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2019年9月27日

理化学研究所
岩手医科大学
京都大学
東京大学

前立腺がん若年発症のゲノム診断

-前立腺がんのゲノムワイド関連解析からゲノム医療へ-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターがんゲノム研究チームの中川英刀チームリーダー、岩手医科大学の髙田亮講師、京都大学の赤松秀輔助教、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授らの共同研究グループは、オーダーメイド医療実現化プロジェクト[1]で実施した網羅的ゲノム解析により、日本人の前立腺がんと関連がある一塩基多型(SNP)[2]を新たに12個発見しました。さらに、これらを含むこれまで発見された82個のSNPを組み合わせ、日本人の前立腺がんの若年発症を予測するゲノム診断手法を開発しました。

本研究成果は、ゲノム情報による個人のがん発症のリスク診断とそれに関わるゲノム医療に貢献すると期待できます。

今回、合計で約9,900人の日本人前立腺がん罹患者と約8万4,000人の男性対照群のゲノムワイドSNP関連解析[3]を行いました。その結果、新たに12個のSNPが日本人の前立腺がんと強く関連することを発見し、これらのSNPがあると発症リスクがSNPの数1個につき1.12~1.31倍高まることが分かりました。そして、この12個のSNPを含む日本人の前立腺がん発症と関連が証明された82個のSNP情報を組みわせて、前立腺がん発症リスクを予測するゲノムリスクスコア(多遺伝子リスクスコア:PRS)[4]を開発しました。その上位5%の高リスク群では、若年発症(60歳未満)および前立腺がんの家族歴のある症例が有意に多く含まれていました。これにより、特に早期治療介入が必要な若年発症の前立腺がんリスクの予測・診断ができるようになると考えられます。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(9月27日付け:日本時間9月27日)に掲載されます。

背景

前立腺がんは、世界的にみても発症頻度の高いがんの一つですが、これまで欧米人に多くアジア人には少ないと考えられてきました。しかし、日本でも、食生活などの生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきており、2018年の罹患者は約7万8,000人以上に上っています注1)

また、前立腺がんは典型的な高齢者のがんであり、罹患者の約43%は75歳以上の後期高齢者です注1)。前立腺がんは、他のがんに比べて治癒の可能性が高いがんとして知られていますが、高齢者については、発症後の生存期間や治療の副作用を考慮して、積極的な治療をしない場合が増えてきています。

一方で、非高齢者の前立腺がん患者の治療については、ロボットを使った手術療法、男性ホルモンを抑制するホルモン療法、放射線療法などさまざまな治療法があります。また、若年者(60歳未満)では積極的に早期診断をして根治治療を行うことが重要で、早期発見のためのスクリーニングとして、PSA検診[5]が多くの自治体や企業検診で導入されています。

前立腺がん発症の一般的な危険因子としては、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多い)、欧米型の食生活、体内のホルモン環境、加齢などが挙げられますが、特定の危険因子は分かっていませんでした。しかし、遺伝性前立腺がんの存在や、日本や欧米での研究により、前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子や一塩基多型(SNP)が発見されたことから、発症には遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになってきています。

注1)国立がん研究センターがん情報サービス がん登録・統計

研究手法と成果

2010年と2012年に理研の研究チームは、オーダーメイド医療実現化プロジェクト/バイオバンクジャパン(BBJ)[1]で収集した約5,000人の日本人サンプルを対象にゲノムワイドSNP関連解析を実施し、9個のSNPが日本人における前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました注2-3)

今回、新たに約9,900人の日本人前立腺がん罹患者(BBJおよび慈恵医大)と約8万4,000人の男性対照群(東北大学東北メディカル・メガバンク機構、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構などより検体の提供を受けました)に対して、ゲノム全体にある50万個以上のSNPの頻度情報をもとにゲノムワイド関連解析を行いました。その結果、新たに12個のSNPが日本人の前立腺がんと強く関連することを発見しました。これらのSNPがあると、発症リスクがSNPの数1個につき1.12~1.31倍高まることが分かりました。これまで、欧米人を中心とした研究で170個以上のSNPと前立腺がんの発症が証明されていますが、今回の日本人の解析では、その約半数は日本人の前立腺がんとの関連は証明されず、前立腺がん関連のゲノムは人種間の差が大きいと考えられます。

がんや生活習慣病では、発症と関連する複数のゲノム情報やSNPを組み合わせて、発症のリスク診断(ゲノムリスクスコア、多遺伝子リスクスコア:PRS)、が行われようとしており、研究チームはこれまでに、日本人の前立腺がんに関連する16個のSNPを組み合わせ、日本人の前立腺がんの発症リスク予測モデルを構築してきました注4)

今回、これまでに日本人の前立腺がん発症と関連が証明された合計82個(本研究より新たに発見された12個を含む)のSNP情報を組み合わせて、前立腺がん発症リスクを予測するゲノムリスクスコア(PRS)を開発しました。その上位5%の高リスク群(発症リスクが2.5倍以上)の臨床情報を解析した結果、若年発症(60歳未満)および前立腺がん家族歴のある症例が有意に多く含まれていました(図1)。さらに、発症年齢が若い群ほど、PRSでの高リスク群の割合が高くなることが分かりました(図2)。

前立腺がん症例群(赤)と対照群(青)のPRSの分布の図

図1 前立腺がん症例群(赤)と対照群(青)のPRSの分布

前立腺がん症例群のPRS上位5%群(発症リスク2.5倍以上)を前立腺がんの発症高リスク群とすると、若年発症者や前立腺がんの家族歴のある症例が有意に多かった。

ゲノムリスクスコア上位5%の年齢別割合の図

図2 ゲノムリスクスコア上位5%の年齢別割合

BBJの前立腺がん症例(左、n=4633)、慈恵医大の前立腺がん症例(右、n=2218)において、PRSの高リスク群(上位5%)に分類された割合は、60歳未満でそれぞれ12%、8%であった。発症年齢が若い群ほど、PRSでの高リスク群の割合が高くなった。

このように、関連するSNPを組み合わせることによって、特に治療介入が必要な若年発症の前立腺がんリスクの予測および診断ができるようになり、高リスクの男性は、頻回の前立腺がん検診や予防プログラムの対象になると考えられます。

今後の期待

前立腺がんに関連するSNPは、ゲノム全体で数百個以上存在すると推定されています。また、疾患に関連するSNPは人種によっても異なります。今後、日本人の前立腺がんSNP関連解析をさらに進め、新たなSNPを発見できれば、PRSのような方法でSNPを多数組み合わせることが可能になり、より精度が高く、かつ日本人に合った前立腺がん、特に治療介入が必要な若年発症や悪性度の高い前立腺がんの発症リスク評価方法や診断方法の開発が進展すると期待できます。

補足説明

  • 1.オーダーメイド医療実現化プロジェクト、バイオバンクジャパン(BBJ)
    文部科学省のリーディングプロジェクトとして2003年に開始。東京大学医科学研究所に設置されているバイオバンクジャパンに収集された約27万人分のDNAや血清試料、臨床情報を解析し、遺伝子の違いを基に病気や薬の副作用の原因などを明らかにして、新しい治療法や診断法を開発するためのプロジェクト。
    バイオバンク・ジャパンのホームページ
  • 2.一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムは約30億塩基対からなるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基違いのSNPである。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。
  • 3.ゲノムワイドSNP関連解析
    一塩基多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の一つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイドSNP関連解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域や遺伝子を同定する。
  • 4.多遺伝子リスクスコア:PRS
    生活習慣病やがんといった多因子疾患においては、ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって病気発症リスクと関連する多くのSNPが発見されている。しかし、これらのSNPの遺伝的効果は小さく(1.1~2倍)、多因子疾患は、遺伝的効果の少ない多数のSNPが蓄積して疾患リスクを高めていると考えられている。ゲノムリスクスコアはGWASによって発見された病気と関連するSNPを複数個、または測定した全てのSNPの情報をスコア化した指数のことで、個人の病気の発症リスクを推定する方法の一つである。PRSはPolygenic risk scoreの略。
  • 5.PSA検診
    PSAは、前立腺組織で特異的に作られるタンパク質で、その数値が高い場合は前立腺の異常を示す。血清値が4ng/ml以上が異常値となり、前立腺がんの集団健診に有用であると考えられている。日本でも多くの市町村がPSA検診を導入している。しかし、前立腺炎や前立腺肥大でも異常値を示し、数値が低くても多くの前立腺がんが見つかる場合がある。また、前立腺がんの死亡率減少への貢献度や医療経済的な面で、PSA検診を住民検診として実施することへの問題点が指摘されている。PSAはprostate-specific antigenの略。

共同研究グループ

理化学研究所
生命医科学研究センター
がんゲノム研究チーム
チームリーダー 中川 英刀(なかがわ ひでわき)
上級研究員 藤田 征志(ふじた まさし)
生命医科学研究センター
ゲノム解析応用研究チーム
客員主管研究員 高橋 篤(たかはし あつし)
(国立循環器病研究センター 研究所病態ゲノム医学部 部長)
客員主管研究員 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑形質ゲノム解析分野 教授)
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀(ももざわ ゆきひで)
統合生命医科学研究センター
副センター長(研究当時) 久保 充明(くぼ みちあき)

岩手医科大学 泌尿器科学講座
講師 髙田 亮(たかた りょう)
教授 小原 航(おばら わたる)

京都大学 医学研究科 泌尿器科学教室
助教 赤松 秀輔(あかまつ しゅうすけ)
教授 小川 修(おがわ おさむ)

東京慈恵会医科大学 泌尿器科学教室
助教 山田 裕紀(やまだ ひろき)
教授 頴川 晋(えがわ しん)

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
教授 松田 浩一(まつだ こういち)

南カルフォルニア大学 医学部 予防医学教室
教授 クリストファー・ハイマン(Christopher Haiman)

研究支援

本研究は、文部科学省オーダーメイド医療実現化プログラム「ゲノム網羅的解析情報を基盤とするオーダーメイドがん医療実現のための開発研究(領域代表者:稲澤譲治)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Ryo Takata, Atsushi Takahashi, Masashi Fujita, Yukihide Momozawa, Ed Saunders, Hiroki Yamada, Kazihiro Maejima, Kaoru Nakano, Yuichiro Nishida, Asahi Hishida, Keitaro Matsuo, Kenji Wakai, Taiki Yamaji, Norie Sawada, Motoki Iwasaki, Shoichiro Tsugane, Makoto Sasaki, Atsushi Shimizu, Kozo Tanno, Naoko Minegishi, Kichiya Suzuki, Koichi Matsuda, Michiaki Kubo, Johji Inazawa, Shin Egawa, Christopher Haiman, Osamu Ogawa, Wataru Obara, Yoichiro Kamatani, Shusuke Akamatsu, and Hidewaki Nakagawa, "12 New Susceptibility Loci for Prostate Cancer Identified by Genome-wide Association Study in Japanese Population", Nature Communications, 10.1038/s41467-019-12267-6

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター がんゲノム研究チーム
チームリーダー 中川 英刀(なかがわ ひでわき)

岩手医科大学 泌尿器科学講座
講師 髙田 亮(たかた りょう)

京都大学医学研究科 泌尿器科学教室
助教 赤松 秀輔(あかまつ しゅうすけ)

東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
教授 松田 浩一(まつだ こういち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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