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2016年5月25日

理化学研究所
東京大学
九州大学
国立環境研究所

北極域への「すす」の輸送メカニズムを解明

-「京」を用いた超高解像度の全球大気汚染物質シミュレーション-

要旨

理化学研究所計算科学研究機構複合系気候科学研究チームの佐藤陽祐基礎科学特別研究員と富田浩文チームリーダーらと、東京大学、九州大学、国立環境研究所らの共同研究グループは、スーパーコンピュータ「京」[1]を用いた超高解像度シミュレーションにより、気候変動に大きな影響を与える粒子状の大気汚染物質である「すす(黒色炭素[2])」の北極域への輸送メカニズムを解明しました。

エアロゾル[3]の一種である黒色炭素の多くは人間活動によって放出され、大気中の長い距離を輸送されます。北極圏の雪や氷の上に降り積もった黒色炭素は、その色を黒く変えてしまい、太陽光の反射率を低下させて地球温暖化を促進します。このように、北極圏の黒色炭素量は地球温暖化に直接影響を及ぼす可能性があることから、人間活動が活発な中緯度帯から北極圏への黒色炭素輸送量の正確な推定が必要とされています。しかし、これまでの北極圏における観測結果はシミュレーションよりも多量の黒色炭素の存在を示しており、従来の気候モデルの表現する”清浄すぎる北極圏”と現実との間には不整合が存在していました。

共同研究グループは、基本原理に忠実な全球大気モデルと精緻化されたエアロゾルモデルを融合させて、「京」を最大限に駆使し、従来よりも一桁高い数㎞の水平解像度[4]でのシミュレーションを実施しました。これにより、黒色炭素の北極への輸送量について、実際の観測結果をより良く再現しました。同時に、従来の低解像度のシミュレーションでは、低気圧周辺において空気の混合が弱く輸送が十分ではなかったため、および、降水に伴って大気中から過剰に除去していたため黒色炭素輸送量を過少評価していたことが明らかになりました。

今後、より高性能なスーパーコンピュータの性能を最大限駆使することで、より不確実性を減らした気候変動予測が可能になると期待できます。

本研究の一部は課題代表者:宇宙航空研究開発機構 中島映至センター長によるHPCI一般課題[5]「全球規模大気環境汚染に関わる統合環境モデリング(課題番号:hp140046)」および「次世代型大気汚染物質輸送モデルの精緻化と排出量の推定(課題番号:hp150156)」として実施されました。

成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月25日付け:日本時間5月25日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 計算科学研究機構 複合系気候科学研究チーム
基礎科学特別研究員 佐藤 陽祐 (さとう ようすけ)
チームリーダー 富田 浩文 (とみた ひろふみ)
研究員 八代 尚 (やしろ ひさし)

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
准教授 三浦 裕亮 (みうら ひろあき)

九州大学 応用力学研究所 東アジア海洋大気環境研究センター 気候変動科学分野
教授 竹村 俊彦 (たけむら としひこ)

国立環境研究所地域環境研究センター
主任研究員 五藤 大輔 (ごとう だいすけ)

宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門地球観測研究センター
センター長 中島 映至 (なかじま てるゆき)

背景

大気中の粒子状浮遊物質であるエアロゾルは、太陽光を反射・吸収することで気候変動に大きな影響を及ぼします。中でも「すす」として知られる黒色炭素は、大気中を漂っている間に太陽光を吸収して気温を変化させるだけでなく、雪や氷の上に降り積もって色を黒く変化させ、日光による雪や氷の融解を促進する効果を持ちます。北極域には雪や氷が多く存在するため、その量は地球規模の気候変動に大きな影響を与えます。

しかし、これまでの全球気候シミュレーションでは北極域に流入する黒色炭素の量を過小評価する傾向があり、輸送の再現には大きな不確実性がありました。天気予報をはじめとする気象・気候の数値シミュレーションは地球全体を格子に切り分け、各格子における大気の状態(風速・風向・気温・気圧・湿度など)を計算することで様々な現象を表現しています。エアロゾルの諸過程を表現するためには、これに加えて、エアロゾルの発生・移流・拡散・化学反応・除去といったエアロゾルの輸送に関わる過程を計算する必要があります。また、エアロゾルは大気中を移動する間に雲の形成と降雨によって大気中から取り除かれるため、エアロゾルの輸送過程を正しく表現する上で詳細な雲の再現も重要です。しかしながら、このようなエアロゾルに関わる部分には大きな計算コストがかかるため、これまでに行われたシミュレーションでは雲を詳細に表現できるほどに空間解像度をあまり高めることが出来ませんでした。そのため、エアロゾルの輸送に関わる過程を取り扱いつつ、かつ雲の微細な構造を再現できる空間解像度でのシミュレーションが待ち望まれていました。

研究手法と成果

本研究では、全球雲解像モデルNICAM[6]にエアロゾル輸送過程の計算を担うSPRINTARS[7]モデルを結合し、全球でのエアロゾル輸送シミュレーションを行ないました。スーパーコンピュータ「京」を用いることで、従来よりも1桁高い精度である3.5kmの水平格子間隔での超高解像シミュレーションに成功しました。このシミュレーションでは、最大で地球の大気を16億個の格子(水平3.5kmメッシュ、鉛直38層)で表現し、「京」システム全体のおよそ1/4である20,480ノード(16万3840コア)を使いました。2週間分のシミュレーションにおよそ17時間を要しています。このとき、1秒間におよそ140兆回の浮動小数点計算を行いました。

日本付近で発生した低気圧と前線を例にとると、3.5kmの格子間隔によるシミュレーションでは低気圧や前線に伴う個々の雲の微細な構造が、従来の解像度(56kmの格子間隔)でのシミュレーションに比べて格段によく再現されています(図1)。高解像度のシミュレーションでは、雲や雨のある領域とない領域のコントラストがはっきりし、雲や雨によって除去されずに残るエアロゾルがより増えることがわかりました。また低気圧や前線の活動によって局所的に起こる強い上昇流や詳細な構造の渦が、効果的にエアロゾルを上空まで持ち上げ、より遠い地域まで輸送されることを可能にしていることがわかりました。

本研究では、エアロゾルの中で特に黒色炭素が北極域に運ばれる量について詳細な解析を行いました。水平格子間隔の高解像度化によって、これまで少なく見積もられていた北極域への輸送量は大きく増加し、北極域で観測された黒色炭素濃度をよりよく再現するようになりました(図2)。シミュレーションの期間内に北極域に流入した黒色炭素の総量は、従来解像度でのシミュレーションに比べておよそ4倍もの流入量が見積もられました。このような流入量の増加は、上述の北極域の雪や氷の融解量の増加に大きなインパクトを与え、将来の気候予測の見積もりを大きく変える可能性があります。

今後の期待

本研究の成果は、今後の地球温暖化に代表される全球気候変動の予測結果を改善する上で重要な指針となります。「京」のような高い計算性能を持ったスーパーコンピュータを用い、超高解像度での全球エアロゾルシミュレーションを行うことによって、これまでの解像度では難しかったエアロゾル輸送メカニズムの詳細な表現が可能になりました。今後、ポスト「京」コンピュータ[8]のようなコンピュータの性能を最大限駆使することで、より不確実性を減らした気候変動予測が可能になると期待できます。例えば、本研究のような詳細なシミュレーションを長期間にわたって実施することで、地球温暖化などの全球気候変動の見積もりが大幅に改善できる可能性があります。

原論文情報

  • Yousuke Sato, Hiroaki Miura, Hisashi Yashiro, Daisuke Goto, Toshihiko Takemura, Hirofumi Tomita, and Teruyuki Nakajima, "Unrealistically pristine air in the Arctic produced by current global scale models", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep26561

発表者

理化学研究所
計算科学研究機構 研究部門 複合系気候科学研究チーム
基礎科学特別研究員 佐藤 陽祐 (さとう ようすけ)
チームリーダー 富田 浩文 (とみた ひろふみ)

佐藤 陽祐 基礎科学特別研究員の写真 佐藤 陽祐
富田 浩文 チームリーダーの写真 富田 浩文

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

九州大学 広報室
Tel: 092-802-2130 / Fax: 092-802-2139
koho [at] jimu.kyushu-u.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.スーパーコンピュータ「京」
    文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
  • 2.黒色炭素
    大気中の炭素性エアロゾルのうち、元素状炭素のエアロゾルのことを指し、ブラックカーボンと呼ばれることもある。煤(すす)などがよく知られた例で、森林 燃焼、車の排気ガス、化石燃料の燃焼などによって発生する。表面が黒いため、他の多くのエアロゾルとは異なり、太陽光を吸収し地球の大気を温める効果を持つ。また、気候変動に大きな影響を与えるにとどまらず、呼吸を通して人間の体内に入り健康に悪影響を及ぼすことも懸念されている。
  • 3.エアロゾル
    大気中を浮遊する微粒子の総称であり、10万分の1ミリメートルから100分の1ミリメートル程度の半径をもつ。上述の黒色炭素に加え、黄砂に代表される地面から巻き上げられた土壌粒子、海塩粒子のほか、大気中で化学物質が変質して粒子になるものもある。
  • 4.解像度
    本原稿においては、気象モデル・気候モデルの格子間隔を示す。
  • 5.HPCI一般課題
    HPCI(High Performance Computing Infrastructure)とは「京」を中核として全国の主要なスーパーコンピュータを高速ネットワークで繋ぐことで、ユーザー層が全国のHPCリソースを効率よく利用できる体制と仕組みを整備し提供するプロジェクト。全国規模でニーズとリソースのマッチングを可能とすることにより、萌芽的研究から大規模研究、さらに産業利用にわたる幅広いHPC活用を加速し成果の社会還元を図る。HPCI運用事務局は高度情報科学技術研究機構である。一般課題とは「京」を中核とするスーパーコンピュータを利用する一般的な研究全般を対象とする研究課題。成果事例については HPCIのホームページ:「京」を中核とする HPCI利用研究課題 成果事例集参照。
  • 6.NICAM
    全球の大気を超高解像度でシミュレーションすることのできる気象・気候モデル。雲解像モデルと呼ばれる。従来の全球気象モデルでは、大規模な大気の循環と雲・降水プロセスとの関係について、水平解像度が不足しているためになんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは地球全体で雲の発生・挙動を忠実に表現することにより、高精度のシミュレーションを実現している。開発当初から並列計算機での使用を念頭におき、従来の計算手法を見直している。これにより、スーパーコンピュータ「京」のような超並列計算機の特性を生かした大規模計算が可能になった。
  • 7.SPRINTARS
    九州大学応用力学研究所が中心となり開発してきたエアロゾル輸送モデル。エアロゾルの輸送過程(発生・移流・拡散・化学反応・湿性沈着・乾性沈着・重力落下)に加えて、エアロゾルによる太陽・地球放射の散乱・吸収に伴う影響、およびエアロゾルが雲に及ぼす影響を計算する。これまで、東京大学大気海洋研究所(気候システム研究系)・国立環境研究所・海洋研究開発機構が開発している大気海洋結合モデルに結合した実験が行われ、気候変動に関する政府間パネル (IPCC)第4次(2007年)および第5次(2013年)評価報告書のエアロゾルによる気候への影響評価に大きく貢献した。本研究よりも低解像度のシミュレーションは、日々のPM2.5予測に利用されている。正式名称は Spectral Radiation-Transport Model for Aerosol Species
  • 8.ポスト「京」コンピュータ
    2020年をターゲットとして、理化学研究所が主体となって開発を進めている次世代フラッグシップスーパーコンピュータ。
「京」による全球でのエアロゾル輸送シミュレーション(当該論文の図を用いて作成)の図

図1 「京」による全球でのエアロゾル輸送シミュレーション(当該論文の図を用いて作成)

(a)は本研究で可能になった水平格子間隔3.5kmの低気圧の構造を示す。(b)は雨によって除去される黒色炭素の除去率。(c)および(d)は従来の水平格子間隔(56km)で再現された結果。(a)では雲や雨のある領域とない領域のコントラストがはっきりし、(b)雲や雨によって除去されずに残るエアロゾルがより増えていることがわかる。

北極域の地表での黒色炭素の質量と観測との比較(当該論文の図を用いて作成)の図

図2 北極域の地表での黒色炭素の質量と観測との比較(当該論文の図を用いて作成)

a)は本研究で実現した水平格子間隔3.5kmの結果。b)は従来の水平格子間隔56kmの結果。シェードが数値シミュレーション、◯が観測結果を示す。シミュレーションの期間内に北極域に流入した黒色炭素の総量について、3.5km格子解像度では56km格子解像度に比べておよそ4倍もの流入量が見積られた。

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