広報活動

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2017年6月2日

理化学研究所

がんを見分ける細胞内アミド化反応

-生体内での有機合成反応によるがん診断や治療法に期待-

要旨

理化学研究所(理研)田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員、ケンワード・ヴォン基礎科学特別研究員らの共同研究チームは、プロパルギルオキシ基[1]を持つエステル(プロパルギルエステル[1])が、がん細胞内で「ポリアミン」と選択的にアミド化反応を起こすことを利用して、がん細胞を正常細胞と区別して見分けることに成功しました。

細胞内には、分子内に複数個の1級アミン[2]を持つポリアミンという分子が存在します。がん細胞のように増殖が盛んな細胞では、細胞内でポリアミンが過剰に生産され、タンパク質合成や細胞分裂に深く関わっていることが知られています。もし細胞内のポリアミンを選択的に反応させることができれば、がん細胞を選択的に標識できるのではないかと考えられてきました。

今回、共同研究チームは、プロパルギルエステルが、細胞内に存在するさまざまなアミノ基のうちポリアミンと選択的に反応することで、アミド結合が効率的に形成されることを発見しました。さらに、蛍光基を持つプロパルギルエステルを用いてがん細胞内のポリアミンをアミド化反応で蛍光標識することで、がん細胞だけを選択的に蛍光標識することに成功しました。

本研究のプロパルギルエステルによるアミド化反応は、細胞内のポリアミンに対して、蛍光標識基だけでなく、さまざまな機能性分子や創薬分子を選択的に導入することが可能です。ポリアミンをターゲットとした生体内有機合成反応は今後、がんの診断や副作用の少ない治療法としての利用が期待できます。

本成果は、英国の科学雑誌『Chemical Communications』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月31日付け)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所
田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典 (たなか かつのり)
基礎科学特別研究員 ケンワード・ヴォン(Kenward Vong)
大学院生リサーチ・アソシエイト 坪倉 一輝(つぼくら かずき)

グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター
システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
副チームリーダー 北爪 しのぶ (きたづめ しのぶ)
チームリーダー 谷口 直之 (たにぐち なおゆき)

早稲田大学 理工学術院
教授 中尾 洋一 (なかお よういち)

大阪大学 医学系研究科
助教 多根井 智紀 (たねい とものり)
教授 野口 眞三郎 (のぐち しんざぶろう)

背景

細胞内には、「ポリアミン」と呼ばれる分子内に複数個の1級アミンを持つ分子が存在します。哺乳類の細胞内には20種類以上のポリアミンが存在するといわれていますが、なかでもスペルミン、スペルミジン、プトレシンが主なポリアミンとして知られています(図1)。細胞内のポリアミンの濃度は、ポリアミンの生合成や分解、細胞内外の移行を通して厳密に保たれています。正電荷を持つポリアミンは主に負電荷を持つRNAと結合しており、核酸やタンパク質合成を促進します。細胞が分裂し増殖するには、ポリアミンが必要不可欠だと考えられています。特にがん細胞のように増殖が盛んな細胞ではポリアミンが過剰に生産され、がん細胞によってはミリモーラー(mM)という高い濃度で存在しているといわれています。

このことから、ポリアミンの細胞内での存在量はがん細胞を識別する指標(バイオマーカー)の一つと捉えることができます。もし細胞内のポリアミンを選択的に反応させることができれば、がん細胞を選択的に標識したり、がん細胞の増殖を押さえることができると考えられてきました。

研究手法と成果

これまでに田中主任研究員らは、アルコキシ基[3]を持つ電気的中性[4]のエステルのうち、プロパルギルオキシ基を持つエステル(プロパルギルエステル)だけが、適度な疎水性を持つ直鎖の1級アミンと混ぜ合わせると、触媒を用いずに室温でアミド結合を形成することを見いだしました注)図2)。この反応では有機溶媒中だけでなく、水中でもエステルが加水分解されることなく、80~90%の高収率でアミド結合が形成されます。

そこで共同研究チームはまず、プロパルギルエステルと生体内(細胞内)に存在するさまざまな生体内アミンとの反応を検討しました。その結果、図3に示すように、プロパルギルエステルはタンパク質のアルブミン、アミノ酸のアルギニン、ヒスチジン、リジンの側鎖のアミノ基とは反応しませんでした。さらに、神経伝達に関わる生体内アミンのエピネフリン(アドレナリン)、ヒスタミン、ドーパミン、その他の生理活性アミンであるフェネチルアミンやスフィンゴシンとも反応しないことが分かりました。一方、プロパルギルエステルはスペルミンやスペルミジンとは速やかに反応し、アミド結合を効率的に形成することが分かりました。

次に、蛍光標識したプロパルギルエステルを3種類の乳がん細胞(MCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3)、正常乳腺細胞(MCF10A)、免疫反応を担うリンパ球に対してそれぞれ作用させた後、これらの細胞を蛍光顕微鏡で観察しました(図4)。その結果、がん細胞のMCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3では、細胞全体に蛍光染色が認められたのに対し、正常乳腺細胞であるMCF10Aとリンパ球では蛍光がほとんど認められませんでした。さらに蛍光染色されたがん細胞を破砕して、プロパルギルエステルが反応したアミンを調べたところ、ポリアミンのみがアミド化されていることが分かりました(図4)。これらの結果は、蛍光標識したプロパルギルエステルが、がん細胞内で過剰に発現しているポリアミンと選択的に反応してアミド化反応を起こしたため、がん細胞だけを選択的に蛍光標識できたことを示しています。

以上のように、がん細胞で過剰に発生するポリアミンに対してプロパルギルエステルのアミド化反応を選択的に実施することによって、がん細胞を正常細胞と区別して見分けることに成功しました。

注)2016年10月13日プレスリリース「水中・室温・無触媒で起こるアミド化反応

今後の期待

これまで、生体内(細胞内)に存在する多種多様な生体内アミンの中から、ポリアミンだけを選択的に反応させることは不可能でした。本研究のプロパルギルエステルによるアミド化反応を用いることで、細胞内ポリアミンに対して蛍光標識基だけでなく、さまざまな機能性分子や創薬分子を選択的に導入することが可能です。ポリアミンをターゲットとした生体内有機合成反応は、今後、がんの診断や副作用の少ない治療法としての利用が期待できます。

原論文情報

  • Kenward Vong, Kazuki Tsubokura, Yoichi Nakao, Tomonori Tanei, Shinzaburo Noguchi, Shinobu Kitazume, Naoyuki Taniguchi, Katsunori Tanaka, "Cancer cell targeting driven by selective polyamine reactivity with glycine propargyl esters", Chemical Communications, doi: 10.1039/C7CC01934C

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典 (たなか かつのり)
基礎科学特別研究員 ケンワード・ヴォン (Kenward Vong)

田中主任研究員とヴォン基礎科学特別研究員の写真

右から田中主任研究員、ヴォン基礎科学特別研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. プロパルギルオキシ基、プロパルギルエステル
    プロパルギルオキシ基は、-O-C2H2C≡CHで表される三重結合を持つアルコキシ基。プロパルギルエステルは、カルボン酸(R-CO-OH)のOHがプロパルギルオキシ基で置換されたR-CO-O-C2H2C≡CHの構造式で表されるエステル。
  2. 1級アミン
    アミンは窒素原子(N)に3個の原子または置換基が結合した化合物(NR3)のことで、そのうち、Nに水素原子(H)が2個、アルキル基(R)が1個結合したものを1級アミン(NH2R)と呼ぶ。
  3. アルコキシ基

    アルキル基に酸素原子が結合した-ORで表される官能基。エステル(R-CO-OR)に含まれる構造で、アミド化反応の際に脱離する。

  4. 電子的中性

    有機化合物の分子内で、電子的に過剰状態にも不足状態にもなっていない状態のこと。

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細胞内に主に存在するポリアミンの種類と生物活性の図

図1 細胞内に主に存在するポリアミンの種類と生物活性

哺乳類の細胞内に存在する主なポリアミンとして、スペルミン、スペルミジン、プトレシンがある。ポリアミンは細胞内で、核酸やタンパク質合成を促進し、細胞分裂や細胞増殖に必要不可欠である。細胞増殖が盛んながん細胞では、ポリアミンが過剰に生産されている。

プロパルギルエステルと1級アミンの反応によるアミド結合形成反応の図

図2 プロパルギルエステルと1級アミンの反応によるアミド結合形成反応

水中または有機溶媒中で、電気的中性のプロパルギルエステル(Rはアルキル基)と適度な疎水基を持つ1級アミンを室温で混ぜ合わせると、80~90%の収率でアミド結合が形成される。

プロパルギルエステルとさまざまな生体内アミンとの反応の図

図3 プロパルギルエステルとさまざまな生体内アミンとの反応

プロパルギルエステルにさまざまな生体内アミンを作用させたときに生成するアミド結合の割合(生成量)をグラフに示した。*で示したグラフは2mMのアミン、✝で示したグラフは1mMのアミン、●で示したグラフは0.5mMのアミンと反応させた時のアミド結合の生成量を示す。プロパルギルエステルは、青色で示したようにポリアミンであるスペルミンやスペルミジンと速やかに反応してアミド結合を効率的に形成する。一方、タンパク質のアルブミン、アミノ酸であるアルブミン、アルギニン、ヒスチジン、リジンの側鎖のアミノ基とは反応しない。さらに、神経伝達に関わる生体内アミンであるエピネフリン(アドレナリン)、ヒスタミン、ドーパミン、その他の生理活性アミンであるフェネチルアミンやスフィンゴシンとも反応しない。

細胞内ポリアミンとの選択的なアミド化反応によるがん細胞の選択的な蛍光標識の図

図4 細胞内ポリアミンとの選択的なアミド化反応によるがん細胞の選択的な蛍光標識

3種類の乳がん細胞(MCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3)、正常乳腺細胞(MCF10A)、およびリンパ球に対してTAMRA蛍光基(赤色)で標識したプロパルギルエステルを作用させ、蛍光顕微鏡で観察するとがん細胞を選択的に赤の蛍光色素で識別することができる。

(a) 培養細胞に蛍光標識したプロパルギルエステルを作用させると、ポリアミンとだけ選択的にアミド化反応を起こし、蛍光標識することができる。

(b) 3種類の乳がん細胞(MCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3)の蛍光色素染色。3種類の乳がん細胞にはポリアミンが多く存在するため、蛍光色素で染色された。

(c) 正常乳腺細胞(MCF10A)、およびリンパ球の蛍光色素染色。正常乳腺細胞(MCF10A)、およびリンパ球にはポリアミンが少ししか存在しないため、アミド化反応は起こらず細胞を赤色で染色されなかった。

(d) プロパルギルエステルで染色された細胞の蛍光強度を示したグラフ。蛍光(赤色)の相対強度の大きさは、細胞中のポリアミンの存在量の大きさを表すと考えられる。

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