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2016年9月27日

理化学研究所

低速多価イオンビームの太さを髪の毛の1/100に

-静電気でビームを制御し安定供給を実現-

最近、がん治療において重粒子線治療が行われるようになりました。この治療では、重粒子(炭素イオン、C6+)線を光の速さの70%ぐらいまで加速させて照射し、体の深部にあるがんを攻撃します。これは重粒子の速度を調節して、がんの位置で重粒子が止まるようにすれば、がんのみを集中的に破壊することができ、周囲の正常細胞を傷つけにくいという性質を利用しています。これに対して、電子が極端に少なくプラスの電気を帯びた原子「多価イオン」を利用した「低速多価イオンビーム」は、標的物質の表面で止まり、物質を透過する力がほとんどない程度まで速度を抑えています。そして、高い化学反応性を生かし、1つの低速多価イオンで標的生体分子をソフトに切ったり電離させたりできます。

しかし、そのためにはビームの太さを1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1m)、つまり髪の毛の直径の1/100以下に細くして、微小領域にのみ安定に照射するという課題があります。これまで、細胞用実験に使用されるガラス製注射針(ガラスキャピラリー)をそのまま用いて、照射する技術開発が行われてきました。しかし、この手法で作られるビームは多くの場合、不安定で、安定供給できる技術は実現していませんでした。原因は、キャピラリー内にたまる静電気の“クッション”でした。静電気が強過ぎると、ビームはキャピラリー内部のクッションで大きく曲げられ、内壁に大きな角度で衝突し、出口まで到達できないのです。

今回、理研を中心とする共同研究グループは、静電気を適切な強さに常に保つため、過剰にたまった静電気を放電によって逃がすようにした、4-電極キャピラリーとサブミクロンキャピラリーの「2段構えのガラスキャピラリー」を製作しました(図参照)。2段目の出口径が0.75μmで、1段目のキャピラリーの側面に4つに分けられた領域に塗布電極を取り付けました。静電気の制御には出口に最も近い電極Aを使います。ビームには8価のアルゴンイオン(Ar8+)を使用し、静電気の放電には「機械式リレー」を使用しました。その結果、過剰な静電気を効果的かつ適量だけ放電することができる時間間隔を見出すことができ、安定なビーム供給を実現しました。

今後、本技術により、真空中に置かれた細胞サンプル表面のタンパク質分子分布を前処理なく調べる研究や、物質表面に原子サイズの凹凸で幾何学パターンが作製された機能性材料の開発への応用が期待できます。

2段構えの構成のガラスキャピラリー

2段構えの構成のガラスキャピラリー

理化学研究所
仁科加速器研究センター 応用研究開発室 生物照射チーム
チームリーダー 阿部 知子 (あべ ともこ)
専任研究員 池田 時浩 (いけだ ときひろ)

仁科加速器研究センター 実験装置開発室 低速RIビーム生成装置開発チーム
専任研究員 小島 隆夫 (こじま たかお)