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2019年3月11日

理化学研究所

シルクを接着剤にする

-酵素反応により接着性の鍵となるアミノ酸構造をシルクに導入-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チームの曽川洋光研究員、伊福菜穂テクニカルスタッフⅠ(研究当時)、沼田圭司チームリーダーの研究チームは、クモ糸やカイコの繭糸の主成分であるシルクタンパク質を酵素処理することで、接着剤のような物性を付与できることを明らかにしました。

本研究成果は、天然素材であるシルクタンパク質の用途を拡張する第一歩であり、持続可能な社会の実現に貢献すると期待できます。

海洋生物のムラサキイガイ[1]中に存在する接着タンパク質には3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)[2]が多く含まれ、これが優れた接着性の発現に寄与することが知られています。

今回、研究チームは、カイコの繭糸から得られるシルクタンパク質には、DOPA前駆体のチロシン[3]残基が適量含まれることに着目しました。そして、このシルクタンパク質に酸化酵素のチロシナーゼ[4]を作用させることで、チロシン部位を選択的にDOPA に変換することに成功しました。このDOPA含有シルクタンパク質をマイカ(雲母)[5]などさまざまな物質の表面に塗布したところ、接着性が大きく上昇することが明らかになりました。また、DOPA含有シルクタンパク質の二次構造と接着性の関係を調べた結果、ベータシート構造[6]の有無と接着の強さには直接関連がないことが分かりました。

本研究は、米国の国際科学雑誌『ACS Biomaterials Science and Engineering』(2月19日付け)に掲載されました。

酵素反応による接着機能を付与したシルクタンパク質の合成の図

図 酵素反応による接着機能を付与したシルクタンパク質の合成

※研究支援

本研究は、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」(プログラム・マネージャー:鈴木隆領、研究課題責任者:沼田圭司)の支援を受けて実施されました。

背景

クモ糸やカイコの繭糸の主成分であるシルクタンパク質は、生分解性、生体適合性のほか、優れた機械的特性を示すことから、生体材料をはじめさまざまな用途への応用が研究されています。シルクタンパク質に化学修飾を施すことで新たな機能を付与する研究のうち、酵素を用いる修飾反応は温和な条件で特定の基質を選択的に変換できるため、特に注目を集めています。

一方、海洋生物のムラサキイガイ中に存在する接着タンパク質には3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)が多く含まれ、これが優れた接着性の発現に寄与することが知られています。2014年に沼田チームリーダーらは、酵素反応によりアミノ酸エステルから合成したDOPA含有オリゴペプチドが、優れた接着性を示すことを明らかにしました注1)

今回、研究チームは、カイコの繭糸から得られるシルクタンパク質に、DOPA前駆体のチロシン残基が約5モル%(モル単位で約5%)含まれていることに着目し、シルクタンパク質のチロシン部位を酵素反応によりDOPAへ変換できるか試みました。

注1) Numata, K. & Baker, P. J. Synthesis of adhesive peptides similar to those found in blue mussel (Mytilus edulis) using papain and tyrosinase. Biomacromolecules 15, 3206-32012 (2014).

研究手法と成果

研究チームはまず、カイコの繭糸からシルクタンパク質水溶液を調整し、これを酸化酵素チロシナーゼで処理することで、シルクタンパク質中のチロシン部位をDOPAへと変換したタンパク質を合成しました(図1)。そのタンパク質のDOPA含有量を調べるために、ニンヒドリン比色法[7]によるアミノ酸分析を行った結果、1モル%程度のDOPAが含まれていることを確認しました。

次に、このDOPA含有シルクタンパク質の接着性を評価するため、2枚のマイカ(雲母)基板の間にこの水溶液を塗布し、引張試験[8]を行ったところ、反応前の未処理シルクタンパク質と比べて接着強度[9]が大幅に向上しました(図2a)。また、その値は塩基性条件下でより大きくなり、これはムラサキイガイ接着タンパク質と同様に、脱プロトン化したリジン[10]とDOPAの相互作用によるものであることが示唆されました。 さらに、紙、ポリプロピレン(PP)樹脂、木材、シルク薄膜といった性質の大きく異なる表面での接着性を同様に調べた結果、これらの基板に対しても高い接着性を示すことが分かりました(図2b)。

最後に、シルクタンパク質の高次構造とその接着性能の関係を全反射フーリエ変換赤外分光法[11]を用いて評価しました。その結果、シルクタンパク質のベータシート構造は、その剛性の指標であるヤング率[12]に影響を与えるものの、接着強度には直接的に関わらないことが示されました。

今後の期待

本研究で確立した酵素反応を利用したタンパク質の新しい修飾法を用いることで、環境負荷の少ない簡便なプロセスで、天然由来の優れた接着材料を得ることができます。また、紙、PP樹脂、木材、シルク薄膜といった性質や構成成分が異なる多様な表面で高い接着性を示したことから、幅広い用途展開が考えられます。

近年、タンパク質素材とプラスチック樹脂といった異種材料の複合化による高付加価値材料の開発に注目が集まっています。例えば、クモ糸由来のタンパク質をカーボン樹脂と複合し、より軽量かつ高強度な材料を作る試みが行われており、これらは車のボディや耐衝撃材料への応用が期待されています。しかし、材料の複合化には異なる材料の界面を強く接着する必要があります。今後、本研究で得られたタンパク質を利活用することで、新たな異種複合材料の創成が期待できます。

原論文情報

  • Hiromitsu Sogawa, Nao Ifuku, and Keiji Numata, "3,4-Dihydroxyphenylalanine (DOPA)-containing silk fibroin: its enzymatic synthesis and adhesion properties", ACS Biomaterials Science and Engineering, 10.1021/acsbiomaterials.8b01309

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム
研究員 曽川 洋光(そがわ ひろみつ)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時) 伊福 菜穂(いふく なお)
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

曽川 洋光研究員の写真

曽川 洋光

伊福 菜穂テクニカルスタッフ(研究当時)の写真

伊福 菜穂

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. ムラサキイガイ
    食用にされる場合にはムール貝とも呼ばれ、足糸(そくし)によって濡れた岩場などに強力に接着できるため、その機構はバイオ接着材としての研究対象にもなっている。
  2. 3, 4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)
    カテコール部位を持つアミノ酸で、ムラサキイガイ接着タンパク質中に含まれる。ムラサキイガイが海中の岩や船腹などに張り付くとき際に重要な役割を果たしている。DOPAは3, 4-Dihydroxyphenylalanineの略。
  3. チロシン
    天然アミノ酸の一つで、側鎖にフェノール性部位を持つ。
  4. チロシナーゼ
    酸化酵素の一種。チロシンのフェノール部位をカテコールへと変換することが可能。フェノールはベンゼンの水素原子の一つが水酸基に置換した化合物、カテコールはその二つが水酸基に置換したもの。
  5. マイカ(雲母)
    層状ケイ酸塩鉱物の総称。マイカは簡単な処理で、ナノスケールで平坦な表面を得ることができることから、表面解析用の基板として広く用いられている。
  6. ベータシート構造
    タンパク質が構築する二次構造の一つ。互いに隣り合ったいくつかのポリペプチド鎖が、分子間水素結合を介して形成する平面状の構造のこと。
  7. ニンヒドリン比色法
    タンパク質を構成するアミノ酸が、側鎖の構造の違いにより性質が異なることを利用し、液体クロマトグラフィーを用いて構成成分中のアミノ酸の量を同定・定量する手法。ニンヒドリンがアミノ酸のアミノ基と反応して、青紫~赤紫色に呈色することを利用し、同定・定量を行う。
  8. 引張試験
    試料が破断するまで制御された力で引っ張り、その引張強度、破壊伸びなどの機械的性質を測定する試験。
  9. 接着強度
    引張試験により測定した応力の値を、単位面積あたりで表したもの。
  10. 脱プロトン化したリジン
    リジンは側鎖にアミノ基を持つ塩基性アミノ酸の一種。脱プロトン化とは分子からプロトン(H+)を除去することを指し、ここではリジン側鎖のアミノ基が中性の状態で存在することを意味する。
  11. 全反射フーリエ変換赤外分光法
    試料に赤外光を照射し、反射した光量を測定することで、分子構造や官能基の情報を得る手法。シルクタンパク質のベータシート構造の有無を評価する際に、広く利用されている。
  12. ヤング率
    材料の剛性を示す単位。この値が大きいほど硬い物質である。

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チロシナーゼを用いるDOPA含有シルクの合成の図

図1 チロシナーゼを用いるDOPA含有シルクの合成

シルクタンパク質中のチロシン残基を酸化酵素チロシナーゼで室温処理することで、チロシン部位を3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)に選択的に変換できた。

DOPA含有シルクの接着性評価の図

図2 DOPA含有シルクの接着性評価

(a) マイカ(雲母)基板上での接着性を引張試験により評価した結果。DOPA含有シルクでは、特に塩基性条件下で接着強度が大きくなった。
(b) 他の物質基板上での接着性評価結果。いずれの表面でも接着性が向上した。なお、シルク薄膜と未処理シルクとの接着性は評価できないほど低かった。

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