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2017年2月23日

理化学研究所

アミノ酸誘導体が植物のセシウム吸収を促進

-農地における除染効率の向上に期待-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター機能調節研究ユニットのアダムス英里研究員、申怜ユニットリーダーらの国際共同研究グループは、アミノ酸の誘導体である「L-メチルシステイン」(L-methyl cysteinate)が植物によるセシウム(Cs)の取り込みを促すことを発見しました。

2011年3月に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故では、大量の放射性物質が拡散し、水田や畑など農地を含む広範囲の土壌が汚染され深刻な問題になりました。特に半減期(自然に崩壊して放射能が半分になるまでの時間)が30年と長い「セシウム137(137Cs)」は、今後も農地に残留すると考えられることから、除染技術の確立が急務となっており、低コストで土壌を破壊しない植物を用いた環境浄化技術「ファイトレメディエーション[1]」が注目されています。しかしファイトレメディエーションは、植物が本来持つ養分を吸収する能力を用いて汚染物質を吸収・蓄積させるため、効率の向上が課題でした。

今回、国際共同研究グループは1万種の合成された有機化合物から成るケミカルライブラリーをスクリーニングし、植物のセシウム蓄積を促進する化合物として14種を選びました。そのうち、システイン(アミノ酸の一つ)の誘導体であるL-メチルシステインに着目し、植物の細胞内または根の表面でセシウムと結合し、その蓄積を促していることが分かりました。また、ハイスループット代謝産物プロファイリング[2]の結果、植物体内のシステイン量がセシウム存在下で大きく上昇することが確認されました。

今後、これらの知見が放射性セシウムに対する除染効率を向上させる技術の開発に活用されることが期待されます。
本研究の成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(2月23日付け)に掲載されます。
本研究は、農林水産省委託事業「農地・森林等の放射性物質の除去・低減技術の開発」の支援を受けて実施されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
機能調節研究ユニット
研究員 アダムス 英里(あだむす えり)
テクニカルスタッフ 宮崎 崇枝(みやざき たかえ)
研究補助員 早石 綾(はやいし あや)
ユニットリーダー 申 怜(シン・リョン)

統合メタボロミクス研究グループ
客員主管研究員 草野 都(くさの みやこ)
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)

南デンマーク大学
研究員 ミンウー・ハン(Minwoo Han)
准教授 ヒマンシュ・カンデリア(Himanshu Khandelia)

背景

2011年3月、東日本大震災が引き起こした東京電力福島第一原子力発電所の事故により、大量の放射性物質が拡散し、水田や畑などの農地を含む広範囲の土壌が汚染され、深刻な問題になりました。特に半減期(自然に崩壊して放射能が半分になるまでの時間)が30年と長い「セシウム137(137Cs)」は、今後も農作物などに被害をもたらし続けると考えられ、除染技術の確立が急務となっています。

低コストで環境負荷の少ない植物による除染技術「ファイトレメディエーション」が注目されていますが、効率の低さから長い年月が必要とされることが欠点でした。ファイトレメディエーションを効率化する方法としては、植物の遺伝子に改変を加え、高効率にセシウムを吸収する植物を作製する遺伝学的アプローチと、外から化合物を与え、植物のセシウム吸収を促す化学的アプローチが考えられます。

国際共同研究グループは、さまざまな植物種に汎用性が高く、生態系へ外来遺伝子の流出の恐れがない化学的アプローチに着目しました。アダムス英里研究員らは2015年に農作物の安全性確保に役立つ、植物のセシウム吸収を抑制する化合物CsTolen A(シストレンエー)を発見しました注1)が、今回は植物におけるセシウム蓄積に寄与する小分子化合物を選び出し、その仕組みの解明を目指しました。

注1)2015年3月5日プレスリリース「セシウムと結合し植物への取り込みを抑制する化合物を発見

研究手法と成果

国際共同研究グループは、植物のセシウム蓄積を促す小分子化合物を見つけるため、1万種の合成された有機化合物から成るケミカルライブラリーをスクリーニングし、セシウム蓄積の表現型を付与する化合物の中から14種を選抜しました。このうちの一つがアミノ酸であるシステインの誘導体、「L-メチルシステイン」でした。植物の根にL-メチルシステインを与えると、与えなかった場合に比べてより多くのセシウムを蓄積することが確認されました(図1)。

次に、L-メチルシステインが植物体内のセシウム蓄積量を増加させる仕組みを調べたところ、L-メチルシステインが培地や土壌中など植物の外側ではなく、植物体内もしくは根の表面で働いていることが分かりました。また、量子力学的理論モデリング[3]の手法を用い、L-メチルシステインがセシウムと強く結合すること、L-メチルシステイン上の窒素(N)、硫黄(S)、酸素(O)原子とキレート構造[4]を形成して結合していることが予測されました(図2)。これらのことから、L-メチルシステインは植物内または表面でセシウムと結合し、その蓄積を高めていると考えられます。

一方、ハイスループット代謝産物プロファイリングを行った結果、多くのアミノ酸がセシウムを与えた植物で増加する傾向にありましたが、特に根におけるシステインの増加が認められました。また、セシウムは必須栄養素であるカリウム(K)の吸収機構を通って植物に吸収され、カリウムとセシウムが密接に関わっていることが知られていますが、根の周辺におけるカリウム濃度の増減によってセシウムに対する植物の反応が異なり(カリウム量が多いほどセシウムに耐性を示す)、代謝産物プロファイルによってもその差異が裏付けられました。さらに、セシウムはカリウムの取り込みを抑制することから、セシウムを投与した植物はカリウム欠乏状態になると考えられていました。しかし代謝産物プロファイルによると、セシウムは植物に対してカリウム欠乏以外の作用ももたらしていることが分かりましたが、その生理学的意義については今のところ分かっていません。

今後の期待

本研究により、アミノ酸誘導体であるL-メチルシステインに植物のセシウム蓄積を促進する効果があること、セシウムを与えた植物においてシステインの量が増加することが確認されました。今後、システインが植物体内でL-メチルシステインに変換されるかを含め、詳細なセシウム蓄積のメカニズムが解明され、東日本におけるセシウム除染への一助となることが期待されます。

原論文情報

  • Eri Adams, Takae Miyazaki, Aya Hayaishi-Satoh, Minwoo Han, Miyako Kusano, Himanshu Khandelia, Kazuki Saito & Ryoung Shin, "A novel role for methyl cysteinate, a cysteine derivative, in cesium accumulation in Arabidopsis thaliana", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep43170

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 機能調節研究ユニット
研究員 アダムス 英里(あだむす えり)
ユニットリーダー 申 怜(シン・リョン)

申怜ユニットリーダーとアダムス英里研究員の写真 申怜ユニットリーダーとアダムス英里研究員 植物育成室にて

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  • 1.ファイトレメディエーション
    植物を用いた環境浄化技術。特に植物が本来持つ養分などを吸収する能力を利用し、土壌に吸着した汚染物質を植物体内に蓄積・濃縮することにより除染に役立てるファイトエクストラクション(植物抽出)が注目されている。
  • 2.ハイスループット代謝産物プロファイリング
    高性能分析機器を用いて生体内の代謝産物を網羅的に解析する方法。代謝産物の包括的プロファイルを得られるため、非常に強力なツールである。
  • 3.量子力学的理論モデリング
    量子力学の理論を活用し、コンピュータシュミレーションによってモデルを構築する方法。量子力学は現代物理学の基礎となる理論で、コンピュータや携帯電話など実生活に密着した技術にも応用されている。
  • 4.キレート構造
    複数の配位座(結合能を持つ部位)を持つ化合物が金属イオンへ結合(配位)している状態、その構造のこと。
L-メチルシステイン投与の有無による植物体内のセシウム含有量の違いの図

図1 L-メチルシステイン投与の有無による植物体内のセシウム含有量の違い

L-メチルシステインを与えた植物の方が、与えなかった植物に比べてセシウムの蓄積量が有意に増加していることが分かる。

L-メチルシステインとセシウムの結合状態の図

図2 L-メチルシステインとセシウムの結合状態

セシウム(紫)はL-メチルシステインの窒素原子(青)、硫黄原子(黄)、酸素原子(赤)とキレート構造を形成することにより、最も安定的に結合すると考えられる。

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