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2017年10月26日

理化学研究所

急性骨髄性白血病を克服する治療法

-発症と治療抵抗性の2遺伝子を標的に悪性白血病細胞を根絶-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センターヒト疾患モデル研究グループの石川文彦グループディレクターらの国際共同研究グループは、「ヒト化マウス[1]」を用いて、急性骨髄性白血病[2]の一部症例において、発症に関わる遺伝子「FLT3」の異常と治療抵抗性に関わる遺伝子「BCL-2」を突き止め、その二つの遺伝子を手がかりに根治を実現する治療法を開発しました。

白血病の中でも、成人に多い血液がんである急性骨髄性白血病は再発率が高く、命を落とす人が少なくありません。このため、再発を防ぎ、根治へと導く治療法の開発が強く望まれています。急性骨髄性白血病では、患者ごとに複数の異なる遺伝子異常が存在しており、そのうちのどれが白血病発症に不可欠か、また治療標的として最適かは分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループはまず、患者から得られたさまざまな細胞を免疫のないマウスに移植して作出するヒト化マウスを用いて、多くの場合、造血幹細胞[3]から少し成熟した前駆細胞の段階で白血病細胞へ変化することを見いだしました。さらに、ヒト化マウスから正常造血幹細胞と白血病幹細胞を取り出し、1幹細胞ごとの遺伝子解析を繰り返した結果、FLT3という遺伝子に異常が起きると、正常血液細胞が白血病細胞へと変わることが分かりました。次に、FLT3遺伝子異常と他の遺伝子異常を同時に持つ19人の患者の病態をヒト化マウスで再現し、治療法の開発を目指しました。ヒト化マウスにFLT3タンパク質の異常なシグナルを阻害する低分子化合物「RK-20449[4]」を投与したところ、19症例全てのヒト化マウス体内で患者由来白血病細胞が減少しました。そのうち、5症例では血液だけでなく、骨髄などの臓器でも白血病細胞を根絶することができました。残る14症例のヒト化マウスでは、RK-20449に抵抗性を持つ白血病細胞が一部死滅せずに残りました。この治療抵抗性の原因は、細胞が死なないようにBCL2タンパク質が働くためであることを突き止めました。そこで、ヒト化マウスを用いて再び実験したところ、RK-20449とBCL2阻害剤を併用することで、FLT3遺伝子異常を持つ症例の約8割で、患者の白血病細胞を根絶できることが分かりました。

FLT3遺伝子異常のある急性骨髄性白血病の治療は特に難しいことが知られており、本成果は今後、特に治療が難しい急性骨髄性白血病患者を救うための新たな治療法になるものと期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Science Translational Medicine』のオンライン版(10月25日付:日本時間10月26日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
統合生命科学研究センター
ヒト疾患モデル研究グループ
グループディレクター 石川 文彦(いしかわ ふみひこ)
上級研究員 齊藤 頼子(さいとう よりこ)

統合ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 小原 收(おはら おさむ)
研究員 望月 芳樹(もちづき よしき)
上級研究員 渡辺 貴志(わたなべ たかし)

科学技術ハブ推進本部 創薬・医療技術基盤プログラム
プロジェクトマネジャー 深見 竹広(ふかみ たけひろ)

国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 血液科
部長 谷口 修一(たにぐち しゅういち)
部長 内田 直之(うちだ なおゆき)
常勤医 高木 伸介(たかぎ しんすけ)

ハーバード大学 医学部
准教授 アンソニー・レタイ(Anthony G. Letai)

ジャクソン研究所
教授 レオナルド・シュルツ(Leonard Shultz)

背景

急性骨髄性白血病は成人に多い予後不良な悪性の血液疾患で、血液がんの一種です。白血病の中でも慢性骨髄性白血病では、全ての患者が同じ遺伝子異常によって病気を発症するため、その異常を手がかりとした治療によって多くの患者の長期生存が可能になりました。一方、急性骨髄性白血病では、抗がん剤治療、骨髄移植、臍帯血移植などの幹細胞移植によって助かる場合があるものの、再発率が高く命を落とす人が少なくありません。このため、再発を防ぎ、根治へと導く治療法の開発が強く望まれています。

これまで、石川グループディレクターらは、健常な人の血液・免疫やさまざまな白血病患者病態を再現する「ヒト化マウス」を開発してきました。ヒト化マウスの体内では、正常なヒト造血幹細胞は正常な血液細胞や免疫細胞を作りますが、白血病幹細胞は正常な血液細胞を作れずに白血病細胞のみを作るため、正常造血幹細胞と白血病幹細胞を識別することができます。2013年に石川グループディレクターらは、急性骨髄性白血病のヒト化マウスを用いて、正常な造血幹細胞には発現せず白血病幹細胞にのみ発現する分子標的を複数同定し、なかでも低分子化合物「RK-20449」がFlt3という遺伝子に異常を持ち、従来の抗がん剤に抵抗性を示す悪性度の高い白血病に有効であることを明らかにしました注1)

しかし、急性骨髄性白血病では患者ごとに複数の異なる遺伝子異常が存在することが明らかになり、そのうちのどれが白血病発症に不可欠か、また治療標的として最適かは分かっていませんでした。そこで今回、急性骨髄性白血病の発症メカニズムと治療標的について研究を進めました。

注1)2013年4月18日プレスリリース「白血病再発の主原因「白血病幹細胞」を標的とした低分子化合物を同定

研究手法と成果

国際共同研究グループは虎の門病院血液科の支援の下、急性骨髄性白血病の患者から提供された血液を用いて、細胞と遺伝子を調べました。患者らの体内には、白血病細胞が多数存在するものの、正常な血液細胞や免疫細胞も一部残っています。まず、全ての血液細胞を作り出す造血幹細胞から分化・成熟した血液細胞に到るまでの、どの段階でどのような遺伝子異常が起きることで、正常な血液が血液がん、すなわち白血病に変わるのかを突き止めることが必要でした。

そのために、患者の正常血液や白血病を再現したヒト化マウスを用いて、正常から白血病へと変化する段階を調べました。その結果、患者によって段階が異なることが分かりました。幹細胞の段階で既に白血病(幹細胞)になっている患者もみられましたが、多くの場合は幹細胞から少し成熟した前駆細胞と呼ばれる段階で白血病細胞に変わっていました。

このような細胞レベルでの境目の見極めができたことから、次に、どの遺伝子異常が正常な血液を血液がんへと変えるかを見極めるために、ヒト化マウスから正常な造血幹細胞と白血病幹細胞を1個ずつ取り出し、1幹細胞ごとの遺伝子解析を繰り返しました。その結果、「FLT3遺伝子」に異常が起きると正常な血液細胞を作れず、白血病細胞へと変わることが分かりました(図1)。

しかし、急性骨髄性白血病では、患者ごとに異なる複数の遺伝子異常が存在しています。そこで、正常な血液を白血病へと変える一つの遺伝子異常(FLT3遺伝子変異)とそれによる細胞への影響を断ち切ることだけで、複数の遺伝子異常が生じている白血病細胞を生体内で死滅できるかを検証する必要がありました。

FLT3遺伝子異常に加えて、他の遺伝子異常も同時に発見された19人の患者から提供された白血病細胞を用いて、一人一人の病気を再現する「白血病ヒト化マウス」を作製しました。FLT3タンパク質の異常なシグナルを阻害する低分子化合物RK-20449を投与したところ、全てのヒト化マウスの体内で患者由来の白血病細胞が減少しました。特に、5人の患者由来の白血病細胞は血液中のみならず、白血病が発症・再発する臓器である骨髄でも、ほぼ全てが死滅していました。つまり、複数の遺伝子に異常が起きていても、白血病化の根源となる異常(FLT3遺伝子変異)をRK-20449で断ち切れば、白血病根治が実現する可能性があるといえます。

しかし残る14人の症例では、白血病細胞が著しく減少したものの、一部死滅しない細胞が存在したため、これらの白血病細胞が治療抵抗性を示す原因を探りました。私たちの体を構成する細胞の生死を決定づけるには、複数のタンパク質が、細胞が死なずに生存する方向と細胞死を誘導する方向に作用し合うことで、不要な細胞が死んで必要な細胞が生存するというバランスが保たれています。

白血病患者の細胞においては、体に害を及ぼすため、本来は細胞死に誘導されるべき白血病細胞が強く生きようとして、細胞の生存に必要なタンパク質が働き、正常な細胞の生死をつかさどるバランスが失われていることが分かってきました。特に、RK-20449単独の治療で死滅しなかった白血病細胞では、さまざまなタンパク質の中で「BCL2」が死なない方向に作用し、RK-20449への抵抗性につながっていることを突き止めました(図2)。

さらに、BCL2タンパク質の働きを止めることで、RK-20449抵抗性の白血病を治すことができるのか、再度、白血病ヒト化マウスを用いて調べました。RK-20449抵抗性の14症例のうち12症例に、RK-20449とBCL2阻害剤を併用投与したところ、9症例で患者由来白血病細胞を根絶させることができました(成功率75%)。したがって、上述のRK-20449抵抗性ではない4症例を合わせると、「FLT3遺伝子異常を持つ症例」の約8割[(5+9)/(5+12)≒0.8]で、患者由来白血病細胞を根絶させることに成功しました(図3)。

今後の期待

FLT3遺伝子に異常のある白血病の治療は、急性骨髄性白血病の中でも特に難しいことが知られていることから、本成果は今後、急性骨髄性白血病の中でも特に治療が難しい患者を救うための新たな治療法になるものと期待できます。

原論文情報

  • Yoriko Saito1, Yoshiki Mochizuki2, Ikuko Ogahara1, Takashi Watanabe2, Leah Hogdal3, Shinsuke Takagi4, Kaori Sato1, Akiko Kaneko1, Hiroshi Kajita1, Naoyuki Uchida4, Takehiro Fukami5, Leonard D. Shultz6, Shuichi Taniguchi4, Osamu Ohara2,7, Anthony G. Letai3, Fumihiko Ishikawa1., "Overcoming mutational complexity in acute myeloid leukemia by inhibition of critical pathways", Science Translational Medicine, doi: 10.1126/scitranslmed.aao1214

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター ヒト疾患モデル研究グループ
グループディレクター 石川 文彦(いしかわ ふみひこ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.ヒト化マウス
    ヒトの免疫・血液システムが生体内でどのように恒常性を維持し、ヒトの病気がどのように発症するかを研究することは、倫理的観点からの問題があった。その制約を克服するために、ヒトの血液幹細胞を免疫のないマウス(免疫不全マウス)に注射することで、正常免疫系を再現した「免疫系ヒト化マウス」が開発された。白血病ヒト化マウスは、このシステムを白血病へ応用し、患者から得られた白血病の根幹となる細胞(白血病幹細胞)を免疫不全マウスに移植して作られたマウスである。
  • 2.急性骨髄性白血病
    成人に多い白血病の種類。慢性骨髄性白血病と違い、原因となる遺伝子異常が多岐にわたることから治療薬の開発が難しく、世界中で再発克服の手段が研究されている。
  • 3.造血幹細胞
    血液・免疫システムは、10種類以上にも及ぶ細胞から構成される。全ての細胞を、私たちヒトの一生にわたって供給するのが造血幹細胞である。骨髄移植などで患者を助けられるのも、骨髄に含まれる造血幹細胞が患者に移植されたのち、長期間、患者が必要とする全ての血液・免疫細胞を作り出せるためである。
  • 4.RK-20449
    FLT3タンパク質のシグナルに関わるリン酸化酵素HCKとFLT3タンパク質自体の働きを止める低分子化合物。正常造血幹細胞と白血病幹細胞の比較から、白血病を選択的に攻撃するために、タンパク質の構造予測などを通して同定した化合物である。
白血病発症の鍵となる遺伝子異常の発見の図

図1 白血病発症の鍵となる遺伝子異常の発見

患者検体からさまざまな血液細胞を取り出して、ヒト化マウスを作製することで、白血病発症がFLT3遺伝子に異常が生じることに起因していることが分かり、正常な血液と白血病との境目を見極めた。図の一番下は骨髄の中で幹細胞を支持するニッチと呼ばれるもので、根がはる地面にあたる。一番下側が「造血幹細胞」を、上側が「成熟した血液・免疫細胞」を示す。

白血病細胞のRK-20449治療抵抗性とBCL2阻害による細胞死誘導の図

図2 白血病細胞のRK-20449治療抵抗性とBCL2阻害による細胞死誘導

左:白血病細胞では、特にRK-20449で死滅されようとするときにBCL2タンパク質が作用して、細胞生存・細胞死抵抗性に向かう。

右:BCL2タンパク質の作用を止めることにより、白血病細胞の治療抵抗性を克服して、細胞死が誘導される。その結果、治療の有効性が上がる。

複数の遺伝子異常を持った急性骨髄性白血病の根治療法の開発の図

図3 複数の遺伝子異常を持った急性骨髄性白血病の根治療法の開発

複数の遺伝子異常があっても、正常と白血病の違いを生み出している異常を標的とした低分子化合物RK-20449で治療することで、FLT3遺伝子に異常のある19人の急性骨髄性白血病患者の25%(5人)はヒト化マウスで根治の状態となった。治療抵抗性のある残る14人のうち12人に、治療抵抗性に関わる遺伝子BCL-2を見つけたことで、さらにBCL2阻害剤を投与(BCL2タンパク質の働きを止めること)したところ、75%(9人)はヒト化マウスで根治の状態となった。したがって、「FLT3遺伝子異常を持つ症例」の約8割[(5+9)/(5+12)≒0.8]をヒト化マウスで根治に導くことができた。

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