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2009年9月18日

理化学研究所

理研科学者会議の野依理事長に対する具申書について

この度、独立行政法人理化学研究所 理研科学者会議は、国家の基幹となる科学技術の方向性について提言をまとめ野依良治理事長に具申しました。これを受けた野依理事長は「有効に活用するとともに理研の運営にも反映させる」との見解を述べました。

【理研科学者会議具申書】
野依理事長殿

民主党を中心とする新政権の発足は、国家の基幹となる科学技術政策を再検証し、長期的視点にたった新たな戦略を立案・執行していくための絶好の機会である。理研科学者会議は、現場の科学者の立場から、今後我が国が推進すべき科学技術政策の方向性について議論を重ね、以下のとおり提言をとりまとめた。

天然資源が乏しい我が国では、卓越した科学技術を基盤として国づくりを進めることが国家の未来を左右する重要な施策であることに説明の要はない。民主党のマニフェストには、「国立大学法人など公的研究開発法人制度の改善、研究者奨励金制度の創設などにより、大学や研究機関の教育力・研究力を世界トップレベルまで引き上げる」と謳われており、理研科学者会議はこの基本方針を強く支持するものであり、この基本方針が今後の施策に建設的に反映されることが望まれる。

これまで、我が国においては「科学技術創造立国」という理念を掲げ、それを実現するために様々な政策が進められてきた。しかしながら、国立大学あるいは科学技術に携わる独立行政法人の運営費交付金は一律に毎年削減を受けており、研究・教育現場に大きな打撃を与えてきた事実を否定することはできない。そして何よりも深刻なのは、過度の競争原理と成果主義が、未来に向けた挑戦的研究を担うべき若い世代の未来に暗い影を落としている事実である。「理系離れ」や「ポストドクター問題」は、その氷山の一角に過ぎない。こうした諸問題を見直すことが、今後数十年間の科学技術の発展のために緊急に求められており、長期的視点にたって明確な理念を打ち出し、所管省庁の枠にとらわれることなく個々の施策を連携させ、継続的に動かしていく体制づくりへのさらなる努力が必要である。

今回の政権交代は、科学技術政策の透明性を高め、政治家・官僚・科学者が率直な意見を交わすことによって、理想的かつ現実に即した施策を議論していくための希有なチャンスとして捉えたい。我が国の科学技術の長期的展望を見直し、その発展を可能とする構造を構築するための歴史的な転換点となるよう、我々科学者も努力する所存である。本年1月に政権交代がなされた米国においては、オバマ大統領のリーダーシップの下に、科学技術の振興を加速し豊かな社会づくりに貢献する施策が始まっており、国際的競争力の拡充に向けて積極的な投資が行われつつある。EUにおいても、国際融合を目指す共同研究の枠組みを介した投資が多数発足している。その具体性と迅速性には学ぶべき点が多いように感じられる。我が国の科学技術政策が、現時点で積極的な見直しを図ることは、国際的競争力の観点からも必然的であると言える。

科学技術は、20世紀において豊かな物質社会を創ることに多大な貢献をしたが、後半においてはその影の部分も顕在化してきた。21世紀においては、エネルギー・環境、医療問題を軸に持続可能な社会構築へ向けての貢献が求められている。20世紀に主流であった「部品の科学技術」は「システムの科学技術」へと変貌すべきであり、分野の壁を越えた科学技術イノヴェーションが人類存続の鍵として期待されている。このような転換期にあたり、適切な対応をしていくために重要なことは、人材育成までを視野に入れた中長期的な科学技術政策であり、そこに立脚した戦略的な投資である。そのためには、主に国立大学法人が担っている基礎学術研究と理化学研究所など独立行政法人が担っている問題解決型戦略研究が、それぞれの役割を強化しつつもさらに密接に連携融合する必要がある。これら既存の枠組みを選り択り、連携融合することで新たに機能的な枠組みを構築することは十分可能である。そして、そうした努力を通じてこそ、わが国の長期的繁栄に資するための高い未来像をもった研究教育体制を構築することができるであろう。理化学研究所は、研究所内の先端的分野が連携協力するだけでなく、国内外の組織との連携を積極的に行い、社会の発展に資する新しい分野開拓を目指すべく努力を積み重ねるべき必要があると考える。

最後に、現代の科学技術は、単に一国の国力を充実させるための手段ではなく、科学技術交流と人材交流を通じて国際社会へ貢献するための欠くべからざる活動のひとつであることにも言及したい。また、創造的な科学技術を生み出す現場は、次世代の創造的人材を育成するための現場に他ならず、そこから溢れ出す水は、高等教育のみならず、初等・中等教育の現場で蒔かれる種子を大きく成長させる糧となるだろう。イチローがセーフコ球場で放つ一本のヒットのもつ意味の大きさを考えてみたい。そのヒットを生み出している背景には、長い歴史をもつ日本プロ野球があり、広い裾野をもつ豊穣な高校野球があり、地域に支えられた少年野球がある。しかし素晴らしいことに、いまイチローのヒットが潤しているものは、決して日本人の自尊心だけではなく、世界中の野球を愛する人々の心である。このように、ローカルからグローバルへの発展という視点から、これからの科学技術政策のあり方を考え直してみることも決して無駄ではないだろう。

現代の科学技術政策は、教育・文化・経済・医療・環境・エネルギーといった複合的問題を内包するばかりでなく、国家戦略や国際社会への貢献、ひいては人類存続という大きな問題にまで関わるため、数ある政策の中でも最重要の位置を占めるといっても過言ではない。次期政権には、長期的視点にたち、現場の科学者に開かれた政策の立案と執行を期待したい。

理研科学者会議
議長 茅 幸二

【理研科学者会議具申書に対する野依理事長の見解】

米国に引き続き、我が国でも政権交代があり、科学技術政策に大きな変化が起こりつつあります。この機会に「理研科学者会議」から有益な具申書を頂きました。私の常々の考えと主張と軸を一にするところが多く心強く感じました。有効に活用させていただくとともに、理研の運営にも反映させていきたいと考えます。科学者会議諸氏のご努力に感謝する次第です。

理化学研究所
理事長
野依 良治

※理研研科学者会議
長期的かつ広い視野に立って行うべき研究分野、そして理研の研究者のあるべき姿について、理事長の諮問に答申するとともに独自に検討した事項等を理事会に提言することを目的とする組織。理研のセンター長、主任研究員、グループディレクターなど、理研研究者約30名で構成。

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