広報活動

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2017年3月16日

理化学研究所
東京大学
マックスプランク微細構造物理学研究所
東北大学金属材料研究所

高品質な酸化亜鉛が磁性伝導電子を持つことを発見

-半導体における磁性と高速制御の両立へ道-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターのデニス・マリエンコ研究員、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科 教授)、アンドレイ・ミシェンコ上級研究員、永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科 教授)、サイード・バハラミー ユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科 特任講師)、マックスプランク微細構造物理学研究所のアーサー・エルンスト研究員、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの国際共同研究グループは、非磁性半導体である「酸化亜鉛[1]」の伝導電子が、磁石の性質(磁性[2])を持っていることを明らかにしました。

「磁性半導体」は、電気的に磁性を制御できる不揮発性メモリ[3]などの新たなエレクトロニクス素子を作ることができるため、低消費電力デバイス用の新たな材料として注目されています。非磁性半導体にマンガンなどの磁性元素を少量混ぜると伝導電子が磁性を持ち磁性半導体となりますが、磁性元素は半導体中の電子を散乱するため、電子の移動速度が低下し半導体の特徴である高速な電気的制御を阻害するという問題がありました。一方で、2015年に川﨑雅司グループディレクターらは、従来の半導体と同程度に高品質な酸化亜鉛の単結晶薄膜の作製に成功しています。その中を流れる電子は電子同士の反発が強く、磁性を持たせるのに有利であることが分かっていました注1)

今回、国際共同研究グループは磁性元素を混ぜることなく、電子同士の電子的な反発のみを利用して非磁性半導体の酸化亜鉛の伝導電子に磁性を持たせることができることを発見しました。まず、酸化亜鉛を流れる伝導電子の特性を磁場中で詳しく調べたところ、伝導電子が磁性を持つときに特徴的に生じる「異常ホール効果[4]」を観測しました。さらに、理論的解析の結果、酸化亜鉛中に存在する少量の結晶欠陥(欠陥)[5]が小さな磁石として働き、伝導電子に磁性を持たせていることが明らかになりました。

本成果は、従来の半導体では困難であった磁性と高速制御の両立という問題に対して解決の手掛かりを与えると考えられます。今後、動作温度の向上やデバイス化を進めることで、低消費電力デバイスへの応用が期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Communications』(3月16日付け:日本時間3月16日)に掲載されます。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)「酸化物二次元界面の量子機能とデバイス応用」および「磁性体における創発電磁気学の創成」の支援を受けて行われました。

注1)J. Falson, Y. Kozuka, J. H. Smet, T. Arima, A. Tsukazaki, and M. Kawasaki, Appl. Phys. Lett. 107, 082102 (2015).

※国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門 強相関界面研究グループ
研究員 デニス・マリエンコ (Denis Maryenko)
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

強相関物理部門 強相関理論研究グループ
上級研究員 アンドレイ・ミシェンコ(Andrey Mishchenko)
グループディレクター 永長 直人 (ながおさ なおと)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

統合物性科学研究プログラム 創発計算物理研究ユニット
ユニットリーダー サイード・バハラミー (Saeed Bahramy)(東京大学大学院工学系研究科 特任講師)

マックスプランク微細構造物理学研究所
研究員 アーサー・エルンスト (Arthur Ernst)

東京大学大学院工学系研究科
大学院生(研究当時) ジョセフ・フォルソン (Joseph Falson)(現マックスプランク固体化学物理学研究所 研究員)
講師 小塚 裕介 (こづか ゆうすけ)

東北大学金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)(理研創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

背景

半導体は外部の電圧を制御することで、電気が流れる状態と流れない状態を高速に変換すること(スイッチング)ができます。トランジスタと呼ばれるこの素子を複数組み合わせることで、情報を蓄積するメモリを構成することができます。しかし、トランジスタから構成されるメモリは電源を切ると情報が失われる性質(揮発性)を示すため、長期にデータ蓄積するには、動作速度の遅い磁気ディスクやフラッシュメモリに情報を転送する必要があります。そこで、半導体を流れる電子自体に、電源を切っても保たれる磁石の性質(磁性)を持たせた「磁性半導体」による、不揮発かつ高速なメモリの作製が提案されました。

これまでは、非磁性半導体であるシリコンや砒化ガリウムに磁性元素を少量混ぜることで磁性半導体が作られてきました。しかし、混ぜられた磁性元素は電子を頻繁に散乱するため、電子の移動速度が通常の半導体と比べて大きく低下することが問題となっていました。電子の移動速度が低下するとスイッチング速度も低下するため、半導体の特徴を生かした高速デバイスの作製は困難でした。

そこで共同研究グループは、非磁性の酸化物半導体である「酸化亜鉛」を母体として、半導体中を移動する電子(伝導電子)に磁性を持たせることに着目しました。2015年、川﨑雅司グループディレクターらは従来の半導体と同程度に高品質な酸化亜鉛の単結晶薄膜を作製する技術を開発しています。さらに、酸化亜鉛の電子は従来の半導体に比べて電子同士の反発が強いことが分かっており、この性質は磁性を持たせるのに有利であることが知られています。そのため本研究では、酸化亜鉛の伝導電子の振る舞いを詳しく調べることで伝導電子が磁性を持つことを示し、その発現機構を特定することを目的としました。

研究手法と成果

半導体が磁性を持つか否かは、さまざまな方法で確かめることができます。特に磁性半導体では意図的に混ぜた磁性元素だけではなく、伝導電子そのものが磁性を持つ必要があります。伝導電子が磁性を持つことを直接調べる電気的な手法として「異常ホール効果」の測定が挙げられます。半導体に磁場[6]を加えた状態で電気を流すと、伝導電子は進行方向および磁場の方向の両方に垂直な方向に力(ローレンツ力)を受け、軌道が曲がります(図1(a))。その結果、電流の方向と垂直方向の試料の端に電子が蓄積し、電圧が発生します。これを「正常ホール効果[7]」と呼びます。同様に、電子が磁性を担っていると、磁場を加えていないときでも磁化が磁場と同様な働きをし、電子の軌道を曲げます。その結果、正常ホール効果と同様に試料の端に電子が蓄積することを「異常ホール効果」と呼びます(図1(b))。

正常ホール効果により発生した電圧は磁場に比例しますが、異常ホール効果は磁化[8]に比例するため、磁化の飽和と同時に電圧はほぼ一定値をとることが特徴です(図1(c))。例えば、鉄や磁性半導体では、伝導電子が磁性を持つため、異常ホール効果を示します。

国際共同研究グループはまず、高品質な酸化亜鉛薄膜中の伝導電子が磁性を持つことを示すため、異常ホール効果を測定しました。図2のように酸化亜鉛の試料を配置し、インジウム電極に電流計と電圧計を接続しました。磁場を試料面に垂直に加えながら電圧を測定したところ、図3に示す異常ホール抵抗を得ました。ホール抵抗Rは、測定電圧Vを電流Iで割ったRV/Iで定義されます。

測定された酸化亜鉛中のホール抵抗(図3)を図1(c)と比べると、加える磁場が大きくなるにつれてゼロ磁場からホール抵抗が急激に上昇し、ある大きさの磁場で飽和しました。このようなホール抵抗の振る舞いは異常ホール効果と一致し、伝導電子が磁性を持つことを示しています。これまでの酸化亜鉛の単結晶薄膜では異常ホール効果は観測されませんでしたが、共同研究グループは薄膜を高品質化したことで、異常ホール効果の観測を可能としました。また、測定されたホール抵抗は、温度が低いほど大きくなることも分かりました。

次に、観測された異常ホール効果の磁場依存性と温度依存性を理論的解析により詳しく検討しました。その結果、酸化亜鉛に含まれる少量の結晶欠陥(欠陥)が小さな磁場によって磁性を示し、伝導電子に影響を与えていることが明らかとなりました。従来の非磁性半導体では、このような欠陥のみでは異常ホール効果は観測されず、必ず意図的に磁性元素を混ぜる必要がありました(図4(a))。酸化亜鉛は元々電子間の反発が強く磁石になりやすい性質があるため、少量の欠陥のみで十分に強い影響を受け、伝導電子が磁性を持ったと考えられます(図4(b))。

また、磁性元素を混ぜた磁性半導体に比べて、酸化亜鉛中の電子の移動速度は2~3桁高い値を維持できることから、酸化亜鉛は不揮発かつ高速なエレクトロニクス素子応用に有望な材料であることが分かりました。

今後の期待

本成果は、従来の半導体では困難であった磁性と高速制御の両立という問題に対して、解決の手掛かりを与えると考えられます。また、亜鉛は資源として豊富に存在するため安価であり、酸化亜鉛は無害であるため環境負荷の小さい物質です。今後、動作温度の向上やデバイス化を進めることで、現在のメモリ素子の一部を置き換える材料として、低消費電力デバイスへの応用が期待できます。

原論文情報

  • D. Maryenko,, A. S. Mishchenko, M. S. Bahramy, A. Ernst, J. Falson, Y. Kozuka, A. Tsukazaki, N. Nagaosa, and M. Kawasaki, "Observation of anomalous Hall effect in a non-magnetic two-dimensional electron system", Nature Communications, doi: 10.1038/NCOMMS14777

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
研究員 デニス・マリエンコ (Denis Maryenko)
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関理論研究グループ
上級研究員 アンドレイ・ミシェンコ (Andrey Mishchenko)
グループディレクター 永長 直人 (ながおさ なおと)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 創発計算物理研究ユニット
ユニットリーダー サイード・バハラミー (Saeed Bahramy)
(東京大学大学院工学系研究科 特任講師)

マックスプランク微細構造物理学研究所
研究員 アーサー・エルンスト (Arthur Ernst)

東北大学金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)
(理研創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

写真は共同研究グループのメンバー

デニス・マリエンコ研究員の写真 川﨑雅司グループディレクターの写真 アンドレイ・ミシェンコ上級研究員の写真

左からデニス研究員、川﨑グループディレクター、ミシェンコ上級研究員

永長直人グループディレクターの写真 サイード・バハラミー ユニットリーダーの写真 アーサー・エルンスト研究員の写真

左から永長グループディレクター、バハラミー ユニットリーダー、エルンスト研究員

フォルソン研究員の写真 小塚講師の写真 塚﨑敦 教授の写真

左からフォルソン研究員、小塚講師、塚﨑教授

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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東京大学大学院工学系研究科 広報室
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東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. 酸化亜鉛
    亜鉛と酸素から構成される半導体である。トランジスタ以外にも紫外線を発光するダイオードとしても開発が進められている。
  2. 磁性
    電子は自転に相当する動きによって、小さな磁石として働く。多くの材料ではこの磁石の向きは電子によってばらばらであるため、物質全体としては磁石の働きをしないが、何らかの原因で一斉に電子の磁石の向きがそろうと、物質全体として磁石となる。このような性質を磁性と呼ぶ。また、磁性を持つ物質を磁性体、持たない物質を非磁性体と呼ぶ。
  3. 不揮発性メモリ
    電源を切っても記憶情報が失われないメモリを不揮発性メモリと呼ぶ。現在パソコンに使われている半導体メモリは、電源を切ると記憶情報が失われてしまうが、これを揮発性メモリと呼ぶ。
  4. 異常ホール効果
    伝導電子が磁性を持つ物質では、電子の磁石の性質のみで電子の軌道が曲げられる。その結果、電流に対して垂直方向に電圧が生じる。これを異常ホール効果と呼ぶ。
  5. 結晶欠陥(欠陥)
    結晶では原子が規則正しく配列している。しかし、何らかの原因により原子があるべき場所から抜けたり、二つの原子が入れ替わることがあり、これを欠陥と呼ぶ。実際には、欠陥を完全にゼロにすることはできないが、高品質な結晶では100万個の正しく配列した原子に対して欠陥の数を1個以下まで低減することができる。
  6. 磁場
    磁場は磁石に対して力を発生させたり、動いている電子の軌道を曲げたりする働きをする。磁石のN極とS極の間や電流が流れているコイルの中心に、磁場は発生する。
  7. 正常ホール効果
    伝導電子の軌道が磁場によって曲げられると、電流に対して垂直な方向に磁場の強さに比例する電圧が生じる。これを正常ホール効果と呼ぶ。
  8. 磁化
    磁石としての性質の強さを示す物理量のこと。また、物質が磁石の性質を示すようになる現象も磁化と呼ぶ。

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正常ホール効果と異常ホール効果の図

図1 正常ホール効果と異常ホール効果

(a) 正常ホール効果では、磁場により伝導電子の軌道が曲げられ、試料の端(右端、茶色の部分)に電子が蓄積することによって、電圧が発生する。

(b) 異常ホール効果では、磁場の代わりに伝導電子の磁化によって電子の軌道が曲げられ、同様に試料の端(右端、茶色の部分)に電子が蓄積し、電圧が発生する。

(c) 得られる電圧(ホール電圧)は、正常ホール効果では磁場に比例する(青線)。異常ホール効果では磁化が反転するときに大きな変化を示し、この磁場に依存しない電圧は電子の持つ磁性に関連する(赤線)。

酸化亜鉛試料の写真

図2 酸化亜鉛試料の写真

ホール電圧測定では、磁場を試料に垂直(紙面に垂直)方向に加えながら、電流をI+からI-に流し、V+とV-の間で電圧を測定する。電流値をI、測定電圧をVとすると、ホール抵抗はR = V/Iと定義される。

酸化亜鉛で測定された異常ホール効果の図

図3 酸化亜鉛で測定された異常ホール効果

異常ホール効果では磁場を加えるとホール抵抗が急激に増大し、ある磁場で飽和する。この現象は伝導電子が磁性を持つことの証拠となる。また、温度が低いほど異常ホール抵抗が大きくなる傾向がある。

伝導電子が磁性元素や結晶欠陥(欠陥)によって軌道が曲げられる様子の概念図

図4 伝導電子が磁性元素や結晶欠陥(欠陥)によって軌道が曲げられる様子の概念図

(a) 磁性元素を混ぜた半導体では、磁性元素と伝導電子が相互作用することで、電子の軌道が曲がる。(b) 欠陥も磁性元素と同様な役割を果たして電子の軌道を曲げる。通常の半導体では、欠陥の磁性と伝導電子の相互作用が弱く、異常ホール効果は観測されないが、酸化亜鉛では電気測定で観測できるほど十分に相互作用が強い。

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