広報活動

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2018年8月3日

理化学研究所

動物間コミュニケーションの新戦略を発見

-発光バイオセンサー技術で自由行動する動物の神経活動を追跡-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター知覚神経回路機構研究チームのダミアン・メルシエ研究員、風間北斗チームリーダーらの研究チームは、発光バイオセンサー[1]を利用して、動物の神経活動と行動の同時計測システムを開発し、動物間コミュニケーションの新戦略を発見しました。

本研究成果は、より自然に近い環境下で自由行動する動物の神経活動をリアルタイムで観察可能にしたもので、今後、謎に包まれた動物のコミュニケーション戦略のさらなる発見とその神経基盤の解明に貢献すると期待できます。

多くの動物は、同種とコミュニケーションをとるために、社会的および性的行動を調節するフェロモンなどを放出しています。なかでも、キイロショウジョウバエ(ハエ)では、オスのフェロモン「cVA[2]」によりさまざまな行動が調節されていますが、cVAがいつどこで放出され、どのように受容されているかはほとんど分かっていませんでした。そこで研究チームは、cVAに特異的に応答する神経細胞に発光バイオセンサーを発現させ、自由に行動するハエからリアルタイムで神経活動を計測するシステムを開発しました。その結果、cVAはオスのマーキング[3]行動を通して、腹部先端から放出される分泌物に多く含まれることが分かりました。さらにこの分泌物は、オスとメス双方を惹きつけ、求愛行動の場を作り出すことを見いだしました。cVAは長年研究されてきましたが、それが消化管由来の分泌物に含まれ、マーキング行動により特定のタイミングで積極的に放出され、社会的コミュニケーションに利用されていることが初めて明らかになりました。

本研究は、米国の科学雑誌『Current Biology』オンライン版(8月2日付け:日本時間8月3日)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
研究員 ダミアン・メルシエ(Damien Mercier)
研究員 髙木(槌本) 佳子(たかぎ(つちもと) よしこ)
テクニカルスタッフⅠ 太田 和美(おおた かずみ)
チームリーダー 風間 北斗(かざま ほくと)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究A「匂い記憶を支える神経機構の解明(研究代表者:風間北斗)、同 新学術領域研究(研究領域提案型)「匂い認識の神経システム機構(領域代表者:風間北斗)」および花王株式会社による支援を受けて行われました。

背景

キイロショウジョウバエ(ハエ)から哺乳類まで、多くの動物はフェロモンと呼ばれるシグナル伝達物質を同種とのコミュニケーションに使っています。しかしこれまで、フェロモンに対する神経応答と行動を同時にリアルタイムで追跡するシステムがなかったため、コミュニケーション創出の脳内メカニズムはほとんど分かっていませんでした。

従来の研究では、計測用プレートなどにハエの頭部を固定して神経活動と仮想空間における行動を記録する方法がとられていましたが、この方法ではフェロモンによって調節される社会的および性的行動を観察することができません。また、時空間的に変動するフェロモンに対する神経活動を捉えることも不可能です。

そこで、研究チームは、自然環境下で自由に行動するハエから、特定の神経細胞の活動をリアルタイムでモニターするシステムを開発しました。このシステムを用いて、オスのハエのフェロモンである「cVA」に対する神経応答と行動を可視化し、フェロモンを介したコミュニケーション戦略の解明を試みました。

研究手法と成果

ハエにおいてcVAに対する神経応答をモニターするため、遺伝子操作により、cVAに特異的に応答する神経細胞にのみ発光バイオセンサー「エクオリン[4]」を発現させました。エクオリンは、神経細胞が興奮すると光を発する性質を持つので、ハエから放出される光子を計測することで、cVA応答神経細胞がどのタイミングで興奮したかを調べることができます。この発光するハエが、発光しないコントロールのハエとともに小さなアリーナ内を自由に動き回ってコミュニケーションをとる様子を赤外線カメラで追跡すると同時に、発光するハエの神経活動に応じて生じた光子を光電子倍増管で検出しました(図1)。

このシステムを使ってハエのフェロモンコミュニケーションを解析した結果、オスがマーキングという行動を通して腹部先端から分泌物をアリーナ壁面に放出し、その分泌物がcVA応答神経細胞を活性化させることが分かりました(図2A)。この神経活動の活性化は、ハエが分泌物の周辺にいるときにのみ観察され、分泌物から離れているときには観察されず(図2B(a)、(b))、また、同種のオスが近くにいても神経活動に変化が見られませんでした(図2B(c))。

したがって、cVAはオスのマーキング行動によって積極的に放出され、局所的に配置されることが分かりました。これは、cVAは主にオスの体表に分泌され、個体同士が接近したときに検知されるという従来の見解を覆す結果です。

次に、オスの分泌物がハエの行動に及ぼす影響を調べるために、円形のアリーナ内でオスのハエを自由に動き回らせ、マーキング前後の行動を赤外線カメラで追跡しました。その結果、マーキング後に、分泌物周辺(マーキング領域)に頻繁に近づき、そこで多くの時間を費やすことが分かりました(図3A、B)。さらに、オスの分泌物が求愛行動中のハエに及ぼす影響を調べるために、アリーナ内にオスとメス双方のハエを入れ、オスのマーキング前後の行動を追跡しました。その結果、求愛行動中にもかかわらず、オスとメス双方のハエがマーキング領域に強く惹きつけられ、多くの時間を費やすことが明らかとなりました(図3C、D)。一方、メスの分泌物はオスとメス双方の行動に影響を与えませんでした(図3D)。これは、オスの分泌物が性アイデンティティを持ち、同種のハエがそれを認識・区別して行動していることを示しています。

以上の結果から、オスはマーキング行動により、cVAを任意のタイミングと場所で積極的に放出することで、求愛行動という社会的コミュニケーションの場を作り出していることが明らかになりました。

今後の期待

今回開発した発光バイオセンサーを用いたシステムは、自然環境により近い状況で動物を自由に行動させ、特定の神経細胞の活動を可視化できるという利点があります。このようなアプローチにより、動物がどのようにして情報交換をするのかといったコミュニケーションの戦略や、どのようにして複数の同種を見分けるのかという個体認識のメカニズムの理解につながると期待できます。また、近年発展しているゲノム編集の技術と本システムを組み合わせることで、ハエに限らずさまざまな動物において社会的行動の神経基盤を解明できる可能性がひらけます。

原論文情報

  • Damien Mercier, Yoshiko Tsuchimoto, Kazumi Ohta, Hokto Kazama, "Olfactory landmark-based communication in interacting Drosophila", Current Biology, 10.1016/j.cub.2018.06.005

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
研究員 ダミアン・メルシエ(Damien Mercier)
チームリーダー 風間 北斗(かざま ほくと)

集合写真

Damien Mercier(後列左端)、髙木(槌本)佳子(前列左から二人目)、太田和美(後列右から三人目)、風間北斗(前列左から三人目)、と知覚神経回路機構研究チームのメンバー

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 発光バイオセンサー
    特定の物質と結合すると発光する性質を持つ生物由来の物質。
  2. cVA
    キイロショウジョウバエのオスが分泌するフェロモン。求愛や闘争などさまざまな社会的行動を調節する機能を持つ。cVAは、11-cis-Vaccenyl acetateの略。
  3. マーキング
    動物が尿をかけたり、体をこすりつけたりする行動。縄張りを示すために行うことが多い。
  4. エクオリン
    オワンクラゲから単離された発光タンパク質。カルシウムイオンと結合すると発光する性質を持つ。神経細胞が興奮すると、その内部のカルシウムイオン濃度が上昇するので、神経活動を調べるために用いられる。

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発光バイオセンサーを用いたハエの神経活動と行動の同時計測システムの図

図1 発光バイオセンサーを用いたハエの神経活動と行動の同時計測システム

A:アリーナ内を自由に動き回る2匹のハエ(赤丸:発光するハエ、無印:発光しないコントロールのハエ)。ハエの行動と神経活動を同時に追跡する。
B:神経活動に応じて生じた光子を光電子倍増管で検出すると同時に、自由に動き回るハエの行動を赤外線カメラで追跡するシステム。
C:自由に動き回るハエから検出されたcVA応答神経細胞の神経活動。

オスの分泌物によるcVA応答神経細胞の活性化の図

図2 オスの分泌物によるcVA応答神経細胞の活性化

A:ハエが分泌物周辺(橙色丸印)にいるときにのみ、cVA応答神経細胞が興奮する。赤丸は神経細胞が興奮した場所(上図)とタイミング(下図)を示す。
B:分泌物とハエの距離による神経活動の変化。発光するオスのハエ(茶色)は、

(a) 分泌物(茶色の円)に近く、発光しないオスのハエ(灰色)から離れている。
(b) 分泌物からも発光しないオス(灰色)からも離れている。
(c) 発光しないオスに近く、分泌物から離れている。

cVA応答神経細胞の活性化は、ハエが分泌物の周辺にいるときのみに観察された。

オスのマーキング領域に惹きつけられるハエの図

図3 オスのマーキング領域に惹きつけられるハエ

A:アリーナ内を動き回るハエとオスの分泌物。マーキング領域を点線で囲んでいる。
B:マーキング後、8分間におけるハエの行動を可視化したヒートマップ。領域の色が白に近いほど、そこに留まる時間が長いことを示す。
C:アリーナ内を動き回るオスとメスのハエ。白色点線○はマーキング領域、青色点線○は対照領域をそれぞれ示す。
D:オスまたはメスの分泌物に対する誘引性を示したグラフ。オスの分泌物はメスオス双方のハエを惹きつけるが(左側の二つ)、メスの分泌物はメスとオスどちらも惹きつけない(右側の二つ)。

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