広報活動

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2017年11月28日

理化学研究所

未開拓の代謝物を次世代メタボローム解析により発見

-質量分析ケムインフォマティクスによるエピメタボライトの同定-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターメタボローム情報研究チームの津川裕司研究員らの国際共同研究グループは、メタボローム[1]データベースおよび複雑なビッグデータを解き明かすための「質量分析[2]ケムインフォマティクス[3]」の新手法を開発し、これまで構造が知られていなかった代謝物の変化形「エピメタボライト」の同定に成功しました。

炎症を含むさまざまな生理機能に関わるオキシリピン[4]や、腫瘍の形成に関わるオンコメタボライト[5]など、代謝物が私たちの生体防御機構に深く関与しているという研究が、近年多く報告されています。このような新しい代謝物の発見には、質量分析を用いた網羅的なメタボローム解析が必要です。しかし、そこから得られたビッグデータを解析し化合物を同定することは困難で、膨大な時間と労力を要するものでした。

今回、国際共同研究グループは、10年以上にわたって蓄積されたメタボロームデータベースと高分解能質量分析装置を利用して、全く新しい代謝物を効率よく同定するための手法を開発しました。これは、①メタボロームデータベース(BinBase)からエピメタボライト候補を抽出するプログラム「BinVestigate」、②ガスクロマトグラフィー質量分析装置(GC-MS)[6]および液体クロマトグラフィータンデム質量分析用の統合解析プログラム「MS-DIAL 2.0」、③質量分析装置における化合物の断片化をシミュレーションして未知化合物の構造を予測するプログラム「MS-FINDER 2.0」の三つからなる総合解析技術です。そして、本技術を用いて、乳がん細胞から検出されるN-メチルウリジン一リン酸や腸内細菌が産生すると考えられるN-メチルアラニンなど、これまで知られていなかった新しい代謝物の同定に成功しました。

本技術は、疾患代謝だけでなく、微生物および植物代謝といった幅広い研究に応用でき、今後の代謝研究の発展に大きく貢献すると期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Methods』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(11月27日付け:日本時間11月28日)に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム、SICORP)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域「脂質クオリティが解き明かす生命現象(領域代表者:有田誠)」の一環として行われました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
メタボローム情報研究チーム
研究員 津川 裕司 (つがわ ひろし)(統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム兼務)
チームリーダー 有田 正規 (ありた まさのり)(情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 教授)

カリフォルニア大学デイビス校
West Coast Metabolomics Center
教授 オリバー・フィーン(Oliver Fiehn)
学生(博士後期課程) ジジュアン・レイ(Zijuan Lai)
Assistant Project Scientist トビアス・キント(Tobias Kind)
リードプログラマー ゲルツ・ウォールゲムート(Gert Wohlgemuth)
プログラマー サジャン・メータ(Sajjan Mehta)
プログラマー マシュー・ミュラー(Matthew Mueller)
研究員(研究当時) ジョン・マイセン(John Meissen)(現 ファイザー株式会社)
訪問研究員(研究当時) 竹内 浩平(たけうち こうへい)(現 花王株式会社)
学生(博士後期課程) ミーガン・ショウォルター(Megan Showalter)
Department of Chemistry
教授 ピーター・ビール(Peter Beal)
学生(博士後期課程) ユシュアン・ジェン(Yuxuan Zheng)

ライフィクス株式会社 ソフトウェア開発部
部長 荻原 淳 (おぎわら あつし)

背景

これまでの生物学では、遺伝子やタンパク質が生命活動を実行するための「流れ」であり、そこから生成される代謝物は、実行の「結果」と位置づけられてきました。しかし近年、炎症を含むさまざまな生理機能に関わるオキシリピンや腫瘍の形成に関わるオンコメタボライトのように、代謝物そのものが私たちの生体防御機構に深く関与しているという研究が多く報告されています。また、遺伝子やタンパク質の変異によって生じ、通常とは物理化学的性質の異なる「エラー代謝物(damaged metabolite)」が疾患に深く関わるともいわれており、このような未開拓の代謝物は数多く存在すると考えられています。

一方、質量分析を用いたメタボローム解析は、このような未開拓の代謝物を包括的に捉える技術として期待されてきました。ところが、得られるデータが膨大かつ複雑なために解析が困難なことから、測定対象を既知の代謝物のみに絞ったターゲット分析が行われてきたのがこれまでの現状です。しかし、未開拓の代謝物を発見することは、生命現象をより深く理解する上で必須であり、新たな生物学の開拓には欠かせないことから、複雑なビッグデータを効果的に解析するための手法が強く望まれていました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、既知の代謝経路には含まれない未開拓の代謝物群を「エピメタボライト」と定義(図1)し、質量分析ビッグデータからエピメタボライトを包括的に捉える「質量分析ケムインフォマティクス」の新手法を開発しました。

新たな質量分析ケムインフォマティクスの手法には、大きく分けて三つの技術革新が寄与しています。

一つ目は、国際共同研究グループのフィーン教授らにより13年にわたって蓄積され、既知および未知代謝物の発現量やマススペクトル[7]情報を納めたメタボロームデータベース(BinBase)から、エピメタボライト候補を抽出するプログラム「BinVestigate」の開発です。本研究では、構造が未解明、かつ特定の検体で有意に発現しているという条件での検索により、乳がん、糞便、微生物、光合成生物、特定の薬を投与した臨床検体のそれぞれにおいて特異的に発現する代謝物を合計五つ、エピメタボライト候補として抽出しました。

二つ目は、2015年に津川研究員らが開発した質量分析によるメタボローム解析用統合解析プログラムMS-DIAL注1)を改良し(MS-DIAL 2.0)、ガスクロマトグラフィー質量分析装置(GC−MS)と液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置(LC-MS/MS)といったどのタイプの装置からでも、搭載されたデコンボリューション法[8]により高精度のマススペクトルを抽出できる技術を開発しました。これにより、前述したエピメタボライト候補の高精度スペクトルを円滑かつ高解像度で抽出でき、化合物同定の精度を飛躍的に向上させることに成功しました。

三つ目は、2016年に津川研究員らが開発した、LC-MS/MS中で起こる化合物の断片化をシミュレーションすることで、スペクトルから化合物構造を予測するプログラムMS-FINDER注2)の改良です(MS-FINDER 2.0)。このプログラムはまず、質量から組成式を導出し、組成式に合致する化合物をデータベースから検索します。そして断片化シミュレーションにもとづき、着目しているマススペクトルを最も良く説明する化合物を選び出します。今回の改良版は、①メチル化やアセチル化といった修飾を含むエピメタボライト構造を検索可能にし、②構造情報が豊富に含まれるGC-MSスペクトルに対しても、妥当性の高い候補化合物を効果的に絞り込む手法を構築することで、エピメタボライトを高精度に決定しました。予測された構造は実際に合成して確認し、本手法の有効性を検証しています。

本研究では、「BinVestigate」、「MS-DIAL 2.0」、「MS-FINDER 2.0」の三つのケムインフォマティクス技術を組み合わせることで、これまで報告がなかった、乳がん特異的に検出されるN-メチルウリジン一リン酸や腸内細菌が産生すると考えられるN-メチルアラニンなど五つのエピメタボライト発見に成功しました(図2)。

注1)2015年5月5日プレスリリース「生体内の低分子化合物を網羅的に捉える解析プログラムを開発
注2)Tsugawa H,et.al. "Hydrogen Rearrangement Rules: Computational MS/MS Fragmentation and Structure Elucidation Using MS-FINDER Software" Analytical Chemistry 88(16):7946-7958, 2016

今後の期待

本研究で新たに解明されたエピメタボライトが、いつ・どこで産生され、それがどのように生命活動に関わっているかを解明することで、新たな代謝制御機構が明らかになっていくと期待できます。

また、本研究で構築された手法は、疾患研究において大きく着目されている腸内細菌叢で新たに生成される代謝物や、直接的に創薬シードと成り得る植物の代謝物の発見といった、幅広い研究に利用可能です。一方で、本手法には、改善の余地も残されています。別の切口による解析手法の開発も同時に行いながら、今後も新たなメタボローム解析技術を発信し続けたいと考えています。

原論文情報

  • Zijuan Lai$, Hiroshi Tsugawa$, Gert Wohlgemuth, Sajjan Mehta, Matthew Mueller, Yuxuan Zheng, Atsushi Ogiwara, Megan Showalter, John Meissen, Kohei Takeuchi,  Tobias Kind, Peter Beal, Masanori Arita*, Oliver Fiehn* ($Contributed equally、 *Co-corresponding authors), "Identifying metabolites by integrating metabolome databases with mass spectrometry cheminformatics", Nature Methods, doi: 10.1038/nmeth.4512

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター メタボローム情報研究チーム
研究員 津川 裕司 (つがわ ひろし)

津川裕司 研究員の写真

津川 裕司

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. メタボローム
    生体内の化学反応によって生成される、低分子代謝物の総体を指す。
  2. 質量分析
    代謝物を「イオン化」し、そのイオンを検出することにより、原子や分子の「質量」を推定する分析法。そのイオンの検出量から、代謝物の含有量を調べることができる。また質量分析装置内で、代謝物に高エネルギーを付加し、断片化させることで代謝物特異的な「マススペクトル」を取得することで、化学構造の推定も可能である。
  3. ケムインフォマティクス
    日本語では化学情報学と訳されるが、特に創薬シード化合物からタンパク質へのドッキングシミュレーションに応用されてきた技術である。発表者らは、質量分析装置のデータに特化した化学情報学を独自に発展させ、化合物構造推定に応用している。
  4. オキシリピン
    生体を構成する代謝物である脂肪酸が、酸化反応を経て生成される「酸化脂肪酸」の一群。動物だけでなく、微生物から植物に至る幅広い生物種で見られ、さまざまな生理活性を要する。
  5. オンコメタボライト
    がん細胞特異的に蓄積される代謝物群。代表的な代謝物として2-ヒドロキシグルタル酸(2HG)がある。2HGは腫瘍形成の促進およびがん転移のメカニズムに深く関与している。
  6. ガスクロマトグラフィー質量分析装置(GC-MS)、液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置(LC-MS/MS)
    メタボローム解析で頻用される分析装置。ガスもしくは液体とカラム担体を用いて化合物の分離を行い(ガスクロマトグラフィーおよび液体クロマトグラフィー)、分離されて溶出してきた代謝物を、質量分析装置を用いて測定する。質量分析装置より得られる質量情報や代謝物の溶出時間といった物理化学指標に基づき、代謝物の同定が可能となる。
  7. マススペクトル
    質量分析装置内でイオン化された化合物に、ある一定上の高エネルギーを付加すると、マスフラグメンテーションという化合物断片化が引き起こされる。それぞれの断片は、まだイオン化されたままであり、その断片化イオンが検出器で検出されることで、断片質量とそのイオン強度に基づいたマススペクトルが得られる。このマススペクトルは、化合物ごとに特徴的な傾向を示すため、化合物の構造推定の重要なヒントとなる。
  8. デコンボリューション法
    発表者らが意味するデコンボリューションという言葉は、GC-MSやLC-MSにおいて複数の代謝物が同時溶出する場合に、その検出波形の特性を解析することによる「波形分離」を行うことで代謝物それぞれに特徴的なマススペクトルを抽出することをいう。

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本研究の概略図

図1 本研究の概略

既存の代謝経路には含まれず、遺伝子情報だけでは予測できない未開拓の代謝物を「エピメタボライト」と定義し、それらエピメタボライトを包括的に捉える質量分析ケムインフォマティクスの手法を開発。

開発した三つのプログラムとその成果の図

図2 開発した三つのプログラムとその成果

三つのケムインフォマティクス手法、「BinVestigate」、「MS-DIAL」、「MS-FINDER」のそれぞれの役割とワークフローを左図に示す。提案された化合物構造を合成標準品により確認し、右図に示す五つのエピメタボライト同定に成功した。

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