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2017年12月12日

理化学研究所

XFELを用いて原子核超放射を観測

-量子光学の重要理論を厳密に検証-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター バロン物質ダイナミクス研究室のアルフレッド・バロン主任研究員らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設SACLA[2]において、原子核の集団からの「超放射[3]」と呼ばれる量子力学的現象を観測し、今から60年以上前に提唱された基礎的な理論の検証に成功しました。

1954年、ロバート・ディッケは「超放射」と呼ばれる量子力学的現象を予測しました注1)。通常、光子などの量子を吸収して励起状態になった孤立原子は、ある時間が経過した後、量子を放出して基底状態へ戻ります。これを「自然放射」といいます。これに対して超放射は、同時に励起された多数の原子が一斉に量子を放出する現象で、量子放出までの時間(励起された原子の寿命)が自然放射よりも短くなるとともに、放射強度は高くなります。

今回、国際共同研究グループは、SACLAの強力なコヒーレント[4]X線パルスによって共鳴励起された多数の鉄原子核(57Fe)からのX線放射の時間推移を観測しました。その結果、放射されるX線量が増えるにしたがって最初のX線光子放出までの時間が劇的に短くなる「超放射」現象を捉えました。本研究では、放射X線の計数を1光子単位で行うことにより、まさに最初の光子が放出されるまでの時間を知ることができました。この優れた方法により、ディッケの理論を厳密に検証することができました。

本成果は将来、XFELや次世代放射光といった強力なX線を利用した観測の結果を解釈する上で重要な役割を果たすと期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Physics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(11月20日付け)に掲載されました。

注1)R. H. Dicke, "Coherence in spontaneous radiation processes", Phys. Rev. 93, 99 (1954).

※国際共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター
バロン物質ダイナミクス研究室
主任研究員 アルフレッド・バロン(Alfred Q. R. Baron)

XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名 (やばし まきな)

欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF) 核共鳴グループ
研究員 アレクサンドロ・チュマコフ (Aleksandr I. Chumakov)

ドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)
研究員 イリヤ・セルゲーエフ (Ilya Sergueev)

米国アドバンスドフォトンソース(APS)
シニア研究員 ユーリ・シュヴィツコ (Yuri Shvyd'ko)

ロシア国立研究センター・クルチャトフ研究所
教授 ゲナディ・スミノフ (Gennadi V. Smirnov)

背景

単純な孤立原子の応答をもとに原子集団の複雑な振る舞いを理解することは、物理学研究における重要な課題です。この課題の一つとして、多数の同じ振動子による集団的な振る舞いを理解することが挙げられます。

分かりやすい例えとして、同じ音色の鐘の集団を挙げて考えてみます。その中の1個の鐘を1回だけ鳴らしたときの様子は容易に想像できます。すなわち、一定の音色が発せられ、時間とともに音量が減少していきます。ところが、全ての鐘を順々に鳴らしたとき、その音色や音量は1個だけの場合と同じでしょうか。また、全ての鐘を一斉に鳴らした場合はどうでしょうか。これらの疑問に対する答えは、簡単な数式で導くことができます。

しかし、量子[5](ここでは光を放出する原子)の世界では、問題がより複雑になります。光は「光子」として原子から放出され、光子は一つ一つ数えることができます。したがって、光の強度は光子数として表わされます。この場合も、鐘の例と同じような疑問が生じます。さらに、放出される光子数に応じて原子の振る舞いはどう変化するかという新たな疑問が生まれます。このような量子の世界の課題に取り組むための手法が1954年、ロバート・ディッケによって発表されました。

ディッケは「超放射」と呼ばれる量子力学的現象を予測しました。通常、光子などの量子を吸収して励起状態になった孤立原子は、ある時間が経過した後、量子を放出して基底状態へ戻ります。これを「自然放射」といいます。これに対して超放射は、同時に励起された多数の原子が一斉に量子を放出する現象で、量子放出までの時間(励起された原子の寿命)が自然放射の場合よりも短くなるとともに、放射強度は高くなります。鐘の例に戻ると、量子の世界においては、多数の鐘を一斉に鳴らしたときに聞こえる音は、個々の鐘をばらばらに鳴らした場合よりも大きくなり、かつ素早く減衰することになります(図1)。

量子力学的効果を取り込んだディッケの理論では、量子数が原子数の半分のときに最も素早い減衰が起こると予測されています。このような多数の量子が関わる場合においては、これまでにさまざまな系で超放射の概念が実証され、量子光学における試金石となってきました。

一方で、ディッケは、量子数が原子数よりはるかに少ない場合でも減衰が早くなると予測しています。これについて、国際共同研究グループはX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAと欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF)を利用して検証を試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、ディッケが想定した低エネルギー光子の代わりに、高エネルギーのX線光子を対象としました。X線パルスでコヒーレントに集団励起された結晶中の鉄原子核(57Fe)から放射されるX線光子を一つ一つ数えることで、放射減衰の過程を1光子単位で追いかけることが可能だからです(図2)。

ただし、このような実験には非常に強力なX線パルスが必要なため、XFELが登場するまで実現は不可能でした。しかも、57Feを励起するためには非常に高いエネルギー(14.4 keV)のX線が必要です。実験当時、条件に合うX線パルスを供給できるのはSACLAだけでした。

そこで、SACLAのXFELを使い、最多で68個のX線光子が放出される過程を正確に記録しました(図3a)。また、ESRFの放射光を利用して、X線光子1個だけが放出される場合の励起原子の寿命を観測しました。これらの結果から、ディッケの予測のとおり、放出されるX線量が増えるに従って最初のX線光子が放出されるまでの時間が短縮されることを確認することができました。さらに、観測結果を詳細に解析したところ、ディッケの理論式による計算結果と今回の実験データが極めてよく一致することが分かりました(図3a, b)。

今後の期待

一般にX線分析では、孤立原子の緩和過程にもとづいて観測データが解釈されています。しかし、超放射のような原子集団の協奏的な振る舞いが顕著になる場合、従来の解析法が通用しなくなります。このことは、XFELや次世代放射光といった強力なX線を利用した高度な分析技術を開発する上で根源的な問題となります。今回の研究により、X線によって励起された原子集団の緩和過程について、新たな描像を提案することができました。将来、X線分析技術が直面する課題を解決するにあたって、重要な役割を果たすと期待できます。

原論文情報

  • A. I. Chumakov, A. Q. R. Baron, I. Sergueev, C. Strohm, O. Leupold, Y. Shvyd'ko, G. V. Smirnov, R. Rüffer, Y. Inubushi, M. Yabashi, K. Tono, T. Kudo, T. Ishikawa, "Superradiance of an ensemble of nuclei excited by a free electron laser", Nature Physics, doi: 10.1038/s41567-017-0001-z

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 バロン物質ダイナミクス研究室
主任研究員 Alfred Q. R. Baron (アルフレッド・バロン)

Baron主任研究員と共同研究者の写真

Baron主任研究員(下列中央)と共同研究者

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. X線自由電子レーザー(XFEL)
    X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
  2. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(100億分の1m)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
  3. 超放射
    同時に励起された原子の集団が一斉に放射を起こす現象。孤立原子による自然放射の場合よりも放射までの時間(励起原子の寿命)が短くなり、放射強度が高くなる。
  4. コヒーレンス
    波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質のこと。可干渉性ともいう。
  5. 量子
    粒子と波の性質を併せ持った物質やエネルギーの単位のこと。光を粒子としてみたときの光子や、原子を形作っている電子、中性子、陽子などがある。また、ニュートリノ、クォークなどの素粒子も量子に含まれる。

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超放射現象のイメージ図

図1 超放射現象のイメージ図

グラフは、鉄原子核(57Fe)からのX線放射強度の時間変化を示している。X線を放射する原子核の数(N)が1個、5個、20個と増えるに従い、光子放出までの時間が短くなるとともに、放射強度が高くなる。鐘の集団から発する音に例えると、量子の世界においては、多数の鐘を一斉に鳴らしたときに聞こえる音は、個々の鐘をばらばらに鳴らした場合よりも大きくなり、かつ素早く減衰する。

SACLAのXFELによってコヒーレントに励起された試料からの放射X線の測定結果の図

図2 SACLAのXFELによってコヒーレントに励起された試料からの放射X線の測定結果

a) 合計44光子のX線を検出した際の測定データ。4個のアバランシェフォトダイオード検出器で検出したX線強度の時間推移を示している。早い段階で多数の光子が放出され、時間が進むにつれて放出光子数が減少していることが分かる。

b) 1回の測定で検出したX線光子数と頻度分布(赤の棒グラフ)。青の曲線は、コヒーレンスの高い光源を仮定した場合の理論的予測を示す。実験結果をよく再現しており、SACLAのコヒーレンスが高いことが分かる。点線は、コヒーレンスの低い光源を仮定した場合に予測される分布。

励起原子核数(放射X線量)の増加に伴う最初の光子放出過程の加速の図

図3 励起原子核数(放射X線量)の増加に伴う最初の光子放出過程の加速

a) N個の励起原子(57Fe)から最初のX線光子が放出されるまでの時間と観測頻度の関係。Nが大きいほど最初の光子1個が放出されるまでの時間が短い。

b) (a)の4パターンにおける(c)との比率(a/c)。

c) 1個の励起原子から光子が放出される場合のデータ。

d) 励起原子数Nと、時間ゼロの極限における最初のX線光子放出確率の関係。N =1の場合に対する比率で示されている。Nが大きいほど最初の光子放出確率が高くなる。

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