広報活動

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2017年8月18日

理化学研究所

種子の寿命をコントロールする

-長寿命かつ発芽力の高い種子の開発に貢献-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学センター適応制御研究ユニットの瀬尾光範ユニットリーダー、佐野直人特別研究員、セルロース生産研究チームの持田恵一チームリーダーらの共同研究グループは、「プライミング[1]」と呼ばれる種子処理後の種子寿命の減少には、植物ホルモンの一種である「ブラシノステロイド[2]」が関与することを明らかにしました。

種子の発芽は作物生産における出発点として重要な現象であるため、市販の種子には発芽力を向上させるプライミングと呼ばれる種子処理が施されています。一方で、プライミング処理は副作用的に種子の寿命[3]を減少させる場合があります。これは、市場での種子の流通・保存の面を考えた場合には不都合です。そのため、斉一かつ素早い発芽と、種子の寿命を両立するため、プライミングによる寿命減少の分子機構の解明が求められていました。

共同研究グループはまず、シロイヌナズナの自然変異[4]系統(野生株)群の中から、一般的な研究に広く用いられている系統Col-0に比べてプライミング処理後にも種子寿命が減少しにくい系統「Est-1」を見つけました。Col-0とEst-1を用いた遺伝子発現の比較から、ブラシノステロイドと呼ばれる植物ホルモンがプライミング処理による種子寿命の減少に関連することが示されました。プライミング処理中にブラシノステロイド処理をすると種子寿命の減少が促進され、逆に、ブラシノステロイドの内生量が低下した変異体やブラシノステロイド生合成阻害剤処理をした種子ではプライミングによる種子寿命の減少が抑えられることが明らかになりました。これらは、ブラシノステロイドが種子の寿命の減少をさせる原因の一つであることを示しています。さらに、ブラシノステロイドによって誘導される種皮[5]の透過性の増大が、プライミングによる種子寿命の減少に関与していることも分かりました。

今後、ブラシノステロイドの内生量や働きを制御する薬剤を用いた新たなプライミング技術を開発することで、種子の流通・保存時のコスト削減などを実現し種苗産業に貢献することが期待できます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(8月14日付け:日本時間8月14日)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
適応制御研究ユニット
特別研究員 佐野 直人 (さの なおと)
ユニットリーダー 瀬尾 光範 (せお みつのり)

セルロース生産研究チーム
研究員 恩田 義彦 (おんだ よしひこ)
チームリーダー 持田 恵一 (もちだ けいいち)

鳥取大学
プロジェクト研究員(研究当時) 金 俊植(きむ じゅんしく)
(現 理化学研究所 環境資源科学研究センター 基礎科学特別研究員)
助教(研究当時) 岡本 昌憲 (おかもと まさのり)
(現 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 助教)

宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター
准教授 野村 崇人 (のむら たかひと)

背景

多くの植物種において、形成直後の種子は休眠性[6]を持ち、地上に落ちてからも生育に適した条件下ですぐに発芽しない場合があります。このような性質は、植物が過酷な環境の変化を乗り越え、子孫を繁栄させるために重要です。

一方で、種子の発芽は作物生産の出発点であり、生産者の作業効率や最終的な収量にも直結する重要な現象です。そのため、休眠性が高いことや、ばらついていることによる不発芽、もしくは不斉一な発芽は好まれません。特に機械化や植物工場を含む施設栽培が進む現代農業では、コスト削減や作業の効率化のため、種子の発芽力の向上が以前にも増して求められています。このような問題を解決するために、市販の種子には発芽力を向上させる「プライミング」と呼ばれる種子処理が施されています。

種子のもう一つの重要な形質として、寿命が挙げられます。種子の寿命は植物種によって異なりますが、時には数百年もの長期間にわたり生き延びるといわれています。しかし、上記のプライミング処理では、発芽を促進する一方で副作用的に種子の寿命を減少させる場合があります。これは、市場での種子の流通・保存の面を考えた場合には不都合です。そのため、斉一かつ素早い発芽と、種子の寿命を両立するため、プライミングによる寿命減少の分子機構の解明が求められていました。

研究手法と成果

モデル植物のシロイヌナズナでは、世界中から多数の自然変異系統(野生株)が収集されており、それらの系統は遺伝的に幅広い多様性を持っています。共同研究グループはまず、理研バイオリソースセンターから取り寄せた230の自然変異系統の中から、標準的な系統として一般的に研究に用いられているCol-0に比べ、プライミング処理後にも種子寿命が失われにくい系統「Est-1」を見つけました(図1)。

次に、プライミングにより種子寿命の減少が引き起こされる原因を明らかにするため、Col-0とEst-1をかけ合わせて作出された組換え近交系統[7]のうち、プライミング後の寿命が比較的長い系統集団と、短い系統集団のトランスクリプトーム[8]を比較するバルク・トランスクリプトーム解析を行いました(図2)。その結果、「ブラシノステロイド」と呼ばれる植物ホルモンの生合成や情報伝達に関わる遺伝子群の発現量が、短命集団で高いことが分かりました。

続いて、シロイヌナズナにおいてブラシノステロイドの生合成に欠陥を持つ変異体det2およびcyp85a1/a2の種子の寿命について調べたところ、野生株(Col-0)の種子に比べて、プライミング後に比較的長い寿命を維持することが分かりました(図3a)。また、Col-0の種子をブラシノステロイド生合成阻害剤(Brz)の存在下でプライミングすることで、寿命の減少が抑えられることが分かりました(図3b)。一方で、Col-0の種子をブラシノステロイドとともにプライミングした場合には、寿命の減少が促進されました(図3c)。このことから、ブラシノステロイドがプライミング処理中に種子の寿命を減少させる原因の一つであることが分かりました。

これまでの研究により、種皮の透過性が、種子の寿命と関連していることが報告されていました。テトラゾリウム染色と呼ばれる手法を用いて調べた結果、長命系統のEst-1では、Col-0と比較して、プライミング後の種皮の透過性が低いこと、さらにdet2およびcyp85a1/a2においては、野生株(Col-0)に比べてプライミングによる種皮透過性の促進効果が低いことが分かりました(図4)。これらのことから、ブラシノステロイドによって誘導される種皮の透過性の増大が、プライミングによる種皮寿命の減少に関与していると考えられます。

今後の期待

ブラシノステロイドは発芽を促進するために必要であると考えられますが、その作用が強いと、プライミング処理中に発芽の過程を過剰に促進してしまい、その結果として寿命が減少すると予想されます。今回の研究では、ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体においても、プライミング処理による本来の発芽促進効果が維持されていたことから、プライミングによる発芽促進効果と長命種子の両立は可能であると考えられます。

本研究の成果は、ブラシノステロイドの生合成阻害剤を用いた新たなプライミング技術として、特許申請しています。今後、ブラシノステロイドによる種皮の透過性促進作用について詳細な分子メカニズムを明らかにすることは、新たなプライミング技術の開発や、育種的な種子発芽に関する形質の改良、種子の流通・保存時のコスト削減などを実現し、種苗産業への貢献につながると期待できます。

原論文情報

  • Naoto Sano, June-Sik Kim, Yoshihiko Onda, Takahito Nomura, Keiichi Mochida, Masanori Okamoto, and Mitsunori Seo, "RNA-Seq using bulked recombinant inbred line populations uncovers the importance of brassinosteroid for seed longevity after priming treatments", Scientific Reports, doi: 10.1038/s41598-017-08116-5
  • 特許に関する情報

    <出願番号>
    2017-086342
    <発明の名称>
    プライミング後の種子の生存率維持剤及び生存率維持方法
    <発明者>
    瀬尾光範、佐野直人

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 適応制御研究ユニット
ユニットリーダー 瀬尾 光範 (せお みつのり)
特別研究員 佐野 直人 (さの なおと)

環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 セルロース生産研究チーム
チームリーダー 持田 恵一 (もちだ けいいち)

佐野直人 特別研究員の写真

佐野 直人

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. プライミング
    乾燥種子を一時的に吸水させた後、発芽が生じる前に種子を再び乾燥させる処理。吸水には、水または硝酸カリウムなどの化合物を含む水溶液を用いる場合がある。プライミング後の種子は、生(未処理)種子と比較して発芽が斉一でかつ早くなる。
  2. ブラシノステロイド
    花粉から最初に発見された植物ステロイドホルモン。細胞伸長、細胞分裂、屈曲、栄養分の運搬、木部分化、老化促進、抗ストレスなどの作用を持つ。カンペステロールから生合成される。
  3. 種子の寿命
    発芽能力を保持できる種子の生存期間。詳細については諸説あるが、縄文時代の遺跡で発見されたハスの種子(大賀ハス)やツタンカーメンの墓から出土したエンドウの種子が発芽したといういわれもある。本研究においては、種子を高温多湿(37℃、湿度60%)条件に曝す「劣化処理」後の生存率を、寿命の指標とした。この方法では比較的短期間(1~4週間程度)に種子の寿命を評価できる利点がある。
  4. 自然変異
    自然環境での生物体で起こる突然変異(自然突然変異)。自然放射線やDNA複製の誤りなどによって引き起こされる。生物進化における遺伝子的変異の要因と考えられている。この変異の集積により生じた異なる系統を自然変異系統という。
  5. 種皮
    種子の外周部分の母体由来の組織。内部の胚や胚乳を保護する役割を持つ。
  6. 休眠性
    種子が好適な条件下でも発芽しない性質。一般的に、空気、水、適当な温度が発芽に必要な条件とされる。
  7. 組換え近交系統
    遺伝的に異なる両親間の交雑から生じた子の雑種第2世代(F2)などの分離世代について、個体別に数代にわたり自殖を続けて得られる系統群のこと(組換え自殖系統)。自殖を繰り返すことで、ランダムに起こった染色体の組換えが相同染色体間で同一(ホモ接合)になる。
  8. トランスクリプトーム
    対象とした細胞・器官などに存在している全ての遺伝子転写産物の集合・総体を意味する。トランスクリプトーム解析は、生体内における遺伝子の発現状況を網羅的に調べることを主な目的としている。

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プライミング後も種子が長命な系統Est-1の図

図1 プライミング後も種子が長命な系統Est-1

プライミング後に一定期間劣化処理を施したシロイヌズナ種子の生存率(発芽率)は、長命系統Est-1の方が標準系統(野生株)Col-0よりも高い。

バルク・トランスクリプトーム解析の概要図

図2 バルク・トランスクリプトーム解析の概要

(a) 長命系統Est-1と野生株Col-0をかけ合わせた後代の組換え近交系統群のプライミングによる寿命の減少率に関する頻度分布。寿命が減少しにくい25系統を長命集団、減少しやすい25系統を短命集団とした。

(b) 異なる自然変異系統間では、多くの遺伝子の機能が異なっている。そのためEst-1とCol-0の間では、種子寿命と直接関連しない多数の遺伝子の発現も同時に変化している。一方で、Est-1とCol-0をかけ合わせた後代の組換え近交系統群では両系統の性質が混在しているが、長命な25系統と、短命な25系統をそれぞれ集団化(バルク化)することで、寿命と関連しない形質のばらつきを平均化する狙いがある。例えば、バルク化した場合、寿命と関連しない遺伝子BとCの発現量は長命・短命系統間で差がなくなるが、遺伝子Aの発現量差は維持されている。このため、遺伝子Aを寿命関連遺伝子の候補として特定できる。

ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体det2およびcyp85a1/a2の種子寿命の図

図3 ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体det2およびcyp85a1/a2の種子寿命

(a) プライミング後に劣化処理を施したシロイヌナズナ種子の生存率(発芽率)は、ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体det2およびcyp85a1/a2の方が野生株(Col-0)よりも高い。

(b) ブラシノステロイド生合成阻害剤(Brz)とともにプライミングした種子の劣化処理後の生存率(発芽率)は、通常のプライミング後の種子(Brzなし)に比べて高い。

(c) ブラシノステロイド(EBL)とともにプライミングした種子の劣化処理後の生存率(発芽率)は、通常のプライミング後の種子(EBLなし)に比べて低い。

テトラゾリウム染色によるシロイヌナズナ種皮の透過性の比較の図

図4 テトラゾリウム染色によるシロイヌナズナ種皮の透過性の比較

種子にテトラゾリウム染色を施すと、種皮の透過性が高いほど、種皮の内側にある胚乳と胚が赤く染色される。長命系統Est-1、ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体det2およびcyp85a1/a2においては、野生株Col-0よりもプライミング後にテトラゾリウムで染色される種子の割合が低い。

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