広報活動

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2017年9月27日

理化学研究所

魚類網膜のモザイク形成過程を数理モデルで再現

-パターンの方向性を決める新たなメカニズムを発見-

要旨

理化学研究所(理研)理論科学連携研究推進グループ階層縦断型理論生物学研究チームの小川軌明特別研究員らの共同研究チームは、魚類の網膜[1]上で錐体細胞[2]が作るモザイクパターンの形成過程を数理モデル[3]化し、網膜の成長に伴って特定の向きのパターンが自動的に形作られる様子を再現することに成功しました。

多くの硬骨魚類[4]の眼の網膜では、4原色(赤、緑、青、紫外線)をそれぞれ感知する4種類の錐体細胞が、規則的なモザイクパターンを形成しています。その形成過程については、細胞間接着分子[5]の作用を主とした数理モデルが、望月敦史チームリーダーらにより従来から提唱されていました注1,2)。しかし、パターンが特定の方向を決定するメカニズムは不明なままでした。

今回、共同研究チームは、従来のモデルの要素に加え、網膜全体の成長過程を取り入れた新たな数理モデルを構築し、数学的解析およびシミュレーションを行いました。その結果、ランダムな揺らぎ(励起)によりパターンが乱れる効果がパターンの向きによって大きく異なり、常に決まった方向のパターン形成につながることを見いだしました。それにより形成されるパターンは、実際の網膜上で観察されるものと同一でした。

実際の網膜形成は本モデルよりもさらに複雑なものですが、本研究による基本的な理解が、パターン形成機構のより幅広い解明につながると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review E』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2017年9月26日)に掲載されました。

注1)S. Tohya, A. Mochizuki and Y. Iwasa, J. of Thoer, Biol., 200, 231(1999).
注2)A. Mochizuki, J. of Theor. Biol,, 215, 345 (2002).

※共同研究チーム

理化学研究所 理論科学連携研究推進グループ(iTHES)
階層縦断型理論生物学研究チーム
特別研究員 小川 軌明 (おがわ のりあき)
チームリーダー 望月 敦史 (もちづき あつし)
研究員 立川 正志 (たちかわ まさし)

階層縦断型基礎物理学研究チーム
チームリーダー 初田 哲男 (はつだ てつお)

背景

私たちが色を見ることができるのは、赤・青・緑の異なった波長の光(光の3原色)をそれぞれ感知する専門の細胞(錐体細胞)が、眼の網膜上にあるからです。これは人間以外の動物でも同様です。なかでも、多くの硬骨魚類には、3原色に紫外線を加えた4種類の錐体細胞があり、それらが網膜上で規則的なモザイクパターンを形成しています(図1(a))。これによって、各色の解像度を一定に保っていると考えられています。

このような複雑なパターンを作る分子機構はまだ完全に解明されていませんが、錐体細胞の種類を決める細胞分化は早い段階(前駆細胞の最終分裂以前)で起こり、モザイクパターンは細胞が移動することで形成されることが近年明らかになってきました注1)。また、錐体細胞の表面には、隣の細胞と接着する機能を持つタンパク質(細胞間接着分子)が発現していることが知られており、細胞移動によるパターン形成過程にはそれらが重要な働きをすると考えられています。

そのような系を記述する数理モデルは、望月敦史チームリーダーらによって従来から提唱されていました。実際に観測されたパターンの形は、この数理モデルにより「エネルギー的に安定な状態」であると言えます。しかし、図1(a)と(b)のように、形は同じだが方向が異なるパターンは同じエネルギーをとるために、実際の網膜では(a)のみが観察される事実を説明できませんでした。そのため、パターンの方向を決定する本質的な要素が何であるかは不明のままとなっていました。

注1)S. C. Suzuki, et.al., PNAS 110, 15109 (2013).

研究手法と成果

共同研究チームは、従来の数理モデルの要素に加え、網膜全体の成長過程を取り入れた新たな数理モデルを構築しました。 実際の網膜上で細胞の移動が起こっているのは、成長中の網膜辺縁に位置する狭い領域(若い細胞が集まる部分)に限られており、そのことがモザイクパターンの形成に重要な働きをしている可能性があると考えたためです。

構築した数理モデルは、ランダムな揺らぎ(励起)を含む網膜の内側から外側への成長過程を、マルコフ連鎖[6]と呼ばれる枠組みで表現しています。このモデルに対して、数学的解析およびシミュレーションを行いました。その結果、揺らぎによりパターンが乱れる効果が、パターンの方向によって大きく異なることが分かりました。それにより、異なった方向のパターンが仮に内側で形成されても、網膜が成長するに従って、外側では決まった方向のパターンが必ず現れるようになります(図2)。図2で外側に現れるパターンは、形・方向ともに、実際のゼブラフィッシュ網膜で見られるものを再現しています。

従来の数理モデルの結果と異なり、図2のような配位は、全体としてはエネルギー的に最適なわけではありません。共同研究チームは図2のようなパターン遷移を数学的に定式化し、安定なパターンを決定する機構を探りました。それにより、エネルギー的には等価なパターン(a)(b)のうちでも、パターン(a)の方が成長過程で「揺らぎに強い」ことが、最終的に(a)が外側で実現される理由となっていることを示しました。

今後の期待

本研究で構築した数理モデルは、モザイクパターン形成の基本的な理解を与えるものです。実際の網膜形成過程にはさらに複雑な過程が関与しますが、本研究がそのような形成機構の解明に貢献すると期待できます。特に、方向性を定める分子的情報(分子の濃度勾配など)の存在を全く仮定せずにパターンの方向性を再現したことは、関連分子などを探索する実験研究に対しても示唆的なものと考えられます。

また合金形成や複雑な結晶の成長過程など、数理的に類似した系との比較や共通の枠組みでの統一的記述などにより、パターン形成機構のより幅広い理解の進展にも寄与すると期待できます。

原論文情報

  • Noriaki Ogawa, Tetsuo Hatsuda, Atsushi Mochizuki, Masashi Tachikawa, "Dynamical Pattern Selection of Growing Cellular Mosaic in Fish Retina", Physical Review E, doi: 10.1103/PhysRevE.96.032416

発表者

理化学研究所
研究推進グループ 理論科学連携研究推進グループ (iTHES) 階層縦断型理論生物学研究チーム
特別研究員 小川 軌明 (おがわ のりあき)

小川軌明 特別研究員の写真

小川 軌明

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 網膜
    眼球の裏側を覆う、シート状の感覚組織。網膜内に並ぶ視細胞が光を感知し、電気信号に変換する。電気信号は最終的に脳へと送出される。
  2. 錐体細胞
    網膜上で外からの光を受け取る視細胞の一種で、主に明所で色を感知するために働く。視細胞には他に、暗所でも明暗を見分けられる桿体(かんたい)細胞などがある。
  3. 数理モデル
    数学的手法を用いて現象を記述またはシミュレートするモデルのこと。
  4. 硬骨魚類
    内骨格が硬骨で形成され、うろこで覆われ、浮き袋やえら蓋を持つ魚類。サメ・エイ類などを除いて、ほとんどの魚類がこれに属する。
  5. 細胞間接着分子
    細胞の接着を担う分子。細胞膜上に存在するタンパク質で、分子間の特異的な結合を通して細胞同士を結びつける。
  6. マルコフ連鎖
    確率事象が1回ずつ順に繰り返される場合に、各回の結果がその次回の確率分布を決定する系のこと。例えば、重心の偏った6種類のさいころ(1~6番)があり、出た目に対応するさいころを次回に振る(3の目が出れば次は3番を振る)ゲームを考えると、マルコフ連鎖となる。

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ゼブラフィッシュ網膜の錐体細胞モザイクパターンの図

図1 ゼブラフィッシュ網膜の錐体細胞モザイクパターン

(a) 野生型のモザイクパターン。4種類の錐体細胞を、それぞれが受容する光の色で示す(黒丸は紫外線受容細胞)。赤色光受容細胞と緑色光受容細胞はペアを作って互いに強く結合している(半分ずつ赤緑に塗り分けた丸で示す)。

(b) (a)と形は同じだが方向が異なるモザイクパターン。野生型と同じエネルギーをとる。

シミュレーション例の図

図2 シミュレーション例

左側が網膜の内側部分で、左から右へ(1列→26列)網膜が成長していく。1~3列は、図1の(b)のパターンをしているが、4列から少しずつ揺らぎによる乱れが生じている。以後17列まで、乱れの中でパターンが変化していき、18列からは図1(a)のパターンに落ち着いている。すなわち、揺らぎにより異なった方向のパターンが仮に内側で形成されても、網膜が成長するに従って、外側では決まった方向のパターンが現れる。

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