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2018年3月14日

理化学研究所
早稲田大学

多感覚情報の統合機構

-遅い神経振動活動を介した情報統合の可視化-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チームの糸原重美チームリーダー、黒木暁リサーチアソシエイト、吉田崇将客員研究員、細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻の大島登志男教授らの共同研究グループは、マウスを用いて、多感覚刺激に対する大脳皮質の新たな神経応答を発見しました。

複数の知覚情報の統合は、外界の情報を正確に素早く得る手段であり、高次脳機能の根幹をなします。これまで、大脳皮質の多くの領域におけて複数種類の感覚刺激(多感覚刺激)に対する応答が報告されていましたが、これらの領域がどのように連携して感覚情報を統合しているのか、明らかではありませんでした。

今回、共同研究グループは、信頼性の高い光学シグナルを興奮性細胞もしくは抑制性細胞選択的に発する遺伝子改変マウスを新たに作製し、感覚刺激がない状態と多感覚刺激を与えた状態での、大脳皮質全体の活動を解析しました。その結果、1ヘルツ以下の「徐波」と呼ばれる遅い神経振動活動[1]が興奮性ネットワークにも抑制性ネットワークにも明確に観察されました。徐波は感覚刺激がない状態でも観察され、その流れの中で、大脳皮質連合野[2]正中・頭頂領域[2]ハブ[3]のような特徴を示しました。また、感覚刺激によって、このハブ様領域を中心に大脳皮質全体で、徐波が刺激試行ごとにそろう現象(位相同期)を発見しました。この現象は興奮性ネットワークのみで起こり、多感覚刺激によって、より正確にそろいました。神経振動活動の同期は、異なる脳領域の情報のやりとりに重要です。本成果は、遅い神経振動活動を介した新たな多感覚情報の統合機構の可能性を示しました。

今後、位相同期が個体の行動・学習にどう影響するのか、また大脳皮質以外の脳領域とどのように連携しているのか、明らかになると期待できます。また、多感覚情報の統合機能の異常は発達障害と密接に関係するため、本研究の知見や手法を応用することで、発達障害のメカニズム解明や治療へつながると期待できます。

本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Cell Reports』に(3月13日付け:日本時間3月14日)に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金特別研究員奨励費「皮質繊維層in vivoカルシウムイメージングによる注意行動制御機構の解明(研究代表者:黒木暁)」、若手研究B「マウス視覚野におけるトップダウン注意信号入力のイメージング(研究代表者:吉田崇将)」、日本医療研究開発機構「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開」、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援を受けて行なわれました。

※共同研究グループ

理化学研究所 脳科学総合研究センター
行動遺伝学技術開発チーム
チームリーダー 糸原 重美 (いとはら しげよし)
リサーチアソシエイト 黒木 暁 (くろき さとし)(早稲田大学 先進理工学研究科 生命医科学専攻)
客員研究員 吉田 崇将 (よしだ たかまさ)(東洋大学 理工学部 生体医工学科 助教)
テクニカルスタッフ(研究当時)岩間 瑞穂 (いわま みずほ)
テクニカルスタッフI 安藤 れい子(あんどう れいこ)

細胞機能探索技術開発チーム
チームリーダー 宮脇 敦史 (みやわき あつし)
客員研究員 筒井 秀和 (つつい ひでかず)(北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス系 生命機能工学領域 准教授)
研究員 道川 貴章 (みちかわ たかゆき)

早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻
教授 大島 登志男(おおしま としお)

背景

私たちは普段の生活の中で、常に複数の感覚情報を同時に受け取っています。例えば動物の姿(視覚)と鳴き声(聴覚)など、複数の感覚情報を統合することで、私たちは対象をより正確に素早く知覚することができます。これまで、脳の多くの領域において複数感覚に対する応答が報告されていましたが、これらの領域がどのように連携して情報を統合しているのか、明らかではありませんでした。その理由の一つとして、これまでの電気生理記録[4]などの研究では大脳皮質の一点または数点のみでしか神経活動を記録できなかったことが挙げられます。

また近年、異なる神経細胞種[5]の機能分担が盛んに研究されており、多感覚応答においても細胞種ごとに異なる応答特性が報告されています。

共同研究グループは、感覚統合の研究においては、細胞種ごとに脳の広い領域を同時に観察する手法が有用であると考え、大脳皮質全体の活動を、細胞種を限定して観察できる広域カルシウムイメージング法[6]に着目しました。

研究手法と成果

広域カルシウムイメージング法は、特定の細胞種の広い範囲の神経活動を同時に計測できる手法ですが、大脳皮質の抑制性神経細胞など、数が少ない神経細胞種の観察では、シグナル強度が弱く、観察にはまだ十分とは言えませんでした。

そこで共同研究グループは、より信頼性の高いシグナルを得るため、新たにノイズ耐性が高い蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)[7]を基盤とした遺伝子組み込み型蛍光カルシウムセンサー[8]であるYellow Cameleon 2.60(YC2.60)を、Cre/LoxPシステム[9]の下で細胞種選択的に発現する遺伝子改変マウスを作製しました。このマウスを用いて、興奮性神経細胞、抑制性神経細胞それぞれで選択的にYC2.60を発現させ、広域カルシウムイメージングを行いました。この実験系で得られたカルシウムシグナルが神経活動をよく反映していました。また、大脳皮質において少数派である抑制性ネットワークでも、主な細胞種である興奮性神経細胞と同等のSN比[10]で神経活動を観察できました。

まず、麻酔下で、かつ感覚刺激がない条件における自発活動の解析を行いました。この実験系において、1ヘルツ以下の「徐波」と呼ばれる神経振動活動が大脳皮質の中を波のように流れていく活動が観察されました(図1A)。相互相関法[11]を用いて、徐波の自発活動の流れを解析した結果、正中・頭頂領域が、多くの皮質領域の活動と高い相関を持ち、かつ流れの起点・終点になる傾向がほぼ同等になるという特徴を持っていました(図1B)。このことから、正中・頭頂領域が徐波の自発的な流れにおいて、ハブのような役割を担っていることが示されました。これは興奮性・抑制性どちらのネットワークでも観察され、この領域をハブ様領域としました。

次に、麻酔下のマウスで多感覚刺激(体性感覚刺激、聴覚刺激、視覚刺激、視覚先行刺激)に対する応答を解析しました。その結果、一次体性感覚野[12]においては、対応する感覚刺激に対する大きな単発性の応答が確認できました(図2A上)。これは数多くの先行研究の結果と一致し、この応答が確かに感覚刺激によって引き起こされたものであることを示しています。

一方でハブ様領域において、上述の応答とは異なる、刺激後に振動する応答を確認しました(図2A中下)。この応答は、これまでの研究では報告がありませんでした。この振動の周波数は、自発活動で解析した徐波の周波数帯と一致したため、この応答は感覚刺激によって引き起こされたというよりも、もともとあった徐波のタイミングが刺激によってそろったのではないかと考えられました。

この仮説を検証するために、徐波の位相同期性[13]を算出し、試行間で徐波の位相がどの程度そろっているかを数値化しました(図2B)。その結果、いくつかの多感覚刺激条件において、大脳皮質全体で刺激後に、位相同期性が有意に高くなることを確認しました。特に、ハブ様領域は高い位相同期性を示し、また単感覚刺激条件に比べ多感覚刺激条件の方が有意に高い値を示しました。抑制性ネットワークでも位相同期は観察されましたが、位相同期性の値は興奮性ネットワークの方が高くなりました。一方で、単発性の応答の振幅は興奮性ネットワークと抑制性ネットワークの間で明確な違いはありませんでした。また、覚醒下でも同様に、多感覚刺激によって興奮性ネットワークで位相同期が起こることも確認しました。

また、GABA受容体[14]に亢進的に作用する薬剤の投与によって、抑制性ネットワークの活性化を模倣すると、興奮性ネットワークの位相固定のパターンが変化しました。これは、抑制性神経細胞の活動が興奮性ネットワークの位相同期に関与すること、さらに位相同期において細胞種ごとに異なる役割を担っていることを示しています。

離れた脳領域同士の情報のやりとりは、神経振動活動の位相の同期・非同期によって調節されています。また、ハブ様領域とした正中・頭頂領域は感覚統合や感覚-運動連合の座です。今回発見した、ハブ様領域を中心とする大脳皮質全体での位相同期は、各皮質領域の情報を徐波の位相関係によって、連合野において統合する新たな神経機構の可能性を示すものです。

今後の期待

脳の機能を理解する上で、異なる情報を脳がいかに統合するかというのは主要な問題の一つです。今後、今回発見した徐波の位相同期が、個体の行動・学習にどう影響するのか、また大脳皮質以外の脳領域とどのように連携しているのか、明らかになると期待できます。

また、多感覚情報の統合機能は発達の段階で育まれ、その異常は発達障害と密接に関係しています。本研究の知見や手法を応用することで、発達障害のメカニズム解明や治療へつながると期待できます。

原論文情報

  • Satoshi Kuroki, Takamasa Yoshida, Hidekazu Tsutsui, Mizuho Iwama, Reiko Ando, Takayuki Michikawa, Atsushi Miyawaki, Toshio Ohshima, Shigeyoshi Itohara, "Excitatory Neuronal Hubs Configure Multisensory Integration of Slow Waves in Association Cortex", Cell Reports, doi: 10.1016/j.celrep.2018.02.056

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 行動遺伝学技術開発チーム
チームリーダー 糸原 重美 (いとはら しげよし)
リサーチアソシエイト 黒木 暁 (くろき さとし)
客員研究員 吉田 崇将 (よしだ たかまさ)

脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
チームリーダー 宮脇 敦史 (みやわき あつし)

早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻
教授 大島 登志男 (おおしま としお)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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早稲田大学 広報室 広報課
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補足説明

  • 1.神経振動活動
    多数の神経細胞活動の総和として現れる周期性を持った神経活動。自発的に活動しており、覚醒や注意などの脳の状態によって周波数構造が変化する。遅い周波数から、徐波、デルタ波、シータ波、アルファ波、ベータ波、ガンマ波などに区分される。
  • 2.大脳皮質連合野、正中・頭頂領域
    知覚処理において、大脳皮質の各領域は、個別の感覚情報処理を担う感覚野と、それらの情報を統合してより高次の認知処理(概念化など新たな情報の生成)を担う連合野に分かれる。正中領域は大脳半球の内側の正中線近くの領域で、頭頂領域は頭頂にある視覚野・聴覚野・体性感覚野に囲まれた領域である(図3オレンジ斜線領域)。
  • 3.ハブ
    ネットワーク構造において、多くの他の点との接続を持ち、中継を担う点。
  • 4.電気生理記録
    脳の特定の部位に電極を刺し、神経細胞の電気活動を記録する手法。
  • 5.神経細胞種
    神経細胞は、放出する神経伝達物質や、遺伝子発現から多くの細胞種に分類することができる。最も大きな分類として、他の神経細胞の活動を促す興奮性と、抑える抑制性がある。
  • 6.広域カルシウムイメージング法
    遺伝子組み込み型蛍光カルシウム(または電位)センサーを発現する遺伝子改変マウスと、低倍の蛍光顕微鏡を組み合わせることで、大脳皮質表層の神経活動を広く観察する手法。
  • 7.蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)
    二つの蛍光物質間のエネルギー移動によって、それぞれの物質が発する蛍光強度が変化すること。FRETはFluorescence resonance energy transferの略。
  • 8.遺伝子組み込み型蛍光カルシウムセンサー
    蛍光強度の変化によってカルシウム濃度の変化(神経活動をよく反映する)を検出する、蛍光タンパク質とカルシウム感受性タンパク質から構成されるセンサー。FRETベースのセンサーは、二波長の蛍光強度比が変化することでカルシウム濃度変化を検出し、蛍光強度比を計算する際にノイズを取り除けるという利点を持つ。
  • 9.Cre/LoxPシステム
    細胞種選択的に遺伝子発現を操作する遺伝子工学技術の一つ。大腸菌由来のDNA組み換え酵素Creは、LoxP配列と呼ばれる特定の遺伝子配列を認識して、二つのLoxP配列間にあるDNA配列を切断する。Cre, LoxP共に野生型マウスには存在しないため、この仕組みを外来的に導入することで、特定の遺伝子の発現を阻害・誘導することができる。さまざまな細胞種でCreを発現するマウスが既に作製されており、特定の遺伝子配列をLoxP配列で挟んだ遺伝子改変マウスにより、その遺伝子発現を制御することができる。
  • 10.SN比
    定常ノイズに対するシグナル強度の大きさを比で表したもの。シグナルの信頼性を表す指標として用いられる。
  • 11.相互相関法
    二つの時系列データの相関値を、時間をずらしながら計算する方法。ピークの相関値を示す時間差によって、情報伝達の方向性を見ることができる。
  • 12.一次体性感覚野
    大脳新皮質の頭頂葉に位置し、皮膚感覚や深部感覚をつかさどる低次脳領域。
  • 13.位相同期性
    波や振動といった周期信号は、波の大きさ(振幅)と周期における位置(位相)に分けることができる。位相同期の定義は研究や解析手法ごとにさまざまであるが、今回は、「刺激試行間で位相がそろうこと」と定義した。
  • 14.GABA受容体
    神経伝達物質であるガンマ-アミノ酪酸(GABA)に結合する受容体。神経活動に対して主に抑制的に作用する。
麻酔下・感覚刺激がない条件での徐波自発活動の解析の図

図1 麻酔下・感覚刺激がない条件での徐波自発活動の解析

  • (A) 左の大脳半球における興奮性ネットワークの自発活動の様子。カルシウムシグナルの流れが、大脳皮質のある領域から発生し、別の領域へ流れている。図中の数字は時間(秒)を示している。
  • (B) 相互相関解析による流れの傾向の解析。青から赤の色で塗られた円は、流れの起点/終点になる傾向を示し、ピンクの円は多領域との相関が0.5以上になるリンクの数を示す。前外側が起点になる傾向が強く、後側が終点になる傾向が強い。これは自発活動が前外側から後側に流れる傾向が強いことを示す。また、正中・頭頂領域はリンクの数が多く、かつ流れの傾向は0に近い。このことから、正中・頭頂領域は徐波の自発活動において、ハブ様の特徴を持つことが示された。
麻酔下条件での多感覚刺激による位相同期の図

図2 麻酔下条件での多感覚刺激による位相同期

  • (A) 各感覚刺激条件での代表的な領域の平均トレース。一次体性感覚野においては、体性感覚刺激(S)に対して単発的な応答を示すのに対して、正中・頭頂領域では、特定の刺激条件で振動性の応答を見せる(黒矢頭)。この振動の周波数は1ヘルツあたりで、自発活動の周波数と一致する。興奮性(青線)でよく観察されるのに対して、抑制性(赤線)ではあまり見えない。Aは聴覚刺激、Vは視覚刺激、Vpは視覚先行刺激を示す。
  • (B) 興奮性ネットワークの位相同期性。いくつかの刺激条件でハブ様領域(正中・頭頂領域)を中心に、大脳皮質全体で数秒にわたり位相同期が起こることが観察された。また、単感覚刺激条件に比べ、多感覚刺激条件ではより強く同期する。×は位相同期が起こらないことを示す。
徐波の位相同期による多感覚統合の図

図3 徐波の位相同期による多感覚統合

大脳皮質において、各感覚野からの情報は連合野の正中・頭頂領域に送られて統合される。多感覚刺激に対して位相同期が起こることで、領域間の徐波の位相関係が整い、情報統合を行いやすくしていると考えられる。

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