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2017年1月31日

理化学研究所

生体防御に不可欠なNKT細胞の新しい分化経路を発見

-「NKTがん治療」の開発に貢献する可能性-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター免疫制御戦略研究グループのダシツォードル・ニャムバヤル研究員、谷口克グループディレクターらの研究チームは、マウスを用いて「生体防御に不可欠なナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)[1]」の新しい分化経路を発見しました。

NKT細胞はT細胞[2]、B細胞、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)に続く第4のリンパ球[3]と呼ばれており、他の免疫細胞を活性化することにより、長期にわたり抗腫瘍効果を発揮する「長期免疫記憶」を誘導する中心的な働きをします。免疫制御、がん免疫、病原体感染防御など、“種の生存”に不可欠な生体防御の機能を担っています。そのため、がんや病原体感染に対する免疫治療における標的細胞の一つとして注目されています。

しかし、NKT細胞がT細胞と同じ細胞系列なのか、どのように生体防御機能を獲得するのかなど、不明な点が多く残されています。従来の定説は、NKT細胞はT細胞と同じ細胞系列に属し、胸腺[4]内でT細胞と同じ分化経路をたどるものの、NKT細胞が糖脂質を認識するため、主にタンパク質を認識するT細胞とは分化の最終段階で分岐し、成熟するというものでした。

今回、研究チームはNKT細胞の分化経路がT細胞の分化経路とどのように異なるのか、マウスを用いて詳細に調べました。その結果、T細胞とは分化の最終段階で分岐して成熟するNKT細胞とは別に、T細胞が分化・成熟する前の未分化段階において、早期に成熟し、主に肝臓に分布するNKT細胞があることを発見しました。また、このNKT細胞の特徴を解析したところ、がんの排除や病原体感染防御に必須のサイトカイン[5]や抗原を殺傷する細胞傷害活性に重要なタンパク質が多く発現しており、「生体防御に不可欠なNKT細胞」であることを確認しました。

本成果は今後、さまざまな免疫細胞の機能獲得の機序の解明や、効果の高いNKT細胞を標的にしたがん免疫治療の開発につながると期待できます。

本研究は英国の科学雑誌『Nature Immunology』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月30日付け:日本時間1月31日)に掲載されます。

背景

ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)はT細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)に続く第4のリンパ球と呼ばれ、機能の異なる複数の亜集団から構成されています。NKT細胞は、先天的に備わっている「自然免疫系」と生後獲得していく「獲得免疫系」の両方を同時に活性化することにより、長期にわたり抗腫瘍効果を発揮する「長期免疫記憶」を誘導する中心的な働きをします。アレルギー疾患、慢性炎症性疾患、自己免疫疾患[6]の発症、自己免疫寛容[7]の維持、臓器移植の生着などを制御し、さらに、がん免疫や病原体感染防御にも重要な役割を担う免疫細胞です。

T細胞は細胞膜上のT細胞抗原受容体で、細菌やウイルスなどさまざまな抗原を認識します。リンパ球の抗原受容体の遺伝子は染色体上には存在せず、胸腺内でリンパ球が成熟する過程で、遺伝子断片のクラスター(塊)の中からランダムに選ばれて一つの遺伝子が作られます。この作用を「遺伝子再構成」といいます。そのため、1兆種類にも及ぶT細胞抗原受容体が作られます。それに対してNKT細胞抗原受容体は、T細胞抗原受容体の遺伝子群の一部から作られますが、マウスやヒトでは一種類しか存在しません。マウスでは「Vα14Jα18」、ヒトでは「Vα24Jα18」がNKT細胞抗原受容体であると分かっています。NKT細胞抗原受容体の遺伝子はさまざまな動物種で保存されており、進化の中で新しい動物種が誕生する際に、ダーウィンの自然選択がみられることがあるなど“種の生存”に不可欠であると証明されています。このようにNKT細胞は、T細胞とは本質的に多くの異なる性質を持っています。

しかし、NKT細胞がT細胞と同じ細胞系列なのか、どのように種の生存に不可欠な防御機能を獲得するのかなど、不明な点が多く残されています。これまでの定説は、NKT細胞はT細胞と同じ細胞系列に属し、胸腺内でT細胞と同じ分化経路をたどるものの、NKT細胞が糖脂質を認識するため、主にタンパク質を認識するT細胞とは分化の最終段階で分岐し、成熟するというものでした(上段)。

そこで研究チームは、マウスを用いてNKT細胞の分化経路とT細胞の分化経路がどのように異なるのか検証しました。

研究手法と成果

マウスではリンパ球の遺伝子再構成を「Rag2遺伝子」が特異的に活性化することが知られています。そこで研究チームは、胸腺リンパ球分化経路の最終段階(DPステージ)において、Rag2遺伝子を欠損させたマウス(DP特異的Rag2欠損マウス)を作製しました。このマウスでは、リンパ球の分化・成熟に必要な遺伝子再構成がDPステージで起きません。そのため、定説どおりにNKT細胞とT細胞が同じ細胞系列に属し、同じ分化経路をたどるのであれば、このマウスではT細胞とNKT細胞は全て消失すると予想されました。

解析の結果、DPステージにおけるNKT細胞受容体Vα14Jα18の遺伝子再構成が行われず、NKT細胞数が大幅に減少しました。しかし、同時に成熟したNKT細胞が一部存在することが確認されました。これは、NKT細胞の分化において、定説とされる従来の分化経路と異なる別の分化経路が存在することを示しています。

このことを確認するために、黄色蛍光タンパク質(YFP)を用いて、従来の分化経路で成熟したNKT細胞は黄色に発光し、従来の分化経路を経ずに成熟したNKT細胞は発光しないマウス(DP特異的YFP発現マウス)を作製しました。DP特異的YFP発現マウスを用いてNKT細胞の発光を調べた結果、発光しないNKT細胞が存在しました。発光しないNKT細胞は、DPステージを経ることなく成熟し、肝臓に分布していました。また、従来の分化経路で成熟したNKT細胞は全体の約20%であるのに対し、新たに発見した分化経路で成熟したNKT細胞は約80%を占めることも分かりました(下段)。

さらに、この分化経路で成熟したNKT細胞の特徴を解析したところ、がん細胞の排除や病原体感染防御に必須のインターフェロン-ガンマ(IFN-γ)などのサイトカインや、抗原を殺傷する細胞傷害活性に重要なパーフォリン[8]グランザイム[8]などのタンパク質が、従来のDPステージを経て分化・成熟したNKT細胞よりも格段に多く発現していることが分かりました。これにより、このNKT細胞は「高い傷害活性を持つ生体防御に不可欠なNKT細胞」であることが分かりました。

今後の期待

本研究から、傷害活性が高く生体防御に不可欠なNKT細胞は早期に分化することが明らかとなり、今後、新しい観点から研究を進めることが可能となります。また、NKT細胞の分化経路の違いによって異なる機能を獲得することが明らかになりました。本成果は、さまざまな免疫細胞の機能獲得機序の解明や、効果の高いNKT細胞標的がん免疫治療の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Nyambayar Dashtsoodol, Tomokuni Shigeura, Minako Aihara, Ritsuko Ozawa, Satoshi Kojo, Michishige Harada, Takaho A. Endo, Takashi Watanabe, Osamu Ohara, and Masaru Taniguchi, "Alternative pathway for the development of Vα14+ NKT cells directly from CD4-CD8- thymocytes that bypasses the CD4+CD8+ stage.", Nature Immunology, doi: 10.1038/ni.3668

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 免疫制御戦略研究グループ
グループディレクター 谷口 克(たにぐち まさる)
研究員 Dashtsoodol Nyambayar (ダシツォードル・ニャムバヤル)

ダシツォードル・ニャムバヤル研究員の写真 ダシツォードル・ニャムバヤル

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)
    1986年に谷口克グループディレクター(理研統合生命医科学研究センター免疫制御戦略研究グループ)らによって発見されたT細胞の一種。ナチュラルキラー(NK)細胞受容体も同時に発現しているのでNKT細胞と呼ばれる。T細胞はタンパク質を抗原として認識するが、NKT細胞は糖脂質分子を抗原として認識する点で異なる異物に対しての免疫反応をすると考えられている。
  • 2.T細胞
    獲得免疫系を構成する主な細胞であるリンパ球の一種。直接他の細胞と接触し、またサイトカインと呼ばれる液性因子を分泌することで、B細胞や他の免疫細胞の細胞分化や機能を調節する。分泌するサイトカインの種類や局在場所の違いによって機能が異なる。
  • 3.リンパ球
    哺乳類の免疫系は主に白血球で成り立っている。白血球はさらに、血球(マクロファージ、樹状細胞、好中球など)とリンパ球(T細胞、B細胞、NK細胞、NKT細胞)に分類される。
  • 4.胸腺
    T細胞が作られる臓器で心臓の上に位置する。T細胞のもとになるT前駆細胞は、胎生期には肝臓から、生後は骨髄から胸腺へ移動する。胸腺で分化・成熟したT細胞は脾臓などへ移出される。
  • 5.サイトカイン
    細胞同士の情報伝達に関わる、さまざまな生理活性を持つ可溶性タンパク質の総称。さまざまな細胞から分泌、標的細胞の増殖・分化・細胞死を誘導する。
  • 6.自己免疫疾患
    本来、ウイルスや細菌など外来性異物を排除するために働く免疫システムが、さまざまな要因によって、自己を構成する成分に対しても攻撃(自己免疫反応)して発症する疾患の総称。関節リウマチ、甲状腺の機能異常を引き起こすバセドウ病、1型糖尿病などがある。
  • 7.自己免疫寛容
    潜在的に抗原性のある自己のタンパク質、細胞、組織と共存し、免疫反応が起こらない状態のこと。
  • 8.パーフォリン、グランザイム
    細胞死を誘導する分子。パーフォリンで標的細胞に穴を開け、そこからグランザイム分子を標的細胞に注入すると、標的細胞がアポトーシスを起こして死に至る。
生体防御に不可欠なナチュラルキラーT(NKT)細胞の分化経路の図

図1 生体防御に不可欠なナチュラルキラーT(NKT)細胞の分化経路

骨髄の中にある造血幹細胞が変化して、リンパ球のもとになる細胞が胸腺に移動し、胸腺内で最も未分化なT細胞前駆細胞(ETP)からDN2(DNはdouble negativeの略。胸腺細胞の初期分化段階ではCD4、CD8が発現しない)、DN3、DN4、胸腺リンパ球最終分化段階のDPステージを経て、T細胞やNKT細胞に分化・成熟する経路がこれまでの定説であった。それに対して、DPステージの前のDN4で早期に分岐するNKT細胞が存在することにより、生体防御に不可欠なNKT細胞の新しい分化経路を発見した。DPステージを経たNKT細胞は全体の約20%で、肺、骨髄、リンパ節、消化管などに分布するのに対し、生体防御に不可欠なNKT細胞は全体の約80%を占め、肝臓に分布する。

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