広報活動

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2017年9月19日

理化学研究所

ノルアドレナリン神経の多様性を発見

-恐怖記憶とその消去には異なるノルアドレナリン神経が関与-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター記憶神経回路研究チームのジョシュア・ジョハンセンチームリーダー、植松朗研究員、バオ シェン・タン研究員らの国際共同研究グループは、ラットを用いた研究により、恐怖条件づけ学習とその消去学習には異なるタイプのノルアドレナリン[1]神経細胞群が重要であることを発見しました。

恐怖を誘発しない音をラットに提示した後に、恐怖体験として軽い電気ショックを脚に与えると、ラットは音によって電気ショックの到来を予測することを学習し、音に対してすくみ反応[2]を示すようになります。これを恐怖条件づけ学習といいます。恐怖体験を記憶することは危険の予知などにつながるため、私たちの生活に必要です。一方で、恐怖記憶が不要になると、消去学習という新たな学習により記憶が上書きされ、恐怖記憶は弱まります。これまでに恐怖条件づけ学習と消去学習には、神経伝達物質のノルアドレナリンが重要であることが示されています。また、脳内のノルアドレナリン神経系は、そのほとんどが脳幹[1]にある青斑核[1]のノルアドレナリン神経から脳の各領域に伸びている(投射する)ことが分かっています。しかし、恐怖条件づけ学習と消去学習のときの青斑核ノルアドレナリン神経の働きはほとんど明らかになっていませんでした。

今回、国際共同研究グループはラットを用いて、恐怖条件づけ学習とその消去学習の青斑核ノルアドレナリン神経の役割について調べました。その結果、青斑核ノルアドレナリン神経細胞群は均一ではなく、扁桃体[3]前頭前野[4]に投射するそれぞれの神経細胞群が存在することが分かりました。さらに、光遺伝学[5]を用いた実験により、扁桃体に投射するノルアドレナリン神経細胞群は恐怖学習に、前頭前野に投射するノルアドレナリン神経細胞群は消去学習に関与していることを明らかにしました。本成果は、これまで知られていた、青斑核に存在するノルアドレナリン神経はすべて均一の神経細胞群で、脳の各領域に一様に分布し、音などの外部刺激に対して一様の反応をするという定説を覆すものです。

現在、不安障害[6]などの精神疾患に対して、ノルアドレナリンを標的とした治療薬が一部で用いられています。今後、さらに研究を発展させることで、ノルアドレナリン神経のタイプや投射先の脳領域を限定したより効果的な治療の開発につながると期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Neuroscience』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月18日付け:日本時間9月19日)に掲載されます。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金、新学術領域研究「記憶ダイナミズム」および「マイクロ精神病態」および花王株式会社の支援により行われました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 脳科学総合研究センター 記憶神経回路研究チーム
チームリーダー ジョシュア・P・ジョハンセン(Joshua P. Johansen)
研究員 植松 朗(うえまつ あきら)
国際特別研究員 バオ シェン・タン(Bao Zhen Tan)
テクニカルスタッフ(研究当時) エドガー・A・イークー(Edgar A. Ycu)
大学院生リサーチ・アソシエイト ジェシカ・サルケズ クエバス(Jessica Sulkes Cuevas)
テクニカルスタッフ ジェニー・コイヴマー(Jenny Koivumaa)

モンペリエ分子遺伝学研究所
グループリーダー エリック・J・クレマー(Eric J. Kremer)
研究員 フェリックス・ジュニオン(Felix Junyent)

プリンストン大学
助教 イラーナ・B・ウィッテン(Ilana B. Witten)

スタンフォード大学
教授 カール・ダイセロス(Karl Deisseroth)

背景

恐怖体験を記憶することは危険の予知などにつながるため、私たちの生活に必要です。一方で、恐怖記憶が不要になると、消去学習という新たな学習により、記憶が上書きされ、恐怖記憶は弱まります。これまでの研究により、恐怖条件づけ学習では扁桃体が、また消去学習では前頭前野が重要であることが明らかになっています。また、これまでの薬理学的実験により、神経伝達物質のノルアドレナリンは、恐怖条件づけ学習中には扁桃体で、また消去学習中には前頭前野で重要な役割を果たすことが分かっています。

脳内のノルアドレナリンは、そのほとんどが脳幹にある青斑核のノルアドレナリン神経から分泌されます。これまで、青斑核に存在する全てのノルアドレナリン神経は均一で、脳の大部分の領域に一様に分布し、音などの外部刺激に対して一様な反応を示すとされていました。しかし、恐怖条件づけ学習と消去学習のときの青斑核ノルアドレナリン神経の働きはほとんど明らかになっていませんでした。

研究手法と成果

(1) 恐怖条件づけと消去のときの青斑核ノルアドレナリン神経の脳活動を特定

恐怖を誘発しない音をラットに提示した後に、恐怖体験として軽い電気ショックを脚に与える訓練を行うと、ラットは音によって電気ショックの到来を予測することを学習し、音に対してすくみ反応という恐怖反応を示すようになります(図1a)。これを恐怖条件づけ学習といいます。その後、音のみを繰り返し提示すると、音に対するすくみ反応は徐々に減少していくことが知られています(図1a)。これを消去学習といいます。

国際共同研究チームはまず、青斑核ノルアドレナリン神経の活動を電気生理学的に測定しました(図1b)。その結果、電気ショックに対してはほとんどのノルアドレナリン神経細胞が強い応答を示すのに対して、恐怖条件づけ学習後のすくみ反応が高いときには、そのうちの一部の神経細胞群のみが応答しました。そして、消去学習が進んだときには、すくみ反応が高いときに反応したものとは異なる神経細胞群が応答を示すことが分かりました(図1c)。

(2) 青斑核内の異なるノルアドレナリン神経細胞群を特定

次に国際共同研究チームは、神経細胞の軸索[7]から細胞体[7]逆行性[8]に運ばれる標識を用いて、青斑核内のノルアドレナリン神経細胞群には、扁桃体に投射する細胞群と前頭前野に投射する細胞群の、異なる二つの集団があることを見いだしました(図2a)。これまでノルアドレナリン神経系は、さまざまな脳領域に対して一様に投射していると考えられていました。しかし、扁桃体もしくは前頭前野投射ノルアドレナリン神経の軸索末端の他の脳領域への投射をそれぞれ確認したところ、どちらも多くの脳領域に投射しているものの、扁桃体投射群は他の脳領域よりも扁桃体への投射が多く、前頭前野投射群は前頭前野により多く投射するという特異的な投射パターンを持つことが明らかとなりました(図2b)。

(3) 扁桃体投射群は恐怖条件づけ学習に、前頭前野投射群は消去学習に関与

神経細胞の軸索から逆行性に輸送されるベクター(運び屋)を用いて、扁桃体に投射するノルアドレナリン神経細胞群、もしくは前頭前野に投射するノルアドレナリン神経細胞群にアーキロドプシン[9]を発現させました。アーキロドプシンは、緑色光照射によって神経活動を抑制させるイオンポンプ[9]です(図3a)。

恐怖条件づけ学習時に、それぞれの神経細胞群の活動を光遺伝学によって抑制しました。その結果、前頭前野に投射している神経細胞群の活動を抑制した場合では次の日のラットのすくみ反応に変化はみられませんでしたが、扁桃体に投射している神経細胞群の活動を抑制した場合ではすくみ反応が減少しました(図3b)。一方、消去学習時にそれぞれの神経細胞群の活動を光遺伝学によって抑制すると、前頭前野に投射している神経細胞群の活動を抑制した場合では消去学習が阻害されたのに対し、扁桃体に投射している神経細胞群の活動を抑制した場合では消去学習が促進されました(図3c)。

これらの結果から、扁桃体投射ノルアドレナリン神経細胞群は恐怖条件づけ学習に、前頭前野投射ノルアドレナリン神経細胞群は消去学習に関与していることが明らかになりました。

今後の期待

現在、不安障害などの精神疾患に対して、ノルアドレナリンを標的とした治療薬が一部で用いられています。今後、この研究を発展させ、本研究で発見した異なるノルアドレナリン神経細胞タイプに特異的な遺伝子マーカーを同定し、選択的にターゲットすることができれば、より効果的な不安障害などの精神疾患の治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Akira Uematsu, Bao Zhen Tan†, Edgar A. Ycu, Jessica Sulkes Cuevas, Jenny Koivumaa, Felix Junyent, Eric J. Kremer, Ilana B. Witten, Karl Deisseroth and Joshua P. Johansen, "Modular Organization of the Brainstem Noradrenaline System Coordinates Opposing Learning States", Nature Neuroscience, doi: 10.1038/nn.4642

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 記憶神経回路研究チーム
チームリーダー Joshua P. Johansen (ジョシュア・P・ジョハンセン)
研究員 植松 朗 (うえまつ あきら)
国際特別研究員 バオ シェン・タン (Bao Zhen Tan)

ジョシュア・P・ジョハンセン チームリーダーの写真

ジョシュア・ジョハンセン

植松朗 研究員の写真

植松 朗

バオ シェン・タン国際特別研究員の写真

バオ シェン・タン

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補足説明

  1. ノルアドレナリン、青斑核、脳幹
    注意や覚醒に関わる神経伝達物質。脳底に近い脳幹の青斑核という領域からほぼ脳全域に投射しているノルアドレナリン作動性ニューロンから分泌される。
  2. すくみ反応
    動物の恐怖反応の一つで、体を動かさずにしばらくじっとしている行動。
  3. 扁桃体
    側頭葉の奥に存在するアーモンド形の神経細胞の集まり。大脳辺縁系の一部でもあり、恐怖、喜びといった情動に伴う反応と、その記憶の形成に重要な役割を果たしている。
  4. 前頭前野
    大脳皮質のうち前頭部に位置する領域。ヒトでは計画や論理的思考などをつかさどる。
  5. 光遺伝学
    光と遺伝子操作を使って、神経回路機能を活性化もしくは抑制させる手法。ミリ秒単位の時間的精度を持った制御を特徴とする。別名はオプトジェネティクス(光を意味するOptoと遺伝学を意味するgeneticsを合わせた言葉)。
  6. 不安障害
    さまざまな原因により、日常生活に支障を来たすほどの不安や恐怖を感じる精神疾患の総称。
  7. 軸索、細胞体
    細胞体は神経細胞の中で細胞核などの細胞内小器官が集中する場所。軸索は細胞体から伸びている突起状の構造で、他の神経細胞に情報を伝達するための役割を担う。細胞体から出るときは1本で、その後に側枝を出してさまざまな神経細胞に接続する。
  8. 逆行性
    神経細胞の軸索から取り込まれて、細胞体に向かって移動すること。タンパク質などは通常、細胞体から軸索の末端へ向けて移動する(順行性)ため、これと反義の用語として用いられる。
  9. アーキロドプシン、イオンポンプ
    イオンポンプは、イオンの能動輸送を行う膜タンパク質の総称。アーキロドプシンは高度好塩菌の一種から取られた光感受性陽イオンポンプで、このポンプを発現する神経細胞は、緑色光を照射すると活動の働きが抑制される。

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ラットの恐怖条件づけ学習・消去学習とノルアドレナリン神経の活動の図

図1 ラットの恐怖条件づけ学習・消去学習とノルアドレナリン神経の活動

a)ラットにおける恐怖条件づけ学習と消去学習の方法。まず、音と電気ショックの組み合わせを学習する。恐怖条件づけ後は音を聞くとすくみ反応を示すが、その後、音だけを繰り返し提示すると、すくみ反応は徐々に減少する(消去学習)。

b)ラットの青斑核(赤の部分)とその拡大図。ノルアドレナリン神経の活動を観察するために、青斑核に電極を留置した。

c)ノルアドレナリン神経細胞の電気ショックとその後の音に対する反応。記録したノルアドレナリン神経細胞のほとんどが、電気ショックに対して有意に反応した(左)。条件づけ後には、記録したノルアドレナリン神経細胞群のうち一部が音に対して反応をする(中)が、消去後は反応がなくなる(右)。一方で、条件づけ後には反応がない(中)が、消去後に音に反応するようになる(右)ノルアドレナリン神経細胞群も存在することが明らかとなった。グラフの赤色-黄色の領域(カラースケールで3以上)が有意な神経活動。

青斑核ノルアドレナリン神経細胞群の投射パターンの図

図2 青斑核ノルアドレナリン神経細胞群の投射パターン

a)逆行性に運ばれる標識を用いて標識した、ノルアドレナリン神経細胞群の写真と模式図。赤の神経細胞が扁桃体に投射し、緑の神経細胞が前頭前野に投射している。

b)扁桃体投射神経細胞群と前頭前野投射神経細胞群の投射先イメージ図。それぞれは他の脳領域にも広く投射しているが、前頭前野もしくは扁桃体により多く投射していた。

光遺伝学を用いた扁桃体投射群と前頭前野投射群の学習への関与の検討の図

図3 光遺伝学を用いた扁桃体投射群と前頭前野投射群の学習への関与の検討

a)実験のイメージ図。逆行性に運ばれるアーキロドプシンを前頭前野(上)もしくは扁桃体(下)に投与し、光ファイバーを青斑核に留置した。

b)光遺伝学を用いて前頭前野投射ノルアドレナリン神経細胞群と扁桃体投射ノルアドレナリン神経細胞群の働きを、それぞれ恐怖条件づけ学習の電気ショックのときだけ青斑核にレーザーを照射して抑制した。前頭前野投射群ではすくみ反応に変化はなかったが(上)、扁桃体投射群では24時間後のすくみ反応が有意に減少した(下)。すなわち、扁桃体投射群は恐怖条件づけ学習に関与していることが分かった。

c)b)と同様の光遺伝学的手法により、前頭前野投射ノルアドレナリン神経細胞群と扁桃体投射ノルアドレナリン神経細胞群を、それぞれ消去学習中の音を提示する間だけ青斑核にレーザーを照射して抑制した。前頭前野投射群では消去学習が阻害された(上)のに対して、扁桃体投射群では消去学習が促進された(下)。すなわち、前頭前野投射群は消去学習に関与していることが分かった。

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