1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2017

2017年10月27日

理化学研究所

大腸菌を用いたマレイン酸合成法の開発

-石油由来ポリマー原料のバイオ生産に成功-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター細胞生産研究チームの野田修平基礎科学特別研究員、白井智量副チームリーダー、近藤昭彦チームリーダーらの研究チームは、大腸菌を菌体触媒とすることで、汎用化成品原料であるマレイン酸[1]バイオマス資源[2]由来原料から合成することに成功しました。

マレイン酸の脱水化合物である無水マレイン酸[3]は、さまざまな不飽和ポリエステル樹脂や医薬中間体に変換可能であり、その世界市場規模は年間180万トンを超えます注)。これは、コハク酸(同27万トン)やフマル酸(同9万トン)など、他の有用なジカルボン酸と比較しても桁違いです。一方、マレイン酸の生産は化学合成に依存しています。低炭素社会実現の観点から、化石資源を原料とせず、バイオマス資源を原料とするバイオプロセスでのマレイン酸生産の実現が求められていました。

今回、研究チームは、放線菌のポリケタイド[4]合成経路と芳香族化合物分解菌[5]の保有する経路を組み合わせ、大腸菌細胞内に新規マレイン酸合成経路を構築し、バイオマス資源の構成成分であるグルコース[6]から直接マレイン酸を合成することに成功しました。また、細胞内の代謝経路を最適化することにより、その生産量を、単純に合成経路を導入した株と比較して250倍以上に引き上げることにも成功し、収率は約37%となりました。

今後、生産速度や生産収率を改善し大規模培養プロセスを適用できれば、マレイン酸生産プロセスの一部をバイオプロセスに置き換えることが可能です。化石資源を用いない、バイオマス資源を原料としたマレイン酸生産を実現することで、低炭素社会[7]実現への大きな貢献が期待できます。

注)Anonymous (2007) Product focus: Maleic anhydride. Chem Week 39

背景

マレイン酸の脱水化合物である無水マレイン酸は、さまざまな不飽和ポリエステル樹脂や医薬中間体に変換可能であり、その世界市場規模は年間180万トンを超えます。これは、これまで微生物での生産実績のあるコハク酸(同27万トン)やフマル酸(同9万トン)などの他の有用なジカルボン酸と比較しても桁違いです。一方、無水マレイン酸の構造は簡単で需要が高いにも関わらず、これまでにバイオマス資源を原料としたバイオプロセスでの生産報告はなく、その生産は化石資源を原料に用いた化学合成に依存しているのが現状です。低炭素社会実現の観点から、化石資源を原料とせず、バイオマス資源を原料とするバイオプロセスでのマレイン酸生産の実現が求められていました。

自然界において、これまでマレイン酸は土壌中の芳香族化合物を分解する微生物の代謝経路中に存在することが分かっていました。この経路は、土壌中に存在する芳香環をフマル酸やマレイン酸に分解、無毒化する経路としては知られていましたが、それらの微生物は内在的に出発化合物となる芳香族化合物を合成することはできないため、バイオマス資源からマレイン酸を大量に生産することはできていませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、放線菌のポリケタイド合成経路と芳香族化合物分解菌の代謝経路を組み合わせ、モデル微生物である大腸菌の代謝経路中に新規マレイン酸合成経路を構築することに成功しました(図1)。酵素スクリーニングの結果、Streptomyces hygroscopicus株由来3-ヒドロキシ安息香酸合成酵素(Hyg5)、Rhodococcus jostii RHA株由来3-ヒドロキシ安息香酸6-水酸化酵素(3HB6H)、Rhodococcus sp. strain NCIMB 12038株由来マレイルピルビン酸合成酵素(MPS)、Pseudomonas alcaligenes NCIMB 9867株由来マレイルピルビン酸加水分解酵素(HbzF)を大腸菌に共発現させることにより、バイオマス資源の主構成成分であるグルコースからマレイン酸を培養液あたり27mg/L生産しました。

本研究で設計されたマレイン酸合成経路は、大腸菌の芳香族アミノ酸[8](L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン)合成経路を迂回させる経路です(図1)。そのため、グルコースから分岐点であるコリスミ酸[9]への炭素流量を強化する必要があります。

このコリスミ酸経路を微生物で強化するためには、細胞内にホスホエノールピルビン酸(PEP)[10]という化合物を蓄積させることが重要です。通常、PEPはピルビン酸キナーゼ[11]によってピルビン酸(PYR)に変換され、さらにアセチルコエンザイムA(アセチル-CoA)[12]へと変換されます。その後、アセチル-CoAがTCAサイクル[13]へと流入し微生物の細胞増殖を促します(図2)。ピルビン酸キナーゼは細胞増殖にとって重要であるため、この酵素の不活性化はPEPの蓄積を導きコリスミ酸経路を強化するものの、細胞増殖能力の大幅な低下を導きます。

そこで研究チームは、設計したマレイン酸合成経路中でPYRが2分子生じることに注目し、PEPをPYRに変換する反応の不活化により、細胞増殖を維持したままPEPを蓄積することを試みました。細胞内でPEPをPYRに変換する反応は主に二つあり、一つはグルコース取り込み系であるホスホトランスフェラーゼ・システム(PTS)[14]、もう一つは上述のピルビン酸キナーゼです。生育に必須であるPYRは、主にマレイン酸の生産時に生じるPYRからリサイクルにより獲得するという代謝デザインを施すことにより(図2)、致命的な細胞増殖低下を回避しつつ、マレイン酸の生産量を1.2g/Lに向上させることに成功しました。

次に、マレイン酸生産量をさらに引き上げるため、ボトルネックの改善を試みました。グルコース取り込み、コリスミ酸合成経路、ゲンチシン酸合成経路などボトルネックの候補を四つに分類し、現時点でのマレイン酸生産の律速段階[15]の特定を行いました。その結果、コリスミ酸から中間体であるゲンチシン酸までの経路を強化した株において、さらなる生産量の向上(2.0g/L)を確認できました。

最終的に、1Lのジャーファーメンター[16]を用い、マレイン酸生産に最適化した大腸菌株の回分培養[17]を行いました。培養液中の溶存酸素濃度を最適化することにより、グルコースから7.1g/Lのマレイン酸を生産することに成功しました。これは最初の生産量(27mg/L)の250倍以上です。今回は1モルのグルコースから0.22モルのマレイン酸が生成され、収率は約37%となりました。この反応は理論上、1モルのグルコースから0.60モルのマレイン酸が生成されるため、今後、収率の改善が可能であると言えます。

今後の期待

本研究では、大腸菌を菌体触媒に用いることで、バイオマス資源から有用化成品原料であるマレイン酸を生産することに成功しました。年間180トンという非常に大きな市場を有するマレイン酸の合成プロセスの一部をバイオプロセスに置き換えることができれば、低炭素社会実現への大きな貢献が期待できます。

さらに、本研究で実現したポリケタイド合成経路と芳香族化合物分解経路の組合せという戦略は、他のさまざまなジカルボン酸生産への応用も期待できます。

原論文情報

  • Shuhei Noda, Tomokazu Shirai, Yutaro Mori, Sachiko Oyama, Akihiko Kondo, "Engineering a synthetic pathway for maleate in Escherichia coli", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-01233-9

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 細胞生産研究チーム
基礎科学特別研究員 野田 修平(のだ しゅうへい)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)

白井副チームリーダー、野田基礎科学特別研究員、近藤チームリーダーの写真 左から白井副チームリーダー、野田基礎科学特別研究員、近藤チームリーダー

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

補足説明

  • 1.マレイン酸
    示性式C2H2(COOH)2で表される二価カルボン酸のシス体。トランス体をフマル酸という。135℃程度の加熱により容易に脱水でき、環状の無水マレイン酸を生じる。
  • 2.バイオマス資源
    再生可能な生物由来の有機性資源のうち化石資源を除いたもの。バイオマスは有機物であるため、燃焼させると二酸化炭素を生じる。しかし、この二酸化炭素に含まれる炭素は、そのバイオマスが生育過程で光合成により大気中から吸収した二酸化炭素に由来する。よって、バイオマス資源の利用は全体としてみれば、大気中の二酸化炭素量を増加させていないといえる。
  • 3.無水マレイン酸
    マレイン酸の2個のカルボキシ基が分子内脱水縮合し生じるカルボン酸無水物。高分子材料の原料として産業的に重要。スチレンなどのモノマーとラジカル重合を起こし、容易に共重合が進行する。化学的には、ベンゼンやブタンなどを五酸化バナジウム触媒存在下で気相酸化して合成する。
  • 4.ポリケタイド
    アセチル-CoAを出発物質とし、マロニル-CoAを伸長物質としてポリケトン鎖を合成した後、さまざまな修飾を受けて合成された化合物の総称。
  • 5.芳香族化合物分解菌
    生物や環境への毒性を示すベンゼン、アルキルベンゼン、フェノール、ナフタレンなどを分解する微生物。芳香環に二つの水酸基を導入した後、ベンゼン環の開裂反応を引き起こす。自然界ではこれまでに多くの芳香族化合物分解菌が単離されており、バクテリアでは、 Pseudomonas属、 Rhodococcus属、 Mycobacterium属、 Sphingomonas属などが知られている。
  • 6.グルコース
    糖の一種であり、動物や植物が活動するためのエネルギーとなる物質の一つ。穀物系バイオマスの主構成成分であり、木質系バイオマスの40~50%を占める構成成分の一つ。
  • 7.低炭素社会
    地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を低減した社会。2015年フランスのパリで行われた第21回締約国会議(COP21)において、日本は2030年度に2013年比で温室効果ガスを26%削減する約束草案を提出した。このような背景のもと、現在構築が急務となっている社会形態。
  • 8.芳香族アミノ酸
    構造中にベンゼン環を持つアミノ酸。フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンなどに代表されるアミノ酸の一群。微生物を用いて芳香族化合物を合成する際、通常はこの経路を経由することになる。
  • 9.コリスミ酸
    芳香族アミノ酸合成経路中の重要な中間体。構造の一部にピルビン酸残基を持つ。
  • 10.ホスホエノールピルビン酸(PEP)
    解糖系中に存在する生化学的に重要な化合物。-62kJ/molという生体中で最も高いリン酸結合を持つ。芳香族化合物合成経路においても極めて重要。
  • 11.ピルビン酸キナーゼ
    アデノシン二リン酸(ADP)とPEPからピルビン酸(PYR)を合成する酵素。不可逆反応。微生物がグルコースからピルビン酸を作り出す過程において重要。
  • 12.アセチルコエンザイムA(アセチル-CoA)
    補酵素Aの末端のチオール基が酢酸とチオエステル結合した化合物。生体内で、糖質、脂質、アミノ酸の代謝、脂肪酸の生合成に関与する。TCAサイクル([13]参照)における重要化合物でもある。
  • 13.TCAサイクル
    好気的代謝に関する最も重要な生化学反応回路。解糖系で生じたピルビン酸はアセチル-CoAに変換された後、この回路に組み込まれる。TCA回路ではNADH、FADH2、GTPなどの還元型の補酵素が合成され、これらの補酵素が電子伝達系で酸化的リン酸化を受けることでアデノシン三リン酸(ATP)を生じる。ピルビン酸1分子がこの回路に入ることにより、15分子のATPを取り出すことが可能。
  • 14.ホスホトランスフェラーゼ・システム(PTS)
    バクテリアがグルコースをリン酸化し、代謝経路内に取り込む原理の一つ。このシステムでは、ホスホエノールピルビン酸(PEP)のリン酸基をグルコースの6位の炭素に導入することにより、グルコース-6-リン酸(G6P)を生じる。同時に、PEPはピルビン酸へと変換される。G6Pは解糖系やペントースリン酸系など、さまざまな経路に流れ、細胞増殖や物質生産に関わる。
  • 15.律速段階
    ある化合物の合成に関わる反応プロセスの中で、特別に遅い反応段階があると、他の反応がいくら速くても、その遅い段階の反応速度が全体としての速度を決定してしまう。これを律速段階という。
  • 16.ジャーファーメンター
    微生物を大量培養するための装置。培養温度、通気量、溶存酸素濃度、撹拌(かくはん)速度、pHなど、微生物の培養において重要となる、さまざまなパラメーターを制御することが可能。
  • 17.回分培養
    培養開始後に追加で培地などの栄養源を添加しない培養方法。培養中に栄養源を添加する半回分(流加)培養、一定の速度で培地を供給し、同時に等量の培地を抜き取る連続培養なども存在する。
新規マレイン酸合成経路の図

図1 新規マレイン酸合成経路

大腸菌代謝経路内に構築した新規マレイン酸合成経路を示している。通常、コリスミ酸は芳香族アミノ酸(L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン)を生合成する上での中間化合物として、大腸菌代謝経路内に存在する。芳香族アミノ酸を合成するための遺伝子は大腸菌が内在的に保有しており、新規マレイン酸経路中の遺伝子は全て外来微生物由来の遺伝子である。

ホスホエノールピルビン酸(PEP)の蓄積とピルビン酸リサイクルの図

図2 ホスホエノールピルビン酸(PEP)の蓄積とピルビン酸リサイクル

芳香族化合物合成経路(コリスミ酸経路)を強化する上で、ホスホエノールピルビン酸(PEP)の蓄積は極めて重要である。本研究では、ピルビン酸キナーゼ(PykF、PykA)を不活性化することにより、PEPの蓄積を強化した。生育必須因子の一つであるピルビン酸(PYR)の合成が阻害されるため増殖阻害が懸念されるが、新規マレイン酸合成経路中で2分子のPYRが生じることに注目し、そのPYRをリサイクルにより獲得することで、増殖阻害を回避することに成功した。

Top