広報活動

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2017年5月18日

理化学研究所

T細胞の分化を制御する転写制御機構を解明

-転写因子SATB1が四つのT細胞の分化に重要-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター免疫転写制御研究グループの谷内一郎グループディレクター、角川清和研究員らの研究チームは、マウスを用いて、ゲノムオーガナイザーとして知られるSATB1タンパク質がヘルパーT細胞[1]キラーT細胞[2]ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)[3]、さらには制御性T細胞[4]などへの分化制御において重要な働きをしていることを発見しました。

私たちの体を病原体やウイルスから守る際に重要な働きをするT細胞には、その大部分を占めるヘルパーT細胞とキラーT細胞のほかにNKT細胞や制御性T細胞があります。これらのT細胞は、骨髄由来の前駆細胞が胸腺[5]で分化成熟することによって生まれます。ヘルパーT細胞とキラーT細胞は、細胞表面に発現する二つのタンパク質CD4とCD8の発現パターンにより特徴づけられます。研究チームは、これまでにヘルパーT細胞はCD4だけを発現(CD4+CD8-)し、キラーT細胞はCD8だけを発現(CD4-CD8+)することを見出しました。また、これらの発現パターンを確立・維持するには転写因子[6]として、ヘルパーT細胞ではThPOK、キラーT細胞ではRunx3の発現が必須であることを示しました。しかし、ThPOKやRunx3の発現の調節メカニズムはよく分かっていませんでした。

今回、研究チームはThPOKの発現のオン・オフを制御する転写因子を探索し、SATB1というタンパク質がその一つであることを突き止めました。SATB1をT細胞でのみ働かないマウスを作製し、その胸腺におけるT細胞分化を調べた結果、SATB1はThPOKの発現を制御するだけでなく、Runx3、CD4、CD8さらには制御性T細胞の分化に必須な転写因子Foxp3のスイッチを制御していることが分かりました。SATB1のないマウスではヘルパーT細胞、キラーT細胞、制御性T細胞の分化に部分的に異常をきたしました。さらに、ChIP-seq[7]による解析からSATB1はこれらの遺伝子の制御領域に結合していることが分かりました。また、SATB1はNKT細胞の分化にも重要であることが分かりました。

本成果のT細胞の分化を制御する転写制御機構の解明は、人為的にT細胞分化を制御する方法の開発につながり、免疫応答を制御する方法の開発を通じて、免疫疾患の新たな治療法の開発につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Cell Reports』(5月9日号)に掲載されました。

背景

私たちの体を病原体やウイルスから守ったり、がん細胞を排除したりする際に司令塔として重要な働きをする細胞の一つに「T細胞」があります。T細胞には、その大部分を占めるヘルパーT細胞とキラーT細胞のほかにNKT細胞や制御性T細胞があります。ヘルパーT細胞とキラーT細胞は、細胞表面に発現するタンパク質CD4とCD8の発現パターンにより特徴づけられ、胸腺で共通の前駆細胞から分化・成熟します。最も未熟な細胞は、CD4もCD8も発現しない(CD4-CD8-)ダブルネガティブ(DN)細胞と呼ばれ、分化の段階でCD4もCD8も発現する(CD4+CD8+)のダブルポジティブ(DP)細胞へと進みます。ここまでは共通の経路です。このDPの状態から、CD4かCD8の必ずどちらかの発現を失い成熟します。すなわち、ヘルパーT細胞(CD4+CD8-)かキラーT細胞(CD4-CD8+)のどちらかのT細胞となり、胸腺から出ていきます(図1)。このDP細胞からヘルパーT細胞とキラーT細胞への分化は、CD4とCD8の発現を観察することで分かりますが、これらの分子の発現が細胞内でどのように制御されているかはほとんど分かっていませんでした。

谷内グループディレクターらは、2002年にキラーT細胞への分化に重要な転写因子Runxの同定を、2008年にヘルパーT細胞への分化に重要な転写因子ThPOKの発現を調整する重要なメカニズムを報告しました注1)注2)。DP細胞がThPOKとRunxのどちらを選べば、CD4+CD8-のヘルパーT細胞またはCD4-CD8+のキラーT細胞になるかは、これまで明らかにされてきました。しかし、ThPOKやRunxの発現の調節メカニズムは分かっていませんでした。

注1)Taniuchi et al. Cell 111, 621-633,2002
注2)2008年2月8日プレスリリース「ヘルパーかキラーか? T リンパ球の分化運命決定のカギを発見

研究手法と成果

研究チームはまず、転写因子ThPOKの発現に関与する分子を同定するため、遺伝子発現のスイッチにあたる部分のDNA断片を用いて、スイッチのオン・オフに関わる転写因子を詳しく調べました。その結果、DNA断片に結合している「SATB1」というタンパク質がThPOKの転写制御に重要な働きをしている可能性が示されました。

SATB1を欠失したマウスは寿命が2~3週間しかなく、しかも全身でSATB1の発現がないためにT細胞内でのSATB1の働きを調べるには向いていないことが分かっています。そこでSATB1のT細胞分化での働きを調べるために、SATB1をT細胞でのみ発現しないようにしたマウスを作製し調べました。

その結果、正常なマウス(野生型)の胸腺では、成熟細胞はCD4+CD8-のヘルパーT細胞かCD4-CD8+のキラーT細胞かのどちらかの集団に必ず属しますが、T細胞にSATB1がないマウスではその二つの集団に加えて、CD4+CD8+の集団も観察されました(図2)。これは、本来CD8を発現しないヘルパーT細胞(CD4+CD8-)がCD8を発現したり、逆に本来CD4を発現しないキラーT細胞(CD4-CD8+)がCD4を発現したりしているためと考えられます。つまり、SATB1がないことでCD4とCD8の発現が乱れていると考えられます。

次に、クロマチン免疫沈降法と次世代シークエンサーによる解析法であるChIP-seqという手法を用いて、ヘルパーT細胞の分化に必須である転写因子ThPOKとヘルパーT細胞を特徴づけるCD4遺伝子の制御領域(スイッチにあたる部分)にSATB1が結合しているかを調べました。その結果、ThPOKとCD4の制御領域にSATB1が結合していることが分かりました(図3)。同様の方法でキラーT細胞の分化に重要な転写因子Runx3とCD8遺伝子の制御領域とSATB1の結合を調べたところ、これらの遺伝子でもSATB1による制御が重要であることが分かりました。

以上の結果から、SATB1のないT細胞でCD4とCD8の発現が乱れているのは、本来SATB1がCD4とCD8、これらの上流の転写因子ThPOKとRunx3の発現を転写レベルで制御しているためであることが分かりました。

また同様に、ChIP-seqによる解析から、SATB1は制御性T細胞の分化に必須な転写因子Foxp3の遺伝子の制御領域にも結合していることが分かりました。

さらに、SATB1をT細胞でのみ発現しないマウスを用いて、制御性T細胞やナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)の分化にもSATB1が関わっているかどうかを調べました。制御性T細胞は転写因子Foxp3と細胞表面タンパク質CD25の発現パターンで、NKT細胞は転写因子TCRβと細胞膜タンパク質CD1dの発現パターンで特徴づけられます。SATB1がないマウスの胸腺ではどちらのT細胞集団も激減していることから、これらのT細胞の生成にもSATB1が重要な働きをしていることが分かりました(図4)。

今後の期待

今回、研究チームは転写因子SATB1が、未熟なT細胞の前駆細胞がヘルパーT細胞、キラーT細胞、NKT細胞さらには制御性T細胞へ分化成熟する過程で重要な働きをしていることを示しました。しかし、この分化過程は複数の転写因子が時間的、空間的に複雑に制御し合うことにより成り立っており、SATB1だけでは全てを説明することはできません。今後は転写因子ThPOK、Runx3または制御性T細胞に必須のFoxp3などとの相互作用を解析し、未知の制御因子を同定することで、複雑な制御機構を解明していくことが重要です。

T細胞の分化を制御する転写制御機構の解明は、人為的にT細胞分化を制御する方法の開発につながり、免疫応答を制御する方法の開発を通じて、免疫疾患の新たな治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Kiyokazu Kakugawa, Satoshi Kojo, Hirokazu Tanaka, Wooseok Seo, Takaho A. Endo, Yohko Kitagawa, Sawako Muroi, Mari Tenno, Nighat Yasmin, Yoshinori Kohwi, Shimon Sakaguchi, Terumi Kowhi-Shigematsu and Ichiro Taniuchi, "Essential Roles of SATB1 in Specifying T Lymphocyte Subsets", Cell Reports, doi: 10.1016/j.celrep.2017.04.038

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 免疫転写制御研究グループ
グループディレクター 谷内 一郎 (たにうち いちろう)
研究員 角川 清和 (かくがわ きよかず)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ヘルパーT細胞
    免疫応答に関与するリンパ球、T細胞の一つ。抗原の情報をB細胞へ伝えて抗体の産生を誘導したり、免疫応答を誘導する液性因子を放出することにより、免疫反応の司令塔として働く。
  2. キラーT細胞
    免疫細胞の一種で細胞傷害性T細胞とも呼ばれる。ウイルス感染細胞やがん細胞など宿主にとって異物となる細胞を認識して破壊する。
  3. ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)
    1986年に谷口克グループディレクター(理研統合生命医科学研究センター免疫制御戦略研究グループ)らによって発見されたT細胞の一種。ナチュラルキラー(NK)細胞受容体も同時に発現しているのでNKT細胞と呼ばれる。T細胞はタンパク質を抗原として認識するが、NKT細胞は糖脂質分子を抗原として認識するため、異なる異物に対しての免疫反応をすると考えられている。
  4. 制御性T細胞
    炎症やアレルギーの発端となる過度の免疫応答を抑制するT細胞亜集団。Foxp3というマスター転写因子を発現する。一般にT細胞は免疫系の司令塔として免疫活性化に働くが、制御性T細胞は他のT細胞の働きを抑制性に制御することにより(この働きが制御性T細胞の名前の由来である)、過剰なT細胞の働きを抑えることで、炎症の収束や自己免疫疾患発症抑制に重要な役割を果たしている。
  5. 胸腺
    T細胞が作られる臓器で心臓の上に位置している。骨髄から移動してきた前駆細胞が、胸腺の中でT細胞へと分化、成熟する。
  6. 転写因子
    遺伝子の発現を調節するタンパク質。DNA上に存在する遺伝子の発現を制御する領域(エンハンサー、プロモーター、サイレンサーなど)に結合し、DNAを鋳型としてRNAが産生(転写)される時期や量を調節する。
  7. ChIP-seq
    クロマチン免疫沈降法と次世代シーケンサーを組み合わせた網羅的解析方法。免疫沈降で回収したDNA断片を、次世代シーケンサーを用いてゲノムワイドかつ網羅的に解析する。ChIPは、chromatin immunoprecipitationの略。

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胸腺でのT細胞の分化成熟の図

図1 胸腺でのT細胞の分化成熟

T細胞の細胞表面タンパク質CD4とCD8の発現をプロットした。一つの点が、一つの細胞のCD4とCD8の発現量を示している。どちらも発現していない左下の集団(CD4-CD8-、ダブルネガティブ細胞)が最も未熟である。ダブルネガティブ細胞は矢印の経路で、ヘルパーT細胞(CD4+CD8-)とキラーT細胞(CD4-CD8+)にそれぞれ分化・成熟する。

正常なマウスとSATB1がないマウスの胸腺の成熟T細胞のCD4とCD8の発現パターンの図

図2 正常なマウスとSATB1がないマウスの胸腺の成熟T細胞のCD4とCD8の発現パターン

フローサイトメーターによりCD4とCD8の発現パターンを調べた。正常なマウス(野生型)の胸腺では、T細胞はCD4かCD8のどちらかしか発現していない(左)。しかし、SATB1がない胸腺ではそれに加えて、CD4とCD8のどちらも発現した集団(赤線で囲った部分)が現れた。

SATB1によるChIP-seqのデータの図

図3 SATB1によるChIP-seqのデータ

転写因子ThPOK(上)と細胞表面タンパク質CD4(下)の遺伝子付近に結合しているSATB1の量を測定した。下向きの三角形は既知の制御領域を示しており、SATB1の結合と一致していることが分かる。それぞれのグラフの下のバーはゲノム遺伝子を表しており、太い部分がタンパク質をコードしている部分のエクソンである。

正常なマウスとSATB1がないマウスの胸腺における制御性T細胞とNKT細胞の図

図4 正常なマウスとSATB1がないマウスの胸腺における制御性T細胞とNKT細胞

フローサイトメータで解析することにより、制御性T細胞は転写因子Foxp3と細胞表面タンパク質CD25の発現パターンで(上段左)、NKT細胞は細胞膜タンパク質CD1dと転写因子TCRβの発現パターンで(上段右)、図のように定義することができる。SATB1がないマウスの胸腺では、制御性T細胞(赤枠部分)もNKT細胞(楕円で囲んだ部分)も激減していることから、これらのT細胞の生成にもSATB1が重要な働きをしていることが分かる。

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