広報活動

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2017年8月24日

理化学研究所
水産研究・教育機構

沖縄三大高級魚スジアラの効率的給餌法にヒント

-代謝マーカー情報を利用して環境低負荷型養殖の実現へ-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダー、坂田研二テクニカルスタッフ、水産研究・教育機構中央水産研究所水産生命情報研究センター分子機能グループの馬久地みゆき研究員、西海区水産研究所亜熱帯研究センター生産技術グループの小磯雅彦グループ長、山口智史技術員らの共同研究チームは、沖縄三大高級魚の1つであるスジアラ[1]の代謝マーカー情報抽出に成功しました。

スジアラは「アカジン」とも呼ばれ、ハタ科魚類ならではの上品な味と癖のない淡白な肉質が人気で、マース煮(塩煮)をはじめとする南国特有の調理法で食されています。中華料理の高級食材として高値で取引されており、中国等への輸出商材として期待されます。しかし現状のスジアラ養殖では、給餌手法が最適化されていないため、成長が遅いうえに、内臓脂肪が多い「メタボ状態」にある魚が多いことが問題になっています。そのため、いつ、どのくらい給餌することが適切かを科学的に示し、健全なスジアラを効率的に育成するための給餌方法の開発が求められています。

そこで、共同研究チームは、摂餌に伴うスジアラの代謝変化を詳細に分析しました。次世代シーケンサー[2]によるトランスクリプトーム[3]解析と核磁気共鳴(NMR)法[4]によるメタボローム[5]解析を統合させたノンターゲット型解析[6]を行ったところ、概日リズム[7]に伴って短時間で変化する代謝と、絶食中や摂餌後にゆっくりと変化する代謝の、2種類の代謝マーカー情報が抽出されました。概日リズムに関わる短時間の代謝では、エネルギー産生に関連する核酸関連物質やクエン酸回路[8]といった基礎的な代謝物質の濃度が変動し、摂餌による日数オーダーでの応答では、エネルギー蓄積に関わる遺伝子の発現や、ロイシンなどの分岐鎖アミノ酸濃度が変動することが分かりました。

本成果は今後、2つの代謝リズムに基づくスジアラの効率的な給餌手法の開発や、余分な餌を残さない環境低負荷型養殖への発展に繋がるものと期待できます。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(8月24日付け:日本時間8月24日)に掲載されます。

背景

日本は、世界第6位の排他的経済水域[9]面積を有しています。南北からの豊かな潮流と急峻な河川から注がれる栄養塩は、世界有数の生物多様性ホットスポットを育んでいます。こうした生物多様性から育まれた水産物は、世界文化遺産に登録された和食の重要な素材となるなど、国際競争力もあります。このような水産物を戦略的に市場に流通させるには養殖も重要です。

養殖時の飼料効率[10]は、海外のサーモン養殖では80%以上(増肉係数[10]1.25未満)です。それに対して、国内の単一種(マグロやブリなど)の海面養殖では30%未満(増肉係数3以上)で、投入飼料の2/3近くが利用されず、ふんや残餌として海中に散逸・蓄積することで海洋の環境負荷が増加し、貧酸素や赤潮発生につながっています。このため、飼料組成を変えた環境低負荷型養殖への取り組みが重要です。これは、水産養殖管理協議会の養殖場認証(ASC: Aquaculture Stewardship Council)や日本食育者協会の養殖エコラベル(AEL: Aquaculture Eco-Label)などの養殖認証[11]を得るためにも有効です。

また、海水魚の養殖では必要なコストの7~9割を飼料が占めます。飼料の大半を占める魚粉は、世界的な養殖生産の増加とイワシ類の不漁により高価格化し、入手困難になりつつあるため、飼料の低コスト化も課題です。世界全体の水産養殖生産量は牛肉生産量をはるかに超えています。世界人口の増加と新興国の発展に伴う食品タンパク質需要に対応するために、環境低負荷型であると同時に効率のよい水産養殖技術の開発が喫緊の課題となっています。

沖縄三大高級魚の1つであるスジアラは、沖縄では「アカジン」と呼ばれ、ハタ科ならではの上品な味と癖のない淡白な肉質で人気があり、マース煮(塩煮)をはじめとする南国特有の調理法で食されています。中国や東南アジアでもスジアラは高級食材であり、採捕した天然稚魚を商品サイズまで育てる養殖が主に行われています。天然稚魚に依存しないスジアラの完全養殖には、2016年に水産研究・教育機構が初めて成功しました注1)。しかしスジアラの養殖では、市販のマダイ用の養殖飼料を高頻度で与えている一方で、成長が遅いことが課題でした。加えて、現状の養殖スジアラには過剰な内臓脂肪が蓄積しており、ヒトでいえば暴飲・暴食の生活習慣で「メタボ状態」になっていることも問題です(図1)。

適度な量を適切な時間帯に摂食すれば、過剰な栄養分を内蔵脂肪として蓄積することなく、飼料の浪費を抑えることができるはずです。そのヒントとなる情報を得るために、理研と水産研究・教育機構が得意とするメタボローム解析とトランスクリプトーム解析を統合させたノンターゲット型解析により、摂餌後の応答や概日リズムの応答に関係する代謝マーカー情報を抽出することを目指しました。

注1)2016年9月28日プレスリリース「世界初、スジアラの完全養殖に成功

研究手法と成果

共同研究チームは、水産研究・教育機構西海区水産研究所八重山庁舎で飼育されている生後1年未満のスジアラを2日間無給餌で飼育した後、2日間給餌飼育を行いました。この4日間の試験期間に、4時間おきに飼育魚のサンプリングを行いました。その筋肉サンプルを用いて、次世代シーケンサーによるトランスクリプトーム解析と核磁気共鳴(NMR)法によるメタボローム解析を行い、概日リズムに基づく短時間の代謝変動と、今回の試験系で期待される栄養摂食応答に関わる日数オーダーの代謝マーカー情報の抽出を試みました。

トランスクリプトーム解析では約18万個の遺伝子について解析を行い、メタボローム解析では約400ピークについて解析しました。そして、ノンターゲット型解析による大規模データから重要情報を抽出しました。主成分分析(PCA[12]により給餌・無給餌により発現量が変動する遺伝子や、昼夜で変化する時間に関わる遺伝子を抽出し、同様に判別分析(PLS-DA、OPLS-DA)[12]により、増減した代謝産物を抽出しました。また、あらかじめ教師モデル[13]として用意した四つの変動パターンと相関する遺伝子や代謝産物を、相関解析により導き出しました。

その結果、ノンターゲット型解析により、時間や概日リズムを示す遺伝子には、①時計遺伝子[7]、②筋肉を形成する遺伝子、③成長・代謝に関わる遺伝子があることが分かりました。また、概日リズムに関わる短時間の代謝産物では、エネルギー産生に関連する核酸関連物質(イノシン酸)やクエン酸回路上の代謝物質(リンゴ酸やマンノースなど)などが変動していました(図2)。

摂餌により数日オーダーで変動する遺伝子には、脂質代謝に関わる遺伝子やエネルギー蓄積に関わる遺伝子があることが分かりました。また、代謝産物では分岐鎖アミノ酸(ロイシン、イソロイシン)が摂餌応答することが分かりました。

つまり、スジアラのようなハタ科魚類でもヒトと同様に、概日リズムを刻む数時間の早い代謝応答と、より長時間のエネルギー蓄積に関わる代謝応答があることが示されました。

今後の期待

多彩な寿司ネタに代表されるように、世界文化遺産としての和食は水産物の多様性にも支えられています。今回のスジアラをはじめ新たな魚種を市場流通させられるように実用化することが重要です。

現状のハタ科魚類の養殖は、流通量の多いマダイ用の配合飼料が利用されています。飼料効率が低い要因として、食性や行動が大きく異なるスジアラには飼料組成が適していない可能性があります。養殖の実用化に向け、飼料組成と給餌法を最適するためには、魚種の食性、代謝と環境負荷への複雑な関係性を数値化していく総合的な環境代謝分析の技術の開発が望まれます(図3)。

本研究は今後、給餌のタイミングと摂餌量を調整するIoT/AI化された新たな養殖手法の開発につながると期待できます。また、理研と水産研究・教育機構は、2017年に締結した「連携・協力に関する協定注2)」に基づき両機関のノウハウと技術を融合し、新たな持続的食料生産や海洋環境維持に貢献する研究を展開していきます。

注2)2017年7月6日トピックス「理化学研究所と水産研究・教育機構との連携・協力に関する協定締結について

原論文情報

  • Miyuki Mekuchi, Kenji Sakata, Tomofumi Yamaguchi, Masahiko Koiso, and Jun Kikuchi, "Trans-omics approaches used to characterise fish nutritional biorhythms in leopard coral grouper (Plectropomus leopardus)", Scientific Reports, doi: 10.1038/s41598-017-09531-4

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳 (きくち じゅん)
テクニカルスタッフ 坂田 研二 (さかた けんじ)

水産研究・教育機構
中央水産研究所 水産生命情報研究センター 分子機能グループ
研究員 馬久地 みゆき (めくち みゆき)
西海区水産研究所 亜熱帯研究センター 生産技術グループ
グループ長 小磯 雅彦 (こいそ まさひこ)
技術員 山口 智史 (やまぐち ともふみ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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水産研究・教育機構 中央水産研究所 業務推進部 担当:野上、市橋
Tel: 045-788-7615 / Fax: 045-788-5001

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. スジアラ
    学名はPlectropomus leopardus、スズキ目、ハタ科、スジアラ属に分類される。亜熱帯性のハタ科魚類で、沖縄では「アカジン」と呼ばれ、高値で取引される最高級魚である。体色は、鮮やかな赤色に水色の水玉模様が特徴である。白身で旨みが濃く、沖縄三大高級魚に位置づけされている。中華圏では赤色が好まれ、高級食材として重用されている。
  2. 次世代シーケンサー
    サンガー法を利用した蛍光キャピラリーシーケンサーである「第一世代シーケンサー」と対比させて使われている用語。多数のDNA断片を同時並行で解析し、大量の配列を読み取ることができるDNA配列解析装置。
  3. トランスクリプトーム
    DNA(全遺伝情報)は全ての情報を常時使用するのではなく、そのときに必要な情報を転写して使用する。この転写された全ての情報をトランスクリプトームと呼ぶ。網羅的に転写産物を解析することで、今現在、体内でどのような反応が起こっているのか知ることができる。
  4. 核磁気共鳴(NMR)法
    静磁場に置かれた原子核の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる分光方法。NMRはnuclear magnetic resonanceの略。溶媒に分子を溶解させて計測する「溶液NMR法」や、固体状態の分子を計測する「固体NMR法」などがあり、幅広い状態の試料を計測することができる。魚肉抽出物のような混合物の場合は個々の物質由来のシグナルが足しあわされたスペクトルが得られるので、標品分子のシグナルと比較することで、物質の濃度比の変化を知ることができる。
  5. メタボローム
    生体内にある糖、アミノ酸、有機酸などは、代謝活動によって産生された代謝産物(メタボライト)であり、代謝産物の種類や濃度は温度変化や摂餌、薬物投与など、外界からの刺激により変化するため、その代謝産物の変化を分析することは生体内の状態を知るよい指標となる。メタボロームとは、「メタボライト」と全体という意味の「オーム」を合わせて作られた用語。メタボライトを網羅的に分析することで、体内に循環する物質の動態を知ることができ、過剰な栄養素や不足している栄養素を同定することができると考えられる。
  6. ノンターゲット型解析
    特定の物質を定量的に把握するターゲット型分析に対して,ノンターゲット型分析は解析する物質を予め特定せず、得られたデータすべてを対象とする。ノンターゲット解析はその後、多変量解析などの手法を用いてデータの抽出を行う。
  7. 概日リズム、時計遺伝子
    多くの生物は約1日周期の活動や体温のリズムを刻んでいる。このような生物リズムは,概ね1日周期という意味で概日リズムと呼ばれる。時計遺伝子とは概日リズムに関わる遺伝子で睡眠、摂餌、成長など多くの生命活動に関わっている。
  8. クエン酸回路
    トリカルボン酸回路、TCA回路、クレブス回路とも呼ばれる。アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸を合成する反応から始まる一連の代謝経路。呼吸に用いられる還元力を生産するとともに、二酸化炭素を生成する。
  9. 排他的経済水域
    海洋および海底下の生物や鉱物資源の探査・開発・保存・管理などに関して、沿岸国が主権的権利を持つ水域のこと。1982年の国連海洋法条約で、その範囲は領海基線から200海里(約370キロメートル)と決められている。
  10. 飼料効率、増肉係数
    ある期間内に与えた餌料量に対して、その期間中に魚がどれだけ増重したかを知るための値。飼育期間中の魚の増重量をG、同じ期間中の総給餌量をRとすると、飼料効率(E)はE=100×G/R(%)で表され、餌料100gによって何g増重したかを示す。増肉係数(F)はF=R/Gで示され、単位増重量に必要な餌料の量を示す。
  11. 養殖認証
    養殖産業は持続可能な水産物の供給を可能とするが、環境や社会的な管理が悪いと大きな問題を引き起こす。そのため、一定の基準を満たした養殖により生産された水産物に対して国際的な非営利組織より認証される。認証を受けた水産物には、認証ロゴマークの使用許可がおりる。消費者にその価値を認識してもらうことが大切である。
  12. 主成分分析(PCA)、判別分析(PLS-DA、OPLS-DA)
    多変量解析の一つ。PCAは多次元データを低次元データに縮約(次元削減)し、データ全体の傾向を視覚化することでデータが持つ情報を解釈しやすくする。PLSDAとOPLSDAは、群情報(給餌群・無給餌群など)をあらかじめ用意した上で、次元削減を行う。PCAはPrincipal Component Analysis、PLS-DAはPartial Least Square Discriminant Analysis、OPLS-DAはOrthogonal PLS-DAの略。
  13. 教師モデル
    データ抽出の際に、解析するデータに加えて予測すべきものの正解(特徴的なパターン)を教師モデルという。この教師モデルと同一、あるいは高い相関を示すものを解析データより抽出する。

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スジアラ完全養殖実現後の基礎・実用化研究課題の図

図1 スジアラ完全養殖実現後の基礎・実用化研究課題

スジアラの完全養殖には2016年に水産研究・教育機構が成功している。今後は実用化に向けて、養殖生産効率の向上や餌代の低コスト化に向けた研究が必要となる。共同研究チームは、現状の養殖スジアラには多くの内臓脂肪(VF)が蓄積しており、ヒトでいえば暴飲・暴食の生活習慣で「メタボ状態」になっていることに着目し、代謝メカニズムに基づいて効率よく給餌するための基礎研究を試みた。

本研究成果のまとめの図

図2 本研究成果のまとめ

上)ノンターゲット型解析で抽出された摂食応答代謝(左)と概日リズム代謝マーカー情報(右)。スジアラにおいて摂食のマーカーはイノシン、絶食のマーカーはロイシンとイソロイシンが候補として挙げられ、また、時間帯で判別する際は、イノシン酸が朝のマーカーに、リンゴ酸などが昼のマーカーに、マンノースなどが夜のマーカー候補となることが示唆された。

下)基礎研究で得られた代謝マーカー情報を基にした摂餌法効率化への展開。現状では飼料を高頻度に与えているが、将来的には本研究で得られた代謝マーカーに着目し、給餌のタイミングと量を調節することで高い飼料効率でスジアラを育て、養殖実用化につなげる。

生態・食性の理解に基づく環境低負荷型養殖の図

図3 生態・食性の理解に基づく環境低負荷型養殖

日本近海の水産物多様性理解に基づく環境低負荷型養殖による養殖認証化を実現することで、多彩な和食素材として水産物を国際展開することが期待できる。

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