広報活動

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2017年7月20日

理化学研究所

匂いの素早い検出と濃度の弁別に優れた細胞タイプを発見

-細胞タイプ特異的な機能を生み出す神経回路メカニズムを解明-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター知覚神経回路機構研究チームの風間北斗チームリーダーらの研究チームは、ショウジョウバエの嗅覚情報処理をつかさどる高次脳領域の神経活動を記録したり制御したりすることで、匂いの素早い検出と濃度の弁別に優れた細胞タイプを発見し、その細胞タイプ特異的な機能を生み出す神経回路のメカニズムを解明しました。

脳内の神経回路は、さまざまなタイプの細胞から構成されています。神経回路が働く際、それぞれのタイプの細胞は異なる役割を果たしていると考えられていますが、その役割の詳細やタイプごとの違いを生み出す神経基盤についてはよく分かっていませんでした。

研究チームは、哺乳類と同様に多様なタイプの細胞を持ち、かつ特定のタイプの細胞を遺伝学的に標識・操作しやすいショウジョウバエ成虫(以下、ハエ)の脳を対象とし、ハエの高次嗅覚中枢に相当するキノコ体[1]と呼ばれる神経回路に着目しました。キノコ体を構成する主要な細胞は3タイプに分けられます。まず、これら3タイプの細胞がどのような興奮性および抑制性の入力を受けるのかを、光遺伝学[2]二光子励起法[3]、電気生理学的手法を組み合わせて調べました。また、レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージング[4]で、3タイプの細胞の匂い刺激に対する応答を記録し、解析することで、各細胞タイプの匂いの濃度を弁別する能力を評価しました。その結果、キノコ体にある3タイプのうち、一つが他より高い興奮性を持つと同時に抑制性の細胞を強く活性化させることが分かりました。また、各細胞タイプは匂いに対して異なる応答を示すことを見いだしました。具体的には、高い興奮性を持つ細胞タイプは、より素早くより低濃度の匂いに応答することで、より優れた匂い濃度の弁別能力を持つことが明らかになりました。さらに、適切な抑制性の入力がないと匂い濃度の弁別能力が著しく低下することも分かりました。

今後、匂いの情報処理において優れた性質を持つ細胞タイプの解析を進めることで、ヒトを含むあらゆる動物が持つ、匂いの検出や濃さを認識する能力の神経基盤の理解につながると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月19日付け:日本時間7月20日)に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費「高次嗅覚中枢における情報統合のメカニズム」、科学研究費補助金若手研究(A)「匂い記憶を支える神経機構の解明」、新学術領域「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」および花王株式会社の支援により行われました。

※研究チーム

理化学研究所 脳科学総合研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
チームリーダー 風間 北斗 (かざま ほくと)
テクニカルスタッフⅠ 稲田 健吾 (いなだ けんご)
研究員 髙木(槌本) 佳子 (たかぎ(つちもと)よしこ)

背景

動物の脳は、さまざまなタイプの細胞から構成されています。脳回路が機能する際に、異なるタイプの細胞は異なる役割を担っていると考えられています。しかし、脳には非常に多くのタイプの細胞が存在するため、それぞれがどのような役割を果たしているのかを、そのメカニズムまでも含めて説明することは困難です。そのため、各細胞タイプの役割の詳細やタイプごとの違いを生み出す神経基盤についてはよく分かっていませんでした。

そこで研究チームは、哺乳類と同様に多様なタイプの細胞を持ち、かつ特定のタイプの細胞を遺伝学的に標識・操作しやすいショウジョウバエ成虫(以下、ハエ)の脳を対象として、この課題に取り組みました。

研究手法と成果

研究チームはハエの脳内にある神経回路のうち、匂いの情報処理をつかさどるキノコ体と呼ばれる回路に着目しました。キノコ体の主要な細胞は三つのタイプに分類されます。これらのタイプの細胞は、触覚葉[5]という脳領域から嗅覚情報を興奮性の信号として受け取ります。触覚葉は約50個の糸球体[6]という球状構造で構成されており、それぞれの糸球体は異なる匂い情報を伝達する経路として見なすことができます。

まず、糸球体から送られてくる情報がキノコ体の細胞でどのように統合されるのかを調べました(図1A)。50個の糸球体は密接しているため(図1B)、各糸球体を個別かつ網羅的に刺激することはこれまで技術的に難しいと考えられていましたが、研究チームは近年開発された光遺伝学と二光子励起法を組み合わせて個別の糸球体を刺激し、刺激に対するキノコ体の細胞の応答を調べることに成功しました(図1C、D)。その結果、三つのどのタイプの細胞でも二つの糸球体からの入力が忠実に足し算されることが分かりました(図1E)。

興奮性の入力は、神経細胞の膜電位を押し上げます。神経細胞では、膜電位が上がるとスパイクと呼ばれる一過性のパルスを発する「発火」という現象が起こります。3タイプの細胞において膜電位と発火頻度の関係を調べたところ、同一膜電位において、ある一つの細胞タイプが、他の二つよりも発火しやすい(興奮性が高い)ことが分かりました(図2A)。一方で、この興奮性の高いタイプの細胞は、キノコ体の細胞群の活動を抑制する細胞と機能的に強く結合し、この抑制細胞を介してより強力に自己への抑制性フィードバックをかけることも分かりました(図2B)。

これらのデータから、研究チームは二つの仮説を立てました。一つ目は、この興奮性の高い細胞タイプは、匂い刺激に対して最も早く応答するというものです。二つ目は、この細胞タイプはより低い濃度の匂い刺激にも応答するというものです。研究チームはこれらの仮説を検証するために、二光子励起レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージングで各細胞タイプの匂い応答を調べました。その結果、これら二つの仮説が正しいことが確認されました。

興奮性の高い細胞タイプはより低い濃度の匂い刺激にも応答するので、この細胞タイプがあることで、キノコ体はより広範囲の濃度を弁別できる可能性があります。そこで、カルシウムイメージングで得られた匂い応答を解析することで、各細胞タイプの匂いの濃度を弁別する能力を評価しました(図3A、B)。その結果、最も興奮性の高い細胞タイプの応答を用いた場合、最も正確に匂い濃度を弁別できることが分かりました(図3B)。さらに、キノコ体への抑制性入力を薬理学的に阻害すると、この弁別能力が著しく下がることも分かりました(図3C)。このことは、興奮性の高い細胞タイプがあることで実際に広範囲の濃度を弁別できること、またこの弁別能力にはキノコ体への抑制性フィードバックが重要な役割を果たしていることを示しています。

今後の期待

脳の高次領域には異なるタイプの細胞が多数存在しますが、本研究によって、嗅覚回路におけるその情報処理上の意義が明らかになりました。また、各細胞タイプ固有の機能が生み出される神経回路のメカニズムの一端が解明されました。今後、匂いの情報処理に優れた性質を持つ細胞タイプの解析を進めることで、ヒトを含むあらゆる動物が持つ、匂いの素早い検出や匂いの濃さを認識する能力の神経基盤の理解につながると期待できます。

一方、本研究で扱ったキノコ体は、昆虫の記憶・学習に重要な脳領域であることが分かっています。そのため、匂い情報が脳内に記憶される仕組みをより深く理解することにもつながると考えられます。

原論文情報

  • Kengo Inada, Yoshiko Tsuchimoto, Hokto Kazama, "Origins of cell-type-specific olfactory processing in the Drosophila mushroom body circuit", Neuron, doi: 10.1016/j.neuron.2017.06.039

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
チームリーダー 風間 北斗 (かざま ほくと)

風間北斗、稲田健吾、髙木(槌本)佳子と知覚神経回路機構研究チームのメンバーの写真

風間北斗(後列中央)、稲田健吾(前列右)、髙木(槌本)佳子(前列中央)と知覚神経回路機構研究チームのメンバー

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. キノコ体
    ハエの嗅覚記憶・学習に関与している高次脳領域。哺乳類の梨状皮質と類似した機能を持つと考えられる。
  2. 光遺伝学
    特定の波長の光に反応してイオンを輸送する光感受性タンパク質を、分子遺伝学を用いて特定の神経細胞群に発現させた後、その神経細胞群に光を当てることで、神経細胞を興奮させたり、抑制したりする技術。本研究では青色光に反応する光感受性タンパク質チャネルロドプシンを、二光子励起法を用いて赤外光で刺激した。
  3. 二光子励起法
    蛍光分子を二つの光子で同時に励起する手法。一つの光子でその分子を励起する場合と比べ、エネルギーが半分(波長が2倍)の光子が使える。二光子励起は高い光子密度の場所でのみ起きるため、深さ方向に関してより高い空間分解能が得られる。本研究では赤外光を用いた二光子励起により光感受性タンパク質を刺激した。
  4. カルシウムイメージング
    カルシウムイオンと結合すると明るさが変化する蛍光タンパク質で神経細胞を標識し、その蛍光強度の変化を記録する手法。神経細胞が興奮すると細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇するので、神経活動を調べる方法として用いることができる。
  5. 触覚葉
    ハエの脳内で最初に嗅覚情報を処理する脳領域。哺乳類の嗅球に相当する。
  6. 糸球体
    触覚葉に存在する球状の構造。匂い分子を認識する嗅覚受容細胞と、情報をキノコ体の細胞へと伝える嗅覚二次細胞が結合する場所。

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光遺伝学と二光子励起法を用いた糸球体の刺激とそれに対するキノコ体の細胞の応答の図

図1 光遺伝学と二光子励起法を用いた糸球体の刺激とそれに対するキノコ体の細胞の応答

  1. ハエの嗅覚回路。光感受性タンパク質を発現している糸球体を二光子励起法で刺激する光遺伝学的手法を用いた。光刺激に対するキノコ体の細胞の応答(膜電位の変化)を電気生理学的手法で記録する。
  2. ハエの触覚葉。球状の構造体1つ1つが糸球体(例として1つを点線で示している)。1つの糸球体の直径は約10 μm。
  3. (左)キノコ体の細胞から電気生理学的手法で記録をとるため、ガラス電極を近づけているところ。(右)キノコ体の細胞群(例として1つの細胞を点線で示している)。1つの細胞の直径は約3 μm。
  4. 糸球体1と糸球体2をそれぞれ刺激した場合(灰色)と同時に刺激した場合(赤色)のキノコ体の細胞の応答(左)。予想された応答(黒色)は、糸球体1と糸球体2をそれぞれ刺激した場合の応答(灰色)を加算したもの(右)。
  5. キノコ体の細胞の応答の大きさを示したグラフ。予想された応答の大きさと、同時に刺激したときの応答の大きさはほぼ同じ値になった。つまり、二つの糸球体からの入力は忠実に足し算されることが分かった。異なる色は、異なるタイプの細胞から得られたデータであることを示すが、細胞タイプ間で差はなかった。
キノコ体の各細胞タイプの興奮性と抑制性応答の図

図2 キノコ体の各細胞タイプの興奮性と抑制性応答

  1. 3タイプの細胞における膜電位と発火頻度の関係。ある一つのタイプの細胞(赤色)の興奮性は他の二つよりも高く、同じ膜電位の値でもより高い発火頻度を示した。
  2. (上)細胞に電流を流し(黒線)、発火を誘起すると、赤色で示した細胞タイプでは刺激後により強い抑制性の入力が入る。拡大した枠内の図は、細胞の発火を示している。(下)電流により誘起されたスパイクの数と抑制性応答の大きさの関係。赤色で示した細胞タイプでは、より強い自己抑制が観察された。
キノコ体の各細胞タイプの異なる匂い濃度の弁別能力の図

図3 キノコ体の各細胞タイプの異なる匂い濃度の弁別能力

  1. カルシウムイメージングで匂いに対する神経活動を記録するためのセットアップ。ハエを記録用プレートに固定し、細胞内カルシウムイオン濃度を反映する蛍光シグナルの変化をレーザー顕微鏡で検出する。
  2. 五つの濃度の異なる匂いに対する各細胞タイプの応答から匂いの濃度を予測する解析。最も興奮性の高い細胞タイプ(赤色)では、正答率が他の細胞タイプ(灰色)より高かった。点線は偶然の正答率を示す。
  3. Bで高い弁別能力を示した細胞タイプ(赤色)は、キノコ体への抑制性入力を薬理学的に阻害すると正答率が下がった(黒色)。点線は偶然の正答率を示す。

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