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2016年6月24日

理化学研究所

天然ゴムのドラフトゲノムを解読

-天然ゴム遺伝子の93.7%以上を網羅-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループの松井南グループディレクターとマレーシア科学大学化学生物研究所のニョクシン・ラウ博士、アレクサンダー・チョンシュウチェン教授の国際共同研究チームは、天然ゴム(パラゴムノキ[1])のゲノム解読を行い、93.7%以上の遺伝子情報を包括する質の高いドラフトゲノム[2]を得ることに成功しました。

天然ゴムは、車や航空機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われています。摩耗やショックを吸収するというゴム本来の優れた特性を持っている天然ゴムの需要は、産業の発展に伴い、年々高まっています。現在、世界の約90%以上の天然ゴムは、東南アジアで生産されており、パラゴムノキの優良木との掛け合わせといった従来の品種改良によって、生産性を上げています。しかし、優良木との掛け合わせによる品種改良は、経験が必要であり、十分なラテックス(樹皮を傷つけると分泌する乳白色の液体)が採取できるまでに10年以上の年月がかかります。しかし、ゲノム情報を解読することができれば、育種をより科学的に効率よく進めることができます。また、ラテックスが作られるメカニズムが分かれば、特性の向上した天然ゴムを作ることが可能になります。

今回、国際共同研究チームは、東南アジアで広く用いられているRRIM 600という系統のパラゴムノキでゲノム解読を行いました。その結果、1.55Gb(ギガ塩基対、Gは10億)の質の高いドラフトゲノムを得ることができました。得られたドラフトゲノムを解析したところ、天然ゴムのラテックスのラバーパーティクル(球状の小分子)に含まれるタンパク質の遺伝子が、ゲノム上で同じ転写方向に並んだ遺伝子クラスタ[3]を形成していることを発見しました。また、病害抵抗性の遺伝子も、ゲノム上に遺伝子クラスタを形成していました。さらに、CAGE法[4]により遺伝子の転写開始部位を正確に決めることで、葉や茎に比べてラテックスは、天然ゴム関係の遺伝子が100倍以上発現していること、各組織で転写開始部位が変化する可能性も見出しました。また、同じトウダイグサ科の植物とゲノム比較したところ、パラゴムノキは、キャッサバ、トウゴマ、ヤトロファなどの重要な植物と高い相同性を示すことも分かりました。

これらのゲノム情報は、天然ゴムの生産性や特性の改良に非常に重要であるとともに、天然ゴム育種の科学的な基盤になります。

本研究は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』(6月24日付け)に掲載されます。

※国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
テクニカルスタッフI 川島 美香(かわしま みか)

マレーシア科学大学 化学生物学研究所
教授 アレクサンダー・チョンシュウチェン(Alexander Chong Shu-Chien)
博士 ニョクシン・ラウ(Nyok Sean Lau)

背景

天然ゴムは、磨耗やショックを吸収するなどゴム本来の優れた特性を持っています。そのため、自動車や航空機のタイヤをはじめ、医療用装置の部品など、私たちの身近で広く用いられています。

現在、世界の約90%以上の天然ゴムは、東南アジアで生産されており、パラゴムノキの優良木との掛け合わせといった従来の品種改良によって生産性を上げています。しかし、優良木との掛け合わせによる品種改良は、経験が必要であり、十分なラテックス(樹皮を傷つけると分泌する乳白色の液体)が採取できるまでに10年以上の年月がかかります。

しかし、ゲノム情報を解読することできれば、育種をより科学的に効率よく進めることができます。さらに、ラテックスが作られるメカニズムが分かれば、特性の向上した天然ゴムを作ることが可能になります。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、東南アジアで広く用いられているRRIM 600という系統のパラゴムノキを選んでゲノムの解読を行いました。100塩基程度の短い配列情報が99%以上の精度で解読できる「Illumina」という手法と、7,000塩基以上の長い配列情報を85%程度の正確さで解読できる「PacBio」という手法を組み合わせることで、予想されるゲノムの大きさに対して155倍の情報量で解読を行いました。その結果、1.55Gb(ギガ塩基対、Gは10億)のパラゴムノキのドラフトゲノム配列を得ることができました。

次に、得られたドラフトゲノムに対して遺伝子のアノテーション[5]を行ったところ、約84,000程度の遺伝子が予測されました。これは、全体の93.7%以上の遺伝子情報を含んでいます。葉、茎、ラテックスのRNAについて、「CAGE法」によって遺伝子発現量と転写開始部位を全遺伝子について決定しました。その結果、葉や茎に比べてラテックスでは、天然ゴム関係の遺伝子が100倍以上発現していることが分かりました。また、転写開始部位が各組織によって変化する可能性のあることが分かりました。

ラテックスは、脂質とタンパク質でできている「ラバーパーティクル」と呼ばれる小分子の乳白色の懸濁液です。国際共同研究グループは、このラバーパーティクルのタンパク質の遺伝子が、ゲノム上に同じ転写方向で並んだ遺伝子クラスタを形成していることを見出しました。

さらに、病害抵抗性の遺伝子もゲノム上に遺伝子クラスタを作っていました。同じトウダイグサ科の植物とゲノム比較したところ、パラゴムノキは、熱帯地方で広く栽培されるイモ類のキャッサバ、種子からひまし油がとれるトウゴマ、種子が石鹸やろうそくの原料となるヤトロファなど、重要な植物と高い相同性を示すことが分かりました。

今後の期待

本研究では1.55Gbの質の高いドラフトゲノムを得ることができました。このゲノム情報をもとに、さまざまなゴムノキの育種系統のリシークエンス[6]を行うことで、品種間差について詳しい情報を得ることができます。また、ブラジルの原種との比較から、ゴムノキの進化やラテックス生産に関わる情報が得られます。これらの情報は、今後、より特性の優れた天然ゴム製品の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Nyok-Sean Lau, Yuko Makita, Mika Kawashima, Todd D. Taylor, Shinji Kondo, Ahmad Sofiman Othman, Alexander Chong Shu-Chien, Minami Matsui, "The rubber tree genome shows expansion of gene family associated with rubber biosynthesis", Scientific Reports

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)

研究メンバーの写真 ゴムゲノム解読メンバー。左からニョクシン・ラウ、蒔田(中井)由布子、川島美香。

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.パラゴムノキ
    学名は Hevea brasiliensis。トウダイグサ科パラゴムノキ属の常緑高木。幹を傷つけて得られる乳液(ラテックス)は天然ゴムの原料となる。「パラ」は原産地であるブラジルの北部にあるパラ州に由来する。
  • 2.ドラフトゲノム
    ある生物の遺伝情報の1セットをゲノム(Genome)という。全ゲノムの概要のことをドラフトゲノム(Draft genome)と呼ぶ。通常、ゲノム配列中には、解読が困難な部分(例えば繰り返し配列など)が含まれ、全ゲノムの完全な配列を取得するには膨大な労力と時間がかかる。このため、ドラフトゲノムレベルでのゲノム解読が行われることが多い。
  • 3.遺伝子クラスタ
    ある機能に関係する複数の遺伝子が、ゲノム上の狭い領域に並んで存在していること。
  • 4.CAGE法
    理研が開発したすべての遺伝子の発現量と転写開始部位を正確に調べる技術。mRNAの最初のCAPと呼ばれる構造を利用する。組織や生育時期などで転写の開始部位が変化するスイッチングなどの貴重な情報が得られる。CAGEは、Cap Analysis of Gene Expressionの略。
  • 5.アノテーション
    ゲノム配列から遺伝子として転写されることが推測される領域を予測、導き出す操作。
  • 6.リシークエンス
    ゲノム配列が決定された生物の他の品種や系統について、ゲノム配列を決定すること。元の配列との違いを調べることで、品種、系統の差異に関する情報を得ることができる。
ゴムノキからラテックスを採取している写真

図1 ゴムノキからのラテックスの採取

ゴムノキのラテックスは、脂質とタンパク質のラバーパーティクルと呼ばれる小分子の乳白色の懸濁液である。

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