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2016年6月17日

理化学研究所

半炭化バイオマスを用いた土壌改良の包括的評価法

-植物・微生物共生系への複合オミクス解析-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダー、小倉立己・大学院生リサーチアソシエイト(研究当時)、伊達康博研究員らの国際共同研究グループは、「半炭化バイオマス[1]を用いた土壌改良の包括的評価法」を構築し、土壌の持つ物理学的・化学的・生物学的特性が植物の初期生長に与える影響を解明しました。

地球上にある陸地の約4分の1は、植物の生育に適さない荒漠地土壌[2]であるため、土をよみがえらせる緑化などの研究が行われています。そのうちの一つに木炭や魚粉など自然由来のバイオマスを使い、環境への負担が少ない方法で土壌改良を行う研究に注目が集まっています。

国際共同研究グループは、落葉植物のヤトロファ[3]生育時の剪定で廃棄される枝や葉から半炭化バイオマスを作製しました。半炭化バイオマスとは、生のバイオマスと木炭の中間の特性を持つものです。半炭化バイオマスを用いて土壌改良を行い、土壌特性の変化および植物の初期生長への影響について調べるために、次のような解析を用いた包括的な評価法を構築しました。

オートグラフ[4]および水分量と緩和時間解析による土壌の物理構造や保水能力の評価、②イオノーム解析[5]による土壌中および植物のミネラル評価、③メタボローム解析[6]による土壌中の有機物群評価、④マイクロバイオーム解析[7]による土壌中の共生微生物叢(そう)の評価。

こうした複合オミクス解析の結果、半炭化バイオマスを用いた土壌改良によって、土壌の団粒構造[8]や保水能力が向上し、植物の茎や根の初期生長が促進されることが明らかとなりました。

今回確立した物理的・化学的・生物学的特性の複合オミクス解析を用いた土壌改良による植物の生長への影響評価法は、土壌の持つ各特性の相互作用を理解するための手法として大きく貢献すると期待できます。また、現在模索されている土壌の緑化に応用できるとともに、貧栄養な土地と豊かな大地とで起こる食糧不均衡の問題に切り込む一手段として期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』(6月17日付け)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳(きくち じゅん)
大学院生リサーチアソシエイト(研究当時) 小倉 立己(おぐら たつき)
研究員 伊達 康博(だて やすひろ)

鳥取大学農学部 物資源環境学科生物資源科学講座
准教授 明石 欣也(あかし きんや)

ボツワナ共和国 農務省 農業研究所
研究員 マセホ・マスクヤネ(Masego Masukujane)
元研究員 ティディマロ・コッツェ(Tidimalo Coetzee)

背景

土壌には、砂や礫(レキ)といった大小さまざまな粒子、枯れた植物が土壌微生物によって分解された後に残る腐植物質[9]、雨や川などから流入したミネラルといったさまざまな物質が存在しています。それらが複雑に絡み合うことで団粒構造を形成し、土壌中に適度な水分を保持したり、空気の通り道を作り植物の根や土壌生物に酸素を供給したりしています。これらの環境循環については多くの報告がありますが、そのほとんどが物理的特性もしくは化学的特性といった単一の視点のみで捉えられています。そのため土壌中の環境循環を理解するには、物理学的、化学的、生物学的な各特性を包括的に解析する手法が必要だと考えられます。

また、植物の生長は土壌特性の影響を強く受けます。植物は根から栄養分や水分を吸収しますが、根で呼吸も行うため、土壌中に十分な湿度と空気が存在する必要があります。しかし、乾燥地帯であるアフリカのサハラ砂漠以南「サブサハラ」では、土壌が乾燥し、水分を含むと固く締まった土へ変化します。さらに、栄養の流入源となる河川などもほとんどないため土壌がやせており、農作物の栽培が非常に困難な地域となっています。しかし、人口急増の一方で地場産業の乏しいこのような土地で、農業を発展させることは重要な課題であることから、土壌改良の研究に注目が集まっています。

本研究では、廃棄される落葉植物ヤトロファの半炭化バイオマスを用いた土壌改良による物理学的・化学的・生物学的特性の変化について、複合オミクス解析を行うことで土壌特性を理解するとともに、植物・微生物共生系へ与える影響についての評価を試みました(図1)。

研究手法と成果

国際共同研究グループはこれまで、植物や藻類といったバイオマスの解析について報告しており注1)核磁気共鳴(NMR)法[10]の特性を活かした構造解析法を構築しています。今回、これら解析手法とともに土壌改良による物性や保水能力についても解析を行い、植物の生長に与える影響を調べることで、半炭化バイオマスによる土壌改良の効果を評価しました。各種測定データから土壌改良による物理的・化学的・生物学的な特性を明らかにするとともに、各種データを数値化し統計的解析を行うことで、経時変化による土壌代謝物や元素、膨大な種類・量の微生物の集団である共生微生物叢が植物の初期生長に与える影響を評価することができるようになります。

(1)半炭化バイオマスの作製

国際研究グループはまず、廃棄される破砕した落葉植物のヤトロファの枝や葉を、無酸素下、240℃で低温加熱し、半炭化バイオマスを作製しました。それを赤外分光法[11]、熱分析法、粒径分布、二次元溶液NMR法を用いて解析を行いました。以上のメタボローム解析の結果から、熱分解によってバイオマス中の水分とヘミセルロース成分の分解を確認しました。また、作製した半炭化バイオマスにはセルロース構造が残っていることが分かりました。

(2)貧栄養土壌への半炭化バイオマス添加による土壌特性の変化

半炭化させたヤトロファをボツワナ共和国(以下、ボツワナ)の土壌とさまざまな割合で混合させました。ボツワナは、アフリカ南部に位置する乾燥地帯にあります。ボツワナ土壌への半炭化バイオマスの混合比率を変化させた際の物理的・化学的特性の変化について、オートグラフ、水分測定法、発光分光法、NMR緩和測定法[12]により評価を行いました。各解析結果を統合的に評価することで、土壌の持つ物理的・化学的特性の関係性を明らかにすることが可能になります。今回の実験では、土壌改良により団粒構造の形成による土壌の構造安定化といった物理的特性が変化し、それにより土壌の保水能力の向上や植物の生長に効果のある元素が増加していることが明らかになりました。

(3)土壌改良による植物・微生物共生系への影響

半炭化バイオマスにより改良された土壌を用い、ヤトロファ苗と土壌共生微生物叢への影響について植物の生長度の評価、および溶液NMR法、発光分光法、次世代シーケンサー[13]を用いた共生微生物叢解析(イオノーム解析、マイクロバイオーム解析)による評価を行いました。その結果、植物の生長度において、改良土壌で生育した場合、背の高さは低くなりましたが、茎は太く、根が長くなることが分かりました。加えて、ナトリウム(Na)やカリウム(K)といった元素の取り込み能力が向上することも分かりました。土壌中では、植物が自己防衛のために産生するメタノールが減少し、共生微生物叢が変化することで酢酸やコハク酸といった微生物発酵産物が増加することも明らかになりました。(図2

以上の結果から、半炭化バイオマスを用いた土壌改良は、土壌の物理的・化学的・生物的特性を大きく変化させるとともに、植物の初期生長に大きく影響することが明らかになりました。

注1)2013年9月20日プレスリリース「多次元NMR法によるリグノセルロースの立体構造評価手法を構築
2015年5月15日プレスリリース「有用プランクトンを細胞丸ごと計測する多次元固体NMR解析

今後の期待

研究グループは2013年から、バイオマス超分子構造の変化と土壌代謝の関係性、河川底泥環境や海藻類の有機・無機成分の統合的な解析、シロアリ腸内細菌叢による新たな代謝経路の発見など、さまざまな環境における微生物共生系と有機・無機物質どうしの関係性について報告してきました注2)図3)。こうした共代謝[14]反応において、ありふれた物質や微生物が重要な役割を果たすことを明らかにしましたが、今回はこれまでの化学的・生物的特性の関係性評価に加えて物理的特性を評価することで、土壌改良に伴う構造変化とそれに伴う各種特性への影響、および植物の初期生長に与える影響を明らかにすることができました。

従来の土壌改良法では、土壌の肥沃化や保水能力の向上といった無機的な改良法と植物の生育状態との相関性を明らかにすることに注目されてきていましたが、今回の結果は、土壌物性[15]と含有元素、有機代謝物、共生微生物といった無機・有機的要因の関係性を明らかにしたものとなります。

さらに、今回構築した土壌改良法を用いることによって、現在も拡大している荒漠地を耕作可能な土壌へと改良するための一つの方法として展開されると考えられます。したがって、今後、爆発的な人口増加が懸念されているアフリカにおいて、広大な土地の緑化や農業の発展による食糧不均衡問題の解決へ応用できると期待できます。

注2)2013年6月20日プレスリリース「“土に還る”バイオマスの分解・代謝評価法を構築
2014年1月14日プレスリリース「海藻類の有機・無機成分複雑系の統合解析技術を構築
2014年5月15日プレスリリース「河口底泥の環境分析データの統合的評価と“見える化”
2014年7月9日プレスリリース「シロアリの後腸に共生バクテリアによる新たな代謝経路を発見

原論文情報

  • Ogura, T., Date, Y., Masukujane, M., Coetzee, T., Akashi, K. and Kikuchi, J., "Improvement of physical, chemical, and biological properties of aridisol from Botswana by the incorporation of torrefied biomass", Scientific Reports, doi:10.1038/srep28011

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳(きくち じゅん)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.半炭化バイオマス
    生物由来の有機物資源をバイオマスと総称する。半炭化バイオマスとは、生のバイオマスと木炭の中間の特性を持つバイオマスのことで、植物バイオマスを無酸素下で低温加熱して作製する。バイオマス中の水分がなくなることで熱生成効率が上がるとともに軽量化するため、易分解性バイオマス原料として期待されている。
  • 2.荒漠地土壌
    砂漠化や荒地化が進み、植物生育に向かない土壌。環境変化や人為的な自然破壊によって現在も拡大しており、その面積は陸上の約4分の1に上る。荒漠地土壌を使えるようにすることで、現在問題視されている食糧不均衡問題の解決の一助になると考えられている。ボツワナ共和国の南部も、作物生産に向かない土壌および気象環境にある。
  • 3.ヤトロファ
    ナンヨウアブラギリとも呼ばれるトウダイグサ科の落葉植物で、その種子にバイオディーゼルに利用し得る脂質を多く含む。また、果実は食用に適さないことから、食物と競合しないバイオマス源として注目されている。アフリカのボツワナ共和国や隣国モザンビーク、ベトナムで栽培およびバイオディーゼル生産研究が行われている。
  • 4.オートグラフ
    金属や木材が持つ張力やせん断力といった物理特性を解析するために用いられる測定方法。素材開発の分野で用いられることが多いが、噛みごたえなどの食品テクスチャーの評価にも利用できる。
  • 5.イオノーム解析
    イオノームとは無機元素の総体を意味し、イオノーム解析とは単離精製を経ずに無機元素混合物を包括的に測定および情報解析すること。
  • 6.メタボローム解析
    メタボロームとは代謝産物の総体を意味する。メタボローム解析とは、単離精製を経ずに代謝混合物を包括的に測定および情報解析すること。
  • 7.マイクロバイオーム解析
    マイクロバイオームとは微生物叢のことを指す。マイクロバイオーム解析とは、単離培養を経ずに微生物複合系を包括的に測定および情報解析すること。動物の腸内や土壌等の環境微生物叢は単離培養困難な微生物どうしの共生系が構築されており、動物の健康や植物成長にも深く関わっている。
  • 8.団粒構造
    土壌の微細粒子が集合して微小な塊状をなしていること。団粒構造が存在することで間隙が形成され、通気性、通水性、保水性に優れ、土壌生物の活動も盛んである。植物の生育にとって好ましい状態である。
  • 9.腐食物質
    植物中にセルロースなどと結合して存在する高分子化合物のリグニン等の難分解性物質が、微生物によって完全分解されずに土壌中に蓄積した分子複雑系。土壌中の粒子間に存在することで、土壌の団粒構造を形成する糊の役割を果たす。
  • 10.核磁気共鳴(NMR)法
    静磁場におかれた原子核の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる分光法。溶媒に分子を溶解させて計測する「溶液NMR法」や固体状態の分子を計測する「固体NMR法」などがあり、幅広い状態の試料を計測することができる。
  • 11.赤外分光法
    測定対象の物質に赤外線を照射し、透過(あるいは反射)光を分光することでスペクトルを得て、対象物の化学特性を得る分光法のこと。赤外分光法は、気体から固体まで幅広い物性の試料を対象とすることができるため、物理化学の研究においてもよく使用されている。
  • 12.緩和測定法
    NMR法の測定手法の1つで、物質中に含まれる水分子の励起状態から平衡状態へ戻るまでの時間を測定する手法。本研究の場合は土壌を抽出等行わずそのまま測定することで、自由水と結合水の二成分を観測することができ、運動性の低い結合水ほど緩和時間が短くなる。病院で診断に用いられるMRI法は、この緩和時間を三次元的に可視化することでヒト臓器を非侵襲的にイメージングすることができる。
  • 13.次世代シーケンサー
    従来のSangerシーケンシング法を利用した蛍光キャピラリーシーケンサーである「第1世代シーケンサー」と対比させて使われている用語。多数のDNA断片を同時並行で解析し、大量の配列を読み取ることができるDNA配列解析装置。
  • 14.共代謝
    微生物が増殖を行うために栄養源からエネルギーを取り出す作用を「資化」といい、エネルギーを取り出すと同時に増殖を行う。一方で、エネルギーを取り出さずに物質を分解したり、構造を変化したりして、他の微生物が利用可能な状態へと変化させる作用を「共代謝」と呼ぶ。環境中では複数の微生物が個々の分解能力を補完し、相互に作用を及ぼしながら分解・利用する微生物群集を形成、物質循環系を構築している。
  • 15.土壌物性
    土壌が持つ物理的な特性。健康な土壌は団粒構造をもち、適度な水分と間隙を持っている。このような土壌では微生物の多様性がみられ、植物の生育にも適している。しかし一旦壊れると再生に長い時間が必要となる。
バイオマス添加による土壌改良の概要図

図1 バイオマス添加による土壌改良の概要

土壌改良法は、植物の生育に適さない土壌を活性化させ、植物が生育できる土地へと変化させる手法である。今回、半炭化バイオマスを用いて土壌を活性化させることで、土壌中への栄養源の供給や共生微生物のすみかの提供を行い、従来よりも効率的な土壌改良法の構築を目指した。

土壌改良による土壌物性や代謝物組成の変化の図

図2 土壌改良による土壌物性や代謝物組成の変化

左:半炭化バイオマス添加による土壌状態の変化の概要図。固く締まって空気も水も通さない土壌が、半炭化バイオマスを添加することによって、通気性や通水性、保水性が高い団粒構造になる。

右上左:土壌改良による保水能力の変化。半炭化バイオマスの混合率が1%、3%、5%と増えるに伴って、土壌中の保水性も向上している。

右上右:土壌改良による物性の変化。半炭化バイオマスの混合率が1%、3%、5%と増えるに伴って、土壌中の応力が上がり、かつ土壌の深さが大きいほど応力も大きい。

右下:土壌中の代謝物の変遷と関与している主な代謝物。未混合土壌では第一主成分(PC1)側の変動が大きく、メタノールが主要な成分となっているのに対し、半炭化バイオマス混合土壌では第二主成分(PC2)側の変動が大きく、共生微生物叢が産生する酢酸や酪酸といった有機酸が主要な成分の土壌になっていることが分かる。

各種特性解析による環境複雑系の可視化の図

図3 各種特性解析による環境複雑系の可視化

各種分析によって得られた多様なデータを統合し解析することで、環境中に存在する複雑な関係性を可視化することが可能となる。今後河川や海、動物の体内などのさまざまな環境における物理学的・化学的・生物学的特性の関係を明らかにすることで、これまでとは異なった各種関係性の解明につながると考えられる。

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