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2018年9月13日

理化学研究所
自然科学研究機構生命創成探究センター
自然科学研究機構基礎生物学研究所
東京大学

植物の双葉を2枚にする酵素を発見

-植物の形づくりと代謝反応の関係のさらなる理解に貢献-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター代謝システム研究チームの平井優美チームリーダーと自然科学研究機構生命創成探究センターの川出健介特任准教授(同機構基礎生物学研究所特任准教授)、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授らの共同研究チームは、脂肪酸の代謝に関わる「CYP77A4」という酵素が、植物の種(たね)の中で双葉を確実に2枚にする働きをしていることを発見しました。

本研究成果は、植物の形づくりに関わる代謝反応を見つけるための有効な手段を提案するものです。この手法を別の酵素や生物種に適用することで、植物の形・大きさと生体内の代謝反応の関係を深く理解できると期待できます。

双葉は2枚の葉(子葉)のことです。双葉が出る芽生えの多くでは、2枚の子葉はきちんと左右に分かれていて、種の中で既に数と出てくる場所も決められています。今回、共同研究チームは、代謝反応と植物の形・大きさとの関係に注目し、酸化酵素群である「シトクロムP450[1]」の遺伝子に変異を持つシロイヌナズナ変異株を35系統準備し、根の長さや葉の大きさなど12の形・大きさに関わる指標を測定しました。その結果、シトクロムP450の一つであるCYP77A4を正しく産生できないcyp77a4変異株では、子葉の数や形が異常になったり、左右に分かれて出てこなくなったりすることが分かりました。これらの胚におけるオーキシン[2]の分布を調べたところ、CYP77A4がオーキシンを正常に胚に分布させることで、子葉の発達を助けていることが分かりました。

本研究は、英国の科学雑誌『Development』(9月13日付け)に掲載されます。

※研究支援

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業・新学術領域「植物発生ロジックの多元的開拓」、基礎科学特別研究員制度、岡崎統合バイオサイエンスセンター/生命創成探究センター・BIO-NEXTプロジェクトの支援のもと行われました。

背景

生物のエネルギーや体を作る材料を生み出す働きである代謝は、基本的な生命活動を支えるだけでなく、生物の形や大きさを決める上で重要な役割を果たすことが分かりつつあります。これまでに、植物の葉や花の形・大きさが異常になる変異体の解析から、ある種の代謝酵素の重要性が示されており、特に細胞の分裂や肥大を促す「シトクロムP450」という酸化酵素群について盛んに研究されてきました。

ところが、植物は非常に多くの種類のシトクロムP450を持つにも関わらず、生体内における役割が分かっているのはそのうちのごく一部に限られています。例えば、モデル植物のシロイヌナズナでは、250種類ほどのうちの3割程度しか役割が明らかになっていません。また、生物の形・大きさと特定の代謝反応を関連づけようとする研究は、あまり取り組まれてきませんでした。このような背景から、共同研究チームはシトクロムP450を例として、特定の酵素群による代謝反応と植物の形・大きさとの関係を体系的に評価するという新しい研究手法の導入を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームは、シトクロムP450の遺伝子に変異を持つシロイヌナズナ変異株を35系統準備し、根の長さや葉の大きさなど12の形・大きさに関わる指標について測定しました。その結果、「CYP77A4」という酵素の変異株系統(cyp77a4変異株)では、子葉の大きさが通常より小さくなることを発見しました。そこで、子葉に着目して詳しく観察したところ、cyp77a4変異株では大きさだけでなく、子葉の数や形が異常になったり、左右に分かれて出てこなくなったりすることが分かりました(図1)。

これまでの研究から、種の中にある芽生えのもととなる「胚」では、子葉のできる位置に植物ホルモンの一種であるオーキシンが集まり、子葉の発達を助けていることが知られていました。そこで、cyp77a4変異株の胚におけるオーキシンの分布を調べました。その結果、野生株では発達中の子葉の左右2カ所にオーキシンが溜まっているのに対し、いびつな形をした変異株の胚では、このような明瞭な分布が観察されませんでした(図2)。つまり、cyp77a4変異株ではオーキシンをうまく分配できないことにより、子葉の数・形・大きさ・配置が異常になることが示されました。

試験管内で調製したCYP77A4は小胞体[3]関連の膜にあるリノール酸などの不飽和脂肪酸をエポキシ化(酸化の一種)する酵素活性を持つことが、別の研究グループより報告されました注1)が、実際に生体内でどのように機能するかは分かっていませんでした。そこで、シロイヌナズナの野生株において、胚の細胞のどこにCYP77A4が存在するかを調べたところ、小胞体膜にCYP77A4が局在している様子が観察されたことから、生体内でCYP77A4が脂肪酸の代謝に関わっていることが示唆されました。

注1)Sauveplane et al., (2009) Arabidopsis thaliana CYP77A4 is the first cytochrome P450 able to catalyze the epoxidation of free fatty acids in plants. FEBS J. 276: 719-735.

今後の期待

今回、脂肪酸エポキシ化の活性を持つシトクロムP450酵素のCYP77A4が、2枚の子葉を胚の左右に分けて作っていることを初めて明らかにしました。また、本研究は、形や大きさを決める仕組みに積極的に関わる代謝反応を見つけるための有効な手段を提案しました。今後は別の酵素や生物種に着目して実験することで、形・大きさと生体内の代謝反応の関係をさらに深く理解できると期待できます。

また、このような研究は、栄養状態に応じて形や大きさを変え、さまざまな環境の下で生き抜く植物の巧みな生存戦略を知るヒントになります。それを活用することで、植物の形や大きさをデザインしたり、有用な成分を多く含むように育種したりと、私たちの生活をより豊かにすることにつながると考えられます。

原論文情報

  • Kensuke Kawade, Yimeng Li, Hiroyuki Koga, Yuji Sawada, Ayuko Kuwahara, Hirokazu Tsukaya, Masami Yokota Hirai, "The cytochrome P450 CYP77A4 is involved in auxin-mediated patterning of the Arabidopsis thaliana embryo", Development, 10.1242/dev.168369

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)

自然科学研究機構 生命創成探究センター
特任准教授 川出 健介(かわで けんすけ)
(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 植物発生生理研究室 特任准教授)

東京大学大学院理学系研究科
教授 塚谷 裕一(つかや ひろかず)

平井 優美チームリーダーの写真 平井 優美
川出 健介特任准教授の写真 川出 健介
塚谷 裕一教授の写真 塚谷 裕一

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.シトクロムP450
    タンパク質にヘム(ポルフィリンの鉄錯体)を持ち、空気中の酸素分子を利用して酸素原子をさまざまな分子に添加する働きを持つ酸化酵素群。細菌から植物、哺乳動物に至るほとんど全ての生物に存在する。植物では、特徴的な植物代謝産物の生合成で多様な酵素反応に関わっている。鉄原子に一酸化炭素が結合すると450ナノメートルの波長の光を吸収する色素(Pigment)という意味から、P450と名前がつけられている。
  • 2.オーキシン
    植物ホルモンの一種で、器官発生、細胞分化など植物の発生において重要な役割を持つことが知られている。
  • 3.小胞体
    タンパク質の合成や修飾、さまざまな代謝反応が起こる一重膜の細胞小器官。
シロイヌナズナの野生株とcyp77a4変異株の子葉の図

図1 シロイヌナズナの野生株とcyp77a4変異株の子葉

野生株で見られるように、通常は左右に分かれて出てくる子葉が(上段)、cyp77a4変異株では十分に分かれずに出てきたり(下段左)、1枚の子葉として出てきたりする(下段右)。スケールバーは2mm。

シロイヌナズナの野生株とcyp77a4変異株の胚におけるオーキシン分布の図

図2 シロイヌナズナの野生株とcyp77a4変異株の胚におけるオーキシン分布

左の野生株の胚では、子葉のもとが左右2カ所に盛り上がり分かれて成長しているが(矢じり)、右のcyp77a4変異株ではその盛り上がりが明瞭には分かれていない。植物ホルモンのオーキシンに応答して緑色蛍光タンパク質(GFP)が蓄積するように遺伝的操作をしたところ、野生株の胚では、子葉のもとの先端でGFPの蛍光が観察された。一方、cyp77a4変異株の胚ではGFPの蛍光が野生株のようにはっきりとは観察されなかった。下部のGFP蛍光が強い部分は根ができる位置である。スケールバーは50µm(1μmは1,000分の1mm)。

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