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2018年8月24日

理化学研究所
物質・材料研究機構
東京大学
科学技術振興機構

AIによる有機分子の設計とその実験的検証に成功

-有機エレクトロニクスなど機能性分子の設計に道筋-

理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター分子情報科学チームの隅田真人特別研究員、津田宏治チームリーダー、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の石原伸輔主任研究員、田村亮主任研究員らの共同研究グループは、人工知能(AI)を用いて、所望の特性を持ちかつ合成可能な有機分子の設計に成功しました。

本研究成果は、今後、有機エレクトロニクスなどにおける機能性分子の設計に貢献すると期待できます。

これまで、AIによる有機分子の自動設計が行われてきましたが、多くの場合、設計された分子の構造が、自然界に存在する分子や過去に合成された分子とは大きく乖離していました。そのため、それらの分子が安定に存在できるのか、また実際に合成できるのか、所望の特性を示すのかなどについてはよく分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、光の吸収波長をターゲットに、「深層学習[1]によるAI技術」と「量子力学[2]に基づいた分子シミュレーション技術」を組み合わせることで、AIが設計した有機分子から、安定でありかつ所望の特性を持つ分子を自動選別することに成功しました。さらに、この手法によって選別された数十個の分子のうち、数個の分子を実際に合成して所望の特性があることを確認し、AIが分子設計に有用であることを実証しました。

本研究は、アメリカ化学会の科学雑誌『ACS Central Science』(2018年8月20日)に掲載されました。

AIと量子力学に基づく分子シミュレーションを組み合わせ、合成可能分子の設計に成功の図

図 AIと量子力学に基づく分子シミュレーションを組み合わせ、合成可能分子の設計に成功!注1)

注1)図中、ロボットのイラストは、Googleが作成および提供している作品から複製または変更したものであり、Creative Commons 3.0 Attributionライセンスに記載された条件に従って使用している。

※研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)のイノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I : “Materials research by Information Integration” Initiative)」(法人名:物質・材料研究機構、プロジェクト実施期間:平成27~31年度)による支援を受けて行われました。

背景

古くから、所望の特性を持つ有機分子を計算機に設計させる技術が注目されてきました。しかしその多くは、有機分子を構成する化学法則を前もって人が入力しておく必要があり、労力がかかる上に、全ての法則を網羅することは不可能でした。ところが、近年の「深層学習による人工知能(AI)技術」の発展によって、複雑な有機分子を構成する法則を自動で計算機に学習させることが可能になりました。これにより、AIを用いて機能性分子を設計する技術は飛躍的な発展を遂げ、多数の新しい分子が設計されました。しかし、このようにして設計された有機分子が実際に合成できるのかについては、これまで検証されたことはありませんでした。

一方で、「量子力学に基づいた分子シミュレーション技術」も成熟の域に達し、さまざまな有機分子の性質や安定性をある程度の精度で予測できるようになっています。特に、機能性分子の多くには、分子の量子力学的性質から発現される特性が利用されており、分子シミュレーションは分子設計に不可欠な技術であるといえます。

そこで共同研究グループは、所望の量子力学的な性質を持ち、かつ安定な有機分子を設計するために、深層学習によるAI技術と量子力学に基づいた分子シミュレーション技術を組み合わせることにしました。

研究手法と成果

有機分子の量子力学的な性質を最も反映する特性の一つに「光吸収」があります。分子が吸収する光の波長や強さは、分子によって異なります。有機ELや有機太陽電池の製作では、分子が吸収する光の強さや波長を調整する必要があることから、分子の吸収する光を自在に制御することが有機エレクトロニクス機器の開発において重要です。

共同研究グループは、所望の波長の光を吸収する有機分子を設計し、それが実際に合成可能かを検証しました。吸収波長は、紫外から可視光領域の200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、300nm、400nm、500nm、600nmの五つとしました。

設計方法としてはまず、データベースにある水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)原子で構成される分子量400程度の13,000個の有機分子に関する情報(構造式)を入力し、「Recurrent Neural Network(RNN)[3]」という深層学習の手法によってあらゆる有機分子の法則を学習させます。次に、五つのそれぞれの吸収波長を持つ分子を「モンテカルロ木探索(Monte Carlo Tree Search:MCTS)[4]」という手法で探索します(分子生成、図1)。さらに、MCTSにより探索された分子の性質と安定性を、量子力学に基づいた分子シミュレーション技術である「密度汎関数理論(Density Functional Theory:DFT)[5]」によって計算します(シミュレーション、図1)。これにより、所望の吸収波長を持ち、かつ安定な有機分子の候補を自動的に計算機で見つけることができます。

実際には、一つの吸収波長を持つ分子の設計に2日間計算し、五つの波長について計10日間の計算を行いました。その結果、RNNとMCTSにより生成された分子は3,200個で、このうち86個がDFTにより予測された安定かつ所望の吸収波長を持つ分子でした。さらに、この86個の分子のうち6個は、過去に合成された報告がありました。そこで、これらの有機分子を実験で合成し、紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、6個のうち5個が所望の吸収波長を示すことが分かりました。その一例を図2に示します。このことから、今回設計した残りの80個の新しい有機分子も所望の光を吸収し、合成できる可能性があると考えられます。

共同研究グループはこのようにして、適切な量子力学に基づいた分子シミュレーション技術をAI技術と組み合わせることにより、所望の性質を持った合成可能な分子を設計できることを世界で初めて示しました。

今後の期待

これまで、化学者は自然界で発見された、あるいは偶然合成された有機分子の性質を最適化することによって、機能性分子を合成してきました。しかし、今回提案したAI技術により所望の特性を持つ分子を計算機に探索させることで、今後、これまで全く注目されなかった分子が見つかる可能性や、化学者が考えもしなかった分子が発見される可能性があります。

本研究成果により、例えば、太陽電池の集光材料、電気貯蔵材料、有機EL用の発光・ホスト材料などの有機エレクトロニクス分野における機能性分子の開発が加速すると期待できます。

また、今回は検証が目的であり、構成原子の種類や数を制限するなどの条件を加えましたが、今後は金属元素を持つ分子や、より大きな分子量を持つ分子の設計・探索にも挑戦したいと考えています。

原論文情報

  • Masato Sumita, Xiufeng Yang, Shinsuke Ishihara, Ryo Tamura, Koji Tsuda, "Hunting for organic molecules with artificial intelligence: Molecules optimized for desired excitation energies", ACS Central Science, 10.1021/acscentsci.8b00213

発表者

理化学研究所
革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 分子情報科学チーム
特別研究員 隅田 真人(すみた まさと)
チームリーダー 津田 宏治(つだ こうじ)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授、物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
主任研究員 石原 伸輔(いしはら しんすけ)
主任研究員 田村 亮(たむら りょう)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)

※共同研究グループ

集合写真 Xiufeng Yang、津田宏治、隅田真人、石原伸輔、田村亮(左から)

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補足説明

  • 1.深層学習
    数層に及ぶNeural Networkによる機械学習。
  • 2.量子力学
    原子・分子レベルで粒子の現象を説明する力学。
  • 3.Recurrent Neural Network(RNN)
    直前に出てきた文字から、次の文字を予測することができる深層学習の手法の一つ。
  • 4.モンテカルロ木探索(Monte Carlo Tree Search:MCTS)
    囲碁をはじめとするゲームにおいて有力といわれる探索手法の一つ。
  • 5.密度汎関数理論(Density Functional Theory:DFT)
    分子や材料の電子の状態を得るための量子力学に基づいたシミュレーション手法の一つ。
AI技術による有機分子の設計のフロー図の画像

図1 AI技術による有機分子の設計のフロー図

まず、RNNとMCTS(モンテカルロ木探索)を組み合わせた手法で有機分子を生成する。次に、生成された有機分子の性質と安定性を、量子力学に基づいた分子シミュレーション(DFT)により得る。その後、評価を行い、次の分子生成に反映させる。

実際に合成したAIで設計された分子の吸収スペクトルの図

図2 実際に合成したAIで設計された分子の吸収スペクトル

400nmの光を吸収する分子としてAIが生成し、実際に実験で合成された有機分子の紫外吸収スペクトル(紫)とDFTのスペクトル(緑)が、どちらも400nmに吸収を持つことがわかる。

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