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2017年10月30日

理化学研究所

マウス用自動訓練装置の開発

-標準化された行動データの世界的な共有に向けて-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター行動・神経回路研究チームのアンドレア・ベヌッチ チームリーダー、青木亮研究員、坪田匡史基礎科学特別研究員らの研究チームは、マウスに対して複雑な認知課題を自動的に訓練するための標準的なシステムを開発しました。

私たちの知覚や注意、意思決定、学習などの認知機能とそれに基づく行動は、脳内の多数の神経細胞の活動が複雑に協調することによって生じます。したがって、神経細胞の活動と認知機能との因果関係を調べることは、正常な認知機能や行動および病気のさまざまな症状を生み出すメカニズムを理解する上で重要です。こうした研究において、遺伝子改変技術が充実しているマウスは、欠かすことのできないモデル動物として注目を集めています。しかし、マウスに対する認知課題の訓練は一般に数カ月を要し、研究効率を上げるために何十匹もの個体を並行して訓練することは人手がかかるため現実的ではありませんでした。また、訓練で用いられる実験装置は、実験者ごと、あるいは研究室ごとに最適化されることが多く、実験者間、研究室間、さらには研究機関の間で訓練手法や得られたデータなどを共有することが難しいという問題がありました。これらの問題を解決するためには、行動訓練を自動化するとともに、行動および神経活動データ取得のための実験装置を標準化することが合理的と考えられます。

今回、研究チームは、マウスの行動訓練自動化のための実験装置を開発しました。開発した装置による訓練には実験者がその場にいる必要がないため、毎回の訓練条件を均一化できるとともに、大規模に並行して訓練を行うことも可能です。実際、視覚情報を用いた複雑な意思決定課題を12匹のマウスで並行して訓練したところ、8週間という短期間で8匹のマウスが学習に成功しました。これにより、実験者による個別の訓練と比較して、訓練効率が大きく改善されました。また、開発した装置を用いて、行動制御下での神経細胞の活動を大規模に観察することにも成功し、単一の装置による行動および神経活動データ取得の標準化が可能であることが示されました。

今後、開発した装置が研究室の枠を超えて使用されることにより、分野全体として研究効率が大きく向上する可能性があるとともに、認知機能を生み出す神経機構の理解の急速な発展が期待できます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」(10月30日付け:日本時間10月30日)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 脳科学総合研究センター 行動・神経回路研究チーム
チームリーダー アンドレア・ベヌッチ(Andrea Benucci)
研究員 青木 亮 (あおき りょう)
基礎科学特別研究員 坪田 匡史 (つぼた ただし)
テクニカルスタッフI ユウキ・ゴヤ(Yuki Goya)

背景

私たちが日常的に行っている、注意や意思決定などの認知機能に基づく行動は、広範な脳領域に存在するさまざまなタイプの神経細胞が複雑に協調することによって実現されると考えられています。従来、こうした認知機能と神経細胞の活動との関係は、主にマカクサルなどの霊長類を用いて研究されてきました。一方、近年では、マウスがモデル動物として使用される機会が急速に増加しています。マウスは十分な訓練を行えば意思決定などの複雑な認知課題でも学習でき、適切な統計的検定力を得るために比較的容易に個体数を調整できるからです。マウスにおいては光遺伝学や特定の細胞種の標識などの遺伝学的ツールが多く開発されており、特定のタイプの神経細胞の活動を大規模にモニタリングすると同時に、活動を人為的に操作することが可能です。これにより、多数の神経細胞の活動をシステムレベルで捉え、その活動と行動との因果関係を調べることが可能となりつつあり、マウスのモデル動物としての重要性は高まっています。

しかし、マウスに対する認知課題の訓練には一般に数カ月を要し、これを何十匹もの個体で並行して行うことは人手がかかるため現実的ではありませんでした。また、訓練や訓練後の行動制御のために用いられる実験装置は、実験者ごと、あるいは研究室ごとに最適化されることが多く、実験者間、研究室間、さらには研究機関の間で訓練手法や得られたデータなどを共有することが難しいという問題がありました。

認知機能を生み出す複雑な神経メカニズムを統合的に理解するためには、個々の研究室における訓練効率の向上や、研究室間での有機的な情報共有が必須です。そこで研究チームは、行動訓練および行動制御のための標準的なプラットフォームとして、コンピュータ制御によるマウス用自動訓練装置の開発を行いました。

研究手法と成果

研究チームは、小原医科産業株式会社と共同で自動訓練装置を開発しました(図1)。この装置はマウスのホームケージとつながっていて、マウスは1日に2~3回、自発的に接続部を通って先端部に移動し、そこで訓練を行います。訓練の内容は、マウスに呈示する刺激の種類(モニターを介した視覚刺激、音刺激など)や読み取る行動の種類を組み合わせることで、目的に応じて変えることができます。特に重要なのは、開発した装置は完全に自動化され、実験者がその場にいなくても訓練を行うことができることです。現在、研究チームでは、複数の装置を並行して使用することで1日当たりおよそ50匹ものマウスを訓練することが可能となっています。

動物にとって感覚情報を区別し適切な行動を学習する能力は重要な認知機能の一つです。この能力を調べるため、開発した装置を使用して新しいマウスの視覚弁別課題を作製しました(図2)。この課題では、マウスはモニターに呈示された縞模様の向きを、垂直へと近づける方向へ回転させる訓練をします。縞模様がどちらに傾いているのかに応じて、マウスは手元に位置する小さなホイールを別々の向きに回転させます。ホイールの回転は縞模様の回転と連動しており、縞模様を垂直へと近づける向きへの回転は正答したとみなされ、マウスは報酬を得ます。訓練を開始してから8週間以内に、12匹中8匹のマウスが小さな角度の違い(±15度)を75%の正答率で弁別できるようになりました。

動物の認知機能を間接的に推定する目的で、このような刺激に応じて行動を選ばせる弁別課題は神経科学者の間で広く用いられており、使用する刺激の種類も視覚に限らず多岐にわたります。

次に、開発した装置がさまざまなニーズに対する汎用性を持つことを確認するため、聴覚に基づく訓練を行いました。この訓練では、音刺激に応じてホイールをどちらの向きに回すかをマウスに学習させます。マウスの学習の度合いは、心理物理学の分野における一般的な検出能の指標である、感度指数[1]により定量しました。2週間の訓練の後、感度指数は1.5を超え、聴覚課題においても効率よく学習できることが示されました。

さらに、数百もの神経細胞の活動が同時に計測可能な2光子顕微鏡[2]を用いて、訓練されたマウスの神経活動を記録しました(図3)。この実験では、取外し可能なマウス保持ユニットを作製し、顕微鏡下にマウスを保持したままで訓練時と同様の行動を行わせ、同時に脳表面から150マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)程度の深さの神経細胞の活動を計測することに成功しました。

今後の期待

本研究で開発した自動訓練装置は実験者間や研究室間でのデータの共有を促進し、正常時および病理下での認知機能を支える神経基盤の理解に大きく貢献するものと期待できます。また、実験者の介入を最小限に抑えて均一な条件で取得した共有可能なデータは、行動をつかさどる脳の働きをシステムレベルで理解する上で非常に重要です。

さらに、本研究成果の展開により創出が見込まれるビッグデータを活用することにより、近年急速に発展している機械学習や人工知能研究と脳科学分野の連携を促進すると期待できます。

原論文情報

  • Ryo Aoki, Tadashi Tsubota, Yuki Goya and Andrea Benucci, "An automated platform for high-throughput mouse behavior and physiology with voluntary head-fixation", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-01371-0

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 行動・神経回路研究チーム
チームリーダー Andrea Benucci (アンドレア ベヌッチ)

アンドレア ベヌッチ チームリーダーの写真 Andrea Benucci

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.感度指数
    2種類の刺激に対する応答の分離度を定量した指標。もし被験者が刺激を区別できなければ値は0となり、正確に区別できるほど値は大きくなる。d’(ディープライム)とも呼ばれる。
  • 2.2光子顕微鏡
    励起光として長波長の近赤外光を用いるため、生体内での散乱の影響を受けにくく、生体深部にある蛍光分子を観察することができる顕微鏡。
自動訓練装置の模式図の画像

図1 自動訓練装置の模式図

@ 2017 坪田 匡史(この図に関しては共同著作物ではありません)

マウスはホームケージ(左)から接続部(中央)を通り先端部(右)へと移動し、訓練を受ける。正しい行動に応じて報酬が与えられ、学習が進行する。

視覚弁別課題の図

図2 視覚弁別課題

左:縞模様が垂直に近づく向きにホイールを回すとマウスは報酬を得る。

右:マウスが正しい方向を選ぶ確率(1例)。日数が経過すると確率が上がった。上部の数字は呈示される縞模様の角度の数。縞模様の角度が何通りのうちから選ばれるかを示す。

2光子顕微鏡による神経活動の記録の図

図3 2光子顕微鏡による神経活動の記録

訓練1日目(左)と21日目(右)の訓練中の個々の神経細胞(脳細胞表面から約150μmの深さ)の画像。神経活動は明るさの変化として検出される。同一の細胞の活動を長期間にわたり記録することが可能である。

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