広報活動

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2017年5月2日

理化学研究所

ゴルジ体形成過程の再現

-生体膜物理モデルによるゴルジ体再集合シミュレーション-

要旨

理化学研究所(理研)望月理論生物研究室の立川正志研究員(理論科学連携研究推進グループ連携研究員、数理創造プログラム研究員)と望月敦史主任研究員(理論科学連携研究推進グループ階層縦断型基礎物理学研究チーム チームリーダー、数理創造プログラム副プログラムディレクター)の研究チームは、ゴルジ体再集合ダイナミクス[1]を物理に基づいたコンピューターシミュレーションにより再現し、ゴルジ体[2]形成の新モデルを示しました。

ゴルジ体は真核細胞が持つ重要な細胞小器官(オルガネラ)[3]の一つで、細胞内で分子を輸送する膜交通システムの配送センターとして機能しています。ゴルジ体は脂質膜[4]でできた扁平な袋状の槽が積み重なった特徴的な形態をしており、この形態がゴルジ体の持つ細胞機能と深く結びついていると考えられています。しかしゴルジ体はとても小さいため、形態の変形ダイナミクスを直接ライブ観察することが難しく、ゴルジ体形態の形成や安定化の機構はほとんど解明されていませんでした。

今回、研究チームはゴルジ体を構成する脂質膜の物理的性質に注目し、ゴルジ体の物理モデル[5]を作成しました。このモデルのシミュレーションを行うことにより、哺乳類細胞の細胞分裂時にみられる、膜小胞[6]が多数集合して特徴的なゴルジ体構造を自己組織化[7]的に形成する過程を再現することに成功しました。

本研究で提案したゴルジ体の物理モデルは実験的検証を経て、ゴルジ体の形成・安定化機構の解明につながると期待できます。また、今回開発した物理モデルシミュレーションの手法は今後、ライブ観察が難しいさまざまなオルガネラの形態形成メカニズムを研究する上で、強力な手法になると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月1日付け:日本時間5月2日)に掲載されます。

背景

細胞にはゴルジ体、小胞体、ミトコンドリアなど、さまざまな細胞小器官(オルガネラ)があります。オルガネラはそれぞれが複雑かつ特徴的な形態を持ち、異なった細胞機能を担うことにより、細胞内で高度な分業を発達させ、細胞の複雑な振る舞いを生み出しています。

ゴルジ体は小胞体で生産され送られてきた脂質膜とタンパク質を、各オルガネラで機能するもの、細胞外に放出されるものなど、目的地ごとに仕分けして出荷する配送センターとして機能しています。また同時に、配送されるタンパク質に糖鎖を付加する加工工場としての役割も担っています。ゴルジ体自体も主に脂質膜からできており、扁平な袋状の槽が積み重なった特徴的な形態をしています。小胞体から送られてくる積荷タンパク質[8]を封入した膜小胞は、集合して新しいゴルジ体の槽を作り、逆側の一番古い槽では積荷をより分け、膜を分裂させて目的地へ送り出します。

また哺乳類細胞のゴルジ体は、細胞分裂のたびに小さな膜小胞に分解されて形態的特徴をなくし、細胞分裂後に各娘細胞においてその膜小胞が集合して再び特徴的な形態を生み出すという、劇的な変形プロセス(ゴルジ体再集合ダイナミクス)を繰り返しています(図1)。

このようにゴルジ体は、そのユニークな形態が機能と深く結びついており、ダイナミックに変形しながら細胞機能を実現しています。しかし、ゴルジ体は槽の厚みが数十ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度、幅がマイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)未満と非常に小さいため、光学顕微鏡で形の変化をライブ観察することが難しく、その形態やダイナミクスがどのように制御され作動しているか、ほとんど解明されていませんでした。

そこで研究チームは、理論生物学の立場からゴルジ体の物理モデルを作成し、コンピューターシミュレーションによるゴルジ体の形成過程の再現を通して制御原理を予測することを目指しました。

研究手法と成果

研究チームはまず、ゴルジ体形成のシミュレーションを行うために、膜の形をポリゴン(多角形)で表現する動的三角分割膜(DTM)モデル[9]をもとに生体膜シミュレーターを開発しました。このシミュレーターはモンテカルロ法[10]を用いて、熱ゆらぎのもとでの膜の変形ダイナミクスを表現します。

次に、ゴルジ体の形態的特徴を評価し既知のゴルジ体分子に関する情報と照らし合わせることにより、ゴルジ体形態を安定に保つための物理条件として、①浸透圧、②縁(へり)を安定化させる分子(リム・スタビライザー[11])、③膜接着の三つの因子を推定しました。このうち①②の二つの因子は、ゴルジ体の各槽の形態を安定化させると考えられます。そこで予備シミュレーションとして、浸透圧とリム・スタビライザーの量を調節し、ゴルジ槽様の構造が安定に存在することを確認しました。

続いて、DTMシミュレーターを拡張し、ゴルジ体再集合ダイナミクスのモデリングを行いました。再集合過程では膜小胞が集まって融合することにより、大きなゴルジ体構造を生み出します。そこで、膜が融合する過程をシミュレーターに組み込みました。この設定のもとで再度ゴルジ体形態の安定性を評価し、場所依存的に膜融合が制御される必要があることを予測しました。完成したゴルジ体では、近接している槽間で膜融合が起こらず、槽の縁と膜小胞との間で膜融合が促進されていると考えられます。この傾向を示す物理的に妥当なモデルとして「平らな膜(槽)同士は融合しにくく、曲がった膜同士は融合しやすい」という仮説(曲率依存仮説[12])を導入しました。このモデルは生物学的には「膜融合を促進させる分子が曲がった膜に局在する」と表現されます。

膜小胞が集合していく様子を再現するために、0.73μm3の空間を設定し、一定の時間間隔で膜小胞を追加していくというシミュレーションを設計しました。このシステムで物理条件と仮説パラメータをさまざまに変えて探索し、膜小胞が徐々に集合していくことにより、ゴルジ体様の構造が形成される過程を再現することに成功しました(図2)。この過程の観察から、ゴルジ体様の構造が作られる場合には、初期の少数の膜小胞が融合した段階で槽のもととなる扁平な構造が作られ、それを足場として全体の構造が自己組織化的に作られることを発見しました。この成果は、これまで小さすぎてライブ観察が不可能だったゴルジ体の形成過程を、物理法則に基づくモデルで再現・可視化したことを意味しており、画期的な結果です。

このシミュレーターを用いてさらに解析を進め、物理条件に応じてどのような構造が現れるか調べました。その結果、膜小胞集合、膜変形、膜融合の三つの過程の時間スケールが適度な関係を保つ場合に、特徴的なゴルジ体様構造が作られることを示しました。特に、膜融合過程は形態形成に深く関わっており、膜融合に場所依存的な制限をしない場合は予測通りゴルジ体様構造は作られず、スポンジ状の膜凝集構造が形成させることを確認しました。また、この膜融合過程の活性を変化させることにより、槽の数をコントロールできることを発見しました。(図3

今後の期待

本研究では、曲率依存仮説を含む新しいゴルジ体再集合ダイナミクスのモデルを提案しており、このモデルが実験研究において検証されれば、より深いゴルジ形態のメカニズムの解明につながると期待できます。

本研究で提案したDTMモデルを用いた形態形成シミュレーションの手法は、これまで小さすぎてライブ観察ができなかったゴルジ体再集合ダイナミクスにおける動的な形態変化を、物理法則に基づき再現・可視化する方法です。この手法は、ゴルジ体再集合ダイナミクスだけでなく、ゴルジ体膜交通過程、さらにはミトコンドリア、小胞体、オートファゴソーム[13]など他のオルガネラにおいても、その形態と細胞機能を議論する上で新たな視点を提供すると期待できます。

原論文情報

  • Masashi Tachikawa, Atsushi Mochizuki, "The Golgi apparatus self-organizes into the characteristic shape via postmitotic reassembly dynamics", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS), doi: 10.1073/pnas.1619264114

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 望月理論生物学研究室
研究員 立川 正志 (たちかわ まさし)
(理論科学連携研究推進グループ (iTHES) 連携研究員、数理創造プログラム (iTHEMS) 研究員)
主任研究員 望月 敦史 (もちづき あつし)
(理論科学連携研究推進グループ (iTHES) 階層縦断型基礎物理学研究チーム チームリーダー、数理創造プログラム (iTHEMS) 副プログラムディレクター)

立川正志研究員の写真

立川 正志

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理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ゴルジ体再集合ダイナミクス
    哺乳類細胞の細胞分裂時にみられる、ゴルジ体の動的な形態形成過程。細胞分裂の過程において、哺乳類細胞のゴルジ体は一度小さな膜小胞へ分解されるが、それら膜小胞が分裂後に各娘細胞において自発的に集合し、再び特徴的なゴルジ体構造を形成する。
  2. ゴルジ体
    真核細胞が持つオルガネラの一つ。タンパク質の翻訳後修飾や仕分け、脂質の合成を行う。主に脂質膜からなる扁平な袋状の槽が複数積み重なった特徴的な形態を持つ。
  3. 細胞小器官(オルガネラ)
    真核細胞内に存在する構造物。ゴルジ体、小胞体、ミトコンドリアなど、それぞれが特有の形態的特徴と分子構成を持ち、固有の細胞機能を実現している。
  4. 脂質膜
    脂質分子が二層に重なって広がった膜状の構造。生体膜の大部分を占める。
  5. 物理モデル
    数学的手法を用いて、構成要素が持つ物理的性質などに基づき、物理法則に従って変化するシステムを記述するモデル。本研究では主に脂質膜の物性を考慮し、統計力学に基づいた粗視化(情報の量や種類を必要なものに限ること)した膜モデルを構成した。
  6. 膜小胞
    主に脂質膜からなる小さな球形の袋状構造。
  7. 自己組織化
    それぞれは単純な振る舞いしか示さないユニットが多数集まることにより、大きなスケールで秩序化された構造や動態を生み出す現象。
  8. 積荷タンパク質
    膜交通(小胞輸送)により運ばれるタンパク質の総称。リボソームが付着している粗面小胞体で作られる。
  9. 動的三角分割膜(DTM)モデル
    形態を三角ポリゴンにより記述し、その頂点の移動、辺の付け替えによって変形運動を表現する、膜の粗視化モデル。DTMはdynamical triangulation membraneの略。
  10. モンテカルロ法
    熱ゆらぎが支配的な物理システムの振る舞いを計算するための手法。乱数を用いてランダムにシステムを変化させ、各状態のエネルギーを評価することにより統計力学に従う頻度で状態を生成する。
  11. リム・スタビライザー
    ゴルジ体の槽の縁(へり)に局在して構造を安定化させる分子。本研究で存在を予測し名付けた。
  12. 曲率依存仮説
    膜小胞の集団が膜融合を介してゴルジ体を形成するとき、膜の平均曲率に融合の活性が依存し、平均曲率が大きいほど融合しやすいとする仮説。本研究で初めて提案された仮説で、本研究が提案するゴルジ体物理モデルの中心的な仮説。
  13. オートファゴソーム
    オートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜と呼ばれるカップ状の脂質膜構造が出現する。その後、隔離膜は細胞質成分やオルガネラなどを取り込みながら伸長し、最終的に二枚の膜で囲まれた小胞ができる。この小胞をオートファゴソームと呼ぶ。

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ゴルジ体再集合ダイナミクスの模式図

図1 ゴルジ体再集合ダイナミクスの模式図

哺乳類細胞のゴルジ体は、細胞分裂時に小さな膜小胞の集団に分解される。この膜小胞は細胞分裂後に各娘細胞で再集合し、元の特徴的なゴルジ体形態を形成する。

ゴルジ体再集合ダイナミクスのシミュレーション結果の図

図2 ゴルジ体再集合ダイナミクスのシミュレーション結果

動的三角分割膜モデル(DTMモデル)を用いたゴルジ体再集合ダイナミクスのシミュレーション結果。実際の再集合過程を模して、膜小胞を小さな空間に一定時間間隔で追加していくシミュレーションを設計した。初期に扁平な槽が形成され、それを足場として、新しい槽が追加される。さらに各槽も膜小胞の融合により成長し、ゴルジ体様構造が自己組織化的に形成された。

膜融合制限に依存した槽重合度の変化の図

図3 膜融合制限に依存した槽重合度の変化

膜の曲がり具合に膜融合が強く依存する場合は、多数の槽が積み重なった形態(右上)が形成され、依存度が弱い場合は少数の大きな槽(右下)が形成されることを発見した。

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