広報活動

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2019年5月30日

理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科

電子液晶における電子の揺らぎを観測

-高温超伝導体の電子が示す集団運動の解明-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態スペクトロスコピー研究チームの下志万貴博研究員(東京大学大学院工学系研究科助教(研究当時))、石坂香子チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科教授)らの共同研究グループは、鉄系高温超伝導体[1]で生ずる、電子集団がある一方向にそろおうとしている「電子液晶[2]」状態(ネマティック液晶[2])において、電子が約1ピコ秒(1兆分の1秒)の周期で振動する現象(電子の揺らぎ)を観測しました。

本研究成果は、高温超伝導の発現機構だけでなく、電子の揺らぎが関与するさまざまな臨界現象の理解に貢献すると期待できます。

ディスプレイなどに用いられる一般的な液晶では、比較的自由に動くことができる棒状の分子が流動性を持ちながら特定の方向に配向します。一方、固体中の電子液晶では、電子が結晶格子[3]と結びついているため、通常は自由に動くことができません。したがって、電子液晶のみの動きを取り出して本来の性質を調べ、電子液晶の流動性の本質を知るためには、フェムト秒レーザー[4](1フェムト秒は1,000兆分の1秒)を照射し、結晶格子との結合を解く必要があります。

今回、共同研究グループは、鉄系高温超伝導体のセレン化鉄(FeSe)に対してフェムト秒レーザーを照射することで、ネマティック液晶状態を乱し、その回復過程を調べました。その結果、電子液晶が約1ピコ秒(1,000フェムト秒)の周期で震える現象を見いだしました。この揺らぎは、電子の波動関数の形状に関する情報を与える電子軌道の回転対称性[5]の低下と連動しており、非平衡にある高温超伝導体の電子が示す新たな集団運動と考えることができます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月29日付け:日本時間4月29日)に掲載されました。

電子液晶揺らぎの概念図の画像

図 電子液晶揺らぎの概念図

※共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態スペクトロスコピー研究チーム
研究員 下志万 貴博(しもじま たかひろ)
(東京大学大学院 工学系研究科 助教(研究当時))
チームリーダー 石坂 香子(いしざか きょうこ)
(東京大学大学院 工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 教授)

東京大学
大学院工学系研究科 物理工学専攻
修士課程 鈴木 裕也(すずき ゆうや)
修士課程 三石 夏樹(みついし なつき)
博士課程 中村 飛鳥(なかむら あすか)
大学院新領域創生科学研究物質系専攻
教授 芝内 孝禎(しばうち たかさだ)

物性研究所 極限コヒーレント光科学研究センター
助教 石田 行章(いしだ ゆきあき)
特別教授 辛 埴(しん しぎ)

京都大学
大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻
助教 笠原 成(かさはら しげる)
教授 松田 祐司(まつだ ゆうじ)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「強相関超伝導体における電荷・軌道・スピン複合自由度の協奏現象の理論解明(研究代表者:紺谷浩)」、同新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア(研究代表者:前野悦輝)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(領域代表者:笹川崇男)」および文部科学省「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」などの支援を受けて行われました。

背景

近年、「電子液晶」と呼ばれる物質の状態が、高温超伝導体を含む電子間相互作用の強い多くの物質群で見いだされています。これは棒状の分子が流動性を保ちながら特定の方向に並ぶ一般的な液晶のように、電子集団がある一方向にそろおうとしている状態であり、物性物理学の重要な研究課題の一つとなっています。

一般的に、高い超伝導転移温度を示す鉄系高温超伝導体では、超伝導状態の近くに電子液晶状態が出現します。特に、電子軌道の自由度が重要な役割を果たし、もともと円形の電子構造を楕円形の電子液晶状態へと変化させることが知られています。しかし、このとき電子が周りの結晶格子もゆがませ、これと結合することで、電子液晶の流動性が妨げられてしまいます。この電子と結晶格子の結合を解くことは難しく、これまで電子液晶の流動性に関して本質的な性質は明らかにされていませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、20K(約-253℃)において、鉄系高温超伝導体のセレン化鉄(FeSe)にフェムト秒レーザー(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)を照射することで、電子を結晶格子から一時的に解放しました。次に、電子が示す流動性を時間分解光電子分光法[6]という手法を用いて、その変化を、時間を追って観測しました(図1)。本実験では、電子液晶状態を乱す目的(励起レーザー)と、電子の応答を検出する目的(検出レーザー)の、2種類のパルスレーザー光を用いました。両パルスレーザー光の時間差を制御することで、250フェムト秒の精度で過渡的な電子の状態を追跡できます。さらに、検出レーザーの偏光[7]方向を選択することにより、電子の状態を軌道ごとに切り分けて観測することが可能になります。

ネマティック液晶を形成する電子の形状は、楕円形に例えることができます(図2左)。ここにフェムト秒レーザーを照射すると、電子は結晶格子との結合から解放され、瞬時に(250フェムト秒以内)円形へと変化します(図2中)。その後、ネマティック液晶状態を回復する過程(図2右)において、約1ピコ秒(1兆分の1秒、1,000フェムト秒)の周期の振動現象が見いだされました(図3)。また、電子液晶の形状変化と、それを構成する電子の3d軌道成分(鉄原子の3dxz軌道と3dyz軌道)の変化が連動することが明らかになりました。

さらに、このような電子液晶揺らぎの誘起は、照射レーザー光の強度に大きく依存することも明らかになりました(図4)。レーザー強度を十分大きな値から200μJcm-2まで変化させると、揺らぎの周期が急激に長くなる様子が見られました。一方で、200μJcm-2以下の強度では揺らぎそのものが観測されませんでした。この境界となるレーザー強度は、電子液晶を楕円形から円形に変えるために必要な照射強度に相当します。この電子液晶揺らぎは、非平衡にある高温超伝導体の電子が示す新しい集団運動であるといえます。

今後の期待

本研究では、FeSeにおける電子液晶が超高速に乱される中で、高温超伝導の電子が示す新たな揺らぎを発見しました。この揺らぎは、レーザー照射強度の減少により揺らぎの周期が急激に長くなるという臨界的な振る舞いを見せることを見いだしました。今後、高温超伝導の発現機構や、電子系の揺らぎが関与するさまざまな臨界現象の理解に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • T. Shimojima, Y. Suzuki, A. Nakamura, N. Mitsuishi, S. Kasahara, T. Shibauchi, Y. Matsuda, Y. Ishida, S. Shin and K. Ishizaka, "Ultrafast nematic-orbital excitation in FeSe", Nature Communications, 10.1038/s41467-019-09869-5

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態スペクトロスコピー研究チーム
研究員 下志万 貴博(しもじま たかひろ)
(東京大学大学院工学系研究科助教(研究当時))
チームリーダー 石坂 香子(いしざか きょうこ)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

東京大学 物性研究所 極限コヒーレント光科学研究センター
特別教授 辛 埴(しん しぎ)

下志万 貴博研究員の写真

下志万 貴博

石坂 香子チームリーダーの写真

石坂 香子

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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E-mail: kouhou[at]pr.t.u-tokyo.ac.jp

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補足説明

  1. 鉄系高温超伝導体
    超伝導とは、物質を十分に低温にすることで電気抵抗が急激にゼロになる現象である。鉄系高温超伝導体は2008年に発見され、銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い超伝導転移温度を示すことから、室温超伝導体の候補として注目を集めている物質群。これらの中で、FeSeは最も単純な結晶構造を持ち、単層膜試料では液体窒素温度(-196℃)に匹敵する高い超伝導転移温度を示す。
  2. 電子液晶、ネマティック液晶
    液晶は、固体と液体の両方の性質を持った物質あるいはその状態をさし、ディスプレイなどに用いられる。ネマティック液晶は液晶の一種であり、構成要素である棒状分子が特定の方向を向く(一次元の規則性を持つ)が、層構造など三次元的な規則性を持たない状態である。同様な性質が電子系に現れることがあり、液晶からの類推でそれを電子液晶と呼ぶ。電子液晶の一軸的な配向は、電子の軌道の形や角運動量(スピン)の向きが一方向にそろうことによって生じると考えられている。
  3. 結晶格子
    固体中で三次元的に規則正しく配列した原子核の集団。原子核の周りの電子に比べて温めるのに多くのエネルギーを要するため、フェムト秒レーザーの照射に対して鈍感な応答を示す。
  4. フェムト秒レーザー
    パルス幅が数十~数百フェムト秒のレーザー。パルス幅が極めて短いため、非常に高いピークパワー(パルスエネルギー/パルス幅)を持つ。
  5. 電子軌道の回転対称性
    電子軌道は量子力学において波動関数で記述され、原子核の周りに電子がどの位置にどれぐらいの確率で存在するかを表す。方位量子数に依存した特徴を示し、s, p, d軌道などと分類される。鉄系超伝導体では、鉄の3d軌道のうち全ての軌道成分(zx, yz, xy, x2-y2, 3z2-r2)が伝導に寄与する。十分な高温状態では等価であったxz軌道とyz軌道が、ネマティック液晶状態では非等価な振る舞いを示す。これを、(電子軌道の)回転対称性の破れと呼ぶ。
  6. 時間分解光電子分光法
    光を物質に照射し、真空中に飛び出す電子のエネルギーと角度を測定する手法である。物質固有の電気伝導性や光学特性を決定する電子の性質を調べることができる。電子液晶状態を乱す目的と、電子の応答を検出する目的の2種類のパルスレーザー光を用い、両パルスレーザー光の時間差を制御(時間分解)することで、過渡的な電子の状態を追跡する。
  7. 偏光
    一般に光は、空間および時間的に振動する電場と磁場の成分によって表される。偏光とは、電場の振動する方向が特定の向きにそろった光、あるいはその振動方向を指す。

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時間分解光電子分光法の概略図の画像

図1 時間分解光電子分光法の概略図

励起レーザーを用いて電子液晶状態を乱し、その後の電子の変化を、時間差をつけた検出レーザーを用いて観測する。固体に検出レーザーを照射すると、真空中に電子が飛び出す。放出された電子は、放出される際の角度・エネルギー・数というかたちで、固体中にあったときの情報を保持している。そのため、これらを電子分析器で計測することで、間接的に電子液晶の形状を調べることができる。今回は、セレン化鉄を用いており、紫と赤丸はそれぞれセレンと鉄原子を、その間の灰色の線は鉄原子同士を結ぶ結晶格子を示している。

フェムト秒レーザー照射に伴う電子液晶の形状変化の図

図2 フェムト秒レーザー照射に伴う電子液晶の形状変化

左: ネマティック液晶状態では、電子は結晶格子と結合しており、その形状は楕円形に例えることができる。
中: ここにフェムト秒レーザーを照射すると、電子が結晶格子との結合から開放され、250フェムト秒以内に形状が円形となる。
右: レーザー照射により円形に変わった後、元の楕円形に回復する。図は照射後4ピコ秒(4,000フェムト秒)のときの状態を示す。

電子液晶が示す振動の図

図3 電子液晶が示す振動

縦軸はネマティック液晶状態にある楕円形の電子の長軸半径を示す。上のプロットが示すように、フェムト秒レーザーを照射すると長軸半径が減少し、電子は円形に近づく。その後、振動しながらゆっくりと元の楕円形へと回復する。下のプロットは、上のプロットから振動成分のみを抜き出したものであり、振動周期がおよそ1.4ピコ秒であることを示している。

電子液晶の形状と電子軌道が変動する時間スケールの比較の図

図4 電子液晶の形状と電子軌道が変動する時間スケールの比較

黒色のプロットは、電子液晶の形状変化に見られた振動の半周期を示す。緑色のプロットは、電子の軌道成分が3dxz軌道から3dyz軌道へと変化するのに要する時間である。200μJcm-2以上のレーザー強度では、両者の時間スケールは一致しており、連動した現象であることが分かる。

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