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2017年8月28日

理化学研究所

ランゲルハンス細胞の分化機構を解明

-Cbfβ2欠損によりランゲルハンス前駆細胞は表皮に留まる-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター免疫転写制御研究グループの谷内一郎グループディレクター、天野麻理客員研究員らの研究チームは、マウスを用いて、転写因子[1]Runx(ランクス)のサブユニットであるCbfβ2が、表皮における樹状細胞[2]である「ランゲルハンス細胞[3]」の分化に重要な役割を持つことを発見しました。

表皮はランゲルハンス細胞を活性化することで免疫細胞を活性化して、外敵を排除し健康を保ちます。リンパ節などの免疫組織の樹状細胞は常に骨髄で作られる前駆細胞と入れ替わることで維持されていますが、ランゲルハンス細胞は胎児期にのみ前駆細胞が骨髄から表皮に移入します。その後は、成熟ランゲルハンス細胞の子孫が生涯にわたって表皮で維持され、前駆細胞はみられなくなるという独特の発生・分化・維持をすることが知られています。しかし、その詳しいメカニズムや関与する分子などは分かっていませんでした。

今回、研究チームは、胸腺でのT細胞分化に関わる転写因子Runxの重要なサブユニットであるCbfβ2の欠損マウスを作製・解析しました。その結果、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮には、本来なら生後数日後にはみられなくなるランゲルハンス前駆細胞のような細胞(前駆細胞様細胞)が存在することを発見しました。ランゲルハンス前駆細胞は、皮膚からの刺激により細胞内のシグナル経路が活性化され、成熟細胞への分化が起こります。このとき、サイトカイン[4]TGFβファミリー[5]BMP7[6]が成熟ランゲルハンス細胞への分化を誘導します。また、TGFβ1[5]がランゲルハンス細胞を定常状態(不活性化状態)に維持することで、ランゲルハンス細胞を表皮に留めることが知られています。今回、Cbfβ2欠損マウスでは、BMP7刺激経路は阻害されるが、TGFβ1刺激経路は正常であることが分かりました。この結果から、ランゲルハンス前駆細胞からの分化は停止する一方で、TGFβ1刺激は正常であるために、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮にランゲルハンス前駆細胞様細胞が維持されることが明らかになりました。

本研究では、ランゲルハンス細胞の分化や表皮での定常状態維持に対するCbfβ2分子の機能を解明しました。ランゲルハンス細胞はアトピー性皮膚炎などの皮膚疾患発症にも関与することが知られているため、今後、皮膚疾患を治療する医薬品への応用や、皮膚疾患の新たな治療法開発につながると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』(10月2日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月16日付け:日本時間8月17日)に掲載されました。

背景

私たちの体は何層にもなる皮膚で覆われていますが、その一番外側は表皮と呼ばれ、直接外界と接しています。表皮の細胞の数%は、「ランゲルハンス細胞」という表皮特異的な樹状細胞で、表皮一面に突起を張り巡らせ、外敵が侵入していないかを常に見張っています。ランゲルハンス細胞は病原菌やウイルスなどの外敵を認識すると活性化し、表皮から免疫細胞が集合するリンパ節[7]へと遊走します。そして、T細胞[8]などのさまざまな免疫細胞を活性化して外敵を排除し、表皮を健康に保ちます。

リンパ節などの免疫組織の樹状細胞は、常に骨髄で作られる前駆細胞と入れ替わることで維持されています。一方、ランゲルハンス細胞は、胎児期に前駆細胞が表皮に移入し生後数日で成熟ランゲルハンス細胞になった後、骨髄から新たに前駆細胞が表皮に移入してくることはほとんどありません。そして、成熟ランゲルハンス細胞の子孫が生涯、表皮で維持されるという、独特の発生・分化・維持をすることが知られています。しかし、その詳しいメカニズムや関与する分子などは分かっていませんでした。

谷内グループディレクターらは、転写因子Runx(ランクス)が代表的な細胞性免疫であるキラーT細胞への分化に重要であることを発見するなど注1、2)、主に胸腺でのT細胞の分化に関する研究を行ってきました。RunxにはCbfβ2というサブユニットがありますが、RunxはこのCbfβ2がないと遺伝子を転写制御できません。そのため、Cbfβ2の重要性は認識されていましたが、実際の生理学的な機能はほとんど分かっていませんでした。

注1)Taniuchi et al. “Differential requirements for Runx proteins in CD4 repression and epigenetic silencing during T lymphocyte development.” Cell 111, 621-633,2002
注2)2008年2月8日プレスリリース「ヘルパーかキラーか? Tリンパ球の分化運命決定のカギを発見

研究手法と成果

研究チームはまず、さまざまな年齢のCbfβ2欠損マウスを作製し、組織染色や細胞自動分離装置(セルソーター)などで、それらの表皮に存在する細胞を詳しく調べました。その結果、胎児期のランゲルハンス前駆細胞の表皮への移入には問題はありませんでした。しかし、生後数日で起こる前駆細胞から成熟ランゲルハンス細胞への分化に障害が起こり、以降、生涯にわたって、表皮に未成熟な前駆細胞様細胞が維持されることが分かりました(図1)。

次に、正常マウスおよびCbfβ2欠損マウスに骨髄細胞を移植して骨髄移植マウスを作製・解析することで、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮には、骨髄細胞に由来する新たな未成熟ランゲルハンス細胞はほとんど存在しないことを確認しました(図2)。また、遺伝子改変マウス作製技術を用い、胎児期の卵黄嚢[9]マクロファージ[10]細胞を胎児期8.5日目に特異的に緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し、その後、その蛍光標識細胞の子孫の運命を追跡することで、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮に存在する未成熟なランゲルハンス前駆細胞様細胞が胎児期由来であることを確かめました(図3)。生後数日の時期を過ぎると、表皮のランゲルハンス前駆細胞は成熟細胞へと分化するため、本来、成獣表皮ではほとんど検出されません。本研究でみられた、前駆細胞様細胞が成獣の表皮に存在し続けるというのは珍しい現象です。

さらに、抗がん剤の一種タモキシフェンの誘導でCbfβ2を発現する遺伝子改変マウスを作製し、生後数日と成獣のCbfβ2欠損マウスの表皮にCbfβ2を発現させました。そして、表皮に存在する未成熟ランゲルハンス細胞が分化能を維持しているか、Cbfβ2の導入で成熟細胞へと分化するかを調べました。その結果、生後数日の表皮にタモキシフェンを塗布し、表皮特異的にCbfβ2を誘導した場合、ほぼ全ての未成熟細胞は成熟細胞へと分化しましたが、成獣表皮の未成熟細胞はCbfβ2を導入しても成熟細胞へと分化しませんでした(図4)。これらのことから、ランゲルハンス前駆細胞が分化するため、また、分化能を長期にわたって維持するためには、“生後間もなくの皮膚という特異的な環境からの刺激”が必要であることが分かりました。

最後に、Cbfβ2が欠損すると、なぜランゲルハンス前駆細胞の分化が阻害されるのか、なぜ未成熟な前駆細胞様細胞が成獣表皮に存在し続けるのか、そのメカニズムを解明するため、生後数日および成獣のCbfβ2欠損マウスの表皮ランゲルハンス細胞を単離し、その発現遺伝子を調べ、正常マウスの細胞の発現遺伝子と比較しました。

その結果、ランゲルハンス細胞の分化や機能に必要とされているサイトカインTGFβ1下流シグナルの経路のうち、ランゲルハンス細胞の分化に関与すると考えられているBMP7刺激経路の遺伝子群の発現(BMPR1Aシグナル)が低下していることが分かりました。一方で、ランゲルハンス細胞の定常状態(不活性状態)維持、すなわちランゲルハンス細胞を表皮に留めるのに必要と考えられているTGFβ1刺激経路の遺伝子群の発現(TGFβR1[5]シグナル)は正常(むしろ亢進)でした(図5)。このためCbfβ2欠損マウスでは、本来は活性化されて表皮から遊走、排除されるべきランゲルハンス前駆細胞様細胞が、生涯にわたって表皮に存在し続けていることが分かりました。

今後の期待

本結果により、ランゲルハンス細胞の分化や表皮での定常状態維持に対するCbfβ2分子の機能を解明しました。ランゲルハンス細胞は、表皮の見張り役として表皮恒常性を保つ働きを持っており、さまざまな病原に対する炎症反応やアトピー性皮膚炎などの皮膚疾患、寒暖刺激や種々の化学物質刺激による皮膚疾患にも関与することが知られています。本成果は今後、皮膚を健康に保つ化粧品や皮膚疾患を治療する医薬品への応用研究、皮膚疾患の新たな治療法開発につながると期待できます。

また本研究は、ランゲルハンス細胞の生物学的基礎研究やRunx-Cbfβ転写因子の機能研究を深める研究にもつながると考えられます。

原論文情報

  • Mari Tenno, Katsuyuki Shiroguchi, Sawako Muroi, Eiryo Kawakami, Keita Koseki, Kirill Kryukov, Tadashi Imanishi, Florent Ginhoux, Ichiro Taniuchi, "Cbfb2-deficiency preserves Langerhans cell precursors by lack of selective TGFb receptor signaling", The Journal of Experimental Medicine, doi: 10.1084/jem.20170729

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 免疫転写制御研究グループ
客員研究員 天野 麻理(てんの まり)
グループディレクター 谷内 一郎(たにうち いちろう)

谷内一郎グループディレクター(左)と天野麻理 客員研究員の写真(右) 谷内一郎グループディレクターと天野麻理客員研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.転写因子
    遺伝子の発現を調節するタンパク質。DNAと結合し、RNAへの転写を制御する。
  • 2.樹状細胞
    細胞表面に樹状の突起を持つ特徴があり、病原などを認識して、T細胞など直接病原を排除する働きのある細胞を活性化する働きがある。
  • 3.ランゲルハンス細胞
    骨髄で作られ、表皮に特異的に存在する樹状細胞の一つ。表皮全体の細胞の数%を占める。
  • 4.サイトカイン
    細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞への情報伝達に用いられる。細胞の増殖、分化、細胞死などに関係し、免疫・炎症反応を促進したり、抑制したりする。
  • 5.TGFβファミリー、TGFβ1、TGFβR1
    TGFβファミリーは、サイトカインの一つで形質転換成長因子。増殖因子の一つで、組織発生、細胞分化、胚発生において重要な役割を持つ。腎臓、骨髄、血小板など、ほとんど全ての細胞で生産されている。TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3の三つのアイソフォームが存在する。TGFβR1は、表皮ランゲルハンス細胞の活性化(遊走)阻害に関与することが分かっている。
  • 6.BMP7
    BMPはTGFβファミリーに属する増殖因子。BMF7は20種類ほどあるBMPアイソフォームの一つ。BMP7はヒトの表皮ランゲルハンス細胞の分化に関与することが分かっていたが、マウスランゲルハンス細胞での機能は分かっていなかった。
  • 7.リンパ節
    体の鼠径部(そけいぶ)、気管支・肺、腋の下などにある。全身から組織液を回収して静脈に戻すリンパ管系の途中に位置する。組織内に進入あるいは生じた非自己異物が、血管系に入り込んで全身に循環してしまう前に、免疫応答を発動して食い止める関所のような機能を持つ。
  • 8.T細胞
    リンパ球の一つで、機能を反映するサイトカインを産生することにより、免疫反応を制御する司令塔的役割を持つ。
  • 9.卵黄嚢
    妊娠後、胎盤ができるまでの間、胎仔や胎児が成長するために必要な栄養を送るための袋。
  • 10.マクロファージ
    体内に侵入した異物を取り込み消化すること(食作用)を主な役割とする免疫細胞。
正常およびCbfβ2欠損マウスの表皮ランゲルハンス細胞の図

図1 正常およびCbfβ2欠損マウスの表皮ランゲルハンス細胞

上)正常マウス成獣の表皮には、成熟ランゲルハンス細胞マーカー(EpCAM、赤)を持つランゲルハンス樹状細胞(MHCII、緑)が網目のように整然と並んでいる。一方、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮には、成熟マーカーのEpCAMを持たない樹状細胞(前駆細胞様細胞)が存在していた。なお、DAPI染色で青く見えているのは、表皮ケラチノサイト(表皮角化細胞)である。

下)上述のCbfβ2欠損マウス成獣の表皮状態は、前駆細胞(生後0日)のMHCIIからMHCIIEpCAM成熟細胞への分化(生後3日頃)に障害が起こったためであることが分かった。

骨髄移植マウスの表皮ランゲルハンス細胞の解析の図

図2 骨髄移植マウスの表皮ランゲルハンス細胞の解析

細胞表面にCD45.1分子を持つ骨髄細胞を、細胞表面にCD45.2分子を持つ正常マウス成獣もしくはCbfβ2欠損マウス成獣に移植した。しかし、どちらのマウスも細胞表面ではCD45.2分子の量が優勢になり、骨髄由来(CD45.1+)の細胞に入れ替わることはなかった。すなわち、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮には、骨髄細胞に由来する新たな未成熟ランゲルハンス細胞はほとんど存在しないことが確認された。

胎児期の卵黄嚢由来細胞(マクロファージ)への蛍光導入およびその子孫細胞の追跡の図

図3 胎児期の卵黄嚢由来細胞(マクロファージ)への蛍光導入およびその子孫細胞の追跡

胎児期の卵黄嚢由来細胞(マクロファージ)に蛍光(GFP)標識を導入し、その後、その蛍光標識細胞の子孫の運命を追跡した。その結果、Cbfβ2欠損マウス成獣の表皮に存在する未成熟なランゲルハンス細胞(左下)が胎児期由来であることを確認した。

Cbfβ2欠損マウスへのCbfβ2再導入とその分化能の解析の図

図4 Cbfβ2欠損マウスへのCbfβ2再導入とその分化能の解析

生後すぐ表皮にタモキシフェン(抗がん剤の一種)を塗り、表皮特異的にCbfβ2を発現させた細胞は、EpCAM+の成熟ランゲルハンス細胞へと分化した(青)が、生後1カ月後にタモキシフェンを塗布しても成熟細胞へと分化はしなかった(赤)。

Cbfβ2欠損マウスの表皮ランゲルハンス細胞のTGFβ1シグナル経路の図

図5 Cbfβ2欠損マウスの表皮ランゲルハンス細胞のTGFβ1シグナル経路

正常マウスやCbfβ2欠損マウスのランゲルハンス細胞の発現遺伝子を解析、比較した。その結果、Cbfβ2欠損マウスのランゲルハンス細胞では、TGFβ1下流シグナルのうち、細胞分化に関与するBMPR1Aシグナルを特異的に阻害する一方、定常状態(不活性状態)維持に関与するTGFβR1に関するシグナルは正常(むしろ亢進)だった。

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