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2017年6月14日

理化学研究所

二つの形が共存している原子核の発見

-クリプトン-98原子核はミカン型とレモン型が共存-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター櫻井RI物理研究室のピーター・ドルネンバル研究員、櫻井博儀主任研究員と上坂スピン・アイソスピン研究室のアレクサンドレ・オベルテッリ客員研究員、上坂友洋主任研究員らを中心とするSEASTAR(シースター)国際共同研究グループ[1]は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」[2]を用いて、中性子過剰なクリプトン-98および100(98,100Kr、陽子数36、中性子数62、64)原子核の励起準位を調べ、98Krの原子核は二つの形がエネルギー的に近接して存在する「形状共存状態」[3]が起こることを発見しました。

原子核の形は量子力学的な効果によって、球形だけでなく、ミカン型、レモン型、洋ナシ型、バナナ型などさまざまです。陽子数、中性子数が決まると、原子核はエネルギー的に最も低い形を選びます。例えば、陽子数、中性子数が魔法数[4]の場合、原子核は球形になります。通常、原子核の形は一つですが、陽子数、中性子数が特別な組み合わせになると、複数の形が共存する状態が現れます。これは、原子核の中性子数を変化させると原子核の形がある形から別の形に変化し、その変化の途中で二つの状態が共存することがあるためです。この「形状共存状態」は原子核のみに現れる特殊な量子現象で、この現象を発見することは原子核内部の対称性の変化を調べる上で、重要課題の一つです。

国際共同研究グループは、RIBFで光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速した大強度のウラン(238U)ビームを用いて、核分裂反応により放射性同位元素(RI)[5]のルビジウム-99および101(99,101Rb、陽子数37、中性子数62、64)をビームとして取り出しました。続いて、生成した99,101RbビームをMINOS標的[6]に照射し、98,100Krの励起準位を生成しました。この励起準位が脱励起する際のガンマ線[7]を、標的周りに配置した高効率ガンマ線検出器(DALI2)[8]で観測しました。ガンマ線観測で得られた98Krの励起準位のパターンと理論計算との比較から、98Krの原子核はミカン型とレモン型が混在している、形状共存状態にあることが分かりました。

今回の実験結果と理論計算との比較により、ミカン型とレモン型のどちらが多いのか、どのように形が変化するのかを解明することで、他の核種領域での形状共存状態の研究が進み、多くの研究成果が創出されると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月14日付け)に掲載されます。

背景

原子核の中の核子(陽子と中性子)同士は、強い相互作用[9]で結びついています。強い相互作用の及ぶ範囲は核子の大きさ程度で、陽子と中性子は互いに寄り添いながら一つの塊となり、原子核を形作っています。原子核の形は、原子核内部の対称性とそのエネルギーによって決まります。例えば、陽子数、中性子数が魔法数の場合は、原子核の内部は球対称の状態が最もエネルギーが低くなり、原子核は球形になります。球形の原子核から陽子、中性子の数を変化させていくと、原子核全体の形が楕円体に変形し、ミカン型やレモン型が現れます。

原子核では、二つの形が混在することがあります。例えば、形Aの原子核の中性子数だけを増やすと別の形Bに変化する場合、中性子数を増やす途中で形AとBとが混在します。このような状態を「形状共存状態」と呼びます。形が共存するのは原子核でのみ起こる量子現象で、このような原子核は稀です。形状共存は原子核内部の対称性の変化を観察する上で貴重な情報を与えるため、形状共存した原子核を発見し、研究することは原子核研究における重要課題の一つです。

陽子数38のストロンチウム原子核と陽子数40のジルコニウム原子核では、中性子数60で形が急激に変化することが知られていますが、陽子数36のクリプトン原子核では大きな変化が現れないことが謎でした。

そこで、国際共同研究グループは、中性子数60を超えたところで大きな変化が現れるかを調べるため、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を用いて、中性子過剰なクリプトン-98および100(98,100Kr、陽子数36、中性子数62、64)原子核の励起準位を調べました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、超伝導リングサイクロトロン(SRC)[10]を主体としたRIビームファクトリー(RIBF)で、光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速したウラン-238(238U、陽子数92、中性子数146)ビームを、ベリリウム(Be:原子番号 4)を標的として照射し、核分裂反応でルビジウム-99、101(99,101Rb、陽子数37、中性子数62、64)のRIビームを生成しました。その後、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[11]で輸送したRIビームを、日仏共同グループが開発した「MINOS標的」に照射して、99,101Rbから陽子を一つ抜き出し、98,100Krの励起状態を生成しました。生成した98,100Krをゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree Spectrometer)[12]で観測し、同時に98,100Krの励起状態から放出されるガンマ線を高効率ガンマ線検出器DALI2で検出しました(図1)。

実験の結果、98Krの三つの励起準位と100Krの一つの励起準位を観測することに成功しました。原子核の第一励起準位のエネルギーは原子核の変形度の指標になっており、原子核が大きく変形すると第一励起準位のエネルギーは小さくなります。中性子数60の96Krの第一励起準位は0.554MeVであることが分かっていました。図2のように中性子数62と64の98,100Krの第一励起準位はそれぞれ0.329MeV、0.309MeVと観測され、96Krの第一励起準位に比べて約40%も小さい値でした。98 Krと100Krの第一励起準位のエネルギー差は0.020MeVで、ほとんど違いはありません。すなわち、中性子数60の96Krから中性子数62の98Krにかけて、第一励起準位のエネルギーが大幅に減少し、そのため原子核の変形度が増加していることが分かりました。

実験で得られた98Krの励起準位のパターンは極めて特徴的です。図3のように、基底状態に起因する第一励起準位(0.329MeV)と第二励起準位(0.827MeV)の間の0.545MeVに励起準位が存在しています。0.545MeVの励起準位と基底状態とのエネルギー差はわずかであり、基底状態と異なる形が混在していることを示しています。どのような形が混ざっているのかを、理論計算で調べたところ、基底状態はミカン型で、0.545MeVの状態はレモン型であることが分かりました。

今後の期待

理論計算によると98Krだけでなく、100Krも形状共存が起こっていると予想されています。原子核が変形すると現れる形は多くの場合レモン型ですが、なぜレモン型が多いのかその理由はよく分かっていません。一方、クリプトン原子核はミカン型の原子核が陽子過剰領域に存在していることが知られており、今回の成果では、中性子過剰領域にもレモン型が出現する兆候を見いだしました。

今後、どの原子核にどのような形が現れるか、その統一的な描像を得るために理論研究がより活発になることが期待できます。また、RIBFでは中性子過剰領域だけでなく陽子過剰領域までの広範な領域でデータを取得し、ミクロの量子現象の解明に挑んでいきます。

原論文情報

  • F. Flavigny, P. Doornenbal, A. Obertelli, J.P. Delaroche, M. Girod, J. Libert, T.R. Rodriguez, G. Authelet, H. Baba, D. Calvet, F. Chateau, S. Chen, A. Corsi, A. Delbart, J.M. Gheller, A. Giganon, A. Gillibert, V. Lapoux, T. Motobayashi, M. Niikura, N. Paul, J.Y. Rousse, H. Sakurai, C. Santamaria, D. Steppenbeck, R. Taniuchi, T. Uesaka, T. Ando, T. Arici, A. Blazhev, F. Browne, A. Bruce, R. Carroll, L.X. Chung, M.L. Cortes, M. Dewald, B. Ding, S. Franchoo, M. Gorska, A. Gottardo, A. Jungclaus, J. Lee, M. Lettmann, B.D. Linh, J. Liu, Z. Liu, Lizarazo, S. Momiyama, K. Moschner, S. Nagamine, N. Nakatsuka, C. Nita, C.R. Nobs, L. Olivier, R. Orlandi, Z. Patel, Zs. Podolyak, M. Rudigier, T. Saito, C. Shand, P.A. Soderstrom, I. Stefan, V. Vaquero, V. Werner, K. Wimmer, and Z. Xu, "Shape Evolution in Neutron-rich Krypton Isotopes beyond N=60 : First spectroscopy of 98,100Kr", Physical Review Letters, doi: 10.1103/PhysRevLett.118.242501

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
研究員 ピーター・ドルネンバル (Pieter Doornenbal)
主任研究員 櫻井 博儀 (さくらい ひろよし)

仁科加速器研究センター 上坂スピン・アイソスピン研究室
客員研究員 アレクサンドレ・オベルテッリ (Alexandre Obertelli)
主任研究員 上坂 友洋 (うえさか ともひろ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. SEASTAR(シースター)国際共同研究グループ
    MINOSを用いたガンマ線分光研究のために結成された国際共同研究グループ。グループリーダーは、理化学研究所、CEAサクレー研究所(フランス)の研究者。日本、フランスをはじめ、スペイン、中国、ドイツ、イギリス、ベトナム、香港、ルーマニアの9カ国、19の研究組織により構成されている。
  2. RIビームファクトリー(RIBF)
    理研が所有する重イオン加速器施設。水素からウランに至る全ての元素の放射性同位元素(RI)をビームとして供給する。RIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される。RIビーム発生施設は2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)からなる。これまで生成不可能だったRIも生成することができ、世界最多となる約4,000個のRIを生成する。
  3. 形状共存状態
    二種類以上の原子核の形状が量子的に混ざっている状態。原子核のさまざまな性質は、量子論的に記述する必要があり、原子核の形状もその一つ。ボールや地球などのマクロな物体は古典的に形状を表すことができるが、ミクロの世界では量子論で表現する必要があり、原子核内部の対称性によって決まる。形状共存は古典的に形状を決めることができない状態ともいえる。
  4. 魔法数
    原子核は原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり安定化する。この数を魔法数と呼び、2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。1949年にマリア・ゲッパート=メイヤーとヨハネス・ハンス・イェンゼンが、大きなスピン-軌道相互作用を導入することによって魔法数を説明し、1963年にノーベル賞を受賞した。その後、理研での中性子過剰な原子核の研究より、メイヤー・イェンゼンの魔法数20、28が消失し、新たな魔法数16、34が出現することが報告されている。
  5. 放射性同位元素(RI)
    物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。
  6. MINOS標的
    従来に比べて1桁程度高い実験効率を実現することを目的として、フランス新エネルギー庁サクレー研究所と理研を中心とした日仏共同グループが製作した装置。約15cmの厚い液体水素標的と、それを取り囲む粒子飛跡検出器(タイム・プロジェクション・チェンバー、TPC)を組み合せた構造をしており、厚い標的を用いて高い実験効率を達成しながらも、反応位置をTPCによって決定することによりエネルギー分解能の悪化を防ぐという特徴を持っている。
  7. ガンマ線
    X線よりも高いエネルギーを持つ電磁波。原子核のエネルギー準位の遷移を起源とするものをガンマ線、軌道電子の遷移を起源とするものをX線と呼ぶ。
  8. DALI2
    微量のタリウム(Tl)を含むヨウ化ナトリウム(NaI)の結晶からなるシンチレーション検出器186台で構成される測定効率の高いガンマ線検出装置。ガンマ線のエネルギーと放出角度を測定することができる。
  9. 強い相互作用
    陽子や中性子といった核子の間に働く相互作用で、自然界の四つの力(強い相互作用、電磁相互作用、弱い相互作用、重力相互作用)のなかで最も強い。湯川秀樹博士の中間子論では、核子間にパイ中間子を交換することで力が生まれる。力の到達距離は、核子の大きさ程度で、約1x10-15m。
  10. 超伝導リングサイクロトロン(SRC)
    サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを高速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
  11. 超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
    ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。
  12. ゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree Spectrometer)
    BigRIPSの下流にある多機能ビームライン型分析装置。質量数200程度までの反応生成物の粒子の識別、運動量の精密測定などを行うことができる。多くの反応実験では、ビームとして入射する不安定核に比べて軽い標的を利用するため、反応生成物はゼロ度方向に出射しやすい。このような特徴をとらえて、分析装置の名称に「ゼロ度」というキーワードがついている。

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実験装置群の配置図

図1 実験装置群の配置図

大強度ウラン-238(238U)ビームを超伝導リングサイクロトロン(SRC)で加速し、ベリリウム標的に照射して核分裂反応により99,101RbのRIビームを生成した。生成したビームを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で輸送し、MINOS標的に照射して、98,100Krの励起状態を生成した。98,100Krをゼロ度スペクトロメータで観測し、同時に、脱励起したガンマ線をMINOS標的の周りに配置した高効率ガンマ線検出器DALI2で測定した。

中性子過剰なZr、Sr、Kr原子核の第一励起準位のエネルギー

図2 中性子過剰なZr、Sr、Kr原子核の第一励起準位のエネルギー

中性子数60でZr(○)およびSr(△)は、ともに第一励起準位のエネルギーが急激に変化する。しかし、Kr(■)では大きな変化はない。今回の成果で98,100Krの第一励起準位の観測に成功し、そのエネルギーは0.329、0.309MeVである(図の赤四角)。中性子数62でエネルギーが大幅に減少し、Krの変形度が増加していることがわかる。図中Zは陽子数を表す。

98Krの励起状態の準位図

図3 98Krの励起状態の準位図

98Kr の脱励起ガンマ線の観測から、0.329MeV、0.545MeV、0.827MeVの三つの励起準位を発見した。黄色の矢印は観測されたガンマ線を表す。基底状態の形に起因した第二励起準位は、第一励起準位(0.329MeV)のエネルギーの約2倍~3倍の間に現れるのが一般的であり、0.827 MeVの準位が相当する。0.545 MeVの準位は第一励起準位と第二励起準位の間にあることが特徴で、これは基底状態とは異なる形に起因した準位である。実験結果と理論計算との比較から、98Krの基底状態はミカン型に、0.545 MeVの状態はレモン型に変形していることが分かった。ミカン型で、レモン型とのエネルギー差は0.545 MeVしかなく、98Krは典型的な形状共存状態の原子核といえる。

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