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2017年11月30日

理化学研究所

ピリジンから窒素を容易に除く

-チタンヒドリドで炭素-窒素結合の切断を温和な条件下で実現-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター先進機能触媒研究グループの侯召民グループディレクター、胡少偉基礎科学特別研究員、羅根特別研究員、島隆則専任研究員らの国際共同研究チームは、多金属のチタンヒドリド化合物[1]を用いて、非常に安定なピリジン[2]の「炭素-窒素結合」を温和な条件で切断することにより窒素成分を除去し、炭化水素成分を環状のシクロペンタジエンとして分離することに成功しました。

ピリジンやキノリン[2]といった窒素を含んだ芳香族化合物から窒素成分を除去するプロセスは、石油精製において重要です。このプロセスによって、燃焼で生じる窒素酸化物(NOx)を減らし、またハイドロクラッキング[3]の効率を高めることができます。さらに、このプロセスは今後、バイオマスやオイルシェール(油分を含んだ堆積岩)など、石油より多くの窒素を含む天然資源の利用が進むに伴い、ますます重要になると予想されます。しかし、含窒素芳香族化合物の炭素-窒素結合は安定で、窒素成分を除くためのその切断には固体触媒[4]を使って高温・高圧(300~500℃、~200気圧程度)で行う必要があり、多くのエネルギーを消費します。そこで、比較的温和な条件で炭素-窒素結合の切断が達成できる新しい触媒の開発が望まれています。しかし、温和な条件でピリジン、キノリンなどの全ての炭素-窒素結合の切断反応には成功していませんでした。

これまでに侯グループディレクターらは、三つのチタン原子(Ti)からなる新しい多金属ヒドリド化合物(チタンヒドリド化合物)を開発し、この化合物を用いて非常に安定な窒素分子の窒素-窒素結合の切断や、ベンゼンの炭素-炭素結合の切断に成功しています注1-2)。今回、国際共同研究チームは、このチタンヒドリド化合物とピリジンの反応を試みたところ、温和な条件で2カ所の炭素-窒素結合が切断され、さらに加水分解すると、アンモニアと環状のシクロペンタジエンが生成することを見いだしました。また、X線結晶構造解析[5]や分光学的手法、計算科学により、分子レベルでピリジンから窒素成分を除去し、炭化水素が得られるプロセスを初めて明らかにしました。

本成果は、温和な条件での炭素-窒素結合の切断反応のみならず、炭素-硫黄、炭素-酸素結合など、さまざまな不活性結合切断を鍵とする新しい物質変換反応への展開が期待できます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(11月30日付け:日本時間11月30日)に掲載されます。

注1)2013年6月28日プレスリリース「窒素分子の切断と水素化を常温・常圧で実現
注2)2014年8月28日プレスリリース「ベンゼンの「炭素-炭素結合」を室温で切断

※国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター
先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)(侯有機金属化学研究室 主任研究員)
基礎科学特別研究員 胡 少偉(フー・シャオウェイ)
特別研究員 羅 根(ルオ・ゲン)
専任研究員 島 隆則(しま たかのり)(侯有機金属化学研究室 専任研究員)

大連理工大
教授 羅 一(ルオ・イ)

背景

石油の中には、ピリジンやキノリンといった窒素成分を含んだ含窒素芳香族化合物が存在しています。これらの化合物から窒素成分を取り除くプロセスは、石油精製において重要です。このプロセスによって、石油の燃焼によって生じる窒素酸化物(NOx)の生成を減らし、また、石油中に含まれる高沸点炭化水素類(重油)をより低沸点の炭化水素に分解するハイドロクラッキングの効率を高めることができます(図1)。この窒素除去プロセスは、今後、石油以外のバイオマスやオイルシェール(油分を含んだ堆積岩)などの石油より多くの窒素を含む天然資源の利用が進むにつれて、ますます重要になっています。

しかし、含窒素芳香族化合物の「炭素-窒素結合」は非常に安定で、その切断には固体触媒を使い高温・高圧(300~500°C、~200気圧程度)で行う必要があり、多くのエネルギーを消費します。比較的温和な条件で炭素-窒素結合を切断できる新しい触媒を開発するため、分子レベルで反応を詳しく調べる必要があります。これまで、構造が明確なさまざまな分子性の金属化合物が開発され、これを用いてピリジンなどの炭素-窒素結合切断反応が試みられてきました。強力な還元剤や塩基のもと、分子性金属化合物により1カ所の炭素-窒素結合の切断に成功した例は報告されていますが、もう1カ所の炭素-窒素結合の切断には至っていません。また、特殊な試薬(Me3SiCl)を用いてピリジンの窒素除去はできますが、複数の芳香環を持つキノリンなどでは窒素除去に成功していませんでした。

一方で、工業的な窒素除去プロセスの活性種の一つとして金属ヒドリド種が考えられることから、分子性の金属ヒドリド化合物を使ったピリジン、キノリンなどの窒素除去反応が想定されますが、これまでそのような反応は報告されていませんでした。

侯グループディレクターらは、これまでに多金属希土類ヒドリド化合物や異なる金属を含む異種多金属ヒドリド錯体の合成と特異な反応性について、研究を進めてきました。2013年には、三つのチタン原子(Ti)からなる多金属ヒドリド化合物(チタンヒドリド化合物)を用いて、不活性分子である窒素分子の窒素-窒素結合を特殊な試薬なしで常温・常圧で切断し、2014年には、ベンゼンの炭素-炭素結合の常温での切断にも成功しています(図2)。今回、この高活性なチタンヒドリド化合物を用いてピリジン、キノリンなどの含窒素芳香族化合物の炭素-窒素結合の切断反応の研究に挑みました。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、以前開発した高活性なチタンヒドリド化合物を不活性ガスのアルゴン中におき、ピリジンと混ぜ合わせ、その反応を調べました。その結果、ピリジンが室温下で速やかに反応し、ピリジン内の1カ所の炭素-水素結合が切断され、ピリジンがチタンヒドリド化合物に取り込まれた化合物2に変換されました(図3)。この時点で炭素-窒素結合は、まだ切断されていませんでした。この化合物2を60℃で12時間ほど加熱したところ、取り込まれたピリジン部分の2カ所の炭素-窒素結合が切断され、窒素成分と炭化水素成分が完全に分離されることが分かりました(図3)。

この炭素-窒素結合の切断の反応経路を、X線結晶構造解析や分光学的手法および計算科学によって詳しく調べました。まず、ピリジン環がチタンヒドリド化合物上の三つのTiに結合する(化合物4)とともに、1カ所目の炭素-窒素結合が切断されます(化合物5)。さらに、二つのヒドリド原子(H)が炭化水素成分に転移することで、2カ所目の炭素-窒素結合の切断が容易に起きます(化合物6)。最後に、一つのHと炭化水素上のHが水素分子(H2)として脱離することにより、化合物3が得られます(図3)。同様の反応はキノリンにおいても観察され、温和な反応条件のもと、キノリンの2カ所の炭素-窒素結合切断を経て、窒素成分と炭化水素成分が分離されることも確認しています。

さらに、化合物3からの炭化水素ユニットの脱離を目的に、Hを付加するプロトン化を行いました。水(H2O)を加えたところ、炭素-炭素結合の形成を経て、環状のシクロペンタジエンとアンモニアが得られました(図3)。環状化合物の生成については現在反応メカニズムの解明を検討中ですが、いずれにしても、三つのチタンの協同効果が反応に影響を及ぼしているものと考えられます。

今後の期待

今回、多金属チタンヒドリド化合物を用いることで、ピリジン、キノリンの炭素-窒素結合切断を経て、窒素成分を温和な条件で分離するとともに、その反応プロセスを分子レベルで解明することに成功しました。さらに得られた化合物を加水分解することで、炭化水素部分が再環化したシクロペンタジエンが得られるなど、これまで例のない新しい反応を見いだしました。

以前に報告したベンゼンの炭素-炭素結合切断反応にもみられたように、多金属ヒドリド化合物による複数の金属間での協同効果がピリジン、キノリンのような安定な化合物から窒素成分を分離するのに有用であることを示しています。今後、このような多金属ヒドリド化合物を用いて、含窒素芳香族化合物の炭素-窒素結合切断のみならず、炭素-硫黄、炭素-酸素結合などさまざまな結合切断を鍵とする骨格変換や官能基化を通した新たな物質変換反応への展開が期待できます。

原論文情報

  • Shaowei Hu, Gen Luo, Takanori Shima, Yi Luo, Zhaomin Hou, "Hydrodenitrogenation of pyridines and quinolines at a multinuclear titanium hydride framework", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-01607-z

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(侯有機金属化学研究室 主任研究員)
基礎科学特別研究員 胡 少偉(フー・シャオウェイ)
特別研究員 羅 根(ルオ・ゲン)
専任研究員 島 隆則(しま たかのり)
(侯有機金属化学研究室 専任研究員)

侯グループディレクター、胡基礎科学特別研究員、羅特別研究員、島専任研究員の写真 左から侯グループディレクター、胡基礎科学特別研究員、羅特別研究員、島専任研究員

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補足説明

  • 1.チタンヒドリド化合物
    元素番号22のチタン(Ti)が集まり、金属-金属結合やヒドリド原子(H)を介して結合した化合物のこと。チタンは安価で入手が容易であり、豊富に存在する汎用金属のうちの一つ。光触媒などに応用されている。今回用いたものは、Tiが三つ、Hが七つあるチタンヒドリド化合物。
  • 2.ピリジン、キノリン
    5個の炭素原子(C)と一つの窒素原子が平面六角形で結びつき、それぞれの炭素上に水素原子がついた分子式C5H5Nの含窒素芳香族化合物。ピリジン骨格にベンゼン環がついたものがキノリン。一般的にこのような構造の化合物は非常に安定で、環の開裂を伴う炭素-窒素結合切断反応を行うには過酷な条件が必要な上、得られる炭化水素ユニットはさまざまなものが生じる。
  • 3.ハイドロクラッキング
    石油に含まれる重質成分を水素化し、より低沸点の炭化水素に分解すること。すなわち、水素化によって高沸点分子の炭素-炭素結合などを切って小さな分子にすること。その際、不純物として含まれる含窒素芳香族化合物などは、大気汚染のもとである窒素酸化物や、燃焼設備の劣化を招く恐れがあるので、これらの不純物除去は石油精製の中でも重要な処理である。
  • 4.固体触媒
    固体であって、その表面に物質が吸着されることで表面反応が起こり、反応の結果生じた生成物が脱離することで触媒表面が再生する。含窒素芳香族化合物から窒素成分を除去できる触媒として、酸化アルミニウムなどと組み合わせた触媒、NiMo/Al2O3、CoMo/Al2O3などが知られている。
  • 5.X線結晶構造解析
    構造未知の試料の単結晶を作製し、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、試料の構造を調べる方法。
石油精製におけるピリジンなどの含窒素芳香族化合物からの窒素成分除去プロセスの図

図1 石油精製におけるピリジンなどの含窒素芳香族化合物からの窒素成分除去プロセス

窒素成分を除くことで燃焼による窒素酸化物の生成やハイドロクラッキングの効率を向上させることができる。ただしピリジンなどは非常に安定で、その炭素-窒素結合を切断するためには、固体触媒を用いて高温・高圧(300~500°C、~200気圧程度)条件で、水素を必要とする。

多金属チタンヒドリド化合物によるベンゼンの活性化の図

図2 多金属チタンヒドリド化合物によるベンゼンの活性化

研究チームが2014年に成功した、多金属チタンヒドリド化合物によるベンゼンの活性化。ベンゼンが室温で反応し、炭素-炭素結合の切断・骨格変換を経て五員環化合物が得られる。

チタンヒドリド化合物によるピリジンの炭素-窒素結合切断、水分解の図

図3 チタンヒドリド化合物によるピリジンの炭素-窒素結合切断、水分解

まず、室温でピリジンのC(H)=N結合が、チタンヒドリド化合物上の三つのチタン金属に結合するとともに炭素-水素結合が切断され、三つのヒドリド原子(H)とともに二つの水素分子(H2)として脱離することで、化合物2が生成する。次に、60℃に昇温して反応を追跡すると、化合物2上の炭素-窒素結合の切断が起き、窒素成分と炭化水素成分が分離された化合物3が生成する。さらに、得られた化合物3に水を加えると、アンモニア(NH3)とともにシクロペンタジエン(C5H6)が生成する。

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