液体クロマトグラフィーで定量することで間接的に検出してきました。また、アクロレインと生体アミノ基との付加化合物を抗体で検出する方法も開発されていますが、コストや利便性の面から、生きた細胞を使って経時的かつ直接的に可視化・検出する方法が強く望まれていました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、アクロレインの新しい有機反応を開発する中で、単純な組成のアジド化合物がアクロレインと室温で速やかに反応し、1,3-双極子付加反応[5]を経て1,2,3-トリアゾリン化合物となることを発見しました(図1)。アジド化合物は、これまでに「生体内(細胞内)の分子とは通常、反応しない化合物」であると考えられ、最近では細胞表面の標識実験などによく使用されています。しかし、国際共同研究グループは、細胞が発生するアクロレインのみが、低濃度のアジド化合物と混ぜ合わせるだけで素早く反応することを見いだしました。

さらに、細胞から発生するアクロレインがアジド化合物と反応すると、1,2,3-トリアゾリンが細胞内に効率良く取り込まれることを見いだしました(図2)。国際共同研究グループは、この現象を利用して、生きたままの検体を使ってアクロレインを可視化・検出することに成功しました。市販、または簡単に入手可能な蛍光基を持つアジド化合物を単に細胞にふりかけることにより、細胞のアクロレイン発生の様子を簡便に画像で捉えることが可能となりました。従来法と比べて感度が著しく向上させることに成功し、条件によっては1nMのアクロレインも検出することが可能です。

図2は、過酸化水素で酸化ストレスを与えた細胞にアジド試薬を作用させた画像です。過酸化水素の量、すなわち酸化ストレスの程度に依存して、アクロレインの発生量が増加していることが分かります。これまでの方法では、感度が悪く、また抗体などでは直接検出できなかったため、過酸化水素を加えたときに、細胞からどれくらいのアクロレインが放出されているか分かりませんでした。しかし今回、国際共同研究グループが開発した方法により、50uMの過酸化水素を加えたときに、100nMのアクロレインが発生していることを初めて明らかにしました。このように、煩雑な操作や過酷な条件、あるいは高価な抗体を用いずに、生きた細胞から発生するアクロレインを経時的に検出できる高効率的な方法を実現しました。

さらに国際共同研究グループは、アクロレインを発生する細胞を効率的に染色できる理由を、さまざまな誘導体を用いて調べました。その結果、アジド化合物とアクロレインの反応で生成する1,2,3-トリアゾリン化合物は、エンドサイトーシス(細胞外の物質を細胞内へ取り込むこと)という機構で細胞内に取り込まれて小胞体やリソソームに移行することが分かりました(図3)。

今後の期待

本研究成果は、安価で入手容易なアジド化合物を細胞にふりかけるだけで、簡単にアクロレインを可視化・検出できるため、今後、アクロレインと酸化ストレス疾患との関連性の究明に貢献すると期待できます。また、同手法を用いることで、アクロレインが発生している細胞や組織に選択的に薬を送りこむことが可能となり、酸化ストレス疾患に対する新たなドラッグデリバリーシステム(DDS)開発の手がかりとなります。今後、酸化ストレス疾患の診断や治療に役立つと考えられます。

一方、最近では、「クリック反応[6]」に代表されるように、アジド化合物を使用した細胞表面での標識やイメージング研究が世界中で盛んに行われています。国際共同研究グループが見いだした現象は、アクロレインの発生する生体環境下でアジド化合物を使用する場合には注意が必要であることを示す成果です。

原論文情報

  • Ambara R. Pradipta, Misako Taichi, Ikuhiko Nakase, Elena Saigitbatalova, Almira Kurbangalieva, Shinobu Kitazume, Naoyuki Taniguchi and Katsunori Tanaka, "Uncatalyzed Click Reaction between Phenyl Azides and Acrolein: 4-Formyl-1,2,3-Triazolines as "Clicked" Markers for Visualizations of Extracellular Acrolein Released from Oxidatively Stressed Cells", ASC Sensors, doi: 10.1021/acssensors.6b00122

発表者

理化学研究所
准主任研究員研究室 田中生体機能合成化学研究室
准主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
特別研究員 アンバラ・ラクマット・プラディプタ(Ambara Rachmat Pradipta)
特別研究員 泰地 美沙子(たいち みさこ)

泰地 美沙子特別研究員、アンバラ・ラクマット・プラディプタ特別研究員、田中 克典准主任研究員の写真 左から泰地 美沙子、アンバラ・ラクマット・プラディプタ、田中 克典

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

公立大学法人大阪府立大学 広報渉外部広報課広報グループ
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koho_prmagazine [at] ml.osakafu-u.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.酸化ストレス
    生体内で酸化還元状態の均衡が崩れた時、過酸化水素やヒドロキシラジカルを代表とする活性酸素が生産される。これらが生体内のタンパク質や脂質、あるいは核酸と反応し、生体にダメージを与える。がんや動脈硬化、アルツハイマーや慢性疾患など、酸化ストレスを原因とする疾患が良く知られている。
  • 2.不飽和アルデヒド、アクロレイン
    アルデヒド基が二重結合(または三重結合)と炭素—炭素結合を介してつながった構造を持つ化合物を不飽和アルデヒドといい、アルデヒド基につながる二重結合が、全て水素で置換されている分子がアクロレインである。不飽和アルデヒドは、アルデヒド基や二重結合の多数の部位で反応でき、反応性が高い分子で、特にアクロレインは不飽和アルデヒドの中で最も小さく反応性が高いため、生体内のさまざまな分子と反応する。また、毒性が非常に強い。
    不飽和アルデヒド、アクロレインの図
  • 3.アルキル、またはアリールアジド
    アジド(3つの窒素原子が下記の構造のように直線に並んだ構造)にアルキル基や芳香族基がついたもの。アジドは、有機反応が古くから多数報告されているが、基本的に生体に存在する分子とは反応せず、生体内(細胞内外)で安定に存在すると考えられている。このため、細胞内外でアジドに選択的な反応を用いて標識研究が盛んに実施されている。
    アルキル、またはアリールアジドの図
  • 4.求核性分子、求核試薬
    負電荷を持つ、または負電荷が偏った分子は正電荷を帯びた分子に対して結合反応を起こそうとする。このように、負電荷を帯びた、またはその等価体分子を求核性分子・試薬(核のような正電荷を求める分子・試薬)と呼ぶ。
  • 5.1,3-双極子付加反応
    本成果に代表されるような、アジド(3つの原子から構成される4π系電子化学種)と二重結合、あるいは三重結合が反応し、5員環化合物を与える反応の総称。
    1,3-双極子付加反応の図
  • 6.クリック反応
    ノーベル化学賞受賞者であるスクリプス研究所のB. K. Sharpless教授によって提起された、効率的な結合形成反応。シートベルトを締める際、“カチッ”というように、2つの反応部位が、速やかに、かつ選択的に、しかも他の副生成物を与えることなく100%に近い効率で結合生成を起こすような型の反応をいう。この代名詞として知られる反応として、アジドとアセチレン(炭素−炭素三重結合を持つ化合物)がトリアゾールを与える反応が挙げられる(補足説明[5]の図参照:本成果で示したアジド化合物とアクロレインの反応もこの分類に属する)。あらゆる科学分野で積極的に活用されている。
アルキルアジド化合物とアクロレインの速やか、かつ選択的な反応図

図1 アジド化合物とアクロレインの速やか、かつ選択的な反応

アジド化合物は、細胞内外に存在するさまざまな不飽和アルデヒドや活性な二重結合のうち、最も小さく毒性の高いアクロレインとのみ選択的に1,3-双極子付加反応を経て1,2,3-トリアゾリン化合物となる(右)。アジド化合物は他の分子とは反応しない(左)。

酸化ストレス条件下でのアクロレインの可視化の図

図2 酸化ストレス条件下でのアクロレインの可視化

過酸化水素(H2O2)を作用させることによって酸化ストレスを与えた細胞に、蛍光基(赤色蛍光)を持つアジド化合物1を30分作用させることによって、アクロレインの発生量を簡便に可視化することができる。右図は、赤色の蛍光色素の増加をよりわかりやすく濃淡色で表示。50uMの過酸化水素を加えたときに、100nMのアクロレインが発生していることがわかった。

アクロレインが発生する細胞を染色するメカニズム図

図3 アクロレインが発生する細胞を染色するメカニズム

蛍光基(赤色蛍光)を持つアジド化合物とアクロレインからつくられる1,2,3-トリアゾリン化合物は、速やかに細胞内にエンドサイトーシスという機構で取り込まれて(a)小胞体(ER: Endoplasmic Reticulum)や(b)リソソームを標識する。

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