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2016年4月21日

理化学研究所

細胞をドーナツ型に変形させる力の源

-上皮細胞のトポロジーを変換するメカニズムを解明-

要旨

理化学研究所(理研)多細胞システム形成研究センター形態形成シグナル研究チームの加藤輝客員研究員、董波(ボ・ドン)元研究員、林茂生チームリーダーらの研究チームは、ショウジョウバエ胚における気管形成過程をライブセルイメージング[1]で詳しく観察し、気管の枝(気管のもとになる上皮細胞[2]の管)が連結する際に起きる“球体からトーラス(ドーナツ)型へ”の細胞の形態変換に、細胞骨格に関わるアクトミオシン[3]微小管[4]が担う役割を明らかにしました。

生物の体内では、血管、呼吸管など管状組織のネットワークが縦横に張り巡らされ、体の隅々まで血液や酸素を行き渡らせる物質循環が行われています。ショウジョウバエの胚発生では、各体節の気管原基(気管のもとになる組織)に由来する気管の枝が移動し、特定の位置で連結(融合)してネットワークを形成します。先端細胞(気管の枝の先端部に位置する細胞)は枝の移動を先導し、枝の融合に際して球体からトーラス型に形態変換することが知られていました。トポロジー(位相幾何学)[5]の観点では、球体とトーラス型は相互に変換不可能な形状として分類されます。

研究チームは、ライブイメージングを利用して、先端細胞の形態変化の過程を詳しく調べました。対になった先端細胞は、同調しながらアクトミオシンの作用でコンパクトに収縮し、その状態から同時に球体からトーラス型へ形態変換し、管腔(かんくう)を貫通させる様子が観察されました。また、微小管の働きを阻害すると先端細胞の同調的な収縮が乱れ、融合が遅れたり停止したりしました。さらに、微小管が気管の管腔形成に重要な分子の輸送や分泌を助けることで、接着した先端細胞のすき間に新たな管腔の形成が促進されることが分かりました。すなわち、微小管は同調的な細胞収縮と管腔の成長をつかさどることで、1対の球形細胞を同時にトーラス型細胞へ形態変換させる役割を担うことが明らかになりました。

今後、今回のような例をモデルに研究を進めることで、細胞の形態変換に共通する普遍的な原理を明らかにする可能性があります。

成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月12日付け:日本時間4月12日)に掲載されました。

背景

細胞は脂質二重膜からなる細胞膜で取り囲まれており、球体が基本の形です。神経細胞のように多数の枝を持つ複雑な形態をとっても、トポロジー(位相幾何学)の観点では球体と同じとみなされます。ところが、“穴”を持つトーラス(ドーナツ)型の細胞は球体からの連続的な変形が不可能であり、“トポロジーが異なる”とみなされます。

単細胞の原生動物のモジホコリカビは、穴を多数持つ形状となることでさまざまなネットワーク構造を柔軟に作ることが知られています。脂質二重膜の連続性を保ちつつ細胞に穴を開けるには、細胞膜上の異なる2点が細胞質を押しのけて接触し、融合する必要があります。一方、多細胞生物では穴を持つ細胞は極めてまれにしかみられません。そのような珍しいトーラス型細胞の1つが、ショウジョウバエ胚の気管の枝にある先端細胞(気管の枝の先端部に位置する細胞)です。

昆虫の気管は体内に張り巡らされた管のネットワークによって、外部の空気を取り込んで体内組織へ送り込む働きをしています。ショウジョウバエでは、胚発生の際にまず、体節ごとに気管原基(気管のもとになる組織)が対になって生じます。この気管原基は上皮細胞からなり、中央に管腔(かんくう)を持つ分岐した組織ユニットが前後左右で枝を連結させることで、全身にわたる気管のネットワーク構造を作り上げます(図1、動画1)。この組織ユニットの分岐先端は閉じた管であり、その先頭に位置するのが先端細胞です。枝同士が連結する際、先端細胞対は互いに接触するとコンパクトに収縮し、トーラス型にトポロジー変換して管腔を貫通させます。このとき、先端細胞対では、収縮と球体からトーラス型への形態変換が同時に起こります。したがって、細胞間で形態変換を協調させる仕組みが働いていることが予測されますが、その実体は不明でした。

研究手法と成果

研究チームは生きた細胞のさまざまな活動を継時観察できるライブイメージングを利用して、生きたショウジョウバエ胚における気管の枝の移動と融合の過程を詳しく観察しました。気管の枝の先端細胞は連結に向けて、互いに進行方向に多数の細胞突起を伸ばしながら移動していました。これらの細胞突起には、細胞骨格系のアクチン線維[3]に加えて、微小管が多く含まれています(図2、動画2)。さらに細胞接着分子のEカドヘリン[6]が粒子状に分布していました(図3)。やがて細胞突起が互いに接触すると、接触部位ではEカドヘリンの量が増加して、新たな細胞接着面を作りました。これらの結果から、先端細胞対は細胞突起表面にEカドヘリンを出して、“とりもち”のように互いに相手方の先端細胞を捕まえて接着すると考えられました。

新たな細胞接着面が確立した後、先端細胞は気管の連結方向の距離を縮め、収縮しました(図4、動画3)。この時点で、アクチン線維が先端細胞の連結方向に配向し、そこに細胞骨格系のミオシン[3]の蓄積がみられました。ライブイメージングで観察したところ、先端細胞の両端を結ぶように配向するアクトミオシン(アクチンとミオシンの線維の複合体)のバンド(帯)は、先端細胞対の収縮に伴って徐々に短く距離を詰めた後、管腔が貫通するようにみえました。このとき、ミオシンの活性を阻害すると細胞収縮は起こらなくなりました。また、収縮し始めた先端細胞のアクトミオシンのバンドの1点にレーザーを照射すると、ゴムが切れるように張力が失われ、細胞が弛緩しました(図5)。これらの結果から、アクトミオシンが先端細胞をコンパクトに収縮する力を生み出している“源”であることが明らかになりました。この収縮により、先端細胞の両方から細胞膜が引き寄せられ、膜融合が起きる条件が整うと考えられます。

一方、微小管は先端細胞の移動時には進行方向に向かって扇状に広がり、接着後はアクトミオシンと同様の局在を示しました。微小管は細胞骨格の1つで、細胞の形態維持のほか、細胞内物質輸送の際の輸送路としても機能します。そこで、研究チームは微小管の働きを阻害し、先端細胞の形態変換における機能を探りました。

まず比較的弱く阻害したところ、先端細胞対の同調的な収縮が乱れて、交互に引き合う綱引き状態に陥り、管腔が貫通しなかったり、貫通するまでに野生型に対して約1.3倍の時間を要したりしました。このことから、微小管は先端細胞対の収縮を同調させる役割を担うことが示されました。次に、微小管を強く阻害したところ、細胞接着部位へのEカドヘリンの蓄積が遅れ、先端細胞対がうまく接着できなくなりました。これは、輸送路としての微小管がうまく機能せず、細胞内で新たに合成されたEカドヘリンの運搬に異常が起きたためと考えられます。

研究チームは2013年、ショウジョウバエ胚の気管発生において、管腔内へ分泌される分子(Serp)とその分泌制御に関わる分子(Rab9)が、管腔の形成に重要な役割を果たすことを報告しました注1)。そこで、これらの分子についても詳しく解析したところ、先端細胞に特異的に発現する微小管結合性の小胞体[7]分子(Alr3)がRab9に働きかけて、先端細胞接着部の細胞間隙へのSerp分泌を促し、管腔を貫通させることが分かりました。さらに、微小管の働きを阻害した細胞では、これらの分子の合成・細胞内輸送・分泌に不可欠なゴルジ体[8]および小胞体が細胞接着面に集積できず、管腔が貫通できないことも分かりました。

以上をまとめると、①Eカドヘリンが集積して先端細胞対を接着、②アクチン線維とミオシンが先端細胞を収縮、③微小管がこの収縮運動を同調させる役割を担うことが分かりました。さらに、微小管は接着部の細胞間隙へのタンパク質Serp分泌を促進することで、新たな管腔の成長を促すことも分かりました。2つの先端細胞の球体からトーラス型への形態変換は、細胞収縮と管腔の成長が並行して促進されることで、同時に起きることが明らかになりました(図6)。

注1)2013年1月16日プレスリリース「ショウジョウバエの気管の長さを決める仕組みを発見

今後の期待

今回の研究では、ショウジョウバエ胚の対になった先端細胞が収縮と同時に球体からトーラス型へのトポロジー変換を起こすための必要条件を明らかにしました。今後は、トーラス型への変換を実現させる細胞質側での細胞膜ダイナミクスと細胞外部の管腔側からの作用の両面の詳細を明らかにすることで、このような細胞構造変化を実現する仕組みをより明らかにしたいと考えています。

今回着目したトーラス型細胞は、細胞の形態変化の中でもまれな極端な例ですが、このような特殊な変換を駆動する分子自体はいずれもさまざまな細胞に一般的に含まれるものです。今回のような例をモデルに研究を進めることで、細胞の形態変化に共通する普遍的な原理が明らかになると期待できます。

原論文情報

  • Kagayaki Kato, Bo Dong, Housei Wada, Miho Tanaka-Matakatsu, Yoshimasa Yagi & Shigeo Hayashi, "Microtubule-dependent balanced cell contraction and luminal-matrix modification accelerate epithelial tube fusion", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms11141

発表者

理化学研究所
多細胞システム形成研究センター 形態形成シグナル研究チーム
チームリーダー 林 茂生 (はやし しげお)
客員研究員 加藤 輝(かとう かがやき)
元研究員 董 波(ぼ どん)

林 茂生チームリーダーの写真 林 茂生
加藤 輝 客員研究員の写真 加藤 輝
董 波(ぼ どん)元 研究員の写真 董 波

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ライブセルイメージング
    生きた細胞のさまざまな活動を継時観察すること。特にGFPなどの蛍光マーカーを用いて特定の細胞や組織を標識し、蛍光顕微鏡でその動きや変化を詳細に観察できる。
  • 2.上皮細胞
    体表面を覆う「表皮」、管腔臓器の粘膜を構成する「上皮」、外分泌腺を構成する「腺房細胞」や内分泌腺を構成する「腺細胞」などを総称した細胞のこと。上皮細胞が密に接着して作られたシート状の組織を上皮細胞シートと呼ぶ。上皮細胞には、外気や液体にさらされている頂端面と結合組織に接着する基底面があり、それぞれに異なる性質を持つことが知られている。
  • 3.アクトミオシン、アクチン線維、ミオシン
    アクチン線維は真核細胞に最も多量に含まれるタンパク質で、細胞骨格を作るタンパク質の1つ。アクチン線維は重合、脱重合を繰り返すことでさまざまな分布パターンを示す。ミオシンはアデノシン三リン酸(ATP)を加水分解して得られるエネルギーを用いてアクチン線維上を滑り運動するモータータンパク質である。アクチンとミオシンの線維の複合体をアクトミオシンと呼び、筋肉を収縮させ、細胞を変形させる原動力となる。
  • 4.微小管
    細胞の骨格構造の1つ。チューブリンと呼ばれるタンパク質が重合、脱重合を繰り返してダイナミックな線維構造を形成する。
  • 5.トポロジー
    位相幾何学。三次元体の場合、表面の連続性を保って変形できる形状は同じと見なす。例えば、球体とフォーク、ドーナツとコーヒーカップはそれぞれ同じ位相を持つが、これらのグループ間では位相が異なる。下図のように、球体からトーラス(ドーナツ)型へ、またはその逆の変換をトポロジー変換と呼ぶ。
    トポロジー変換の図
  • 6.Eカドヘリン
    動物の細胞同士の接着に必要な細胞膜タンパク質。細胞境界面で、同じ分子同士が結合して細胞を接着させる。
  • 7.小胞体
    脂質二重膜からなる細胞小器官の1つで細胞質と細胞外とのをつなぐ物質輸送の経路となる。
  • 8.ゴルジ体
    脂質二重膜からなる細胞小器官の1つ。分泌タンパク質を成熟させる場で、N型糖鎖の付加やタンパク質の正しい折り畳みなどが行われる。小胞体との間でタンパク質の受け渡しが行われる。
ショウジョウバエの気管発生の図

図1 ショウジョウバエの気管発生

ライブイメージングにより、胚の気管発生を側方から観察した画像(左)と、背側から観察した画像(右)。頭側(A)-尾側(P)を示している。体節ごとに気管原基が対になって生じ、中央に管腔を持つ上皮組織ユニットが前後左右の枝と連結することで、全身にわたるネットワーク構造を作り上げる。左上から発生約10時間後、12時間後、左下と右が14時間後にあたる。

YouTube:ショウジョウバエ胚の気管発生(動画)

ショウジョウバエ胚の気管先端細胞におけるアクチン線維と微小管の分布の図

図2 ショウジョウバエ胚の気管先端細胞におけるアクチン線維と微小管の分布

左図: アクチン線維のみの画像。
中央図:微小管のみの画像。
右図: アクチン線維と微小管を合わせた図。緑色部分がアクチン線維、マゼンタ部分が微小管を表している。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

YouTube:ショウジョウバエ胚の気管の融合(動画)

ショウジョウバエ胚の気管先端細胞における細胞突起同士の接触の図

図3 ショウジョウバエ胚の気管先端細胞における細胞突起同士の接触

白くみえる部分が細胞突起。矢印は、細胞接着分子のEカドヘリン粒子(マゼンタ)が付着した細胞同士の接触を示している。矢頭は、Eカドヘリンは付着しているが、まだ接触していない細胞突起を示す。

ショウジョウバエ胚の接着した先端細胞の図

図4 ショウジョウバエ胚の接着した先端細胞

接着して連結方向にコンパクトに収縮した先端細胞。微小管を染色した画像。

YouTube:ショウジョウバエ胚の気管先端細胞の収縮(動画)

ショウジョウバエ胚の気管先端細胞の収縮運動の図

図5 ショウジョウバエ胚の気管先端細胞の収縮運動

1対の先端細胞が接着して収縮する様子。先端細胞の接触点を黄色の矢印で、先端細胞と隣接する細胞との境界を白い矢頭で示す。レーザー照射を片方の細胞に対して行うと(左、星印)、その細胞は収縮力を失って伸長する。同時にもう1つの細胞は過剰に収縮する。レーザー未照射の先端細胞対(右)では、両者が均等に収縮する。緑色はアクチン線維、マゼンタはEカドヘリンに結合するp120カテニンを示す。

ショウジョウバエ胚の気管発生における形態変換の図

図6 ショウジョウバエ胚の気管発生における形態変換

  • 1.気管の先端細胞にEカドヘリンが蓄積し、粒子状に分布する。このとき、微小管は結合方向に向かって、扇型状に広がり、新たな細胞接着面が確立する。
  • 2.先端細胞対は気管の連結方向の距離を縮め、Eカドヘリンの集積によって細胞が接着する。このとき、アクトミオシンと微小管のバンドは連結方向に配向する。
  • 3.アクトミオシンが接着した先端細胞対を収縮させ、微小管が収縮運動を同調させる役割を担う。微小管は細胞接着部の細胞間隙へタンパク質Serpを分泌させ、新たな管腔の成長を促進する。
  • 4.アクトミオシンのバンドが短く間を詰めて、細胞の管腔を貫通させる。トーラス型細胞が完成する。

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