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2017年2月21日

理化学研究所

ジルコニウム-110原子核の形と魔法数

-楕円体に変形し、新しい魔法数は現れなかった-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター櫻井RI物理研究室のピーター・ドーネンバル研究員、櫻井博儀主任研究員らの国際共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」[1]を用いて、中性子過剰なジルコニウム-110(110Zr、陽子数40、中性子数70)原子核のガンマ線分光[2]に成功しました。その結果、この原子核はレモンのような楕円体に大きく変形[3]し、かつ新しい「魔法数[4]」は現れないことが分かりました。

原子の中心にある原子核は核子(陽子と中性子)から構成され、原子核はこれらの組み合わせによりさまざま特徴を示します。原子核の形は量子力学的な効果によって、球形だけでなく、ミカン型、レモン型、洋ナシ型、バナナ型などさまざまで、特に魔法数を持った安定な原子核は球形になることが知られています。110Zrの陽子数、中性子数はそれぞれ40と70で、1949年にメイヤーとイェンゼンが提唱した従来の安定核に対する魔法数(2、8、20、28、50、82、126)ではありません。しかし一方で、中性子過剰核[5]では新しい魔法数40と70が現れ、110Zrは球形もしくは正四面体になると予想する理論がありました。

今回、国際共同研究グループは、RIBFで光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速された大強度のウラン(238U)ビームを用いて、放射性同位元素(RI)[6]110Zrを人工的に生成する実験を行いました。この実験では、高機能液体水素標的装置MINOS[7]と高効率ガンマ線検出器DALI2を用いることにより、これまで不可能だった110Zrのガンマ線分光に成功し、核構造変化の指標となる三つの低励起状態のエネルギーを決定することができました。その結果、110Zrの原子核はレモンのような楕円体に大きく変形していることが分かりました。また、110Zrは魔法数を持っておらず40、70は魔法数でないことも分かりました。

このような魔法数の研究は、宇宙での重元素合成過程(r過程)[8]を解くための鍵となります。今後もRIBFを利用することにより、原子核の魔法数に関するさらに多くの成果が得られると期待できます。

本研究成果は、アメリカの科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(1月18日付け)に掲載され、Editor's Suggestionに選ばれました。

本研究は、理研仁科加速器研究センターとフランス新エネルギー庁サクレー研究所が推進するSEASTAR(シースター)[9]のプロジェクトの一環として行われました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
櫻井RI物理研究室
研究員 ピーター・ドーネンバル (Pieter Doornenbal)
主任研究員 櫻井 博儀 (さくらい ひろよし)

上坂スピン・アイソスピン研究室
客員研究員 アレキサンダー・オバテリ (Alexandre Obertelli)
主任研究員 上坂 友洋 (うえさか ともひろ)

背景

原子の中心にある原子核は核子(陽子と中性子)から構成され、原子核はこれらの組み合わせによりさまざまな特徴を示します。原子核が比較的安定になる陽子や中性子の数のことを「魔法数」と呼び、自然界に存在する約270種類の安定核では、2、8、20、28、50、82、126が魔法数になることが知られています。魔法数には多くの安定な元素が存在し、2はヘリウム、8は酸素、20はカルシウム、28はニッケル、50はスズ、82は鉛など、陽子の魔法数に対応した元素は、日常生活でもなじみ深いものです。

陽子や中性子は、量子力学的にエネルギーが飛び飛びの軌道に入ります。これら軌道間のエネルギーが近い軌道群を「殻」と呼び、一つの殻に入る核子の数は殻ごとに異なります(図1)。魔法数は、殻間のエネルギーが大きなところに現れます。1949年に、米国のメイヤーとドイツのイェンゼンは、軌道や殻間のエネルギーギャップに関する原子核の「殻構造モデル」を提唱することで魔法数を説明することに成功しました。この発見により、2人は1963年にノーベル物理学賞を受賞しました。

また、原子核は球形、ミカン型、レモン型、洋ナシ型、バナナ型などのさまざまな形をしており、魔法数を持つ原子核には付加的な安定性がもたらされ、球形になることが知られています。

さらに、魔法数は全ての原子核において、変わらず普遍的な定数であると約半世紀にわたって考えられていました。ところが、同じ原子番号の安定核に比べて中性子が多い原子核(中性子過剰核)の性質を効率よく調べることができるようになると、魔法数8、20、28が消失し、新しい魔法数16、34が出現することが分かってきました注1~4)。これは、中性子過剰核の中では安定核では影を潜めていた相互作用が働いて、魔法数が変化するからだと考えられています。

一方、中性子過剰核では、通常の魔法数のもととなる「スピン軌道相互作用[10]」が弱まり、新しい魔法数「40」、「70」の出現が予想される理論がありました。中性子過剰核ジルコニウム-110(110Zr、陽子数40、中性子数70)の陽子数、中性子数はともにこの新しい魔法数と一致します。その結果、110Zrは球形もしくは正四面体になると予言され、詳細な実験データが求められていました。

注1)2000年5月29日プレスリリース「新しい魔法数(マジックナンバー)の発見
注2)2013年10月9日プレスリリース「「魔法数」を持つ原子核に現れる「特別な核異性体」を発見
注3)2013年10月10日プレスリリース「重いカルシウムで新しい「魔法数」34を発見
注4)2014年8月29日プレスリリース「中性子過剰なニッケルの78Niに2重魔法数が健在

研究手法と成果

放射性同位元素(RI)は、一般的に安定な原子核と比較して陽子または中性子の数が異なるほど不安定になり、かつその生成が困難になります。世界の多くの加速器施設では、重イオンビームを標的核に照射してRIを生成しています。この手法では、一般的に中性子が一つ多い同位体の生成には、1桁ないしはそれ以上高強度の重イオンビームが必要になります。

国際共同研究グループは、超伝導リングサイクロトロン(SRC)[11]を主体とした理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」で、光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速したウラン-238(238U、陽子数92、中性子数146)ビームを標的となるベリリウム(Be:原子番号 4)に照射し、核分裂反応でニオブ-111(111Nb、陽子数41、中性子数70)のRIビームを生成しました。その後、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[12]で輸送したRIビームを、高機能液体水素標的装置MINOSに照射し、水素原子核(陽子)との反応により中性子過剰110Zrの励起状態を生成しました。生成された110Zrは脱励起したゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree Spectrometer)[13]で観測し、水素原子核との反応で生じたガンマ線を高効率ガンマ線検出器DALI2で検出することによって、これまで不可能だった110Zrのガンマ線分光に成功しました(図23)。

その結果、新たに三つの低励起状態を見いだし、エネルギーを決定することができました。これらのエネルギーは原子核の形に応じて典型的なパターンを示します。このパターンから110Zrは周りの原子核と比較すると球形や正四面体ではなく、むしろ楕円体に大きく変形していることが分かりました(図4)。また、110Zrは魔法数を持っておらず、40や70は魔法数でないことが結論付けられました。

今後の期待

本成果から110Zrの中性子過剰領域でスピン-軌道相互作用は大きく変化せず、新しい魔法数は出現しないことが分かりました。110Zrやその周辺の原子核の性質は、宇宙での重元素合成過程(r-過程)を解く鍵となります 。質量数115付近でのr-過程の存在比は、これまでRIBFで得られた半減期データを利用したシミュレーションでも再現できないことが知られています。その理由として110Zrの魔法数の出現が候補となっていましたが、本成果により他の理由を考える必要性が出てきました。今後、さらなるRIBFでの研究で、原子核の魔法数に関する多くの知見が得られると期待できます。

原論文情報

  • N. Paul, A. Corsi, A. Obertelli, P. Doornenbal, G. Authelet, H. Baba, B. Bally, M. Bender, D. Calvet, F. Chateau, S. Chen, J.-P. Delaroche, A. Delbart, J.-M. Gheller, A. Giganon, A. Gillibert, M. Girod, P.-H. Heenen, V. Lapoux, J. Libert, T. Motobayashi, M. Niikura, T. Otsuka, T.R. Rodriguez, J.-Y. Rousse, H. Sakurai, C. Santamaria, N. Shimizu, D. Steppenbeck, R. Tniuchi, T. Togashi, Y. Tsunoda, T. Uesaka, T. Ando, T. Arici, A. Blazhev, F. Browne, A.M. Bruce, R. Carroll, L.X. Chung, M.L. Cortes, M. Dewald, B. Ding, F. Flavigny, S. Franchoo, M. Gorska, A. Gottardo, A. Jungclaus, J. Lee, M. Lettmann, B.D. Linh, J. Liu, Z. Liu, C. Lizarazo, S. Momiyama, K. Moschner, S. Nagamine, N. Nakatsuka, C. Nita, C.R. Nobs, L. Oliver, Z. Patel, Zs. Podolyak, M. Rudigier, T. Saito, C. Shand, P.-A. Soderstrom, I. Stefan, R. Orlandi, V. Vaquero, V. Werner, K. Wimmer, and Z. Xu, "Are There Signatures of Harmonic Oscillator Shells Far from Stability? First Spectroscopy of 110Zr", Physical Review Letters, doi: 10.1103/PhysRevLett.118.032501

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
研究員 ピーター・ドーネンバル (Pieter Doornenbal)
主任研究員 櫻井 博儀 (さくらい ひろよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. RIビームファクトリー(RIBF)
    理研が所有する重イオン加速器施設で、水素からウランに至る全ての元素の放射性同位元素(RI)をビームとして供給する。RIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される。RIビーム発生施設は2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)からなる。これまで生成不可能だったRIも生成することができ、世界最多となる約4,000個のRIを生成する。
  2. ガンマ線分光
    原子核の励起状態のうち、束縛した励起状態はガンマ線を放出してエネルギーの低い状態に遷移する。この脱励起時に放出されるガンマ線を測定して、未知の励起状態のエネルギーやスピン・パリティを決定し、原子核の構造を研究する方法。
  3. 原子核の変形
    2007年のRIBF稼働開始後は、より中性子の多い領域での研究が進み、ネオン-32(32Ne、陽子数10、中性子数22)、マグネシウム-34~38(34~38Mg、陽子数12、中性子数 22~26)での大きな変形の発見、中性子過剰のケイ素-42(42Si、陽子数14、中性子数28)での魔法数28の消失、ネオン(Ne、元素番号10)・マグネシウム同位体での新型の中性子ハロー(原子核の周りに薄く霧のように中性子が広がっている状態)の発見などの結果から、安定原子核の領域では見られない大きな核構造の変化がこの領域で生じていることが分かっている。
  4. 魔法数
    原子核は原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。1949年にマリア・ゲッパート=メイヤーとヨハネス・ハンス・イェンゼンが、大きなスピン-軌道相互作用を導入することによって魔法数を説明し、1963年にノーベル賞を受賞した。その後、理研での中性子過剰な原子核により、メイヤー・イェンゼンの魔法数20、28が消失し、新たな魔法数16、34が出現することが報告されている。
  5. 中性子過剰核
    安定同位体と比較して中性子を多く含んだ不安定核。ほとんどはベータ崩壊を起こし、原子番号が1つ大きな核種に壊変する。陽子と比べて中性子の分布が大きく広がった中性子ハローや、中性子だけで表面がつくられている中性子スキン、既知の魔法数の消滅や新魔法数の出現などの興味深い現象が見つかっている。
  6. 放射性同位元素(RI)
    物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。天然にある物質は寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。
  7. 高機能液体水素標的装置MINOS
    従来に比べて1桁程度高い実験効率を実現することを目的として、フランス新エネルギー庁サクレー研究所と理研を中心とした日仏共同グループが製作した装置。約15cmの厚い液体水素標的と、それを取り囲む粒子飛跡検出器(タイム・プロジェクション・チェンバー;TPC)を組み合せた構造をしており、厚い標的を用いて高い実験効率を達成しながらも、反応位置をTPCによって決定することによりエネルギー分解能の悪化を防ぐという特徴を持っている。
  8. 重元素合成(r過程)
    超新星爆発時に起きると考えられている元素合成過程のモデル。高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながら崩壊(β崩壊)するため、「r過程」と呼ばれる。鉄以上の重元素のほぼ半分は、このr過程で生成される。重元素を生成するもう一方のs(slow:低速)過程は、赤色巨星への進化段階でゆっくりした中性子捕獲によって元素合成が行われる。s過程に比べ、r過程は未解明な部分が多い。このr過程が起きる場所の候補として、中性子星同士の融合も提案されている。
  9. SEASTAR(シースター)
    理化学研究所のピーター・ドーネンバルとフランス新エネルギー庁(CEA)サクレー研究所のアレキサンダー・オバテリが研究代表者を務める国際的なコラボレーションで、中性子過剰核の低励起準位の観測により魔法数研究を一挙に展開するために2013年に結成された。理研、CEAサクレー研究所の他、東京大学、京都大学など9か国22機関、73名の研究者が参加している。
  10. スピン-軌道相互作用
    原子核の核子(陽子と中性子)が自転運動によって生じる「スピン角運動量」と核子が原子核の周りを周回運動すること(軌道運動)によって生じる「軌道角運動量」との間に働く相互作用このと。メイヤーとイェンゼンは大きなスピン-軌道相互作用を導入して、原子核の魔法数を説明した。
  11. 超伝導リングサイクロトロン(SRC)
    サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを高速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
  12. 超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
    ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。
  13. ゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree Spectrometer)
    BigRIPSの下流にある多機能ビームライン型分析装置で、質量数200程度までの反応生成物の粒子の識別、運動量の精密測定などを行うことができる。多くの反応実験では、ビームとして入射する不安定核に比べて軽い標的を利用するため、反応生成物はゼロ度方向に出射しやすい。このような特徴をとらえて、分析装置の名称に「ゼロ度」というキーワードがついている。

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安定核での殻構造と魔法数の図

図1 安定核での殻構造と魔法数

横線が各軌道を示し、左側に示した四角内の数字が、それぞれの殻に入る核子(陽子と中性子)の数を表している。核子数を丸で囲んだ2、8、20、28、50、82… は魔法数と呼ばれ、このとき原子核は特に安定となる。

実験装置群の配置図

図2 実験装置群の配置図

大強度ウラン-238(238U)ビームを超伝導リングサイクロトロン(SRC)で加速し、ベリリウム標的に照射して111NbのRIビームを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で生成。このビームをMINOS標的に照射して、110Zrを生成し、ゼロ度スペクトロメータで観測。同時に、脱励起したガンマ線をMINOS標的の周りに配置した高効率ガンマ線検出器DALI2で測定する。

高機能液体水素標的MINOSと高効率ガンマ線検出器DALI2の図

図3 高機能液体水素標的MINOSと高効率ガンマ線検出器DALI2

青または灰色で示した部分がMINOSで、黄色で色付けした部分がDALI2である。左から飛んでくるRIビームが液体水素標的(青色の部分)で核反応を起こす。核反応の際、2つの陽子が放出されるのと同時に、ガンマ線を高効率ガンマ線検出器(DALI2)で検出することにより、励起状態のエネルギーを精度よく決めることができる。

ジルコニウム-110(<sup>110</sup>Zr)原子核の形

図4 ジルコニウム-110(110Zr)原子核の形

魔法数を持つ原子核は安定なため、球形をしている。
中性子過剰核の110Zr(陽子数40、中性子数70)は新しい魔法数の出現を予想する理論があり、形は球形か正四面体が予想された。しかし実験の結果、実験的に新しい魔法数は現れず、形は左図のような楕円体であることが判明した。

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