広報活動

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2018年4月19日

理化学研究所

SACLAにおける光渦照射による針状構造の形成

-X線の波面制御と元素選択性を利用した新しい微細加工法の確立-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの香村芳樹チームリーダー、武井大客員研究員、ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクターらの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設[1]SACLA[2]」のX線を絞ると同時に波面を制御しながら試料に照射すると、X線のビーム幅よりはるかに細い、回折限界[3]以下の針状の微細構造を形成できることを示しました。

本研究成果は、XFEL施設のX線を使い、その波面制御を行いつつ物質に照射することで、新しい微細加工法の確立に貢献することが期待できます。

今回、国際共同研究グループは、SACLAのX線レーザーの波面を制御し中心強度ゼロで、周囲にマイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)スケールのドーナツリングを持つ「光渦(ひかりうず)[4]」ビームを形成しました。このビームを薄膜試料表面に照射し、試料表面で光解離(アブレーション)現象[5]を起こしました。その結果、クロムと金の多層膜を試料とした場合、針状の微細構造が生じ、その典型的な高さと幅はそれぞれ0.6μmと0.3μmでした。また、元素分布ごとの3次元分布の時間変化を1ピコ秒(1兆分の1秒)程度の時間分解能で計算することで、アブレーションの過程や針状構造の形成過程を、異なった相を持つ2元素の元素分布及び相分布によって説明できることを示しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Applied Physics Letters』のオンライン版(3月23日付け:日本時間3月24日)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ
放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)
客員研究員 武井 大(たけい だい)
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)
ビームライン開発チーム
基礎科学特別研究員 井上 伊知郎(いのうえ いちろう)
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)

デューコブ自動制御研究所
主幹研究員 ヴァシリー・ジャホブスキー(Vasily Zhakhovsky)

東京大学 大学院新領域創成科学研究科
非常勤講師 鈴木 芳生(すずき よしお)

高輝度光科学研究センター
バイオ・ソフトマテリアルグループ
副主幹研究員 竹内 晃久(たけうち あきひさ)
XFEL利用研究推進室
研究員 犬伏 雄一(いぬぶし ゆういち)

ランダウ理論物理学研究所
教授 ナイル・イノガモフ(Nail Inogamov)

背景

通常のレーザー光の波面は平面で、強度はビームの中心で最大となります。これに対し、特殊な光学素子を使うことで、光波が干渉し[6]完全に相殺され、ある点で振幅がゼロ、さらに、この点の周囲に明るいドーナツリング状の強度分布を持った「光渦(ひかりうず)」と呼ばれるらせん階段状の波面を作ることができます(図1)。

2014年ノーベル化学賞の対象となった誘導放出抑制顕微鏡[7]においては、強度がゼロに近い中心付近のみで蛍光体を光らせる技術が開発され、中心強度ゼロの光渦ビームは回折限界を超える顕微鏡開発に役立てられました。同様に、物質表面の光解離(アブレーション)現象においては、光渦ビームを表面に照射すると、中心周囲のドーナツリング部ではアブレーションが盛んに起き、一方で、強度ゼロの中心点では起きないため、ドーナツリング部と中心では圧力差が生じ、回折限界を超える細い針状構造が生じます。このような針状構造は、これまで、可視光領域、赤外線領域での短パルスレーザーの照射で実現されています。

これに対し、国際共同研究グループは、X線の回折限界は可視光や赤外線よりも1桁以上小さいこと、また、高いエネルギーのX線を使うと多くの場合、物体中の侵入長が1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)以上になることから、より細く深い構造体を形成できる可能性があることに注目し、X線光渦ビームによる加工実験を実施しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」から放射されたパルス光を、らせんフレネルゾーンプレート[8]を透過させ、中心強度ゼロでマイクロメートルスケールのドーナツリング状の強度分布を持つ絞られた光渦ビームを試料に照射する実験を行いました。実験では、絞られたドーナツリング部のパルスエネルギーの平均値が約1.0マイクロジュール(100万分の1ジュール)、パワー密度が約1015W/cm2の条件で、7.71keVのX線パルスをクロム(Cr)と金(Au)の2元素を交互に積層した5層の薄膜試料表面に照射しました(図2)。

その結果、アブレーション現象が起こり、絞られたX線ビームの幅よりもはるかに細い針状の微細構造を光渦の中心に形成できることを示しました。多層膜試料で観察された針状構造の典型的な高さは0.6μm、幅は0.3μmでした(図3)。この幅は、らせんフレネルゾーンプレートの最小線幅(1.4μm)から計算される回折限界サイズである1.7μmよりもはるかに細いという特徴を持ちます。

また、XFELパルス照射後の針の領域と照射領域外における元素分布を、走査型電子顕微鏡[9]によるエネルギー分散X線分析[10]を用いて調べました。その結果、針位置において、クロムが著しく増えており、同時に金が大きく欠乏していることを突き止めました(図4)。

さらに、アブレーション現象の過程を理解するため、分子動力学計算[11]を実施し、針状構造の形成過程を1ピコ秒(1兆分の1秒)程度の非常に短い時間きざみで計算しました。この結果、光渦のドーナツリング状ビームの照射によって、液化したクロムが、気化した金による泡表面に分布し、泡が膨張するのに従い、圧力が低い光渦中心部に効率的に運ばれ、中心部へクロムが集積し、実験で得られたような針状構造が1ナノ秒(10億分の1秒)以下という非常に短い時間スケールで生じたと解釈できることが示されました(図5)。さらに、別の実験や計算により、金のみを積層した試料だと、中心に生じる構造体の高さ/幅の比は圧倒的に小さく、円錐状になること、一方で、今回の条件では、ニッケルなどの軽い元素ではアブレーション現象が生じないことも示されました。

今後の期待

X線の回折限界サイズは、光渦が主に利用されてきた可視光や赤外線などの波長領域での回折限界よりも1桁以上小さいことが知られており、X線で今回の微細加工法を実施するのに有利に働きます。また、物質中の元素によるX線の吸収率は原子番号に大きく依存し、その4~5乗に比例します。元素に特有のエネルギーのX線を照射して加工効率を上げることや、多層膜を構成する元素の組み合わせや、厚さの調整を行なって、形状などの加工の自由度を上げることが可能であると考えられ、高度な微細加工への適応が期待できます。

今回の微細加工法は、X線波面の制御によって、物質の分布を制御する新しい手法といえ、今後さらに、独自の利用展開が期待できます。

原論文情報

  • Yoshiki Kohmura, Vasily Zhakhovsky, Dai Takei, Yoshio Suzuki, Akihisa Takeuchi, Ichiro Inoue, Yuichi Inubushi, Nail Inogamov, Tetsuya Ishikawa, and Makina Yabashi, "Nano-structuring of multi-layer material by single x-ray vortex pulse with femtosecond duration", Applied Physics Letters, 10.1063/1.5020318

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)
客員研究員 武井 大(たけい だい)

放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. X線自由電子レーザー(XFEL)施設
    X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とする。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
  2. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の一とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(nm、100億分の1m)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
  3. 回折限界
    波としての性質を持つ光は、障害物があるとその背後に回り込む。この現象を回折という。光はこの性質のために、光を集める場合には、光の波長をレンズ口径で割った角度領域以下、あるいは、この角度に焦点距離をかけたサイズ以下の領域に集光できない。また、顕微鏡の解像度をこのサイズ以下にできない。この光の限界を回折限界と呼ぶ。
  4. 光渦(ひかりうず)
    光の伝播軸を中心軸とし、光の波面が一定の角度で傾いたらせん階段状に生成される現象を指す。光の強度分布で見ると、中心で強度がゼロとなり、周囲にドーナツ状の光の輪が生じる。光の位相分布で見ると、中心で位相が不確定となり、周囲のドーナツリング部を一周すると、位相が2πの整数倍だけ変化するという特徴がある。
  5. 光解離(アブレーション)現象
    主として、材料の表面から蒸発、浸食などの過程によって物質が分離する現象。
  6. 干渉効果
    波を山と谷といううねりとして表現すると、干渉とは、波と波が重なり合うときに山と山が重なったところ(重なった時間)ではより大きな山となり、谷と谷が重なりあうところ(重なった時間)ではより深い谷となる、そして、山と谷が重なったところ(重なった時間)では相殺されて波が消えてしまうなどの一連の現象のことをいう。
  7. 誘導放出抑制顕微鏡
    ドイツ・マックス・プランク生物物理化学研究所のヘル博士らが開発した蛍光顕微鏡の一種。試料中の蛍光色素分子に対し、基底状態から励起させる「励起光」を照射し、ほぼ同時に、特定の励起準位から基底準位への単一エネルギーの光のみ放射させる「誘導放出光」も照射し、二つの短パルス光を照射する。「誘導放出光」のみ、中心強度がゼロの光渦を含んだビームとする。蛍光体は、ドーナツリング部で「誘導放出光」を放射し、光渦中心では複数のエネルギーの光を含んだ「自然放射光」を放射する。エネルギーのフィルターをかけると光渦の中心付近だけで蛍光体が光る様子を観察できる。「誘導放出光」強度を上げれば、より狭い領域の観測が可能になる。
  8. らせんフレネルゾーンプレート
    らせんフレネルゾーンプレートは、二つのゾーンからなり、ゾーン間の深さの差により、透過X線にπの位相差が与えられる。回折現象を利用した設計がなされているため、レンズの機能を有し、ある焦点距離でX線を集光する。さらに、二つのらせん形状のゾーンが二回対称に配置されており、干渉効果が中心軸上で完全に打ち消し合うため、中心軸上での強度がゼロとなる。今回はタンタル薄膜上に最外線幅が1.4μmのらせんフレネルゾーンプレートの構造を形成し、実験に用いた。
  9. 走査型電子顕微鏡
    絞った電子線ビームを試料に照射することで生じる二次電子線を検出して、表面像を取得する装置。試料表面の微細構造を観察するために用いられる。
  10. エネルギー分散X線分析
    走査型電子顕微鏡において、絞った電子線を試料に照射したときに放出される特性(蛍光)X線を、半導体検出器で検出し、物体中の元素の分布を測定する方法を指す。元素に特有の電荷量(X線エネルギー)が生じ、半導体検出器がX線エネルギーを区別できることを利用している。
  11. 分子動力学計算
    原子間に働く力を計算し、運動方程式を繰り返し解くことによって、分子の動きをつぶさにシミュレーションする方法。

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通常のレーザー光と光渦ビームの違いの図

図1 通常のレーザー光と光渦ビームの違い

通常のレーザー光の波面は平面波であるのに対し、光渦ビームの波面はらせん階段状である。実際に観察されるのは、波面ではなく強度分布であり、通常のレーザー光では、中心が明るく、光渦ビームでは中心に強度ゼロの暗点、その周囲がドーナツリング状となる。

実験手法と観測される現象の概念図

図2 実験手法と観測される現象の概念図

X線自由電子レーザー施設「SACLA」からの放射を絞り、マイクロメートルスケールのドーナツリング状の強度分布を持った光渦(ひかりうず)を生成した。その焦点面に、シリコン基板上に多層膜構造(クロム3層、金2層)を積んだ試料をセットし、光解離(アブレーション)を起こした。その際、ドーナツリング部ではアブレーションが盛んに起き、強度ゼロの中心部では起きないため、圧力差が生じ、鋭い針状の構造体が形成された。

形成した針状構造の3次元レーザー顕微鏡像(上段)と針状構造の観察結果(下段)の図

図3 形成した針状構造の3次元レーザー顕微鏡像(上段)と針状構造の観察結果(下段)

パルス照射後の試料表面の形状を3次元レーザー顕微鏡によって計測した。絞られたドーナツリング部のパルスエネルギーが1.0マイクロジュールの場合(赤線)と、0.9マイクロジュールの場合(黒線)とで、中心の針状構造の幅が変わる様子が観察された。1.0マイクロジュールの場合に形成された針状構造の典型的なサイズは、幅が0.3μm、高さが0.6μmであった。

針位置でのクロムの増大と金の欠乏を示す実験結果の図

図4 針位置でのクロムの増大と金の欠乏を示す実験結果

絞られたドーナツリング部のパルスエネルギーが0.9マイクロジュールの場合に生じた針状構造と、ビームが照射されなかった領域において、走査型電子顕微鏡のエネルギー分散X線分析を行った結果。二つの領域での蛍光X線スペクトルを比較した結果、下段の比(A/B)から分かるように、針位置でのクロムの増大と金の欠乏が示された。

分子動力学計算の結果の図

図5 分子動力学計算の結果

左から順に、パルス照射から29.9ピコ秒、231.5ピコ秒、1635.2ピコ秒でのシミュレーション結果を示す。各時間の左側は元素分布(青:クロム、黄色:金)、右側は相分布(赤が液相、緑が固相)を表わす。それぞれの分布図の中央が光渦中心で、ドーナツリング部において最大輝度を示す半径まで表示した。

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