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2016年10月13日

理化学研究所

染色体の形と分離の関係

-分離する時間は凝縮時の形で決まる-

要旨

理化学研究所(理研)理論科学研究推進グループ階層縦断型理論生物学研究チームの境祐二特別研究員、望月理論生物研究室の立川正志研究員、望月敦史主任研究員の共同研究チームは、細胞分裂期にみられる凝縮した棒状の染色体[1]の形と分離のダイナミクスを関係付ける方程式を見出しました。

DNAはヒストンタンパク質などと結合して染色体を形成しています。染色体数は生物により異なりますが、例えばヒトでは46本です。それぞれの染色体は細胞周期[2]の間期(分裂期ではない時期)では、糸状のクロマチン繊維[1]の状態で細胞核内に広がり互いに絡まり合った状態にあります。しかし、分裂期に入ると、クロマチン繊維は凝縮して棒状の染色体になることで、絡まりがほどけて互いに分離します。この過程には、どのようなダイナミクスが働いているかは明らかになっていませんでした。また、棒状の各染色体の長さはさまざまであるにも関わらず、同種の生物ではその太さは全ての染色体で一定に保たれており、発生初期の染色体は成体よりも細長い形をしていますが、この理由も分かっていませんでした。

今回、共同研究チームは糸状高分子である染色体の凝縮と分離のダイナミクスの物理的側面を捉えるため、分子動力学[3]計算を用い、糸状高分子が互いに絡まり合った状態から、さまざまな形に凝縮し絡まりがほどけて互いに分離するまでの様子をシミュレーションしました。その結果、分離する速さは、凝縮した高分子の太さには大きく依存するが、長さには全く依存しないことが分かりました。また、共同研究チームは「凝縮した高分子の形状と分離時間を関係付ける方程式」を導き出し、シミュレーション結果を説明することに成功しました。その結果から、棒状の各染色体の太さが一定なのは“分離時間を一定に保つため”であること、また、細胞分裂が活発な発生初期の染色体が細長い形なのは、“太さを小さくすることで分離時間を短くするため”だと考えられます。

本研究は、染色体の凝縮と分離という生命現象には互いに関係があり、それらは物理学の視点から捉えられる可能性があることを示しています。近い将来、染色体凝縮の生物学的分子機構が明らかにされ、染色体分離のダイナミクスを物理学の視点でより正確に解明することが可能になるかもしれません。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review E』(10月6日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(10月6日付け:日本時間10月7日)に掲載されました。

背景

DNAは細胞核内で、ヒストンタンパク質などと結合して染色体を形成しています。細胞周期の間期(分裂期ではない時期)では、染色体は糸状のクロマチン繊維の状態で細胞核内に広がり互いに絡まり合った状態にあります。しかし、分裂期に入ると、クロマチン繊維は凝縮して固有の棒状になることで、絡まりがほどけて互いに分離します。最近、染色体凝縮に関わるタンパク質複合体コンデンシン[4]が発見され、コンデンシンの機能については実験により明らかになりつつあります。また、凝縮した棒状の染色体の形と分離のダイナミクスに関する謎も、コンデンシンを用いた実験により分かり始めています。

一方で、細胞分裂が活発な発生初期は分裂速度が速く、染色体は成体の染色体に比べてより細長い形をしています。また、人工的に太くした染色体は分裂に長い時間が必要だという報告もあります。これらには、凝縮した染色体の形と分離が関係している可能性が考えられます。

染色体は糸状高分子であり、互いに密に絡み合った状態から互いの絡みがほどけて分離した状態に変化するダイナミクスは、高分子物理学の観点からも長年研究されてきました。そこで研究チームは、染色体の凝縮と分離のダイナミクスについて、高分子物理学の観点からの解明に挑みました。

研究手法と成果

まず、共同研究チームは分子動力学計算を用い、さまざまな形に凝縮した糸状高分子が互いに絡まり合った状態から、それがほどけて互いに分離するまでの様子をシミュレーションしました。染色体分離のダイナミクスの物理的側面を捉えるために、簡単なモデルを作りました。染色体同士の絡まり合いをほどく分子トポイソメラーゼ[5]と染色体を凝縮させ形作る分子コンデンシンを考え、この2分子の機能を近似的にモデルに組み込んで計算しました。図1はシミュレーション結果の一例です。

その結果、棒状高分子の分離時間はその太さDに大きく依存し、Dの約3乗に比例することが分かりました(図2)。一方で、分離時間は棒状高分子の長さLには全く依存しないことが分かりました。この依存性は分離のダイナミクスが棒状高分子の長軸に垂直な面で起こるため、長軸に沿った長さの影響は受けないためだと考えられます。

また、共同研究チームはシミュレーションの結果を理論的に説明し、「凝縮した高分子の形と分離時間を関係付ける方程式」を導き出しました。

その結果から、棒状の各染色体の長さがさまざまなのに対して太さが一定であるのは、“分離時間を一定に保つため”だと考えられます。また、細胞分裂が活発な発生初期の染色体が細長い形なのは、“太さを小さくすることで分離時間を短くしている”のだと考えられます。

今後の期待

凝縮した高分子の形と分離の関係を明らかにした本研究は、染色体の凝縮と分離という生命現象には互いに関係があり、それらは物理学の視点から捉えられる可能性があることを示しています。近い将来、染色体凝縮の生物学的分子機構が明らかにされ、染色体分離のダイナミクスを物理的視点でより正確に解明することが可能になるかもしれません。

原論文情報

  • Yuji Sakai, Masashi Tachikawa, Atsushi Mochizuki, "Controlling segregation speed of entangled polymers by the shapes: A simple model for eukaryotic chromosome segregation", Physical Review E, doi: 10.1103/PhysRevE.94.042403

発表者

理化学研究所
研究推進グループ 理論科学連携研究推進グループ (iTHES) 階層縦断型理論生物学研究チーム
特別研究員 境 祐二(さかい ゆうじ)

主任研究員研究室 望月理論生物学研究室
主任研究員 望月 敦史(もちづき あつし)
研究員 立川 正志(たちかわ まさし)

境祐二 特別研究員の写真 境 祐二

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.染色体、クロマチン繊維
    染色体は、真核細胞にあるゲノムDNAとヒストンによって構成される高分子複合体。ヒトの場合は46本ある。細胞周期の間期では、太さ約30ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)の糸状のクロマチン繊維の状態で細胞核内に広がっている。クロマチン繊維同士は絡まった状態であるが、細胞分裂時になると互いに凝縮し、染色体どうしが分離する。
  • 2.細胞周期
    多細胞生物において一部の体細胞は、細胞分裂を行う分裂期とそれ以外時期である間期を繰り返す。この周期性を細胞周期と呼ぶ。一方、多くの体細胞は細胞周期から外れた静止期にあり、再び細胞周期に戻ったり分化したりする。
  • 3.分子動力学
    多体粒子の時間発展を、ニュートン方程式やランジュバン方程式を数値的に解いて求める方法。材料科学や生体分子などさまざまな系で用いられている。
  • 4.コンデンシン
    細胞分裂時の染色体凝縮に中心的な役割をするタンパク質複合体。電子顕微鏡で見るとクリップのような形をしている。クロマチン繊維をループ状につなぎとめて、規則的に密に並べる役割を担うと考えられている。
  • 5.トポイソメラーゼ
    染色体のDNA鎖を切断し再結合させるタンパク質。このタンパク質の働きによりDNA間の絡まりをほどくことができる。
分子動力学シミュレーションを用いた高分子分離の例の図

図1 分子動力学シミュレーションを用いた高分子分離の例

2本の糸状高分子(赤と青)が棒状に凝縮し、互いに絡まり合っている状態を初期状態とした。時間が経つにつれて分離していく様子が分かる。最終的に2本の高分子は、もつれ合いがほどけて分離が完了する。Dは太さ方向、Lは長さ方向を表す。

棒状高分子の太さと分離時間の関係の図

図2 棒状高分子の太さと分離時間の関係

2回の分子動力学シミュレーション(赤と青)では、棒状高分子の太さDが大きいほど分離時間が長くなることが示された。つまり、分離時間は太さに大きく依存する。共同研究チームの理論計算(破線)では、分離時間は太さの約3乗に比例して大きくなることが予想された。

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