広報活動

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2016年12月15日

理化学研究所
インペリアル・カレッジ・ロンドン
ダブリン大学トリニティ・カレッジ

アトピー性皮膚炎の発症・悪化・予防に関わる二重スイッチ

-数理モデルを用いて各患者に適した治療法の開発に貢献-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター サイトカイン制御研究チームの久保允人チームリーダー、統合細胞システム研究チームの岡田眞里子チームリーダー、インペリアル・カレッジ・ロンドンの田中玲子講師、ダブリン大学トリニティ・カレッジのアラン・アーヴァイン教授らの国際共同研究グループは、アトピー性皮膚炎の発症および悪化のメカニズムを解明するための「二重スイッチ数理モデル[1]」を構築し、コンピュータシミュレーション解析を行いました。

アトピー性皮膚炎は、日本を含めた先進国の乳幼児によくみられる炎症性皮膚疾患で、主な症状は、強い瘙痒(そうよう)感が繰り返し起こる湿疹です。発症には家族歴、アレルギー既往歴、環境要因、遺伝的要因などが関係していますが、個々の要因だけでは説明できない複雑な疾患だと考えられています。そのため、アトピー性皮膚炎の発症・悪化のメカニズムはいまだに明らかになっていません。

今回、国際共同研究グループはそのメカニズムを解明するために、二重スイッチ数理モデルを構築し、シミュレーション解析を行いました。この数理モデルでは、免疫系、皮膚バリア[2]の機能、環境要因などの複雑な相互作用が、経時的にどのように変化しアトピー性皮膚炎の発症・悪化につながるのか、それらの相互作用が遺伝的要因によってどのように影響を受けるかを予測しました。そして、アトピー性皮膚炎のメカニズムを、発症を起こすが元に戻りうる“可逆的なスイッチ1”と元に戻らない“非可逆的なスイッチ2”の二重スイッチで表現しています。具体的には、アトピー性皮膚炎の進行には①炎症を発症させるスイッチ1と2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)[3]が活性化し症状を悪化させるスイッチ2が関わっていること、②スイッチ1が頻繁にオンになると、スイッチ2がオンになると表現しました。そして、この数理モデルをシミュレーション解析した結果、臨床やマウスモデル系から得られるデータとよく一致し、二重スイッチ数理モデルの妥当性が証明されました。

保湿剤を皮膚に塗った乳児はアトピー性皮膚炎を発症しにくいことが臨床試験により示されています。今回の解析によって、①保湿剤を使うことで皮膚バリアを強化し、症状悪化のサイクルを止めることが効果的な予防法であること、②この予防法が遺伝的要因の有無に関わらず全ての患者に効果的であることが分かりました。

今後、本手法を各患者データと組み合わせることにより、それぞれの患者に対する必要な治療法の具体的提案が可能になると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月5日付け)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
サイトカイン制御研究チーム
チームリーダー 久保 允人 (くぼ まさと)(東京理科大学生命医科学研究所 教授)
研究員 宮内 浩典 (みやうち こうすけ)

統合細胞システム研究チーム
チームリーダー 岡田 眞里子 (おかだ まりこ)

インペリアル・カレッジ・ロンドン 生物工学科
講師 田中 玲子 (たなか れいこ)
研究員 エリザ・ドミンゲス・フッティンガー(Elisa Domínguez-Hüttinger)
博士課程大学院生 パナイオティス クリストドゥルイド(Panayiotis Christodoulides)

ダブリン大学トリニティ・カレッジ
教授 アラン・アーヴァイン(Alan D Irvine)

背景

アトピー性皮膚炎は、日本を含めた先進国の乳幼児によくみられる炎症性皮膚疾患で、主な症状は強い瘙痒(そうよう)感が繰り返し起こる湿疹です。発症には家族歴、アレルギー既往歴、環境要因、遺伝的要因などが関係していますが、個々の要因だけでは説明できない複雑な疾患と考えられています。そのため、アトピー性皮膚炎の発症および悪化のメカニズムはいまだに明らかになっていません。

そこで、国際共同研究グループは「数理モデル」を構築することにより、メカニズムの解明を試みました。数理モデルは、体内の局所的なメカニズムを各システムレベルで組み合わせることによって構築されます。その数理モデルを用いたコンピュータシミュレーション解析により、各システムの動的変動を予測し、疾病の予防や治療の方法に役立てることができます。このような数理モデルを用いて、病気の原因やメカニズムを理解する手法を「システム医学」と呼びます。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、これまでに発表された二つのアトピー性皮膚炎発症の数理モデル注)をもとに、発症後悪化するメカニズムを統一的に説明する二重スイッチ数理モデルを構築しました。具体的には皮膚バリアの状態、環境要因、2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)反応など、炎症との動的な制御関係を三つの独立した常微分方程式[4]で表しています。そして、アトピー性皮膚炎のメカニズムを、発症を起こすが元に戻りうる“可逆的なスイッチ1”と元に戻らない“非可逆的なスイッチ2”の二重スイッチで表現しています。

スイッチ1は外部から皮膚に入る細菌に反応するタンパク質などのセンサーで、皮膚バリアの状態や常在菌である黄色ブドウ球菌の状態によって活性化します。活性化すると炎症反応が起こるとともに、抗菌タンパク質の発現が亢進し、その結果、表皮細胞をつなぐタンパク質を分解する酵素のカリクレインなどが活性化され、皮膚バリアに傷害が起こると仮定しました。スイッチ1は、自然免疫反応[5]と皮膚バリアの状態とのバランスによって制御され、外部からの細菌の量が閾値(いき値)[6]を超えるとセンサーが活性化し、正常から発症へと移行します。ただし、起こった炎症は適切な処置により治すことができるため、スイッチ1は可逆性を持っています。

また、スイッチ1を制御する自然免疫反応と皮膚バリアの状態は、アトピー性皮膚炎の“遺伝的要因”となります。例えば、STAT3遺伝子[7]filaggrin 遺伝子[8]の遺伝的機能障害による皮膚バリアの異常がそれに相当します。国際共同研究チームは、STAT3遺伝子やfilaggrin遺伝子の遺伝的機能障害の二重スイッチ数理モデルに基づくシミュレーションを構築し、遺伝的要因の相乗効果や環境要因との相互作用を定量的に評価しました。その結果、臨床データやマウスモデル系(filaggrin 欠損マウスとSTAT3の皮膚特異的欠損マウス)から得られるデータとよく一致したことから、数理モデルの妥当性が証明されました。

一方、スイッチ2は炎症反応を促進したり、抑制したりするサイトカイン[9]の一種、インターロイキン-4(IL-4)のレベルを上昇させることにより、炎症を悪化させます。スイッチ2がオンになると、転写因子[10]のGATA3が発現してTh2細胞の反応が促進され、その結果、アレルギーに関わる免疫グロブリンE抗体(IgE抗体)[11]の産生量が過度に上昇し、炎症が悪化してしまいます。スイッチ2は非可逆的にしか働かないため、 一度このスイッチ2がオンになると炎症は加速度的に悪化します。

さらに、スイッチ1が長時間オンになっている(炎症が長時間継続する)、あるいは断続的だが頻繁にオンになっている(炎症が高頻度で続く)場合に、スイッチ2がオンになります。スイッチ2は非可逆的のため、一度オンになると常にオンの状態になり、アトピー性皮膚炎の症状はどんどん悪化します()。したがって、この二つのスイッチの状態のバランスでアトピー性皮膚炎の発症と悪化の状態が説明できます。実際に、二重スイッチ数理モデルを使うと、これまでに蓄積された臨床データやアトピー性皮膚炎モデルマウスのトランスクリプトーム[12]データを統一的に説明できました。

さらに、保湿剤を皮膚に塗った乳児はアトピー性皮膚炎を発症しにくいことが臨床試験により示されています。今回のシミュレーション解析によって、①保湿剤を使うことで皮膚バリアを強化し、症状悪化のサイクルを止めることが効果的な予防法であること、②この予防法が遺伝的要因の有無に関わらず全ての患者に効果的であることが分かりました。

注) Tanaka RJ, Ono M and Harrington HA, Skin barrier homeostasis in atopic dermatitis: feedback regulation of kallikrein activity. PLoS One. 2011;6(5):e19895.
Dominguez-Huttinger et al. Risk factor-dependent dynamics of atopic dermatitis: modeling multi-scale regulation of epithelium homeostasis. Interface Focus. 2013 Apr 6;3(2):20120090.

今後の期待

本研究で構築した二重スイッチ数理モデルとコンピュータシミュレーション解析により、複雑な多因子性疾患としてのアトピー性皮膚炎の発症・悪化・予防のメカニズムを定量的に説明することが可能になりました。

今後、本手法を各患者データと組み合わせることにより、それぞれの患者に対する必要な治療法の具体的提案が可能になると期待できます。

原論文情報

  • Domínguez-Hüttinger, E., Mariko Okada-Hatakeyama, Kubo, M. and Reiko J Tanaka et al., "Mathematical Modeling of Atopic Dermatitis Reveals “Double switch” Mechanisms Underlying Four Common Disease Phenotypes", Journal of Allergy and Clinical Immunology, doi: 10.1016/j.jaci.2016.10.026

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター サイトカイン制御研究チーム
チームリーダー 久保 允人 (くぼ まさと)
(東京理科大学生命医科学研究所 教授)

インペリアル・カレッジ・ロンドン
講師 田中 玲子 (たなか れいこ)

ダブリン大学トリニティ・カレッジ
教授 アラン アーヴァイン (Alan D Irvine)

久保允人チームリーダーの写真

久保 允人

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 数理モデル
    数学的手法を用いて生命現象をシミュレーションするモデルのこと。
  2. 皮膚バリア
    皮膚の表面を覆っている表皮細胞とその細胞核が抜けて変化した角質とで構成される、体の表面のバリアのことを指す。皮膚からの水分蒸発を適正に保ち、外敵の侵入を防ぐが、動きを妨げない柔軟性も兼ね備えている。さまざまな分子の複合であり、常に生まれ変わりをして恒常性が保たれている。
  3. 2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)
    T細胞のうち、CD4陽性で、サイトカインの一種であるインターロイキン4、5、9、13を主に産生する2型ヘルパーT細胞(Th2)の細胞集団。Th2細胞優位な免疫応答が起こると、アレルギーが誘導されやすいことから、Th2細胞が炎症性T細胞と考えられている。
  4. 常微分方程式
    変数の動的な変化を記述する方程式。
  5. 自然免疫反応
    生体防御を担う先天的な免疫反応のことで、さまざまな種類の抗原を対象に初期防御を行う。マクロファージ、樹状細胞、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、NKT細胞などが関わる。
  6. 閾値(いき値)
    生体物質を活性化させるために必要な最小限の刺激の値。
  7. STAT3遺伝子
    STAT3遺伝子から作られるSTAT3はサイトカイン、増殖因子、ホルモンなどのシグナルを細胞膜上の受容体から核まで伝達する細胞内情報伝達分子。核に入った後は、転写因子としてDNAに結合して遺伝子の発現を制御する。7種類のSTATが報告されており、それぞれ異なる刺激により活性化される。STAT3は、IL-6ファミリーのサイトカインや、上皮成長因子(EGF)などの増殖因子の刺激で活性化される。
  8. filaggrin遺伝子
    filaggrin(フィラグリン)は表皮で産生されるタンパク質の一種で、皮膚バリアの機能に必須の角質層を形成する役割を担う。filaggrin遺伝子の異常がアトピー性皮膚炎の患者に多く見つかり、治療の鍵となる物質と考えられている。
  9. サイトカイン
    細胞から分泌される可溶性タンパク質で、特定の細胞への情報伝達に関わる。細胞の増殖、分化、細胞死などに関与し、免疫・炎症反応を促進したり、抑制したりする。
  10. 転写因子
    特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
  11. 免疫グロブリンE抗体(IgE抗体)
    アレルギー性疾患の原因となっている抗体。極めて低濃度で血中に存在するが、アトピー性疾患や寄生虫感染で増加する。
  12. トランスクリプトーム
    一つのゲノム、または特定の細胞・組織・器官の中で生産される転写産物(転写によって合成されたRNA)全体を指す。

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アトピー性皮膚炎の発症と悪化に関する「二重スイッチ数理モデル」の概要図

図 アトピー性皮膚炎の発症と悪化に関する「二重スイッチ数理モデル」の概要

左:アトピー性皮膚炎の発症と悪化に関しては、可逆スイッチ1(オレンジ)と非可逆スイッチ2(緑)の二重スイッチが働いている。この図はまだ発症していない状態を表す。

右: スイッチ1は、自然免疫反応と皮膚バリアの状態とのバランスによって制御され、外部からの細菌の量が閾値を越えると、右側に傾きオンとなりアトピー性皮膚炎を発症する。しかし、スイッチ1は可逆性を持つため、適切な治療をすると治り(正常になる)、スイッチ1が元に戻る。ただし、スイッチ1を制御しているもう一つの環境的要因が働くことによって、スイッチ1が長時間オンになって炎症が継続する場合や、断続的だが頻繁にオンになって炎症が高頻度で続く場合には、非可逆スイッチ2がオンになる。スイッチ2が一度オンになると常にオンの状態になり、アトピー性皮膚炎の症状はどんどん悪化していく。

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