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2016年9月1日

理化学研究所
東京大学

電場によるスキルミオンの生成・消滅に成功

-超省電力メモリに道筋-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの岡村嘉大研修生(東京大学大学院工学系研究科 大学院生)、十倉好紀グループディレクター(同 教授)らの研究グループは、次世代メモリデバイスの情報担体[1]の有力な候補である磁気スキルミオンを、電場によって不揮発的[2]に生成・消滅できることを初めて実証しました。

スキルミオンは一つが数十ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の小さな磁気渦であり、比較的小さな電流や熱流によって駆動できるなどの優れた機能性を持つことから、省電力デバイスへの応用が期待されています。特に、このスキルミオンを情報担体として用いることで、高密度・低消費電力の次世代メモリが実現できる可能性があります。しかし、電場によるスキルミオンの生成・消滅に関する実験的な報告例はなく、スキルミオンをいかに不揮発的にそして効率よく生成・消滅させることできるかが、長年の重要な課題となっていました。

研究グループは、スキルミオンの電場制御を実現するために、磁性と誘電性[3]が強く結合したマルチフェロイクス[4]としての性質を持つCu2OSeO3 (Cu:銅、O:酸素、Se:セレン)という物質に電場を加えてスキルミオンの安定性を制御することで、その生成・消滅が可能であると考えました。実験の結果、スキルミオン相が正電場では安定化(拡大)し、負電場では不安定化(縮小)することが示されました。また、電場を加えた際に冷却することで、スキルミオンが存在できる領域を劇的に広げることに成功しました。さらに、これらの実験から得た電場下でのスキルミオンの安定性の知見を応用することでスキルミオンの生成・消滅を電場によって不揮発的に行えることを実証し、ジュール熱(電流が流れる際に発生する熱)によるエネルギーの損失のない制御方法を確立しました。今回の実験では100億個程度の多くのスキルミオンを一斉に制御しています。今後、一つのスキルミオンだけを個別に制御できれば、省電力スキルミオンメモリの動作原理の確立につながると期待できます。

本研究の一部は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「新物質科学と元素戦略」研究領域の一環として行われました。

本成果は、国際科学雑誌『Nature Communications』(9月1日付け)に掲載されます。

※研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
研修生 岡村 嘉大(おかむら よしひろ)(東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

統合物性科学研究プログラム
動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

スピン創発機能研究ユニット
ユニットリーダー 関 真一郎(せき しんいちろう)

背景

近年、スキルミオンとよばれる電子スピンが渦状に配列する磁気構造体が発見されました(図1)。スキルミオンは一つが数十ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の小さな磁気渦です。その複雑なスピン配列のために、比較的安定な構造として存在できること、極めて小さな電流で駆動できることなど、従来の強磁性のような単純な磁気構造にはない、さまざまな優れた機能性が備わっていることが明らかになってきました。これらの特長を生かして、スキルミオンを情報担体として活用できれば、次世代省電力メモリデバイスを実現できる可能性があります。

デバイス応用へ向けて、スキルミオンの制御にはさまざまな方法が提案されています。省電力という点に関して、特に有力なのが「電場を用いた生成・消滅」です。電流による制御には、ジュール熱によるエネルギーの損失が伴います。電場を用いることで、エネルギー損失のない制御が可能になります。しかし、電場によるスキルミオンの生成・消滅に関する実験的な報告例はなく、長年の間、重要な課題となっていました。

研究手法と成果

研究グループは、スキルミオンの電場制御を実現するために、磁性と誘電性が強く結合した「マルチフェロイクス」としての性質を持つCu2OSeO3(Cu:銅、O:酸素、Se:セレン)という物質に着目しました。この物質に電場を加えて、誘電性を通じてスキルミオンの安定性を制御することで、スキルミオンの生成・消滅が可能であると考えました(図2)。

研究グループは、スキルミオンの存在を高感度で検出できる交流帯磁率[5]測定を低温磁場下において行いました。スキルミオンが存在する領域では、交流帯磁率に異常が生じます。この異常が正電場では大きくなり、負電場ではなくなることが分かりました(図3(a))。また、スキルミオン相(スキルミオンが存在する状態)が正電場では安定化(拡大)し、負電場では不安定化(縮小)することが示されました(図3(b))。

また、スキルミオンを生成した上で電場を加えながら冷却すると、スキルミオンはエネルギー的に最も安定ではないものの、準安定状態[6]としてさらに広い領域で存在できることを発見しました。

このようにして得た電場下におけるスキルミオンの安定性の知見を応用することで、スキルミオンを不揮発的に生成・消滅させる方法を確立しました。

今後の期待

本研究では、スキルミオンの電場下での安定性を調べることで、不揮発的にスキルミオンを生成・消滅できることを実証しました。今回は電場を用いていますが、この方法は圧力など他の外場にも応用できる可能性があります。また、今回の実験では100億個程度のスキルミオンを一斉に制御しています。今後、一つのスキルミオンだけを個別に制御できれば、省電力スキルミオンメモリの動作原理の確立につながると期待できます。

原論文情報

  • Y. Okamura, F. Kagawa, S. Seki and Y. Tokura, "Transition to and from the skyrmion lattice phase in a magnetoelectric compound", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms12669

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 岡村 嘉大(おかむら よしひろ)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)

創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム スピン創発機能研究ユニット
ユニットリーダー 関 真一郎(せき しんいちろう)

岡村嘉大 研修生の写真 岡村 嘉大
十倉好紀グループディレクターの写真 十倉 好紀
賀川史敬ユニットリーダーの写真 賀川 史敬
関真一郎ユニットリーダーの写真 関 真一郎

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.情報担体
    情報の書き込み・保持・読み出しができる物体や構造やその状態のこと。
  • 2.不揮発
    外場(今回は、電場)を切った状態でも、外場(電場)を加えて生成した状態を保持できること。
  • 3.誘電性
    電場を加えた際に、正電荷と負電荷がそれぞれ反対方向に蓄積される性質のこと。
  • 4.マルチフェロイクス
    強磁性体と強誘電体の性質を併せ持つ物質。A3B7O13X(A=Cu、Ni、Co、X=Cl、Br、I)、CoCr2O4, Mn2GeO4などの物質が知られている。広義には強磁性でなくとも、らせん磁性や反強磁性を伴う強誘電体、例えば、TbMnO3, BiFeO3なども含まれる。
  • 5.交流帯磁率
    交流磁場をかけた際に誘起される磁化の応答の大きさのこと。
  • 6.準安定状態
    エネルギー的には最も安定ではないが、すぐに消えることはなく安定状態として一定時間存在できる状態のこと。
スキルミオンの模式図の画像

図1 スキルミオンの模式図

各矢印は、スキルミオン内の磁気モーメントの向きを示す。外側では磁場と同じ向きを向き、中心では反対を向く。スキルミオン大きさは数十nmほど。

スキルミオンの電場制御の概念図の画像

図2 スキルミオンの電場制御の概念図

物質が、磁性と誘電性が強く結合するマルチフェロイクスという性質を持つために、正電場をかけるとスキルミオンが生成され、負電場をかけると消滅できると期待される。

電場下における交流帯磁率の磁場依存性と温度磁場相図の画像

図3 電場下における交流帯磁率の磁場依存性と温度磁場相図

(a):中間磁場領域(200~450Oe)における交流帯磁率の異常(へこみ)がスキルミオン相に対応している。へこみが大きいほどスキルミオン相が安定であることを意味する。正電場(赤丸)をかけるとスキルミオン相が安定化され、負電場(青丸)をかけると不安定化されることが分かる。

(b):スキルミオン相は正電場(赤で塗られた部分)で安定化(拡大)し、負電場(青で塗られた部分)で不安定化(縮小)する。

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