広報活動

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2016年7月20日

理化学研究所
東京大学
東北大学金属材料研究所

光照射だけでスピン偏極電流が発生する磁性トポロジカル絶縁体

-高速スピントロニクスへの応用に前進-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発光物性研究ユニットの小川直毅ユニットリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、安田憲司研修生(同研究科博士課程)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(同研究科教授)、強相関量子伝導研究チームの吉見龍太郎基礎科学特別研究員、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは「トポロジカル絶縁体[1]」の薄膜にパルス光を照射することにより、外部電場を加えなくても大きなスピン偏極光電流[2]が発生し、この光電流を永久磁石で加えることができる大きさの外部磁場で制御できることを発見しました。

トポロジカル絶縁体の表面には、スピンの向きが揃った(スピン偏極した)「ディラック電子[3]」が流れています。通常は逆向きにスピン偏極した電子も流れているため磁性を示しませんが、電流を加えることで特定の向きのスピン密度が増加し磁気的性質が変化するため、スピントロニクス[4]への応用が期待されています。一方で、電流を加えるとジュール熱の発生によるエネルギーの散逸が発生します。もし、外部電場を加えず光照射だけでスピン偏極光電流を発生させることができれば、トポロジカル絶縁体を省電力の高速スピン偏極電流源[5]として応用できます。しかし先行研究注1)は、円偏光[6]を斜めから照射した場合に比較的小さなスピン偏極光電流が発生したという報告に留まっていました。

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体Cr0.3(Bi0.22Sb0.78)1.7Te3(Cr:クロム、Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)の薄膜を作製し、組成や膜厚制御により光応答を最適化すると同時に、添加した磁性元素Crとディラック電子状態[3]との強い相互作用を利用しました。外部磁場によりCrのスピンを揃え、トポロジカル絶縁体表面のディラック電子への磁気バイアスを制御しつつ直線偏光[6]の赤外線パルス光を照射した際、大きな光電流が発生することを確認しました。電流密度は先行研究に比べて2桁以上大きな値を示しました。電流は外部磁場の向きに直交した方向に流れ、外部磁場の正負を逆にすることにより電流の向きも逆転しました。さらに、薄膜へのCrの添加に空間勾配を加えることにより、電流量が増加することも分かりました。

本成果は、トポロジカル絶縁体が効率的な高速スピン偏極電流源となりうることを示しました。スピン偏極光電流を用いた磁化反転などを利用することで、省電力の磁気メモリデバイスや高速磁気情報制御の実現が期待できます。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」の事業の一環として行われました。成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月20日付け:日本時間7月20日)に掲載されます。

注1) J. W. McIver et al., Nature Nanotech. 7, 96 (2012).

背景

トポロジカル絶縁体は一般に、磁気を持たない非磁性物質で構成されています。その表面には、スピンの向きが揃った(スピン偏極した)「ディラック電子」が存在し、表面のみで金属的な電気伝導を示します。通常は表面に逆向きにスピン偏極した電子も流れているため磁性を示しませんが、ディラック電子のスピンの向きはその流れに依存しているため、トポロジカル絶縁体に外部電場を加えるなどして電流を誘起すると、特定の向きのスピン密度が増加するスピン蓄積[7]が起きます。スピン蓄積を用いることで、隣接物質へスピン流やスピン偏極電流を注入することができるため、トポロジカル絶縁体はスピントロニクスへの応用が期待されています。

しかし、外部電場を加えると、ジュール熱の発生によりエネルギーが散逸します。もし外部電場を加えずに表面のディラック電子へパルス光照射をするだけで大きなスピン偏極光電流を発生できれば、トポロジカル絶縁体を省電力の高速スピン偏極電流源として応用できます。

一方で、先行研究は主に、トポロジカル絶縁体Bi2Se3(Bi:ビスマス、Se:セレン)バルク試料に対して、円偏光を斜めから照射した場合の円偏光ガルバニック効果[8]に起因する、比較的小さな光電流の発生報告に留まっていました。また、トポロジカル絶縁体は表面のディラック電子の対称性が良いため、直線偏光の照射によって生じる光電流は、試料内部で打ち消し合うことから、ほとんど発生しないことが知られていました。

研究手法と成果

共同研究グループは今回、トポロジカル絶縁体表面の特定のスピン偏極電子の動きを磁性元素によって制御することで、試料内部での電流の打ち消し合いを抑え、直線偏光の照射によってスピン偏極光電流が発生するのではないかと考えました(図1)。

共同研究グループはまず、磁性元素であるクロム(Cr)を添加したトポロジカル絶縁体Cr0.3(Bi0.22Sb0.78)1.7Te3(Sb:アンチモン、Te:テルル)の薄膜を作製しました。この薄膜の組成は、光励起された電子の寿命が最大となるように条件設定が行われています。薄膜上面と下面(基板との界面)の表面電子状態が混ざり合わず、かつ両面間のバルク体積が最小となるように、膜厚は8ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)にしました。添加されたCr原子の局在スピンは低温下で磁気異方性により表面に垂直の方向に整列し、表面のディラック電子にも大きな磁気バイアスが現れます。ここで外部磁場によりCr原子の局在スピンを表面の面内に寝かせることにより、スピン偏極した表面電子状態が非対称になると予想されます。

次に、作製した薄膜に直線偏光の赤外線パルス光を照射しました。その結果、外部磁場を加えた場合のみ、大きなパルス光電流が観測されました。得られた光電流の大きさは6マイクロアンペア(μA、1μAは100万分の1A)に及び、電流密度としては先行研究に比べて2桁以上大きな値となりました。発生した光電流量は薄膜の磁化(Cr原子の局在スピンの向きと揃い具合)に比例しており、外部磁場を反転させると電流の方向も反転しました。これは図1において、電子状態の歪み方が左右反転した状況に対応しています。

励起する赤外線パルス光の波長に対する電流量の依存性を調べると、光電流は約0.25電子ボルト(eV)の光子エネルギーにおいて最大値をとることが分かりました(図2)。これは、励起光子エネルギーが薄膜バルク内の電子状態に届いてしまうと、さまざまな電子散乱によって電流が抑制されるため、薄膜表面のディラック電子状態を光励起した際にのみ大きな電流が発生したと考えられます。さらに、8nmの膜厚中でCr濃度に空間勾配を作ることで、より大きな光電流を発生させることに成功しました。

今後の期待

本研究は、薄膜の設計を工夫し、表面のディラック電子に磁気バイアスを加えることで、トポロジカル絶縁体への直線偏光の赤外線パルス光照射によって大きなスピン偏極光電流が発生することを示しました。この光電流は、永久磁石で加えることができる量の磁場(0.2 テスラ程度)で制御が可能です。

今後、磁性トポロジカル絶縁体の薄膜を効率的な高速スピン偏極電流源として使用したスピントロニクスへの応用が期待できます。磁化反転などを利用することで、省電力の磁気メモリデバイスや高速磁気情報制御の実現に近づく可能性があります。

原論文情報

  • N. Ogawa, R. Yoshimi, K.Yasuda, A. Tsukazaki, M. Kawasaki, and Y. Tokura, "Zero-bias photocurrent in ferromagnetic topological insulator", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms12246

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 創発光物性研究ユニット
ユニットリーダー 小川 直毅 (おがわ なおき)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科教授)
研修生 安田 憲司 (やすだ けんじ)
(東京大学大学院工学系研究科博士課程1年)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム
基礎科学特別研究員 吉見 龍太郎 (よしみ りゅうたろう)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)

小川ユニットリーダーの写真 十倉グループディレクターの写真 川﨑グループディレクターの写真
吉見基礎科学特別研究員の写真 塚﨑教授の写真

共同研究グループのメンバー。
上段左から、小川ユニットリーダー、十倉グループディレクター、川﨑グループディレクター
下段左から、吉見基礎科学特別研究員、塚﨑教授

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
Tel: 022-215-2144 / Fax: 022-215-2482
pro-adm [at] imr.tohoku.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

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補足説明

  1. トポロジカル絶縁体
    物質内部は絶縁体であるにもかかわらず、質量のないディラック電子が電気伝導を担う特殊な金属状態が表面に存在する物質。この表面状態は、表面の凹凸や不純物があっても、安定に存在する。また、電子のスピンが電子の進行方向に対して垂直に固定されるという性質を持っているため、スピントロニクス用の材料としても期待されている。
  2. スピン偏極光電流
    物質が光を吸収した際に、電子の運動状態が変化し流れる電流を光電流という。発生した光電流のスピンが揃っている場合はスピン偏極光電流と呼ばれる。本研究では、トポロジカル絶縁体表面のディラック電子に光を照射することにより、スピン偏極光電流を発生させた。
  3. ディラック電子、ディラック電子状態
    光速に近い速度で動く電子は、相対論的量子力学においてディラック方程式を用いて記述される。固体中で質量を持たない電子をディラック電子と呼び、その電子状態をディラック電子状態という。質量がなく、高いフェルミ速度を持つことから、高速で低消費電力の素子応用が期待されている。ディラック電子はトポロジカル絶縁体の表面金属状態の他にも、グラフェンやビスマスなどでその存在が確認されている。
  4. スピントロニクス
    エレクトロニクス(電子の電荷としての性質を利用した電子工学)の概念を拡張し、電子の持つ電荷とスピンの性質の両方を利用する電子工学。スピンエレクトロニクスとも呼ばれ、次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。
  5. 高速スピン偏極電流源
    スピン偏極電流を磁性体に流すことにより、磁性体中のスピンの向きを変えることができる。高速スピン偏極電流を用いることで、通常のコイル等を用いた外部磁場制御に比べ、高速でのスピン操作が可能となる。
  6. 円偏光、直線偏光
    光などの電磁波は、電場と磁場とが振動しながら進む横波である。電場や磁場が一周期進む間に、電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回転しながら進む光を円偏光、偏光板を通すなどの工夫をして電場が一方向しか向いていない光を直線偏光と呼ぶ。
  7. スピン蓄積
    強磁性体と非磁性体との界面などで、スピン偏極した状態が緩和されずに不均等となっている状態。
  8. 円偏光ガルバニック効果
    円偏光を物質に照射した際に方向性の電流が発生する現象。外部電場を必要としない光電流発生法のひとつ。

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トポロジカル絶縁体表面のディラック電子状態の模式図

図1 トポロジカル絶縁体表面のディラック電子状態の模式図

(a) 磁性元素や外部磁場のない場合。左右に流れるスピン偏極光電流が打ち消しあう。
(b) 磁気バイアスを加えた場合。電子状態が非対称になり、打ち消し合いが弱まる。
(a)、(b)それぞれの下図は上図の断面図を示す。水色、赤、緑は進行方向に直交したスピンを持つディラック電子を示す。

ゼロ電場光電流の励起波長依存性の図

図2 ゼロ電場光電流の励起波長依存性

表面のディラック電子状態を光励起した際にのみ大きな光電流が発生し、0.25 eVで最大値をとる。磁場の向きにより電子バンドの歪みが逆転し、逆方向の光電流が発生していることが分かる(磁場が+5テスラと-5テスラを比べると規格化光電流の正負が反転している)。0.3 eV以上の光子エネルギーでは、バルク電子状態への光学遷移、また表面-バルク状態間の散乱が生じ、光電流が抑制される。

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