広報活動

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2017年2月2日

理化学研究所

核タンパク質の輸送経路を大規模決定

-輸送調節による細胞制御のメカニズム解明に向けて-

要旨

理化学研究所(理研)今本細胞核機能研究室の今本尚子主任研究員、木村誠専任研究員、森中祐理子テクニカルスタッフらの共同研究グループは、ヒト細胞内において細胞質から核へ運ばれるタンパク質の「輸送経路」を大規模に決定し、輸送経路の特徴を捉えることに成功しました。

タンパク質は細胞質で合成され、必要に応じて核内へ移行します。核は核膜で包まれているため、タンパク質は核膜上の核膜孔[1]を通過します。しかし、多くのタンパク質は単独では核膜孔を通過できず、「運搬体」と呼ばれるタンパク質の積み荷となって通過します。この積み荷となるタンパク質を基質タンパク質と呼びます。「インポーティンβファミリータンパク質」は最も広く働く運搬体です。ヒト細胞には20種類のインポーティンβファミリー運搬体があります。さまざまな細胞プロセスでインポーティンβファミリー運搬体が関わる輸送の調節が多く報告されており、輸送の調節に伴う核内のタンパク質(核タンパク質)の種類と量の変化により細胞活動が大きく制御されると予想されています。しかし、それぞれの運搬体が働く輸送経路で運ばれる基質タンパク質はごく少数しか知られていないため、輸送経路がさまざまな細胞プロセスで果たす役割はよく分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、特定の輸送経路で核内へ輸送される基質タンパク質を同定する技術を使って、ヒト細胞内の20種類のインポーティンβファミリー運搬体のうち、細胞質から核への輸送経路を構成する12種類の運搬体が運ぶ基質タンパク質を大規模に調べました。その結果、12の輸送経路で運ばれる基質タンパク質を同一の条件で同定し、輸送経路の間で基質タンパク質を直接比較することに成功しました。また、核内へ輸送される基質タンパク質を過去に例のないほど多く同定し、それぞれの輸送経路で運ばれる基質タンパク質に特徴的な機能や性質を調べることができました。これらの結果から、一つの輸送経路は基質タンパク質を介して多くの細胞プロセスに関与し、特定の細胞プロセスもまた複数の輸送経路に依存していることが明らかとなり、輸送経路が複雑に役割を分担していることが分かりました。

今回の成果により輸送に続く核内反応の解析が進み、輸送調節による細胞制御のメカニズムの解明がさまざまな細胞プロセスで進むと期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌『eLife』(1月24日付け)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所 今本細胞核機能研究室
主任研究員 今本 尚子 (いまもと なおこ)
専任研究員 木村 誠 (きむら まこと)
専任研究員 小瀬 真吾 (こせ しんご)
テクニカルスタッフⅡ 森中 祐理子 (もりなか ゆりこ)

産業技術総合研究所 人工知能研究センター/ 創薬基盤研究部門
主席研究員 ポール・ホートン(Paul Horton)
研究員 今井 賢一郎 (いまい けんいちろう)

背景

細胞核で働くタンパク質(核タンパク質)は、遺伝子の発現や染色体の制御を介して細胞活動に大きく影響します。これらのタンパク質は細胞質で合成された後、必要に応じて核内へ移行します。核は核膜に包まれているため、タンパク質は全て核膜上の核膜孔を通って核に出入りします。しかし、単独で核膜孔を通過できるタンパク質は少なく、多くは「運搬体」と呼ばれるタンパク質に運ばれる積み荷となって核膜孔を通過します。この積み荷となるタンパク質を基質タンパク質と呼びます。「インポーティンβファミリータンパク質」は、核タンパク質の大半を核内外へ輸送する運搬体です。ヒト細胞には20種類のインポーティンβファミリー運搬体があり、それぞれがある一群のタンパク質を分担して核-細胞質間のどちらかの方向に輸送します。つまり、インポーティンβファミリー運搬体は、核膜孔を構成するタンパク質や輸送を補助する因子[2]とともに、核-細胞質間に並列な「輸送経路」を構成しています(図1)。

この核-細胞質間のタンパク質輸送は、細胞の分化、環境や刺激への応答、細胞周期の進行、さまざまな疾病などの過程で、運搬体タンパク質の発現量の調節、タンパク質修飾や阻害因子による運搬体の機能の調節などにより制御されることが多く報告されています。この輸送の調節により核タンパク質の種類と量が変化し、それが細胞の生理状態の変化を誘導すると予想されます。また、酵母やショウジョウバエ、シロイヌナズナなどのモデル生物の遺伝子変異体を用いた研究から、輸送経路はそれぞれ特定の細胞プロセスに関わるタンパク質を輸送していると予想されています。

しかし、これら輸送経路の役割分担を示唆する多くの報告があるにもかかわらず、それぞれの輸送経路が関与する細胞プロセスやその関与のメカニズム、生理的な意味などが解明された例はごく限られています。その最も大きな理由は、それぞれの輸送経路で運ばれる基質タンパク質がごく少数しか知られていないことです。そのため、どのタンパク質がどの輸送経路で運ばれるのかを、網羅的に解析することが求められていました。

研究手法と成果

共同研究グループはまず、インポーティンβファミリー運搬体により実際に細胞質から核へ輸送されるタンパク質を同定するため、「試験管内核輸送再構成系」を利用しました。この実験系では輸送に必要な要素を全て含む溶液中で、細胞膜の透過性は高いが、核膜は正常に機能するセミインタクト細胞[3]の核内へタンパク質が輸送されます。今回の実験では、他の細胞の核から抽出したタンパク質溶液中のタンパク質を運搬体1種類ずつで輸送させた後、核内のタンパク質を質量分析法[4]で同定しました。

元からセミインタクト細胞の核内にあったタンパク質分子と同じ種類の輸送されたタンパク質分子を区別するため、セミインタクト細胞はあらかじめSILAC法[5]安定同位体[6]標識した培養細胞から調製しました。SILAC法では、13Cで標識したアミノ酸のリジンとアルギニンを培地に加えることで、細胞内のほぼ全てのタンパク質のリジン残基とアルギニン残基が13Cで標識された重い(Heavy)タンパク質になります。そして質量分析法では、この重いタンパク質分子と同じ種類の通常の軽い(Light)タンパク質分子を区別して、その量比を測定することができます。最新の質量分析装置を使用すると、1回の実験で千数百~二千種類ほどのタンパク質のLight/Heavyの量比を測定できます。運搬体を加えた輸送反応と加えない対照反応を並行して行い、前者からの試料でLight/Heavyの量比が高いタンパク質は運搬体の基質タンパク質の候補となります(図2)。

共同研究グループは、細胞質から核への輸送を担う12種類のインポーティンβファミリー運搬体全てについて、同一条件で実験を行いました。また、Light/Heavyの量比に基づく指標で上位にランクされるタンパク質の多くが、運搬体と直接結合することを組換えタンパク質を使った実験で確認しています。それぞれの運搬体の基質タンパク質を、信頼性の高い上位数十種類(上位4%)と信頼性が許容範囲内にある上位250~300種類(上位15%)の2通りの基準で選出し、遺伝子オントロジー[7]データベースでアノテート(注釈)されるターム(用語)をもとに基質タンパク質の輸送経路ごとの特徴を調べました。その結果、どちらの場合もほぼ同様に、輸送経路によってそれぞれ生理的な機能が分担されていることが分かりました。

染色体構築、メッセンジャーRNA(mRNA)プロセッシング、DNA組換えのような広く定義される細胞プロセスには、いくつかの輸送経路が基質タンパク質の機能を介して関与しています。また、同じ細胞プロセスに関与するタンパク質は、ただ一つの輸送経路で運ばれるものと複数の輸送経路で運ばれるものが複雑に入り交じっています。一方で、輸送経路もまた、それぞれがいくつもの細胞プロセスに関与します。そして、この輸送経路と細胞プロセスの対応はそれぞれ異なっていています(図3)。このような輸送経路の複雑な役割分担は、さまざまな状況に対応した輸送の調節のために必要であると考えられます。

今後の期待

細胞分化、環境応答、疾病などの過程でみられる核-細胞質間タンパク質輸送の調節とそれに誘導される細胞プロセスをつなぐ核内反応の解明は難しく、多くの場合はこれまで先送りにされてきました。

本成果により、基質タンパク質の同定により解析の対象とするべき核内タンパク質が特定できるため、今後、輸送に続く核内反応の解析が進み、輸送調節による細胞制御のメカニズムの解明がさまざまな細胞プロセスで進むと期待できます。

原論文情報

  • Makoto Kimura, Yuriko Morinaka, Kenichiro Imai, Shingo Kose, Paul Horton, and Naoko Imamoto, "Extensive cargo identification reveals distinct biological roles of the 12 importin pathways", eLife, doi: 10.7554/eLife.21184

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 今本細胞核機能研究室
主任研究員 今本 尚子 (いまもと なおこ)
専任研究員 木村 誠 (きむら まこと)
テクニカルスタッフⅡ 森中 祐理子 (もりなか ゆりこ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 核膜孔
    核の内外を連絡する通路。核膜に埋め込まれた核膜孔複合体という巨大なタンパク質複合体の中心を貫いている。通路内部は特殊なポリペプチド鎖で満たされており、インポーティンなどの特殊な分子のみが通過できる。
  2. 輸送を補助する因子
    インポーティンなどの運搬体の構造変化を促して基質との結合と解離を制御するタンパク質や、それらのタンパク質の機能を制御するタンパク質など。
  3. セミインタクト細胞
    薬剤(ジギトニン)処理により、細胞膜を部分的に破壊して透過性を高めた細胞。細胞外の溶液が細胞質部分に流れ込むが、核膜の機能は保持されている。
  4. 質量分析法
    分子をイオン化し、質量によって分離することで分子の質量を知る分析法。タンパク質の分析では、酵素処理でタンパク質を断片化して得られるペプチドをイオン化する。ペプチドをさらに断片化させた質量も得ることができ、これらの情報から、ペプチドのアミノ酸配列の解析や蛋白質の種類の同定が可能である。
  5. SILAC法
    13Cや15Nなどの安定同位体で標識された特定のアミノ酸(多くはリジンやアルギニン)を培地に加えて、細胞内の全タンパク質を標識する技術。安定同位体標識タンパク質の化学的・生物学的性質は通常のタンパク質と同じだが、質量分析により通常のタンパク質とは区別して同定・定量が可能である。
  6. 安定同位体
    陽子と電子の数は同じであるが、中性子の数が異なるため、同じ性質を持つが質量が異なる原子(同位体)のうち、自然界で安定に存在することのできるものを指す。本研究では、原子量が13(通常は12)の炭素原子を持つアミノ酸を利用している。
  7. 遺伝子オントロジー
    細胞プロセス、細胞の構成要素、分子機能を表すターム(用語)を、遺伝子に網羅的にアノテート(注釈)したデータベース。

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インポーティンβファミリー運搬体が構成する輸送経路の図

図1 インポーティンβファミリー運搬体が構成する輸送経路

インポーティンβファミリー運搬体は核-細胞質間に並列な輸送経路を構成しており、それぞれが一群のタンパク質を輸送する。本研究では細胞質から核への輸送を担う運搬体を対象とした。そのうちインポーティンβのみは、インポーティンαファミリーのタンパク質をアダプターとして多くのタンパク質を輸送する。これまでに報告されている核内に移行する基質タンパク質の多くは、このインポーティンα/β輸送経路で運ばれるタンパク質であり、その他の輸送経路の基質タンパク質の報告は少ない。

SILAC法と試験管内核輸送再構成系による基質タンパク質の同定の図

図2 SILAC法と試験管内核輸送再構成系による基質タンパク質の同定

安定同位体13Cで標識されたアミノ酸(リジン、アルギニン)を含む“重い”タンパク質(緑)で構成される細胞の核内へ、標識のない通常の“軽い”タンパク質(紫)で構成される細胞の核抽出液中のタンパク質を1種類の運搬体で輸送する。核内へ輸送された“軽い”タンパク質と始めから核にある“重い”タンパク質は、質量分析により、区別して同定・定量できる。同一タンパク質の軽い分子と重い分子の量比(Light/Heavy)を、運搬体を加えた試料(+NTR)と加えない試料(Ctl)で比較し、輸送された基質タンパク質を選定する。千数百~二千種類ほどのタンパク質でこの量比が得られるが、運搬体添加によりこの量比が大きく上昇する少数のタンパク質が基質タンパク質である。

輸送経路の役割分担の図

図3 輸送経路の役割分担

遺伝子オントロジーで、それぞれの輸送経路の基質タンパク質に多くアノテート(注釈)されるターム(用語)の代表例を示した。一つの輸送経路で多くの細胞プロセスに関わるタンパク質が輸送されるが、その分担は輸送経路ごとに異なる。また、タンパク質はただ一つの輸送経路で運ばれるものから多くの経路によるものまでさまざまである。今回調べた12種類のインポーティンβファミリー運搬体のうち、インポーティン13とエクスポーティン4は核内外の両方向への輸送を行う。

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