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2017年12月14日

理化学研究所

DNAのメチル化を切り替える因子の同定法を開発

-転写因子によるDNAメチル化制御の解明に期待-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能変換技術研究チームの鈴木貴紘研究員と鈴木治和チームリーダーらの研究チームは、DNAメチル化を制御する転写因子[1]を効率的に同定する方法を開発しました。

ヒトの体には300種類以上の細胞があるといわれており、それらの細胞は全て同じ遺伝子のセット(ゲノム)を持っています。それぞれの細胞が異なる機能を持つためには、その細胞に必要な遺伝子だけがオンになり、それ以外の遺伝子はオフのまま抑制されなければなりません。この遺伝子発現のオン、オフを決めているものの一つがDNAのメチル化修飾[2]です。DNA上には遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター[3])があり、この領域がメチル化されると遺伝子の発現はオフに、脱メチル化されるとオンになります。研究チームは2017年9月、転写因子のRUNX1[4]タンパク質が部位特異的なDNA脱メチル化を誘導することで、血液細胞の分化に重要な働きをすることを示しました注1)。転写因子は2,000種以上が知られていますが、RUNX1以外の転写因子がDNAメチル化の制御に関わっているかはほとんど分かっていません。

今回、研究チームは、培養細胞での転写因子の過剰発現、メチローム解析[5]バイオインフォマティクス解析[6]を組み合わせることで、DNAメチル化制御に関わる転写因子を効率的に同定する方法を開発しました。開発した方法を用いて15種の転写因子を調べたところ、そのうちの半分以上の8種がDNA脱メチル化に関わっていることが分かりました。一方、脱メチル化からメチル化への切り替えに関わる転写因子は同定されませんでした。このことから、転写因子によるDNAメチル化制御は、主としてメチル化から脱メチル化の切り替えにより行われる可能性が示されました。

今回開発した方法は、転写因子によるDNAメチル化制御の全体像を解明するための有効なツールとなります。DNAメチル化の異常は、がんなどさまざまな疾患の原因になることが知られています。今後、転写因子によるDNAメチル化制御と疾患の関係を明らかにすることで、疾患の原因究明や新たな治療法の開発につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Epigenetics and Chromatin』のオンライン版(12月8日付け)に掲載されました。

注1)2017年9月7日プレスリリース「血液細胞の分化に必要な遺伝子をオンにするスイッチ

※研究チーム

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門
オミックス応用技術研究グループ 細胞機能変換技術研究チーム
研究員 鈴木 貴紘(すずき たかひろ)(横浜市立大学大学院生命医科学研究科 大学院客員研究員)
チームリーダー 鈴木 治和(すずき はるかず)
テクニカルスタッフⅠ 前田 紫緒里(まえだ しおり)
テクニカルスタッフⅠ 降籏 絵里奈(ふるはた えりな)
テクニカルスタッフⅠ 中西 友理(なかにし ゆり)
人材派遣 西村 創(にしむら はじめ)
テクニカルスタッフⅠ 木嶋 真美(きしま まみ)

背景

ヒトの体には300種類以上の細胞があるといわれており、それらの細胞は全て同じ遺伝子のセット(ゲノム)を持っています。それぞれの細胞が異なる機能を持つためには、その細胞に必要な遺伝子だけがオンになり、それ以外の遺伝子はオフのまま抑制されなければなりません。この遺伝子発現のオン、オフを決めているものの一つがDNAのメチル化修飾です。

メチル化は、DNAのシトシン・グアニン(CG)配列のCに化学物質のメチル基が結合して起こります。DNA上には遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター)があり、この領域のシトシン・グアニン(CG)配列がメチル化されると遺伝子の発現はオフに、脱メチル化されるとオンになります。

研究チームは2017年9月に、転写因子のRUNX1タンパク質が、血液細胞の分化に必要な遺伝子のプロモーターのCG配列を脱メチル化し、その発現をオンにすることを報告しました。転写因子はゲノムDNA上の特定の配列に結合し、遺伝子の発現を調節するタンパク質です。ヒトでは2,000種以上の転写因子が見つかっており、細胞の分化や増殖などさまざまな生物現象において重要な働きをしています。

転写因子が遺伝子の発現を活性化する仕組みとして、DNAに結合した転写因子が、他のタンパク質との相互作用を介してRNAポリメラーゼ[7]をプロモーターに呼び込む作用が知られています。しかし、RUNX1のようにDNAメチル化の制御に関係する転写因子がどれくらい存在しているかは、ほとんど分かっていません。

研究手法と成果

研究チームは、RUNX1のDNA脱メチル化誘導能を解明した研究から「DNAメチル化制御に関わる転写因子を細胞内で強制的に発現させると、その転写因子の結合配列周辺のメチル化が変化する」と予想しました。そこでその考えが正しいかどうかを調べるため、DNAの脱メチル化に関わることが知られている既知の転写因子PU.1[8](SPI1)をHEK293T細胞[9]で強制発現させ、メチル化の変化をメチレーションアレイ[10]によりゲノム全体にわたって解析しました。さらに、メチル化が変化した領域にPU.1の結合するDNA配列が存在するかをバイオインフォマティクスの手法で解析しました(図1)。その結果、脱メチル化が起きた領域にPU.1が結合するDNA配列が存在することを確認しました。さらに、この脱メチル化した領域に実際にPU.1タンパク質が結合していることも確認しました。

次に、DNAメチル化制御に関与しているか分かっていない15種の転写因子を選び、HEK293T細胞に一つずつ強制発現させました(表1)。これらはいずれも、細胞の分化や機能に重要な働きをする転写因子です。強制発現させた細胞とさせていない細胞のDNAメチル化度を比較した結果、RUNX3、GATA2、CEBPB、MAFB、NR4A2、MYOD1、CEBPA、TBX5の8種を強制発現させた細胞では、脱メチル化が起きた領域にそれぞれの結合配列が頻繁にみられることが分かりました(図2)。一方、メチル化された領域には、強制発現した転写因子の結合配列が特に多く見つかることはありませんでした。このことから、転写因子による DNAメチル化制御は、主としてメチル化から脱メチル化の切り替えにより行われる可能性が示されました。

また、8種の転写因子によって脱メチル化が起きた領域を詳しく調べたところ、それぞれの転写因子が関わる生命現象に関連した遺伝子のプロモーター配列がその近くに存在する傾向がありました(図3)。このことは、転写因子によるDNA脱メチル化が、下流の遺伝子の活性化を介して広くさまざまな生物現象に関係する可能性を示しています。

さらに、同じDNAメチル化データを用いて、転写因子によるDNA脱メチル化の特徴を解析しました。その結果、①転写因子によるDNA脱メチル化はもともと強くメチル化されている部位をターゲットにしていること、②転写因子の結合部位から数百塩基対の範囲のDNAを脱メチル化すること、③同じDNA配列に結合する同じファミリーの転写因子は、同じ領域のDNAを脱メチル化する傾向にあるものの、完全には一致しないことが示されました。

今後の期待

今回調べた15種の転写因子のうち、8種についてDNA脱メチル化を誘導する機能があることが示されました。本研究で開発した手法をさらに多くの転写因子に適用することで、転写因子によるDNAメチル化制御の全体像が明らかになることが期待されます。

近年、DNAメチル化の異常はがん・生活習慣病・精神疾患などさまざまな疾患の原因になっていることが分かってきました。今後、転写因子によるDNAメチル化制御と疾患の関係を明らかにすることで、疾患の原因究明や新たな治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Takahiro Suzuki, Shiori Maeda, Erina Furuhata, Yuri Shimizu, Hajime Nishimura, Mami Kishima and Harukazu Suzuki, "A screening system to identify transcription factors that induce binding site-directed DNA demethylation", Epigenetics and Chromatin, doi: 10.1186/s13072-017-0169-6

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 オミックス応用技術研究グループ 細胞機能変換技術研究チーム
研究員 鈴木 貴紘(すずき たかひろ)
チームリーダー 鈴木 治和(すずき はるかず)

研究チームの集合写真 鈴木貴紘(左端)、鈴木治和(右端)と細胞機能変換技術研究チームのメンバー

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広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
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補足説明

  • 1.転写因子
    プロモーターなどのゲノムDNA上の遺伝子発現制御領域に結合し、下流の遺伝子の発現を調節するタンパク質。転写因子がDNAに結合するにはそれぞれ特徴的なDNA配列が必要。
  • 2.DNAのメチル化修飾
    哺乳類のDNAメチル化は主にシトシン・グアニン(CG)配列のCにメチル基が修飾される。ヒトゲノムの60~90%以上のCG配列がメチル化している。一方、遺伝子発現調節領域では、しばしば低メチル化状態が観察される。外来遺伝子のサイレンシングやX染色体不活性化、遺伝子刷り込みなど多くの生物現象に関わるエピジェネティクス制御の一つ。DNAのメチル化状態は安定的に維持されているが、細胞の分化や活性化などにより特定のゲノム領域がメチル化したり、脱メチル化したりする。がんでは、しばしばがん抑制遺伝子がメチル化により不活性化していたり、がん化を誘導する遺伝子が脱メチル化され異常に活性化していたりする例が見られる。
  • 3.プロモーター
    DNA上でRNAに書き写される領域の近くにあり、遺伝子を発現させる機能を持つ領域。近位発現制御領域とも呼ばれる。
  • 4.RUNX1
    RUNX1、RUNX2、RUNX3から構成されるRUNXファミリータンパク質の一つ。ゲノム上の配列[TGTGG(TTT/TCA)]を特異的に認識して結合する転写因子。血液細胞の分化に必須であるとともに、造血幹細胞数の調整など血球系細胞でさまざまな働きをしている。RUNX1はRunt-related transcription factor 1の略。
  • 5.メチローム解析
    ゲノムDNAのメチル化状態をゲノムワイドに取得し解析する手法。DNAが基板上に固定されたメチレーションアレイや、次世代シークエンサーなどを用いることによりゲノムワイドなDNAメチル化情報を得ることができる。
  • 6.バイオインフォマティクス解析
    生命情報学による解析。生命科学の分野で、遺伝子の配列や遺伝子の発現情報など網羅的解析から得られた大量のデータを、コンピューターを用いて解析し、それらの情報から生物学的な意味を見いだす解析。
  • 7.RNAポリメラーゼ
    DNAの塩基配列を読み取って、相補的なRNAを合成する酵素で、遺伝子発現の第一段階をつかさどる生命活動に必須の酵素。
  • 8.PU.1
    Etsファミリータンパク質の一つ。ゲノム上の配列[GAGGAA/T]を特異的に認識して結合する転写因子。RUNX1と同様に、血液細胞の分化で重要な働きをする。SPI1遺伝子にコードされているSPI1タンパク質の別名。
  • 9.HEK293T細胞
    ヒト胎児腎細胞由来の細胞株HEK293細胞にシミアンウイルス40のラージT抗原を発現させたもの。無限に増殖することができ、取り扱いが容易なため、多くの実験で用いられる。HEKはhuman embryonic kidneyの略。
  • 10.メチレーションアレイ
    ゲノム上の配列のどの部分がメチル化されているかを一塩基単位で解析する実験手法。
DNAメチル化を制御する転写因子同定法の図

図1 DNAメチル化を制御する転写因子同定法

転写因子をHEK293T細胞にレンチウイルスベクターで導入し、ピューロマイシンにより転写因子が導入された細胞のみを選択する。転写因子を強制発現させた細胞と、させていない細胞からDNAを抽出し、メチレーションアレイでDNAメチル化を測定する。両者のメチル化度を比較することで、メチル化の変化が起きた領域を同定する。さらに、この領域に存在する転写因子の結合配列を検索し、結合配列が見つかった場合には、実際にその領域に転写因子が結合しているかを確認する。

今回解析を行った15種の転写因子の図

表1 今回解析を行った15種の転写因子

15種の転写因子は、いずれも細胞の分化や機能に重要な働きをする。

新たに同定されたDNA脱メチル化に関わる転写因子の図

図2 新たに同定されたDNA脱メチル化に関わる転写因子

図1で示した方法により、各転写因子を強制発現させたHEK293T細胞で脱メチル化が起きた部位周辺の転写因子結合DNA配列の分布を示した。DNA脱メチル化に関わることが明らかになった転写因子では、脱メチル化した部位(CpG配列)を中心とした数百塩基対の範囲にその結合配列が集中している。

筋分化因子MYOD1によるDNA脱メチル化の解析結果の図

図3 筋分化因子MYOD1によるDNA脱メチル化の解析結果

脱メチル化が起きた領域がどのような機能を持つ遺伝子のプロモーターであるかを、遺伝子オントロジー解析によって調べた。ここでは、筋分化因子であるMYOD1による脱メチル化の解析結果を示した。縦軸は遺伝子の機能を示し、横軸は脱メチル化とその機能が関連する確からしさを示す(数値はFisherの正確検定によるP値の-log10Pを現し、数値が大きいほど関連性が期待できる)。

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