広報活動

Print

2017年9月7日

理化学研究所

血液細胞の分化に必要な遺伝子をオンにするスイッチ

-RUNX1がDNA脱メチル化を誘導する機構を解明-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能変換技術研究チームの鈴木貴紘研究員、鈴木治和チームリーダーらの共同研究チームは、血液細胞の分化に必要な遺伝子の発現をオンにするメカニズムを解明しました。

人の体には300種類以上の細胞があるといわれており、それらの細胞は全て同じ遺伝子のセット(ゲノム)を持っています。それぞれの細胞が異なる機能を持つためには、その細胞に必要な遺伝子だけがオンになり、それ以外の遺伝子はオフのまま抑制されなければなりません。この遺伝子発現のオン、オフを決めているものの一つがDNAメチル化[1]DNA脱メチル化[1]です。

DNA上には遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター [2])があり、この領域がメチル化されると遺伝子の発現はオフに、脱メチル化されるとオンになります。しかし、メチル化から脱メチル化への切り替えがどのように制御されているかは分かっていませんでした。

今回、共同研究チームは血液細胞が作られる際にゲノムの広い領域にわたってDNAメチル化の状態が変化することに着目し、RUNX1[3]というタンパク質とDNA脱メチル化の関係を調べました。RUNX1は血液細胞で遺伝子の発現を制御することが知られており、決まったDNA配列に結合する転写因子の一種です。血液細胞ではないHEK293T細胞[4]にRUNX1を強制的に発現させたところ、RUNX1が結合した領域でDNA脱メチル化が誘導されました。そこで、脱メチル化が起こる詳しいメカニズムを調べたところ、DNAに結合したRUNX1は脱メチル化に関わる酵素群を引き寄せることが明らかとなりました。続いて、ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)[5]が血液細胞へと分化する際にRUNX1によるDNA脱メチル化が関係しているかを調べました。その結果、RUNX1が血液細胞でDNAメチル化されていない領域に結合していることが分かりました。このことからiPS細胞が血液細胞へと分化する際にRUNX1によるDNA脱メチル化が重要な働きをしている可能性が示されました。

白血病では高頻度にRUNX1の機能に異常が生じているため、今後、RUNX1によるDNA脱メチル化と白血病発症との関係を明らかにすることで、新たな白血病治療法の開発が期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『blood advances』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月6日付け:日本時間9月7日)に掲載されます。

※共同研究チーム

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門
オミックス応用技術研究グループ 細胞機能変換技術研究チーム
研究員 鈴木 貴紘 (すずき たかひろ)(横浜市立大学大学院生命医科学研究科 大学院客員研究員)
チームリーダー 鈴木 治和 (すずき はるかず)
テクニカルスタッフⅠ 中西 友理 (なかにし ゆり)
テクニカルスタッフⅠ 降籏 絵里奈(ふるはた えりな)
テクニカルスタッフⅠ 前田 紫緒里(まえだ しおり)
テクニカルスタッフⅠ 木嶋 真美 (きしま まみ)
人材派遣 西村 創 (にしむら はじめ)
研修生(研究当時) 榎本 早彩 (えのもと さあや)

科学技術ハブ推進本部 予防医療・診断技術開発プログラム
プログラムディレクター 林崎 良英 (はやしざき よしひで)

背景

私たちの体は、たった一個の受精卵から始まります。受精卵が遺伝子の情報に従って次々に分裂して細胞の数を増やし、皮膚や神経、血液などさまざまな種類の細胞になりながら体を形づくっていきます。人の体には300種類以上の細胞があるといわれており、それらの細胞は全て同じ遺伝子のセット(ゲノム)を持っています。それぞれの細胞が異なる機能を持つためには、その細胞に必要な遺伝子だけがオンになり、それ以外の遺伝子はオフのまま抑制されなければなりません。この遺伝子発現のオン、オフを決めているものの一つがDNAメチル化とDNA脱メチル化です。

メチル化は、DNAのシトシン・グアニン(CG)配列のCに化学物質のメチル基が結合して起こります。DNA上には遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター)があり、この領域のシトシン・グアニン(CG)配列がDNAメチル化されると遺伝子の発現はオフに、脱メチル化されるとオンになります。

DNA脱メチル化が起こる仕組みは二つあります。一つは細胞分裂のたびに脱メチル化される受動的脱メチル化[6]、もう一つは細胞分裂に依存しない能動的脱メチル化[6]です。能動的脱メチル化は長い間、関与する分子が不明でしたが、近年、TET[7]TDG[7]と呼ばれる複数の酵素が関係していることが明らかになりつつあります。しかし、どの遺伝子がどのタイミングで脱メチル化されるか、詳しいメカニズムは分かっていませんでした。

赤血球や白血球など血液細胞は全て、造血幹細胞と呼ばれる幹細胞が分化したものです。現在、ES細胞(胚性幹細胞)[5]やiPS細胞(人工多能性幹細胞)などの多能性幹細胞[5]を造血幹細胞へと分化させ、最終的にさまざまな血液細胞へと分化させることができます。血液細胞で必要な遺伝子の発現を制御することが知られているRUNX1というタンパク質は転写因子の一種で、RUNX1遺伝子を欠損したES細胞からは血液細胞を分化させることができません。RUNX1は血液細胞に必要な多くの遺伝子のプロモーターに結合し、その発現を制御することが知られています。しかし、RUNX1とDNAメチル化の状態の変化との関係についてはほとんど分かっていませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームはまず、血液細胞が作られる際にゲノムの広い領域にわたってDNAメチル化の状態が変化することに着目し、RUNX1とDNA脱メチル化の関係を調べました。血液細胞でないHEK293T細胞にRUNX1を強制的に発現させたところ、RUNX1が結合した領域で脱メチル化が誘導されました。さらに、この脱メチル化した領域にはRUNX1が結合するDNA配列が存在すること、実際にRUNX1がこのDNA配列に結合していることも確認しました(図1)。

次に、RUNX1により起こるDNA脱メチル化が受動的脱メチル化なのか、能動的脱メチル化なのかを調べるため、薬剤で細胞分裂を停止させたHEK293T細胞にRUNX1を導入しました。受動的脱メチル化は、細胞分裂によって新しく合成されるDNAがメチル化されないため、細胞分裂のたびにメチル化されたDNAが減少します。そのため、分裂を停止した細胞では細胞分裂に依存しない能動的脱メチル化のみが機能します。実験の結果、細胞分裂を停止させたHEK293T細胞でもRUNX1はDNA脱メチル化を誘導しました。これは、能動的脱メチル化が関与していることを示しています。しかし、その脱メチル化の割合は、細胞分裂が停止していない通常の細胞と比べて低いことから、分裂が停止していない細胞では能動的脱メチル化に加え、受動的メチル化も誘導されていることが示されました。

共同研究チームは能動的脱メチル化に注目し、RUNX1との関わりをさらに詳しく調べました。まず、RUNX1と能動的脱メチル化に関係する酵素が結合するかを調べたところ、RUNX1はTET2やTDGなどの脱メチル化酵素群と結合することが分かりました。さらに、ゲノム上のRUNX1が結合する領域にもTET2とRUNX1が共に存在し、TET2のDNA上への局在はRUNX1に依存していることが分かりました。これらの結果から、RUNX1によってTET2などのDNA脱メチル化関連酵素が引き寄せられることで、RUNX1が結合する領域でDNA脱メチル化が起こる可能性が示されました。

最後に、iPS細胞が血液細胞へと分化する際にRUNX1によるDNA脱メチル化が関係しているかを調べました。その結果、iPS細胞が造血前駆細胞と呼ばれる中間細胞へと分化する際と、造血前駆細胞が単球[8]B細胞[8]T細胞[8]といった血液細胞へと分化する際に、RUNX1が結合する配列の周辺が脱メチル化されることが分かりました。この結果から、iPS細胞が血液細胞へと分化する際にRUNX1によるDNA脱メチル化が重要な働きをしている可能性が示されました(図2)。

今後の期待

白血病や骨髄異形成症候群などの血液疾患では、高頻度にRUNX1の機能に異常が生じていることが知られています。今後、RUNX1によるDNA脱メチル化と白血病の発症との関係を明らかにすることで、新たな白血病治療法の開発が期待できます。

原論文情報

  • Takahiro Suzuki, Yuri Shimizu, Erina Furuhata, Shiori Maeda, Mami Kishima, Hajime Nishimura, Saaya Enomoto, Yoshihide Hayashizaki, and Harukazu Suzuki, "RUNX1 regulates site-specificity of DNA demethylation by recruitment of DNA demethylation machineries in hematopoietic cells", blood advances, doi: 10.1182/bloodadvances.2017005710

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 オミックス応用技術研究グループ 細胞機能変換技術研究チーム
研究員 鈴木 貴紘 (すずき たかひろ)
チームリーダー 鈴木 治和 (すずき はるかず)

鈴木貴紘、鈴木治和と細胞機能変換技術研究チームのメンバーの写真

鈴木貴紘(左端)、鈴木治和(右端)と細胞機能変換技術研究チームのメンバー

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. DNAメチル化、DNA脱メチル化
    哺乳類のDNAメチル化は主にシトシン・グアニン(CG)配列のCにメチル基が修飾される。ヒトゲノムの60~90%以上のCG配列がメチル化している一方、遺伝子発現調節領域ではしばしば低メチル化状態が観察される。外来遺伝子のサイレンシングや、X染色体不活性化、遺伝子刷り込みなど多くの生物現象に関わるエピジェネティクス制御の一つ。がんでは、しばしばがん抑制遺伝子がメチル化により不活性化されていたり、がん化を誘導する遺伝子が脱メチル化され異常に活性化している例が散見される。
  2. プロモーター
    DNA上でRNAに書き写される領域の近くにあり、遺伝子を発現させる機能を持つ領域。近位発現制御領域とも呼ばれる。
  3. RUNX1
    RUNX1、RUNX2、RUNX3から構成されるRUNXファミリータンパク質の一つ。ゲノム上の配列[TGTGG(TTT/TCA)]を特異的に認識して結合する転写因子。血液細胞の分化に必須であるとともに、造血幹細胞数の調整など血球系細胞でさまざまな働きをしている。RUNX1はRunt-related transcription factor 1の略。
  4. HEK293T細胞
    ヒト胎児腎細胞由来の細胞株HEK293細胞にシミアンウイルス40のラージT抗原を発現させたもの。無限に増殖することができ、取り扱いが容易なため、多くの実験で用いられる。HEKはhuman embryonic kidneyの略。
  5. iPS細胞(人工多能性肝細胞)、ES細胞(胚性幹細胞)、多能性幹細胞
    多様な細胞に分化できる分化多能性と、自己複製能を併せ持つ細胞を多能性幹細胞という。iPS細胞は、成人の皮膚細胞などの体細胞にOct3Sox2Klf4遺伝子などを導入し得られる多能性幹細胞。ES細胞は、哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から樹立された多能性幹細胞。
  6. 受動的脱メチル化、能動的脱メチル化
    DNA脱メチル化には、細胞分裂のたびに脱メチル化される受動的脱メチル化と、細胞分裂に依存しない能動的脱メチル化の二つのシステムがある。受動的脱メチル化では、細胞分裂によって新しく合成されるDNAはメチル化されないため、細胞分裂のたびにメチル化されたDNAが減少していく。能動的脱メチル化ではTETやTDGなどの酵素によってメチル化シトシンが脱メチル化して、メチル化していないシトシンへと変換される。
  7. TET、TDG
    DNA脱メチル化に関与する酵素。TETはメチル化シトシンを酸化し、ヒドロキシメチルシトシン→ホルミル化シトシン→カルボキシル化シトシンへの反応を触媒する。この反応は、シトシン脱メチル化の最初の過程と考えられている。この後、ホルミル化シトシンやカルボキシル化シトシンはTDGによって切り出され、メチル化していないシトシンに修復される。なおTETには三つのファミリータンパク質(TET1、TET2、TET3)が同定されている。TETは、ten-eleven translocation methylcytosine dioxygenaseの略、TDGは、thymine-DNA glycosylaseの略。
  8. 単球、B細胞、T細胞
    単球は白血球の一種で、最も大きなタイプであり、マクロファージや樹状細胞に分化する。B細胞とT細胞は免疫系を構成する主な細胞であるリンパ球である。B細胞は抗体を作り、この抗体がウイルスや細菌、毒素といった異物に特異的に結合して排除する。T細胞は表面のレセプターを介して異物を特異的に認識し活性化する。

このページのトップへ

RUNX1による脱メチル化領域とRUNX1結合領域の関係の図

図1 RUNX1による脱メチル化領域とRUNX1結合領域の関係

RUNX1を導入したHEK293T細胞で観察された脱メチル化領域の例として、RUNX3遺伝子のゲノム構造を示す。RUNX3遺伝子はヒト1番染色体短腕末端(1p36)に存在し、上図では中央付近から左方向に転写される。DNA脱メチル化領域(cg07236781)の近くには、RUNX1の結合配列[TGTGG(TTT/TCA)](T:チミン、G:グアニン、C:シトシン、A:アデニン)が存在する(図では省略)。さらに、クロマチン免疫沈降法によりRUNX1と共沈するDNA断片を解析したところ、これらの領域には実際にRUNX1が複数結合していることが分かった(RUNX1結合領域)。

RUNX1によるDNA脱メチル化メカニズムのモデルの図

図2 RUNX1によるDNA脱メチル化メカニズムのモデル

iPS細胞では、血液細胞遺伝子(IKZF1)の発現がメチル化によりオフになっている。血液細胞ではRUNX1がその遺伝子のプロモーターに結合し、そこにDNA脱メチル化関連酵素(TET2など)が引き寄せられることで脱メチル化が起こり、遺伝子の発現がオンになる。

このページのトップへ