広報活動

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2018年1月10日

理化学研究所
高輝度光科学研究センター
ストックホルム大学

水に特有の物理的特性の起源を解明

-液-液相転移の臨界点を実証-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター ビームライン開発チームの片山哲夫客員研究員(高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室研究員)、ストックホルム大学のキョンホァン・キム研究員、アンダース・ニルソン教授らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設SACLA[2]を利用し、過冷却状態[3]にある水(H2O)の構造を捉えることに成功しました。

水は生命に不可欠な液体ですが、その挙動に関する理解は不完全です。例えば、温度を下げていくときの密度、熱容量[4]等温圧縮率[5]といった熱力学的な特性の変化は、水と他の液体とでは逆の挙動を示します。そのため、水の熱力学的な特性については長年議論されており、いくつかの仮説が提唱されています。そのうちの一つが、水には密度の異なる二つの相があり、その間を揺らいでいるという仮説です。しかし、温度を0℃未満に下げた水(過冷却状態)は不安定ですぐに凍ってしまうため、この仮説の検証を行うことはこれまで困難でした。

今回、国際共同研究グループは、XFELを過冷却状態にある水滴に照射し、その構造を解析しました。XFELのパルス幅はフェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)と非常に短いため、十分に冷やされた水が凍ってしまう前に計測を終えることが可能です。さまざまな温度でのデータを解析したところ、水の冷却時に起こる等温圧縮率の上昇が-44℃で反転することを突き止めました。また、水素原子(H)を重水素原子(D)に置換した重水(D2O)では、この温度が-40℃になることも明らかにしました。これらの成果は、「液-液相転移の臨界点[6](LCP)」が存在することを示しています。

今後、圧力と温度をパラメータとした相図のどこに液-液相転移の臨界点があるのかが焦点となります。

本研究は、米国の科学雑誌『Science』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月22日付け:日本時間12月22日)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 片山 哲夫(かたやま てつお)(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 研究員)

ストックホルム大学
研究員 キョンホァン・キム (Kyung Hwan Kim)
研究員 アレクサンダー・スパイ (Alexander Späh)
研究員 ハーシャッド・パターク (Harshad Pathak)
研究員 フィヴォス・ペラキス (Fivos Perakis)
研究員 ダニエル・マリダール (Daniel Mariedahl)
研究員 カトリン・アマン・ウィンケル (Katrin Amann-Winkel)
教授 アンダース・ニルソン (Anders Nilsson)

スゥエーデン王立工科大学
助教授 ジョナス・セルベルグ (Jonas A. Sellberg)

韓国浦項加速器研究所
研究員 ジェヒョク・リー (Jae Hyuk Lee)
研究員 サンスー・キム (Sangsoo Kim)
研究員 ジェヒョン・パク (Jaehyun Park)
研究員 キヒョン・ナム (KiHyun Nam)

背景

地球上の生命に不可欠な水(H2O)は、他の液体とは全く異なる物理的な特性を示すことが知られています。例えば、ほとんどの物質は冷却されると縮み、その密度が増加します。そのため、同じ物質では液体より固体の密度の方が高くなります。この法則に従えば、水も凍る温度まで冷やせば密度が高くなりそうです。しかし実際には、氷を水に入れると浮かぶことからも分かるように、水の密度は4℃で最高になります。また、水を4℃以下に冷やすと今度は密度が下がり、膨らんでいきます。さらに、水を凍らせることなく0℃以下に冷やす(過冷却状態)と、この膨張の速さが速くなります。

この例のように水を冷やすと密度だけでなく、熱容量や等温圧縮率といったさまざまな特性が奇妙な振る舞いをするため、その挙動を理解しようといくつかの仮説が提唱されています。そのうちの一つは、水には実は密度の異なる二つの液相が混在しており、その間で揺らぎが常に起こっているという説です。この説では、水の奇妙な特性は二相間の揺らぎが原因であり、「液-液相転移の臨界点(LCP)」があると考えられています。

しかし、過冷却状態の水は不安定で氷になりやすいため、この仮説を検証できるほどに十分に冷やされた水を作り出し、凍ってしまう前に計測を終えることは困難でした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、直径14マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の小さな水滴が真空中で冷却されて氷になる前の過冷却状態を、X線自由電子レーザー(XFEL)で捉えることに成功しました(図1)。XFELはフェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)のパルス幅を持つため、刻々と状態が変化する水の一瞬を切り出して計測することができます。また、水の温度は、水滴を作り出すインジェクターとXFELが照射される領域との距離を変えることで制御できます。

次に、水滴から散乱されたX線を検出して構造解析することで、水の奇妙な振る舞い(冷却時の等温圧縮率の上昇)の温度依存性を調べました。その結果、等温圧縮率は-44℃で最大となり、それ以下の温度では反転することを発見しました。また、水に含まれる水素原子(H)を重水素原子(D)に置換した重水(D2O)では、この温度が-40℃になることも確かめました。これらの発見は水に「液-液相転移」が存在し、その相転移が原子核の量子効果[7]に影響されることを示しています(図2)。

今後の期待

今回、国際共同研究グループは、水が二つの液相間で揺らいており、液-液相転移の臨界点が存在することを実証しました。この成果により、水に固有の熱力学的な挙動の起源が解明されました。今後、圧力と温度をパラメータとした相図のどこに液-液相転移の臨界点があるのかが焦点となります。

原論文情報

  • Kyung Hwan Kim, Alexander Späh, Harshad Pathak, Fivos Perakis, Daniel Mariedahl, Katrin Amann-Winkel, Jonas A. Sellberg, Jae Hyuk Lee, Sangsoo Kim, Jaehyun Park, KiHyun Nam, Tetsuo Katayama, Anders Nilsson, "Maxima in the Thermodynamic Response and Correlation Functions of Deeply Supercooled Water", Science, doi: 10.1126/science.aap8269

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 片山 哲夫 (かたやま てつお)
(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 研究員)

ストックホルム大学
研究員 キョンホァン・キム (Kyung Hwan Kim)
教授 アンダース・ニルソン (Anders Nilsson)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
Tel: 0791-58-2785 / Fax: 0791-58-2786
kouhou [at] spring8.or.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. X線自由電子レーザー(XFEL)
    X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
  2. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(100億分の1m)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
  3. 過冷却状態
    物質の相が変化するべき温度でも、相が変化しないでいる状態。水の場合、氷の種となる核ができないよう均一に冷やすとできる。本研究では、氷になる前の一瞬とXFELで観察している。
  4. 熱容量
    物質の温度を1℃上昇させるために必要な熱量。通常の液体では温度が高くなるほど、必要な熱量が大きくなるが、水の場合は低温になるほど熱容量が上昇する。
  5. 等温圧縮率
    温度が一定の条件下における、体積の圧力依存性。通常の液体では温度が高くなるほど圧縮しやすくなるが、水の場合は低温になるほど圧縮しやすくなる。
  6. 液-液相転移の臨界点(LCP)
    相転移とはある相が別の相に変化する現象。一般には、物質の三態(気相、液相、固相)間の変化として理解されるが、液-液相転移では同じ液体中に異なる物性や構造を持つ二つの状態があり、液体はその間を揺らいでいる。液-液相転移の臨界点とは、その二つの状態が1:1の比で存在する温度、圧力のこと。LCPはliquid-liquid critical pointの略。
  7. 原子核の量子効果
    原子核の重さが変わることで物性に影響が出ること。重水素は水素より重く、その影響により、等温圧縮率が最大になる温度が変化した。

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実験セットアップ模式図

図1 実験セットアップ模式図

直径14μmの水滴は、真空中を落下する間に冷却される。冷却された滴にタイミングよくXFELを照射し、散乱されたX線を後方の検出器で捉える。SAXSとは小角領域のX線散乱、WAXSとは広角領域のX線散乱のことである。

散乱プロファイルの温度依存性の図

図2 散乱プロファイルの温度依存性

A) 水の小角領域のX線散乱プロファイル(SAXS)。255.6K(-17.6℃、赤線)から冷やしていくにつれ、散乱強度が増えるが、229.2K(-44℃、水色線)を境に減る方向に転じており、これが等温圧縮率の反転に対応している。

B) Aの積算強度の温度依存性を表示。水(H2O)の場合は229.2K(-44℃)に、重水(D2O)の場合は233.2K(-40℃)にそれぞれ最大値があり、原子核の量子効果がみられることが分かる。赤、青はそれぞれ水と重水に対応。

C) 水の広角領域のX線散乱プロファイル(WAXS)。255.6K(-17.6℃、赤線)から冷やしていくにつれ、赤矢印で示されるようにピークが左にシフトしている。

D) Cのピーク位置が温度変化に対してどれくらい移動するかを、各温度に対して表示したもの。Bと同様に水と重水で最大値が異なり、原子核の量子効果がみられることが分かる。赤、青はそれぞれ水(H2O)と重水(D2O)に対応している。

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