広報活動

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2017年10月24日

理化学研究所

肝細胞の増殖を促進する肝再生制御因子Orm1

-肝疾患の診断・予後予測バイオマーカー開発に期待-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター微量シグナル制御技術開発特別ユニットの小嶋聡一特別ユニットリーダー、秦咸陽特別研究員、機能性ゲノム解析部門のピエロ・カルニンチ部門長、予防医療・診断技術開発プログラムの林崎良英プログラムディレクターらの共同研究グループは、肝臓[1]の再生に関与する遺伝子の網羅的な発現解析を行い、肝障害後に誘導される急性相タンパク質[2]オロソムコイド[3](Orm1)が細胞周期の進行を促進し、肝細胞[1]の増殖を制御する機能を持つことを明らかにしました。

肝臓は、ヒトの臓器の中で例外的に非常に高い再生能力を持ちます。このため、肝障害時や肝切除術後の肝細胞喪失、または続発する肝機能障害に対しても、残された肝臓中の肝細胞が肥大・増殖することで肝容積および肝機能を回復し、生体の恒常性を維持することができます。肝再生は、肝臓を構成する複数種の細胞集団がさまざまなシグナル因子を介して相互作用する、複雑に制御された現象です。肝再生の分子制御機構を詳しく解明できれば、致死率が高い肝不全の診断法や治療法の開発につながると期待されています。

今回、共同研究グループは、部分的に肝臓を切除した肝再生マウスモデルを用い、切除2時間後から1週間後までの個体から分離された肝類洞内皮細胞[1]と肝細胞からRNAを抽出し、CAGE法[4]を用いて肝再生過程の遺伝子発現変化を網羅的に解析しました。遺伝子発現制御ネットワークを構築することで発現の因果関係を調べた結果、急性相タンパク質の一つオロソムコイド(Orm1)が、肝細胞が活発に分裂する部分肝切除48時間後にその発現がピークになり、細胞周期を活性化する遺伝子群を制御することが分かりました。同様の結果は、ヒトの肝がん細胞株や臨床検体においても観察されました。

今回の発見は、Orm1が肝再生の上流制御因子の一つであり、肝再生や肝がんの発がん過程において肝細胞の増殖に重要な役割を果たしていることを示しています。Orm1を含む急性相タンパク質は、肝疾患の診断・予後予測バイオマーカー[5]として利用できる可能性があります。また、Orm1を創薬標的とした肝疾患の新たな治療法の開発が期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『EBioMedicine』(10月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月12日付け:日本時間9月13日)に掲載されました。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(B)「肝癌幹細胞から成熟癌細胞への分化に伴う代謝リプログラミングのシステム解析」、文部科学省 革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)及び日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(B型肝炎創薬実用化等研究事業)の支援を受けて行われました。

※共同研究グループ

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門
イメージング基盤・応用研究グループ 微量シグナル制御技術開発特別ユニット
特別ユニットリーダー 小嶋 聡一 (こじま そういち)
特別研究員 秦 咸陽 (しん せんよう)

機能性ゲノム解析部門
部門長 ピエロ・カルニンチ (Piero Carninci)

オミックス応用技術研究グループ
グループディレクター 鈴木 治和 (すずき はるかず)

LSA要素技術研究グループ ゲノム情報解析チーム
客員主管研究員 アリスター・フォレスト (Alistair Forrest)(オーストラリア ハリー・パーキンス医療研究所 教授)

センター長戦略プログラム 分子ネットワーク制御研究プロジェクト
分子ネットワーク制御ゲノミクスユニット
ユニットリーダー エリック・アーナー (Erik Arner)

予防医療・診断技術開発プログラム
プログラムディレクター 林崎 良英 (はやしざき よしひで)

背景

肝臓は再生能力が極めて高い臓器で、全体の70%程度を切除しても元の大きさまで戻り、肝機能も同程度に回復することが知られています。このため、肝がんに対しては、がん細胞を含めて肝臓の一部分を外科的に切除する手術法が最も確実な治療方法の一つです。また肝臓の再生能力を積極的に利用し、手術後の予測残肝が小さい場合、切除する肝臓の肝内門脈[1]を塞栓することで、残す肝臓を手術前に肥大させる術前門脈塞栓術もあります。

一方、ウイルス性慢性肝炎、アルコール性肝疾患や非アルコール性脂肪性肝疾患などにより、持続的な肝細胞障害が引き起こされると、肝細胞の壊死と再生が繰り返され、このことが肝臓の線維化、肝硬変および肝がんの発症につながります。

肝臓は、全体の約80%を占める肝実質細胞(肝細胞)とそれ以外の肝類洞内皮細胞、肝星細胞[1]クッパー細胞[1]などの非実質細胞から構成されます。肝臓の再生は、これらの異なる細胞種の協調的な相互作用や、増殖因子など複数のシグナル伝達経路によって時間的に、かつ空間的に厳密に制御されています。

このため、肝再生の分子制御機構の解明は、肝再生の予測マーカーの開発や、肝疾患の診断および予後予測を実現する上で重要な課題となっています。

研究手法と成果

再生時の肝臓では、通常とは異なる遺伝子群が発現していると考えられます。そこで、肝再生のモデルとして部分的に肝臓を切除したマウスを用い、切除 2時間後、30時間後、48時間後、1週間後から、それぞれ肝類洞内皮細胞と肝細胞を分離し、CAGE法によって16,499遺伝子の経時的な発現変化を網羅的に解析しました。その結果、肝切除を行わなかった対照群の細胞と比較して、切除2時間後で既に多くの遺伝子の発現に変化がみられ、30時間後と48時間後でその発現変化は最大になっていました。発現が変化した遺伝子の中に、特定の細胞機能に関わる遺伝子群が有意に含まれているかを調べるため、IPA(Ingenuity Pathways Analysis)[6]データベースを用いた遺伝子パスウェイ解析を行いました。その結果、部分肝切除2時間後から肝類洞内皮細胞において炎症反応に関わる遺伝子パスウェイが活性化し、30時間後から肝細胞において細胞周期制御に関わる遺伝子パスウェイが活性化することが分かりました。

次に、多変量解析の一つである部分的最小二乗判別分析(PLS-DA)モデリング[7]により、肝再生の制御遺伝子を抽出し、肝再生と強い相関を示す遺伝子を絞り込みました。得られた肝再生制御遺伝子を、ベイジアン解析[8]により因果関係ネットワークを構築した結果、急性相タンパク質の一つオロソムコイド(Orm1)の遺伝子が上流制御因子として同定されました(図1)。

Orm1遺伝子の発現は、肝細胞が活発に分裂する部分肝切除48時間後にピークとなり、血清中および肝組織内にOrm1タンパク質発現においても同様な変化が観察されました。マウス肝組織におけるOrm1の局在を免疫染色法[9]により観察したところ、血管周囲領域の肝細胞に強いOrm1の発現がみられました。肝再生では血管の新生や再構築も起きていることから、Orm1の発現は血管から誘導を受けている可能性が考えられます。そこで、血管の内壁を覆う内皮細胞が産生するAngiocrine因子[10]の一つ、血小板由来増殖因子(PDGF-BB)をマウス初代培養肝細胞に添加したところ、培養肝細胞でのOrm1発現が有意に誘導されたことから、肝再生時のOrm1発現は、血管内皮からのシグナルに依存することが示されました。

次に、肝再生におけるOrm1の役割を調べるため、siRNA法[11]を用いた機能欠損解析を行いました。siRNAの尾静脈注射により、マウス血清中および肝組織内Orm1発現を減少させると、部分肝切除48時間後の肝細胞増殖マーカー(Ki67)の発現が有意に抑制されました。またヒトの肝がん細胞株(FLC4)においても、siRNAによってOrm1の発現を阻害すると、細胞周期促進因子CCND1(cyclin D1)遺伝子の発現が減少し、細胞増殖が抑えられました。さらに部分肝切除マウスの肝組織やマウス肝がん細胞株を用いたマイクロアレイ解析[12]の結果から、Orm1により制御される標的遺伝子として細胞周期シグナル経路のうち特にクロマチン[13]複製に関わるMCM(Minichromosome maintenance)遺伝子[14]が同定されました。これらの結果から、肝再生におけるOrm1の機能として、肝細胞の細胞周期を制御する役割を担っていることが示されました。

肝がん患者の臨床検体を用いた検討では、肝切除術後の血中Orm1変化量は肝切除率と有意に相関し、切除率が70%近い患者では血中Orm1濃度が1.3倍に増加したのに対し、8%の切除率では濃度変化はみられませんでした。さらに、肝がん患者の肝組織で免疫染色を行い、がん組織とそれに隣接する正常組織でOrm1の発現を比較したところ、がん細胞でOrm1が強く発現し、肝細胞増殖マーカーKi67との共局在も確認できました(図2)。これは、実際の肝再生や肝がん発症過程でも、Orm1が肝細胞の増殖に関与していることを示しています。

以上の結果により、肝再生急性相タンパク質Orm1は、肝類洞内皮細胞で活性化された創傷応答シグナルにより発現が上昇し、クロマチン複製に関わるMCM遺伝子の発現を制御することによって、肝細胞の細胞周期活性化を促進し、肝再生の制御に関わることを見いだしました(図3)。

今後の期待

Orm1は急性相タンパク質として、炎症や組織障害の際に大量に産生され、慢性心不全や腎不全のバイオマーカーとなることが知られていましたが、その生物機能についてはよく分かっていませんでした。今回の発見により、Orm1は肝類洞内皮細胞で活性化された創傷応答シグナルにより発現が上昇し、クロマチン複製に関わるMCM遺伝子の発現制御を介して肝細胞の細胞周期を活性化し、肝再生の制御に関わることが見いだされました。

Orm1は、肝再生や肝がんの発がん過程において肝細胞増殖を示すバイオマーカーとなり得ます。特に、肝がん肝切除術や術前門脈塞栓術の予後・予測への有用性が期待できます。また、Orm1を創薬標的とした肝疾患の新たな治療法の開発も期待できます。

原論文情報

  • Xian-Yang Qin, Mitsuko Hara, Erik Arner, Yoshikuni Kawaguchi, Ikuyo Inoue, Hideki Tatsukawa, Yutaka Furutani, Keisuke Nagatsuma, Tomokazu Matsuura, Feifei Wei, Jun Kikuchi, Hideko Sone, Carsten Daub, Hideya Kawaji, Timo Lassmann, Masayoshi Itoh, Harukazu Suzuki, Piero Carninci, Yoshihide Hayashizaki, the FANTOM consortium, Norihiro Kokudo, Alistair R.R. Forrest, Soichi Kojima, "Transcriptome Analysis Uncovers a Growth-Promoting Activity of Orosomucoid-1 on Hepatocytes", EBioMedicine, doi: 10.1016/j.ebiom.2017.09.008

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 微量シグナル制御技術開発特別ユニット
特別ユニットリーダー 小嶋 聡一 (こじま そういち)
特別研究員 秦 咸陽 (しん せんよう)

ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門
部門長 ピエロ・カルニンチ (Piero Carninci)

予防医療・診断技術開発プログラム
プログラムディレクター 林崎 良英 (はやしざき よしひで)

小嶋聡一 特別ユニットリーダーの写真

小嶋 聡一

秦 咸陽 特別研究員の写真

秦 咸陽

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
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Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

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Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 肝臓・肝細胞・肝類洞内皮細胞・肝内門脈・肝星細胞・クッパー細胞
    ヒトの内臓では最大の臓器であり、代謝や解毒など多様な機能を持つ。心臓からの肝動脈と、小腸などを経由した静脈(門脈)が肝内に入り、類洞(るいどう)と呼ばれる毛細血管で混じり合った血液が肝静脈として流出する。肝星細胞は類洞内皮細胞と肝細胞の間に存在し、ビタミンAの貯蔵やコラーゲン線維を産生する。クッパー細胞は肝類洞腔中に存在する免疫細胞(マクロファージ)の一種。
  2. 急性相タンパク質
    急性期反応性タンパク質とも呼ばれ、感染や組織が損傷を受けたときの初期に肝臓から放出され、血中濃度が上昇するタンパク質の総称。
  3. オロソムコイド
    α1酸性糖タンパク質ともいう。リポカリンファミリーに属する。主に肝で産生され、血漿中に50-100 mg/dl存在する。外傷、外科手術、熱傷、心筋梗塞、腫瘍疾患、炎症性疾患(リウマチ、クローン病など)、感染症時などに激増する急性相タンパク質である。血清アルブミンと同様に、血清中で薬物と結合する性質をもつ輸送タンパク質として知られる。
  4. CAGE法
    理研が独自に開発した手法で、耐熱性逆転写酵素やmRNAのCap構造を捕捉する技術を組み合わせて転写産物の5'末端の塩基配列を決定する実験手法。この塩基配列を読み取ってゲノム配列と照らし合わせて、どこから転写が始まっているかを調べることができる。遺伝子の転写開始点をゲノムワイドに同定できる。Cap Analysis Gene Expressionの略。
  5. バイオマーカー
    生体の変化を示す指標で、特定の状態の細胞を特徴付けることにより、疾患の有無や進行度を正確に把握するために用いられる。特定の疾患に特徴的な分子や遺伝子発現を病気の診断に用いる場合、これらを診断マーカーと呼ぶ。
  6. IPA(Ingenuity Pathways Analysis)
    トランスクリプトーム解析などで得られたデータをもとに、発現が変動した遺伝子がどのパスウェイに多く含まれているかを調べることをパスウェイ解析と呼ぶ。本研究では、インテグニティ社が提供するパスウェイ解析ツールIPAを用いた。
  7. 部分的最小二乗判別分析(PLS-DA)モデリング
    判別分析とは、データを分類する手法である。内部関係を有する系に対して鳥瞰できる多変量解析法の一つで、大規模なデータセットから動的特徴を網羅的に抽出できる。PLS-DAとは、潜在的構造投影方法 (projection to latent structure)ともいい、PLSアルゴリズムを使用して、グループ間の差が最大になるようにモデルを考える。変数重要性(VIP、variable importance in projection) パラメータを用いることによって各説明変数の予測モデルの予測性能への貢献度を知ることが可能である。VIP値は各説明変数について計算され、値が大きいほど、特に1以上であれば予測モデルの予測性能に対する寄与が大きいと考えられる。
  8. ベイジアンネットワーク解析
    因果関係を確率により記述するグラフィカルモデルの一つで、不確実な情報の連鎖について、発生確率と因果関係を集計する手法。
  9. 免疫染色法
    組織切片中の標的分子に対する抗体を使い、その組織内での分子の局在を可視化する手法。免疫組織化学染色法とも呼ばれる。
  10. Angiocrine因子
    脈管形成あるいは血管新生を促進する生理活性物質群の総称。
  11. siRNA法
    短い2本鎖RNA(siRNA、small interference RNA)を細胞に導入し、任意の遺伝子の発現を阻害する実験手法。2本鎖RNAによって配列特異的にRNAが分解されるRNA 干渉(RNAi、RNA interference)の原理に基づく。
  12. マイクロアレイ解析
    既知の遺伝子の1本鎖DNA断片を高密度にスライドガラスなどに並べ、貼付けたものをマイクロアレイと呼ぶ。これに、組織や細胞から抽出したmRNAを逆転写反応で合成したDNAをハイブリダイゼーションさせることで、特定の遺伝子の発現量を検出する解析法。
  13. クロマチン
    真核生物のDNAが核内でとる構造。DNAがヒストンタンパク質に巻き付いたヌクレオソームを基本単位とする。細胞が複製されるたびに解きほぐされ、再構成される。
  14. MCM(Minichromosome maintenance)遺伝子
    真核生物のDNAヘリカーゼをコードする遺伝子。二本鎖DNAをほどき各々の鎖を鋳型に新生鎖が合成されるDNA 複製プロセスにおいて、複製開始から複製フォークを形成する過程に重要である。

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ベイジアン解析による構築された因果関係ネットワーク図の画像

図1 ベイジアン解析による構築された因果関係ネットワーク図

肝類洞内皮細胞遺伝子(青)、肝細胞遺伝子(赤)の因果関係を示すベイジアンネットワーク図。赤線は促進、青線は抑制の関連を示す。肝細胞に発現するOrm1遺伝子が肝再生の上流制御因子として抽出された。

肝がん患者における肝切除術前後の血中Orm1濃度変化および肝がん組織中のOrm1発現の図

図2 肝がん患者における肝切除術前後の血中Orm1濃度変化および肝がん組織中のOrm1発現

肝がん患者肝切除術1日後と術前血中Orm1発現の変化率と肝切除率との相関(左)。肝がん組織の蛍光免疫染色図(右)。核はDAPI(青)、肝細胞増殖マーカーKi67(赤)、急性相タンパク質Orm1(緑)の蛍光染色で観察した。矢印はKi67とOrm1の共局在肝細胞を示す。

急性相タンパク質Orm1による肝再生の制御の図

図3 急性相タンパク質Orm1による肝再生の制御

急性相タンパク質Orm1は、肝類洞内皮細胞で活性化された創傷応答シグナルによって肝細胞で発現が上昇し、クロマチン複製に関わるMCM遺伝子の発現制御を介して肝細胞の細胞周期活性化を促進し、肝再生の制御に関わることが分かった。

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