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2017年9月28日

理化学研究所
科学技術振興機構
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

微細な流路への細胞パッケージング

-「貼って付ける」から「付けて貼る」へ-

要旨

理化学研究所(理研)生命システム研究センター集積バイオデバイス研究ユニットの船野俊一特別研究員、太田亘俊特別研究員、佐藤麻子テクニカルスタッフ、田中陽ユニットリーダーの研究チームは、細胞や生体分子の機能を損なわず、マイクロ流体チップ[1]中にパッケージングする手法を開発しました。

マイクロ流体チップは、掌サイズの基板上に指紋サイズの極めて微細な流路を集積した器具で、少量の細胞・試薬での実験や分析時間の短縮が可能であり、化学・生物の実験効率化が期待されています。しかし、流路は閉空間であるため、細胞や生体分子を流路内の所定の位置へ定着させることは難しく、実用には壁がありました。

そこで、研究チームは、ガラス板に細胞や生体分子を所定位置に定着させた後、ガラス板を常温で表面処理と加圧により貼り合わせて流路形成する手法を開発しました。その結果、複数種類の細胞や生体分子を1本の微細流路内に機能を維持したまま区画定着できることを確認しました。

本手法は特殊な装置を用いず、生物系研究室でも気軽にチップを用いた実験ができます。また生体材料に限らず、電極や触媒など様々な機能性材料をチップに封入する手法としても使えるため、様々な分野への展開が期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Chemical Communications』オンライン版(9月28日付け)に掲載されます。

本研究の一部は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」(合田圭介プログラム・マネージャー)、科学研究費補助金・若手研究(A)(25709081)および村田学術振興財団の研究助成を受けて行われました。

背景

半導体集積回路の製造に使われる微細加工技術を応用したマイクロ流体チップの開発や研究がさまざまな分野で進められています。マイクロ流体チップは、従来使用されていた培養皿やガラス器具と比べて空間体積が非常に小さく、集積する微細流路の体積も極めて小さいため反応や分析に必要な試料量が低減され、微量で貴重な試料の分析に使えるという利点があります。また、空間全体に物質が広がる時間が格段に速いため、反応時間や分析時間を短縮することが可能です。この特長を生かして、環境中の化学物質の分析や健康診断での検査項目である物質の分析、少数細胞の分離や分析実験などがマイクロ流体チップで実現されてきました。

しかし、従来のマイクロ流体チップには、1本の流路に一つの分析対象しか区画定着できないという問題点がありました。そのため、複数種類の物質を検査する場合は、物質ごとに専用の流路を用意し、それぞれの流路に試料を注入する必要がありました。これは、試料量の低減というマイクロ流体チップの利点を減損させる問題であり、微量で貴重な試料の分析においては致命的です。

この問題が生じる原因は、ガラス製マイクロ流体チップの作製方法にあります。すなわち、従来の作製方法では、溝を持つ2枚のガラス板を貼り合わせてマイクロ流体チップを作製した後で、微細流路内に区画定着させたいタンパク質や細胞などを注入していました。貼り合わせてから定着させる理由は、貼り合わせの際に高温に加熱するため、乾燥や熱に弱い材料は耐えられないからです。また従来の方法では、複数種類のタンパク質や細胞などを区画定着させたい場合はそれらを順次注入しますが、そのたびに流路全体が満たされるため、区画ごとに定着を制御することが困難でした。

研究手法と成果

研究チームは、微細流路内へ複数種類のタンパク質や細胞などを区画定着させる方法として、ガラス製マイクロ流体チップの作製方法を根本から見直しました。すなわち、発想を逆転させて、微細な溝に複数種類のタンパク質や細胞などを区画定着させた後に、2枚のガラスを貼り合わせました(図1)。具体的には、流路へ染み出して汚染などの問題を引き起こす接着剤などを使わず、表面洗浄と室温での加圧のみによるガラス基板の貼り合わせ方法と、2016年に田中リーダーらが開発した表面フッ素コーティング区画方法注1)とを組み合わせました。これにより、微細流路への複数種類のタンパク質や細胞などの区画定着が容易になると考えました。

このアイデアを実証するため、まず表面洗浄と室温での加圧のみでガラス基板を貼り合わせた際に、どの程度の耐圧性能を持つかを検証しました。ガラス板の貼り合わせは、通常400℃以上に加熱する方法が用いられますが、本研究では室温(25℃)または低温(40℃~85℃)でガラス板の貼り合わせを行いました。その結果、硫酸過水(硫酸と過酸化水素水を4:1で混合したもの)、濃塩酸、または酸素プラズマ処理[2]によって表面が活性化されたガラス板を2枚重ね合わせ、450ニュートン[3]の力を2時間加えることで、ガラス板の貼り合わせが可能であることが分かりました。

作製したマイクロ流体チップは、過剰な圧力を微細流路にかけた場合に隣接する水漏れ検知流路で漏水が検出される構造を持つため(図2左上)、高圧下でのマイクロ流体チップの耐圧性能を測定することができます(図2右上)。測定の結果、室温でのガラス貼り合わせによって作製したマイクロ流体チップは、0.11~0.17メガ(M)パスカル(Pa)[4]の耐圧性能を持つことが示されました(図2下)。通常、マイクロ流体チップで細胞実験などを行う場合、0.1MPa(1気圧)以下の圧力下で用いることがほとんどのため、実験に必要な耐圧性能を十分に持つことが分かりました。また、ガラス表面の処理方法に関わらず、貼り合わせ時の温度が高くなるにつれて、ガラス製マイクロ流体チップの耐圧性能が向上することも分かりました。

次に、実際に細胞やタンパク質を微細流路内にパッケージングする実験を行いました。まず、ガラス板上に区画定着のもととなる親水性部分と疎水性部分の区画を形成しました。最終的に、この親水性部分にタンパク質や細胞などが定着します。続いて、親水性部分の上に液だめを置き、そこへ定着させたいタンパク質や細胞(筋芽細胞[5]線維芽細胞[6])を含む液体を注入しました。時間をおいて定着させた後、液だめ内の液体を吸引し、液だめを取り除きました。最後に、2枚のガラス板を貼り合わせ、マイクロ流体チップを完成させました。

光る機能物質を付与したタンパク質を区画定着させた微細流路を、光学顕微鏡で観察しました。その結果、タンパク質を区画定着させた部分から光が観察されました(図3A)。このことから、物質の機能を損なわずマイクロ流体チップを作製できたことを確認しました。

さらに、細胞を区画定着させた微細流路に培養液を注入し、5日間細胞を培養して光学顕微鏡で観察したところ、微細流路内で細胞が維持されている様子を確認しました(図3B)。このことから、従来法では特に難しい微細流路内への複数種類の細胞の区画定着を実現しました。

注1)2016年10月11日プレスリリース「簡単手順で長期安定的な細胞の区画培養

今後の期待

本研究成果の利点は、タンパク質や細胞などの乾燥や熱に弱い材料を区画定着させてマイクロ流体チップを作製できることです。今後、このマイクロ流体チップを利用することで、生命科学分野では貴重な試料を用いる研究が加速され、医療分野では患者への侵襲を最小限にした検査法が開発されると考えられます。

また、本技術はオープン(操作や組み込みの容易さ)とクローズ(省試料・高速・小型)の長所を兼ね備えた技術であり、上記のような医療やバイオ分野に限らず、触媒や電極を流路に区画定着させて高効率に化学合成したり(化学製造・創薬分野など)、イオン交換膜[7]を組み込んで小型の燃料電池[8]を作製したり(エネルギー分野など)と、さまざまな分野に応用が利く、極めて基盤的な技術です(図4)。本技術によってマイクロ流体チップがさまざまな分野へと応用されることが期待できます。

合田圭介プログラム・マネージャーのコメント

合田圭介プログラム・マネージャーの写真

本成果は、ImPACT「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」に参画する田中チームによるものです。本チームでは、膨大な細胞集団から高速・正確に細胞を計測分取するための装置に必要な薄い流体チップの作製技術を開発しています。今回の成果は、細胞の位置を制御して微細な流路内に閉じ込める技術を確立し、その空間で細胞を培養することに成功しました。本技術は、細胞の操作性に優れるため細胞解析に有用であり、本プログラムの基礎技術として重要な役割を果たすものと期待されます。

原論文情報

  • Shunichi Funano, Nobutoshi Ota, Asako Sato, Yo Tanaka, "A method of packaging molecule/cell-patterns in an open space into a glass microfluidic channel by combining pressure-based low/room temperature bonding and fluorosilane patterning", Chemical Communications, doi: 10.1039/c7cc04744d

発表者

理化学研究所
生命システム研究センター 細胞デザインコア 合成生物学研究グループ 集積バイオデバイス研究ユニット
特別研究員 船野 俊一(ふなの しゅんいち)
特別研究員 太田 亘俊(おおた のぶとし)
テクニカルスタッフ 佐藤 麻子(さとう あさこ)
ユニットリーダー 田中 陽(たなか よう)

報道担当

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補足説明

  • 1.マイクロ流体チップ
    内部に幅、深さ数十から数百マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の流路を持つデバイス。材質は主にガラスやプラスチックで、大きさはスライドガラス程度で数センチメートル角のものが主流である。
  • 2.酸素プラズマ処理
    酸素分子から発生させた酸素プラズマが基材表面に作用して、表面上にある有機物質を分解したり、表面に親水性機能を付与したりすること。
  • 3.ニュートン(N)
    力の単位。1Nの力は約102グラムの物体に働く重力に等しい。450Nの力は約46キログラムの物体に働く重力に等しい。
  • 4.パスカル(Pa)
    圧力の単位。1Paは1平方メートルの面積ごとに1Nの力が作用する圧力と定められている。0.1MPa(メガパスカル)は10万Paであり、およそ1気圧に相当する。
  • 5.筋芽細胞
    筋線維の元になる細胞。この細胞が多数融合すると筋線維になる。
  • 6.線維芽細胞
    皮膚などを構成する重要な細胞で、コラーゲンやヒアルロン酸などの皮膚の成分を作り出す。
  • 7.イオン交換膜
    イオン交換膜には陽イオン交換膜と陰イオン交換膜があり、それぞれ陽イオンのみ、陰イオンのみが通過できる。
  • 8.燃料電池
    水素と酸素を化学反応させて発電する装置。
「付けて貼る」ガラス製マイクロ流体チップの概要の図

図1 「付けて貼る」ガラス製マイクロ流体チップの概要

溝にタンパク質や細胞などが区画定着されたガラスと注入口を開けたガラスを貼り合わせることによって、ガラス製マイクロ流体チップを作製する。

ガラス板の貼り合わせによって作製したマイクロ流体チップの図

図2 ガラス板の貼り合わせによって作製したマイクロ流体チップ

左上)作製したガラス製マイクロ流体チップには、微細流路の隣に水漏れ検知流路がある。そこに水が漏れ出すと、流路は透明に見える。そのチップに過剰圧力がかかった場合は、検知流路の一部が透明になることで水漏れが検知できる。

右上)マイクロ流体チップの耐圧性能測定時には、図のような金属固定具を取り付けて圧力をかける。水漏れがなければ、その圧力にはチップが耐えられることが分かる。

下)ガラス表面を硫酸過水、濃塩酸、または酸化プラズマ処理によって、それぞれ洗浄と活性化を行って作製したマイクロ流体チップの耐圧性能を示したグラフ。室温(25℃)では0.11~0.17MPaの耐圧性能を持ち、室温で十分なガラス貼り合わせが可能であることが確認された。また、ガラス表面の処理方法によらず、貼り合わせ温度が高くなるにつれて、チップの耐圧性能が向上することも分かった。

流路内に区画定着された光るタンパク質および細胞の写真の画像

図3 流路内に区画定着された光るタンパク質および細胞の写真

(A)ガラス板上に、区画定着の元となる親水性部分(タンパク質定着部分)と疎水性部分(タンパク質が定着しない部分)を形成した。一つの流路内に左から「オレンジ」「緑」「オレンジ」に光る機能物質を付与したタンパク質が観察された。

(B)流路内に区画定着された細胞。左から筋芽細胞、線維芽細胞、筋芽細胞の写真。一つの流路内に複数種類の細胞が区画定着され、5日間培養後に観察された。

本研究成果の応用展開の図

図4 本研究成果の応用展開

今回開発した手法を用いれば、タンパク質や細胞のみならず、触媒や高分子膜、電極線等の様々な機能性材料を流路内の所定位置に組み込むことが可能であり、超微量分析、超高効率創薬、超小型エネルギーデバイス等、様々な分野へのマイクロ流体チップの応用展開が期待できる。

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