広報活動

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2016年9月30日

理化学研究所

他人を記憶するための海馬の仕組み

-記憶痕跡(エングラム)にアクセスし、社会性記憶を操作する-

社会性記憶痕跡とメモリーインセプションの図

社会性記憶痕跡とメモリーインセプション

記憶には「誰が、いつ、どこで、どうした」という情報があります。その中で“誰が”という情報が脳の中でどのように処理され、記憶されているのかという「社会性記憶」については、これまで詳しい神経メカニズムは明らかになっていませんでした。ヒトでは、大脳辺縁系にある海馬を損傷した患者が他人の顔を24時間以上記憶できなかったり、ジェニファー・アニストンという女優を見たときにだけ興奮する「ジェニファー・アニストン細胞」が海馬で同定されたりしたことなどから”海馬に社会性記憶が蓄積されるのではないか”と考えられていましたが、実験的に決定的な証拠は得られていませんでした。

海馬はタツノオトシゴのような形をしていて、背側領域と腹側領域に分かれています。背側はこれまでよく研究されてきたのに対し、腹側は機能に未知な点が多く残っています。今回、理研の研究チームは、海馬の腹側が社会性記憶に関与しているという仮説を立てて、マウスを用いて実験を行いました。

マウスには、よく見知っている相手よりも見知らぬ相手に近づいていくという性質があります。この社会性行動をテストすることで“相手のことを覚えているか?”という社会性記憶を調べることができます。実験の結果、海馬の腹側領域、特に腹側CA1領域の興奮を阻害したときに、社会性記憶に異常が現れることが分かりました。次に、よく見知っている相手、あるいは見知らぬ相手と接触中の腹側CA1領域の神経活動を記録しました。その結果、ある一定数の神経細胞がよく見知っている相手のみに強く反応することが分かりました。これはまさに「ジェニファー・アニストン細胞」をマウスで見つけた初めての例です。そこで研究チームは、光による刺激でその細胞集団を人工的に活性化させたところ、マウスに忘れてしまった相手を人工的に思い出させることに成功しました。更に、特定の相手についての記憶に、恐怖や快感の感情を人工的に付加すること(メモリーインセプション)により、マウスはその相手を避けたり、相手に近寄ったりするようになり(図参照)、記憶を操作することで特定の相手に対する感情をコントロールすることに成功しました。これらの実験は、社会性記憶が確かに腹側CA1領域に蓄積されていること、更にその記憶に直接アクセスできたことを意味しています。

現代の人口の約1.5%が自閉症と診断されています。臨床的に自閉症患者では社会性記憶の低下が認められていることから、本研究はこうした疾患などにおける社会性記憶障害のメカニズムの理解につながる可能性があります。

理化学研究所
脳科学総合研究センター 理研-MIT神経回路遺伝学研究センター
センター長 利根川 進 (とねがわ すすむ)
研究員 奥山 輝大 (おくやま てるひろ)