広報活動

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2016年9月20日

理化学研究所

室温スキルミオン格子の構造転移

-広い温度・磁場範囲に存在するスキルミオンと、四角格子を発見-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物質研究チームの軽部皓介特別研究員、田口康二郎チームリーダー、創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長らの国際共同研究グループは、室温でスキルミオン格子[1]を示す物質を磁場中で冷却すると、非常に広い温度・磁場領域でスキルミオン格子が存在できること、冷却過程でスキルミオン格子が三角格子から四角格子へ構造転移することを発見しました。

スキルミオン[1]は、固体中の電子スピンによって形成される数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)~数百nmの大きさの渦状の磁気構造体であり、基礎研究の対象としてだけでなく、新しい高性能の磁気情報担体[2]として応用する観点からも注目を集めています。スキルミオンはこれまでに、キラル[3]な結晶構造を持つ物質において、三角格子を組んだ結晶状態として観測されてきました。最近では、コバルト-亜鉛-マンガン(Co-Zn-Mn)合金において室温および室温以上でスキルミオン格子の形成が報告され、スキルミオンの応用に向けて大きく前進しています。しかし、スキルミオン格子が安定して存在できるのは、磁気転移温度[4]直下の狭い温度・磁場領域のみに限られるため、安定領域の狭さが課題の一つでした。

国際共同研究グループは、室温でスキルミオン格子状態を示す「Co8Zn8Mn4」という物質に着目し、交流磁化率[5]および中性子小角散乱[6]を詳細に調べました。その結果、①室温のスキルミオン格子状態は磁場をかけたまま1分間に約1℃の速度で冷却するだけで準安定状態[7]として、絶対零度付近・ゼロ磁場まで含めた非常に広い温度・磁場領域に存在できること、②この準安定状態の中でスキルミオン格子が通常の三角格子から四角格子へ構造転移すること、が分かりました。

本研究は、スキルミオンが存在できる領域を非常に広い温度・磁場領域まで容易に拡張できることを示しました。これは、スキルミオンの応用に向けた大きな前進です。また、四角格子スキルミオンはこれまで理論的には存在が予測されていましたが、実験的に観測された例はありませんでした。今回の発見は、スキルミオンの基礎科学としても非常に大きな意義があります。

本研究の一部は科学研究費補助金基盤研究(S)「磁性体における創発電磁気学の創成」の支援を受けて行われました。成果は、国際科学雑誌『Nature Materials』(9月19日付け:日本時間9月20日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター
強相関物理部門
強相関物質研究チーム
特別研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
技師 吉川 明子(きっかわ あきこ)
チームリーダー 田口 康二郎(たぐち やすじろう)

動的創発物性研究ユニット
特別研究員 大池 広志(おいけ ひろし)
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

東京大学大学院 新領域創成科学研究科
准教授 徳永 祐介(とくなが ゆうすけ)(理研創発物性科学研究センター 強相関物質研究チーム 客員研究員)

ポールシェラー研究所 中性子散乱研究室
研究員 ジョナサン・ホワイト(Jonathan S. White)
博士課程 ニコル・レイノルズ(Nicole M. Reynolds)
研究員 ジョージ・ガビラーノ(Jorge L. Gavilano)

スイス連邦工科大学ローザンヌ校
教授 ヘンリック・ロノー(Henrik M. Rønnow)(理研創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員研究員)

背景

スキルミオンは、固体中の電子スピンによって形成される数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)~数百nmの大きさの渦状の磁気構造体です(図1(a))。最近の研究で、スキルミオンは固体中で独立した粒子として振る舞い、一度生成されると比較的安定に存在し、低い電流密度で駆動できるなど、磁気情報担体としての応用に適した特性を多く持っていることが分かっています。スキルミオンはこれまでに、マンガン(Mn)とシリコン(Si)の化合物であるMnSiに代表される、キラルな結晶構造を持つ物質において、三角格子を形成したスキルミオン格子状態として観測されてきました(図1(b)上)。最近では、コバルト(Co)、亜鉛(Zn)、Mnの3元合金において、室温および室温以上でスキルミオン格子の形成が報告され、応用に向けて大きく前進しました。

しかし、スキルミオン格子が安定して存在できるのは、磁気転移温度直下の狭い温度・磁場領域(図3のピンクの領域)のみに限られ、それ以外の領域では、スキルミオンとは全く別の磁気構造であるヘリカル磁性[8]またはコニカル磁性[8]が安定になってしまいます。この、スキルミオン格子の安定領域の狭さは、応用への課題の一つでした。一方、MnSiに磁場をかけた状態で、1秒間に約100℃の非常に速い冷却を行うと、-246℃~-244℃の温度領域のみにしか存在しないスキルミオン格子が、より低温(-268℃)まで準安定状態として存在し続けることが最近報告されました。

これまでの報告をもとに、国際共同研究グループは室温スキルミオン物質「Co8Zn8Mn4」に着目し、室温以下でのスキルミオン格子の準安定状態の実現を目指しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、室温付近(11℃~26℃)にスキルミオン格子安定相を持つCo8Zn8Mn4の単結晶試料を作製しました。その試料についてさまざまな温度・磁場での交流磁化率測定、および、ポールシェラー研究所が持つ中性子実験施設(Swiss Spallation Neutron Source:SINQ)のビームラインSANS-Iを用いた中性子小角散乱測定を行いました。中性子小角散乱では、試料内部のスピン配列の情報を知ることができ、三角格子スキルミオンは12スポット、四角格子スキルミオンは4スポットの散乱パターンとしてそれぞれ観測されます(図1(b))。

試料を室温(22℃)かつ外部磁場0.04テスラ(T)で出現する三角格子スキルミオン安定相から磁場をかけたまま、1分間に約1℃ずつ冷却したところ、三角格子スキルミオンが本来の安定相の下限(11℃)よりもはるか低温(-23℃)で準安定状態として存在し続けることが分かりました(図2)。さらに、-120℃付近で三角格子スキルミオン(12スポット)から四角格子スキルミオン(4スポット)へ構造転移することが分かりました(図2)。このスキルミオン格子はさらに低温でも準安定に存在し、絶対零度(-273.15℃)付近まで存在することが分かりました。また、一定温度で磁場を増加させていった場合は全ての磁気モーメントが磁場方向に向く強磁性相に至る直前まで、磁場をマイナス方向に掃引した場合はゼロ磁場を通り越してマイナス磁場領域までスキルミオン格子の準安定状態が続くことが分かりました(図3のオレンジおよび青色の領域)。

今後の期待

本研究は、室温から1分間に約1℃ずつ冷却するだけで容易にスキルミオン格子の準安定状態を作り出すことができ、一度生成された準安定状態は非常に広範囲の温度・磁場領域に存在し続けることを示しました。これは、スキルミオンの応用に向けた大きな前進です。また、四角格子スキルミオンは理論的に存在が予測されていたものの、これまでに観測された例がありませんでした。今回の三角格子スキルミオンと四角格子スキルミオン間の構造転移の観測は、スキルミオン格子状態の可能性を大きく広げる、スキルミオンの基礎科学として重要な発見です。これを機に、スキルミオンの基礎的特性の研究、デバイス応用を見据えた研究開発がより盛んになることが期待できます。

原論文情報

  • K. Karube, J.S. White, N. Reynolds, J.L. Gavilano, H. Oike, A. Kikkawa, F. Kagawa, Y. Tokunaga, H.M. Rønnow, Y. Tokura, and Y. Taguchi, "Robust metastable skyrmions and their triangular-square lattice structural transition in a high-temperature chiral magnet", Nature Materials, doi: 10.1038/nmat4752

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物質研究チーム
特別研究員 軽部 皓介 (かるべ こうすけ)
チームリーダー 田口 康二郎 (たぐち やすじろう)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)

軽部皓介特別研究員の写真 田口康二郎チームリーダーの写真 十倉好紀センター長の写真

左から軽部皓介特別研究員、田口康二郎チームリーダー、十倉好紀センター長

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. スキルミオン格子、スキルミオン
    電子は、自転に相当する「スピン」と呼ばれる自由度を持つ。さらに、このスピンの大きさに比例し向きがスピンの向きと逆向きの「磁気モーメント」と呼ばれる性質を持つ。固体中の個々の電子の持つ磁気モーメントが一方向に揃った物質が通常の磁石(強磁性体)である。同様に、固体中の電子の持つ磁気モーメントが渦を巻くように整列することがあり、この渦状の磁気構造体を「スキルミオン」と呼ぶ。スキルミオンは、さまざまな微視的な機構によって生成される。その渦の直径は、数nm~数百nm程度である。また、複数のスキルミオンが規則正しく並んだ状態を、「スキルミオン格子」と呼ぶ。スキルミオン格子は通常、二次元平面を最密充填できる三角格子を形成することが最も安定であると考えられ、これまで実際に観測されてきたスキルミオン格子も、ほとんどすべてが三角格子を形成していた。
  2. 磁気情報担体
    0、1の情報を記録するために用いる磁気的な物質のこと。
  3. キラル
    右掌と左掌の関係のように、鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない結晶構造を「キラル」な結晶構造と呼ぶ。
  4. 磁気転移温度
    通常、物質は十分高温では常磁性という磁性を持たない状態であるが、ある温度以下で強磁性などの磁性を示すようになる。磁性を示すようになった温度を「磁気転移温度」という。
  5. 交流磁化率
    物質に磁場をかけたとき、外部磁場に対してどれだけ大きな磁化(物質中の全ての磁気モーメントの足し算)を示すかを表した物理量を「磁化率」と呼ぶ。特に、周期的に時間変化する交流磁場をかけたときの磁化率を「交流磁化率」と呼び、外部磁場の変化に対して物質中の磁気モーメントがどれだけ素早く追従できるかを知ることができる。
  6. 中性子小角散乱
    磁性体中のスピンの情報を得るため、一般的に中性子を使った散乱実験が行われる。中性子は磁気モーメントを持っており、これを磁性体に照射すると、磁性体中で整列したスピンの長さ・周期とその向きに応じて、散乱される。本研究のような100nm程度の周期のスピンの秩序を観測するには、物質中を通った中性子がほんの少しの角度だけ曲げられて散乱される過程を調べる必要がある。このような散乱過程は「中性子小角散乱」と呼ばれ、測定するためには特別なビームラインが必要となる。
  7. 準安定状態
    水を0℃以下まで均一に冷やしても氷にならない場合があるように、真の安定状態ではないものの、あたかも安定であるかのように長い時間存在し続けられる状態を「準安定状態」という。準安定状態の寿命は、低温になるにつれて加速度的に長くなる。例えば、ダイヤモンドは本来高温高圧でのみ形成される炭素分子状態の一種であるが、急冷されることにより、準安定状態として室温常圧でも非常に長寿命で存在することができる。本研究対象物質におけるスキルミオン格子の準安定状態も、ほぼ無限大に近い寿命を持っていることが分かっている。
  8. ヘリカル磁性、コニカル磁性
    電子の持つ磁気モーメントが、長周期で徐々に回転しながららせんを巻いた磁気状態を「ヘリカル磁性」という。また、外部磁場中で磁気モーメントの方向が磁場方向に傾き、円錐面に沿うように回転しながららせんを巻いた磁気状態を「コニカル磁性」という。十分大きな外部磁場中では、すべての磁気モーメントが磁場と同じ方向に揃い強磁性状態となる。これらは、キラルな結晶構造を持つ物質でしばしばみられ、そのらせん周期は数nm~数百nmである。

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スキルミオンおよびスキルミオン格子の模式図

図1 スキルミオンおよびスキルミオン格子の模式図

(a):スキルミオンの模式図。各矢印は、スキルミオン内の磁気モーメントの向きを示している。外側の磁気モーメントは外部磁場と同じ方向を向くが、中心の磁気モーメントは反対方向を向く。外部磁場に対して、赤矢印が0°、黄色矢印が90°、青矢印が180°傾いている。黄色の太いチューブは、各磁気モーメントが外部磁場方向に沿って全て同じ方向を向いていることを示している。
(b):三角格子および四角格子それぞれのスキルミオン格子の模式図と中性子小角散乱測定の観測パターン。三角格子は赤丸で示した12スポット、四角格子は青丸で示した4スポットのパターンとして観測される。

中性子小角散乱測定で観測された磁場中冷却過程でのスキルミオン格子のパターン変化の図

図2 中性子小角散乱測定で観測された磁場中冷却過程でのスキルミオン格子のパターン変化

外部磁場を0.04テスラ(T)に固定し、試料Co8Zn8Mn4を1分間に約1℃ずつ冷却しながら中性子小角散乱測定を行った。室温(22℃)で観測されている12スポット(三角格子スキルミオン)が、本来の安定相の下限である11℃よりもかなり低温の-23℃でも保たれており、三角格子スキルミオンが準安定状態として存在し続けていることが分かる。さらに、-173℃以下から12スポットが4スポット(四角格子スキルミオン)に変形し、絶対零度(-273.15℃)付近までこの状態が保たれていることが分かる。

温度と外部磁場に対するCo<sub>8</sub>Zn<sub>8</sub>Mn<sub>4</sub>の準安定状態図

図3 温度と外部磁場に対するCo8Zn8Mn4の準安定状態図

室温の三角格子スキルミオンの安定相(ピンクの領域)より低温側は、本来ヘリカル磁性またはコニカル磁性が安定化される。しかし、緑の矢印で示すように、三角格子スキルミオンの安定相を通って磁場中冷却すると、三角格子スキルミオンの準安定相(オレンジ色の領域)が広範囲の温度・磁場領域にまで広がる。さらに、低温で四角格子スキルミオンの準安定相(青色の領域)が出現する。

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