1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2018

2018年1月12日

理化学研究所

他者の空間位置を認識する仕組みを発見

-海馬の場所細胞は自己と他者の場所を同時に表現する-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センターシステム神経生理学研究チームの藤澤茂義チームリーダー、檀上輝子基礎科学特別研究員と神経適応理論研究チームの豊泉太郎チームリーダーらの共同研究チームは、自己と他者が空間のどこの場所にいるのかを認識する仕組みを、ラットの脳の海馬[1]における神経細胞の活動を記録することで明らかにしました。

脳の海馬には、「場所細胞[2]」という自己の空間位置を認識する神経細胞が存在します。しかし、自己以外のもの、例えば物体や他者などの空間位置情報がどのように認識されているかは解明されていませんでした。

今回、共同研究チームは、2匹のラット(自己ラットと他者ラット)に、「他者観察課題」を学習させました。他者観察課題とは、自己ラットが他者ラットの動きを観察することで報酬がもらえる場所を知ることができるという行動課題です。そして、このときの海馬における個々の神経細胞の活動を、超小型高密度電極[3]を用いて記録しました。その結果、海馬において、自己の位置を認識する標準的な場所細胞に加え、他者の位置を認識する神経細胞が存在することを発見しました。特に、場所細胞の中に、自己の場所と他者の場所を同時に認識する細胞が多かったことから、これを「同時場所細胞」と名付けました。

今回の研究では、海馬の場所細胞は自己の空間上の位置のみならず、他者の空間上の位置も同時に認識していることを明らかにしました。この結果は、私たちがどのように自己や他者の空間情報を認識しているかを解明する上で重要な知見となります。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月11日付け:日本時間1月12日)に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域「こころの時間学」などの支援を受けて行なわれました。

背景

私たちは普段の暮らしの中で、さまざまな空間認識を自然に行っています。例えば、見慣れた街を歩いているとき、自分が今、最寄り駅からどのくらいの位置にいるのかを簡単に思い浮かべることができます。このような空間認識は、脳の海馬という部位がつかさどることが知られています。海馬には、空間における自己の位置を認識することのできる「場所細胞」という神経細胞が存在して、脳内で地図を構成することに役立っています。

しかし、これまでの研究では、自己の位置を認識する仕組みは分かっていましたが、例えば自分が見ている他者が空間上のどの位置にいるのかを把握する仕組みは解明されていませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームはまず、2匹のラット(自己ラットと他者ラット)に、「他者観察課題」を学習させました。他者観察課題とは、自己ラットは他者ラットの動きを観察することで報酬がもらえる場所を知ることができるという行動課題です(図1A)。

次に、この課題を行っているときの自己ラットの海馬における神経細胞の活動を、超小型高密度電極を用いて記録しました。その結果、海馬において、自己の位置を認識する標準的な場所細胞に加え、他者の位置を認識する神経細胞が存在することを発見しました。特に場所細胞の中に、自己の場所と他者の場所を同時に認識している細胞が多かったことから、これを「同時場所細胞」と名付けました(図1B)。

また、同時場所細胞の中には、他者の場所情報をより強く反応する「他者場所細胞」や、自己であろうと他者であろうとその場所に存在するものがあると活動する「共通場所細胞」などが存在することも発見しました。

今後の期待

今回、海馬の場所細胞が自己の空間上の位置のみならず、他者の空間上の位置も同時に認識していることを明らかにしました。この結果は、私たちがどのように自己や他者の空間情報を認識しているかを解明する上で重要な知見となります。

自己の空間位置だけでなく他者の空間位置を把握する能力というのは、社会的な生活を営む上でとても重要だと考えられます。今後は、このような他者の空間情報を認識する機能が、私たちの社会性行動の能力とどのように関連しているのかが明らかになっていくと期待できます。

原論文情報

  • Teruko Danjo, Taro Toyoizumi, Shigeyoshi Fujisawa, "Spatial representations of self and other in the hippocampus", Science, doi: 10.1126/science.aao3898

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター システム神経生理学研究チーム
チームリーダー 藤澤 茂義(ふじさわ しげよし)
基礎科学特別研究員 檀上 輝子(だんじょう てるこ)

脳科学総合研究センター 神経適応理論研究チーム
チームリーダー 豊泉 太郎(とよいずみ たろう)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

補足説明

  • 1.海馬
    脳の中で、記憶をつかさどる領域。解剖学的には大脳新皮質の内側に位置し、タツノオトシゴに似た形をしていることから「海馬」(タツノオトシゴの別名)と呼ばれる。
  • 2.場所細胞
    動物が空間内のある特定の場所を通過するときにだけ活動する細胞。海馬のCA1やCA3に存在する。場所細胞を発見したジョン・オキーフ博士は2014年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
  • 3.超小型高密度電極
    数十個の微小電極を持つ記録デバイス。手術により動物の脳に配置することで、個々の神経細胞の活動をリアルタイムで観測することができる。
他者認識課題と同時場所細胞の図

図1 他者認識課題と同時場所細胞

  • A: 実験に用いたラットの他者認識課題。T字型の環境で、まず他者ラットがスタートして左右の好きな方を選ぶ。自己ラットは、他者ラットが選択した場所と反対側の場所に行くと報酬がもらえる。この課題を正しく解くためには、自己ラットは他者ラットの動きをきちんと観察しないといけない。
  • B: 自己ラットが他者認識課題を行っているときの、海馬の神経細胞の活動パターン。2つの代表的な細胞を例として提示した。他者ラットおよび自己ラットがどの場所にいたときに、海馬の神経細胞が強く活動したかを、カラーマップで示している。赤色のときは強く活動、緑色のときは中程度で活動、青色のときは全く活動していない。この画像より、海馬の場所細胞は、自己の場所と他者の場所の両方に依存して発火活動をしていることが分かる。例えば、場所細胞1は、自己はスタート場所で観察していて、他者が分岐的直前の場所にいるときのみに活動していた。

Top