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2016年9月20日

理化学研究所

マウスで難病遺伝子を探索

-国際連携によりマウスの致死遺伝子を網羅的に解析-

要旨

理化学研究所(理研)バイオリソースセンターのマウス表現型解析開発チームの若菜茂晴チームリーダーと田村勝開発研究員、実験動物開発室の吉木淳室長らの研究グループが参加する国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC[1]は、400個を超える胎生致死遺伝子を特定し、それらとヒト疾患遺伝子との関連性を明らかにしました。

2011年に発足したIMPCは、マウス全遺伝子それぞれについて、ノックアウトマウスの樹立と国際標準解析プロトコールに沿っ表現型[2]の解析を行い、そのデータとノックアウトマウスを世界の研究者に提供を目的とする国際プロジェクトです。

今回、IMPCでは、1,751個の遺伝子についてノックアウトマウス[3]系統を作製し、それらを「軟組織micro-CTイメージング法[4]」を含む国際標準プロトコールに沿った表現型解析法により解析しました。その結果、400個を超える胎生致死(胚発生期に分化異常などにより死亡する)遺伝子を特定し、それらとヒト疾患遺伝子との関連性を明らかにしました。さらに、これまでに遺伝子機能解析の報告があるノックアウトマウス系統においても新規表現型を見出し、新たな遺伝子機能の一端が明らかになりました。

今回明らかになったノックアウトマウスの表現型は、遺伝子機能やヒト疾患研究に有効なデータを提供すると共に、今後のヒト難病克服にも大きく貢献すると期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature』(9月22日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月14日付け:日本時間9月15日)に掲載されました。

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背景

ヒトやマウスの全ゲノム配列が解読された今日においても、個々の遺伝子機能については不明な点が数多く残っています。これまでのマウスを用いた遺伝子機能の研究でそれぞれの研究成果を正確に比較・評価するとき、解析方法や結果の評価基準、実験に用いるマウス系統の遺伝的背景が異なるなどの問題点がありました。そこで、理研バイオリソースセンターなどマウス遺伝学に関わる世界中の主要なマウス解析基盤研究施設の研究者が集まり、2011年に国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)が発足しました。IMPCは2015年のG7科学大臣会議(ドイツ)の政府高官グループによる国際研究基盤に関する進捗報告書(Group of Senior Officials on Global Research Infrastructure Progress Report 2015)において、生命科学分野の国際連携の好例としても評価されています。

IMPCでは、ゲノム中の各遺伝子をノックアウトさせたマウスES細胞[5]からそれぞれノックアウトマウスを樹立し、約300項目にわたる網羅的な表現型解析を国際標準プロトコールに従って解析しています。2011年より研究期間10年(Phase 1:2011~2015、Phase 2:2016~2020)をかけて、標準的実験マウス系統C57BL/6Nの全遺伝子についてノックアウトマウスの表現型を網羅的に解析し、遺伝子機能を明らかにすることを目的としています。

IMPCで作製・解析されたノックアウトマウスは、理研バイオリソースセンターを初めとする世界各国の中核バイオリソースセンターから、解析結果の再現性の確保に不可欠なデータ付き国際標準疾患研究用リソースとして、世界中の研究者に提供されています。また、IMPCで得られたデータは、直ちに世界中の生命科学研究の場で使われるように公開され、遺伝子機能解析、ヒト疾患研究に大きく貢献しています。

研究手法と成果

今回、IMPCでは、、1,751個の遺伝子についてノックアウトマウス系統を作製し、それらを国際標準解析プロトコールに沿った表現型解析法により解析しました。今回行った解析手法に含まれる胎生致死解析には、軟組織micro-CTイメージング法が初めて大規模解析に取り入れられています(図12)。この手法は、これまでのmicro-CT解析では困難であった高精細軟組織イメージングを、造影技術を駆使することにより可能にし、バーチャルヒストロジーや複雑な立体構造の3D解析、長さや角度、面積・体積の定量解析、画像情報処理解析等ができる画期的な解析方法です。

micro-CTイメージング解析法などを用い、複数の発生段階において高速・高解像度解析を行った結果、解析を終了した遺伝子の約23%強の410個の遺伝子が胎生致死(胚発生期に分化異常等により死亡する)表現型を示すことが分かりました。これら胎生致死遺伝子群、いい換えれば生存に必須な遺伝子群は、ヒト疾患関連遺伝子と極めて関連が深いことが判明し、臨床ゲノム解析において見出される変異の優先順位付け、およびその検証を容易にする新たなデータセットを提供すると考えられます。

さらに今回の解析では、これまで報告がない新規ノックアウトマウス系統において、心室中隔欠損や軟口蓋裂などの多くの表現型(図3)を見出すと共に、既に遺伝子機能に関する報告があるノックアウトマウス系統においても新たな表現型を次々と発見しました。また、系統化された実験用マウスのような厳格にコントロールされた同一遺伝的背景においても、表現型の「出現率、およびその重篤性の揺らぎ」が、実は一般的である(ヒト疾患にみられる現象と同様である)ことが今回の解析により明らかになりました。

今後の期待

今回の解析結果は、マウスゲノム中の全マウス遺伝子、2万数千個のうち、1,751個の遺伝子を解析した結果です。IMPC のPhase 2(2016~2020)においては、マウス全遺伝子の機能解析を完了させると共に、今回の報告の主要部分となった胎生致死解析や生後16週齢までの血液生化学、行動、形態等の表現型解析に加えて、加齢に伴う晩発性表現型解析が計画されています。従ってIMPCにおけるプロジェクトは、遺伝子機能と先天性異常・疾患、更には老化関連疾患に関して多大な知見を提供し、それら研究分野の発展に大きく貢献することが期待されます。

理研バイオリソースセンターでは、今後もIMPCでの国際協調研究を強力に推進することを計画すると共に、今回の報告での解析法の柱となったmicro-CTによる軟組織イメージング法の開発、具体的には新規造影法や超高解像度解析法の開発を進めます。

また、データ発信の分野でも、IMPCのデータをウェブの国際標準規格に沿った「RDF(Resource Description Framework)データ」に変換、IMPCのマウス表現型データと他のデータベースで管理されている多くの生命科学データと関係付けた解析を可能にしています注1)。これらのことは、IMPCにおける表現型解析を更に加速させると共に、IMPCの成果が生命科学から医学分野などさまざまな分野に利用され、老化や希少疾患、原因が明らかにされていない難病疾患の克服を目指した哺乳類ゲノム機能の全様解明に大きく貢献することが期待されます。

注1)2016年9月20日プレスリリース「マウスの大規模解析データを世界へ

原論文情報

  • Mary E. Dickinson他80名, "High-throughput discovery of novel developmental phenotypes", Nature, doi: 10.1038/nature19356

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 若菜 茂晴 (わかな しげはる)
開発研究員 田村 勝 (たむら まさる)

バイオリソースセンター 実験動物開発室
室長 吉木 淳 (よしき あつし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)
    2011年に、マウスの遺伝子のそれぞれをノックアウトしたマウスの表現型を世界共通の基準のプロトコールで解析し、そのデータとマウスを世界の研究者に提供することを目的とした国際共同開発プロジェクト。米国国立衛生研究所、英国医学研究評議会、欧州委員会など、世界の有力機関・組織で構成されている。現在、日本の理研バイオリソースセンターを含め、13か国18研究施設が参画している。IMPCは、International Mouse Phenotyping Consortium の略。
  • 2.表現型
    細胞や個体での遺伝子発現の変化などの結果、個体差となって現れる形質のこと。遺伝子の発現量の差から生じる形質の差は、タンパク質の違い、代謝産物の違いという段階を経て、細胞や個体の形や機能の差として現れる。ヒトの遺伝的疾患の場合、表現型は、その疾患に現れる個々の症状に対応する。
  • 3.ノックアウトマウス
    目的の遺伝子を人為的に欠損させたマウス。
  • 4.軟組織micro-CTイメージング法
    これまでX線を用いたmicro-CTは、特異なX線吸収率を示す骨や脂肪組織の画像化には適しているが、心臓や腎臓、肝臓、脳などの軟組織は、ほぼ同等なX線吸収率を示す為にコントラストがつかず画像化が困難であった。しかし、軟組織においてもヨウ素やタングステン酸などを造影剤として用いることで組織間コントラストが生じ、micro-CTによる画像化が可能となる。
  • 5.ES細胞(胚性幹細胞)
    哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作製した細胞株で、身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有するもの。マウス、サル、ヒトなどから樹立されており、マウスのES細胞を初めて樹立したマーチン・エバンス卿(英国)は2007年のノーベル賞医学・生理学賞を受賞した。
マウスE14.5日胚micro-CTイメージング(多断面再構成)の図

図1 マウスE14.5日胚micro-CTイメージング(多断面再構成)

マウスE14.5日胚にリンタングステン酸を造影剤に用いてmicro-CT撮影を行った。図は右から同一サンプルの矢状面、横断面、冠状面画像を示した。図中の黄色線、紫色線、水色線、はそれぞれ矢状、横、冠状断面位置を表す。各断面位置・角度は任意に変更することが可能であり、多面的な解析ができる。

マウスE14.5日胚micro-CTイメージング(ボリュームレンダリング)の図

図2 マウスE14.5日胚micro-CTイメージング(ボリュームレンダリング)

図1と同じデータセットを用いて画像の三次元再構築(ボリュームレンダリング)を行った。右からE14.5マウス胚全体像、矢状面での再断面化像、冠状面での再断面化像(背側より)を示した。二次元画像では把握し難い複雑な立体構造も、画像を三次元再構築化することにより簡単に理解することができる。

micro-CTイメージングによる表現型解析の一例の図

図3 micro-CTイメージングによる表現型解析の一例

A-D: 胸部心臓付近横断面像。A、Cは正常個体、 B、Dは変異体。C、Dは、それぞれA、B内点線四角領域の拡大図。正常個体では、右心室(rv)と左心室(lv)は心室中隔(C図内赤矢印)で隔てられている。変異体心臓では、心室中隔の形成が不十分(D図内赤矢印)で心室中隔欠損の症状を示す。その結果、動脈血と静脈血が分離できない。

E-H: 頭部・顔面部分冠状断面像。E、Gは正常個体、F、Hは変異体。G、Hは、それぞれE、F内点線四角領域の拡大図。正常発生では、鼻腔と口腔は軟口蓋(G図内赤矢頭)で分離される。 変異体では、軟口蓋形成が不全(H図内赤矢頭)で、軟口蓋裂の症状を示す。 Nは神経管、flは前肢、lvは左心室、rvは右心室、bは脳、eは眼球、tは舌を示している。

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