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2017年8月21日

理化学研究所
東京大学
科学技術振興機構

量子力学的な作用による光電変換を実証

-太陽電池や光検出器の高性能化に道-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループの中村優男上級研究員(科学技術振興機構さきがけ研究者)、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、動的創発物性研究ユニットの賀川史敬ユニットリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)らの共同研究グループは、シフト電流[1]と呼ばれる量子力学的な光電流の発生を、有機分子性結晶のtetrathiafulvalene-p-chloranil(TTF-CA)において実証することに成功しました。

強誘電体[2]など空間反転対称性[3]の破れた結晶構造を持つ物質では、p-n接合[4]を形成しなくても光起電力が発生することが知られていました。この光起電力は、シフト電流と呼ばれる量子力学的な光電流発生機構で生じることが近年理論的に提案されています。シフト電流は、エネルギー散逸がほとんどない電流であるため、光電変換効率の大幅な向上につながる可能性があります。しかし、シフト電流である明確な証拠は実験的に得られておらず、実証に適した物質系も不明なままでした。

共同研究グループは、イオン変位[5]と電荷移動の2つの成分からなる強誘電体の電気分極のうち、後者が主になる分子性結晶のTTF-CAに着目しました。また、この物質はバンドギャップ[6]が約0.5エレクトロンボルト(eV)と小さいことから、可視赤外光領域で大きなシフト電流が期待できます。実際にTTF-CAの単結晶試料において分極軸方向に生じる光起電力を測定した結果、強誘電相において疑似太陽光照射による大きな光電流の観測に成功しました。また、光電流が非常に長距離伝搬することを見いだし、シフト電流としての特徴を持つことも明らかにしました。

本成果は、シフト電流による光電変換に関する基礎学理の理解を深めるとともに、革新的な光検出器や、従来とは異なる光照射条件でも駆動する環境発電デバイスなどへの応用につながると期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Communications』(8月17日付け、日本時間8月18日)に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(A)「新しい太陽電池材料の開拓を目指した分極超構造の作製(研究代表者:中村優男)」などの助成を受けて実施されました。

※共同研究グループ

理化学研究所創発物性科学研究センター
強相関物理部門
強相関界面研究グループ
上級研究員 中村 優男(なかむら まさお)(科学技術振興機構 さきがけ研究員)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

強相関物性研究グループ
基礎科学特別研究員 車地 崇(くるまじ たかし)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

統合物性科学研究プログラム
動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

創発光物性研究ユニット
ユニットリーダー 小川 直毅(おがわ なおき)

産業技術総合研究所
フレキシブル材料基盤チーム
上級主任研究員 堀内 佐智雄(ほりうちさちお)

背景

光のエネルギーを電気エネルギーに変換する光電変換素子は、太陽電池や光検出器などのさまざまな用途で使われています。現在実用化されている光電変換素子の多くは、光照射によって生成された電子[7]正孔[7]を分離する過程でp-n接合構造などによる電界の発生を必要としています。一方、強誘電体のような空間反転対称性の破れた結晶構造を持つ物質では、p-n接合を形成しなくても光起電力を示すことが知られており、バルク光起電力効果と呼ばれていました。しかし、そのメカニズムの詳細は不明でした。

近年の理論研究の進展により、バルク光起電力効果はシフト電流と呼ばれる光電流発生メカニズムで生じることが提案されました。シフト電流は、電子波動関数の幾何学的位相に関連した量子力学的な効果で発生する電流であり、p-n接合において電界に比例するドリフト電流[8]キャリア[7]濃度差に比例する拡散電流[9]とはメカニズムが大きく異なります。したがって、シフト電流による光起電力効果を利用すると、従来の光起電力素子で重視された移動度や不純物密度といった半導体特性に縛られない、新しい光電変換材料の開拓が可能となります。また、バンドギャップ以上の光起電圧の出力が可能である点などp-n接合にはない優位性があり、従来の光起電力素子を上回る高いエネルギー変換特性も期待されています。

しかし、多種多様な強誘電体のうち、シフト電流を発生しやすい物質の選定基準は確立しておらず、実験的な検証方法も明らかではありませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、可視光および赤外光に対して大きなシフト電流を示す物質の候補として、有機分子性結晶tetrathiafulvalene-p-chloranil(TTF-CA)に着目しました。この物質は、ドナー分子のTTFとアクセプター分子のCAが交互に積層した一次元構造を持ち、低温で両分子間での電荷の移動に起因して強誘電性を発現します(図1)。一般的な強誘電体では、分極はイオン化した原子や分子の変位によって生じますが、TTF-CAにおける分極は電荷移動による電子的な寄与が支配的であることから、電子型強誘電体と呼ばれています。シフト電流は、このような電子的な機構で生じる分極と密接に関連しているため、TTF-CAでは大きなシフト電流発生が期待されます。また、TTF-CAのバンドギャップは約0.5eVと強誘電体としては非常に小さいため、可視光や近赤外光に対する強い応答性も期待できます。

本研究では、TTF-CAの単結晶試料を作製し、図1のように分極軸方向に生じる光起電力を測定しました。図2aは、擬似太陽光を照射し、外部電圧なしの状態で発生した光電流の温度依存性の結果です。TTF-CAの強誘電転移温度である81ケルビン(K)(約-192℃)以下で光電流が生じており、光起電力が発生していることが分かります。転移温度直下で観測された光電流密度は、これまでに報告されていた他の強誘電体の光電流密度に比べて一桁以上高い値でした。また、端子間で発生する光起電圧は低温で6ボルト(V)を超えており、バンドギャップ(約0.5eV)の10倍以上の高電圧が出ています(図2b)。さらに、電場によって分極方向を反転させると、光電流や電圧の符号も反転することが観測され(図2c)、発生した光起電力が分極と強く関連したものであることが確認できました。

次に、光の照射面積を絞って局所的に光励起し、その位置を走査することで光電流が電極間のどこで発生しているか調べました。81K以下の強誘電相では、光電流は試料の中心付近で大きく、電極近傍で減少する様子が観測されました(図3a)。電極間距離は600マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)以上あるため、中心付近で生成された光キャリアは、電極まで数100μmの距離を移動しているといえます。

一方、81K以上の常誘電相では、強誘電相に比べて光電流の絶対値が非常に小さく、また電極近傍でだけ観測されています(図3b)。この常誘電相のプロファイルは典型的な拡散電流を示しており、どんな物質でも観測されます。それに対して、強誘電相の結果は拡散電流やドリフト電流では説明できない非常に長距離のキャリア輸送を示しており、散乱に強いシフト電流の特徴が明確に現れています。

以上、有機分子性結晶のTTF-CAにおいて、可視赤外光に対する大きな光電流の発生と、その起源であるシフト電流がエネルギー散逸の小さい電流であることを実証しました。

今後の期待

本研究では、有機分子性結晶のTTF-CAを用いて可視赤外領域光によるシフト電流の発生を実証しました。この結果は、シフト電流光電変換の材料設計の指針を与え、革新的な光検出器や、従来とは異なる光照射条件でも駆動する環境発電デバイスなどへの応用につながると期待されます。

原論文情報

  • M. Nakamura, S. Horiuchi, F. Kagawa, N. Ogawa, T. Kurumaji, Y. Tokura, and M. Kawasaki, "Shift current photovoltaic effect in a ferroelectric charge-transfer complex", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-00250-y

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
上級研究員 中村 優男(なかむら まさお)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)

中村 優男 上級研究員の写真 中村 優男
堀内 佐智雄 上級主任研究員の写真 堀内 佐智雄
賀川 史敬ユニットリーダーの写真 賀川 史敬
小川 直毅ユニットリーダーの写真 小川 直毅
車地 崇 基礎科学特別研究員の写真 車地 崇
十倉 好紀グループディレクターの写真 十倉 好紀
川﨑 雅司グループディレクターの写真 川﨑 雅司

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

科学技術振興機構 広報課
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jstkoho [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

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理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  • 1.シフト電流
    空間反転対称性の破れた物質は、電子の波動関数が異方性を持つため、バンド間の光学遷移の際に電子の重心位置が一方向にシフトを起こす。定常光照射下では、電子位置のシフトが連続的に起こることで直流電流が発生し、この光電流がシフト電流と呼ばれている。電子位置のシフト量は、電子波動関数の幾何学的位相と関連している。
  • 2.強誘電体
    誘電体のうち、外部電場がゼロでも有限の分極を持ち、かつ分極方向を電場で反転することができる物質。強誘電体では空間反転対称性が必ず破れている。
  • 3.空間反転対称性
    各点の座標( x, y, z)を(- x, - y, - z)に変換する操作を空間反転操作と呼ぶ。空間反転操作によって構造が一致しない場合、空間反転対称性が破れているという。
  • 4.p-n接合
    p型半導体と n型半導体が接している領域のこと。太陽電池や発光ダイオードには p- n接合が利用されており、光によって生成した電子と正孔を電気として取り出したり、逆に電子と正孔を結合させて光を出したりすることができる。
  • 5.イオン変位
    電荷を持った原子や分子の移動のこと。一般的な強誘電体では、正負のイオンがそれぞれ逆向きに変位することで分極が生じる。
  • 6.バンドギャップ
    電子が存在できないエネルギー帯。バンドギャップ以上のエネルギーを与えると、電子と正孔が生まれ電気が流れる。
  • 7.電子、正孔、キャリア
    半導体中ではキャリアと呼ばれる荷電粒子が動くことで電流が流れる。キャリアには、マイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ正孔の2種類がある。
  • 8.ドリフト電流
    電界によってキャリアが運ばれて流れる電流。 p-n接合の界面には内部電界が存在するため、光励起でキャリアを生成するとドリフト電流が生じる。
  • 9.拡散電流
    キャリアの濃度勾配によって流れる電流。光励起でキャリアを生成すると不均一なキャリア分布ができるため拡散電流が生じる。
TTF-CAの分子構造とシフト電流発生の概念図の画像

図1 TTF-CAの分子構造とシフト電流発生の概念図

TTF-CAは結晶軸のa軸方向にドナー分子のTTF(青の分子モデル)とアクセプター分子のCA(茶の分子モデル)が一次元的に交互積層した結晶構造を持ち、強誘電相ではTTFからCAへの電子の移動(-ρ)がおこることで一次元鎖方向に分極(P)が発生する。この電子相において光(赤)を照射すると、生成された電子と正孔(青と黄緑)はそれぞれ逆向きに電極へ走り、シフト電流が発生する。

擬似太陽光照射下でのTTF-CAの光起電力特性の図

図2 擬似太陽光照射下でのTTF-CAの光起電力特性

擬似太陽光を照射しながら測定した。a:短絡電流の温度依存性。b:開放端電圧の温度依存性。c:強誘電転移温度直下の79K(約-194℃)で測定した電流-電圧特性。Cの赤(青)線は、プラス(マイナス)方向に分極方向を揃えた後に擬似太陽光を照射しながら測定した結果で黒線は光を照射せずに測定した結果。

局所光励起による光電流の場所依存性の図

図3 局所光励起による光電流の場所依存性

aは光の照射面積を絞ってTTF-CAを局所的に光励起し、その位置を走査することで得られた短絡電流の場所依存性。赤は70K(強誘電相)青は90K(常誘電相)の結果。bはaの90Kの結果の縦軸を拡大したもの。強誘電相では電極間の中心付近で電流が最大となっているのに対し、常誘電相では電極付近で電流が最大になり、両電極で電流の符号が反転している。

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